【041】山賊が住む山
ゴクロを倒し、財宝をかき集め、当面の生活費を確保できた俺達は、港町ソノマで防具屋のババアに聞いた『勇者の盾』を求めて北へと進んだ。
そしていくつかの村を越えた先で、ようやくそれらしい情報を掴んだのだった。
「てなわけで、どうやら目的の盾がある『ババン山』って山は、このすぐ近くにあるそうだ。行くぞ。」
そんな勇者達が休憩がてら立ち寄ったのは、『タミ村』という小さな村のとある喫茶店。
勇者はすぐにでも向かいたいようだが、歩き詰めだったこともあり賢二と血子は疲労の色が濃い。
「ま、待ってダーリン!でもババン山ってさ、『山賊』が出るって聞いたよね?」
少しでも休みたい血子は話を引き伸ばそうとしている。
「うむ。まぁ山賊狩りってのもまた一興だろ?行くぞ。」
「って、本気でもう向かう気…?少しは休もうよ!ちょっ…待ってよ勇者君!!」
ガタン!
賢二が勇者の名を呼んだと同時に、賢二の背後で椅子が倒れる音がした。
「ゆ…勇者やてぇ~!?」
「むっ…?」
名前を呼ばれた勇者が振り返ると、緑がかった髪を頭頂部で二つの三つ編みに分けた、眼鏡の少女と目が合った。歳は勇者らと同じくらいだろうか。
少女は湧き上がる怒りをなんとか堪えているような表情で、勇者を睨み付けている。
「おいオヤジ、勘定はここでいいか?」
「ってシカトかい!ここはもっと食いついてくるとこちゃうんかい!」
「ったく、何か用か小娘?俺の進路を妨げる気なら女であろうと容赦はせんぞ?」
「その傲慢な態度…まさしく勇者や…。こないな場所で会えるとは驚いたで、ほんま驚きや…“借金”チョロまかして逃げよった男が、こないノンキに茶ぁシバいとるとはなぁ!」
「…む?そ、その口調…まさかお前は…!」
「フン、その“まさか”や!!」
「…誰だ?」
「って思い出さへんのかい!なら今の“まさか”はなんやってん!?」
「フッ、冗談だよ覚えているさ、あれは忘れもしない…去年か一昨年の…」
「すっかり忘れとるやないかい!ウチは『商人』の『商南』やっちゅーねん思い出せやボケェ!!」
しびれを切らした謎の少女が自ら名乗ると、それでもまだ無反応な勇者の代わりに賢二が反応した。
「あぁーーーっ!!か、髪型が違ってて気付かなかったけど、アナタは『アキドン村』の…!」
「おっ、タレ目は覚えとったようやな。じゃあアンタは特別に肝臓二つで手ぇ打つわ。」
「いや、臓器なんて売れな…二つ!?」
「じゃかーしぃわボケェ!借りた金は三代かけても返すんがスジやろがぁ!」
「僕…自分が末代な気がしてならないんだけどな…」
ブチ切れ続ける商南。
しかし勇者もまた不服そうな顔をしている。
「オイオイ、人聞きの悪いことを言うなよ。俺達は別に金など借りてないだろ?」
「品代踏み倒してんねんから同じようなもん…なお悪いっちゅーねん!」
どうやら勇者は思い出した上でシラを切っているようだ。
「焦るな。ひたすら待てばいつかは戻る。“金は天下の回し者”と言うだろう?」
「誰の差し金で動いとんねん!それを言うなら“回りもの”やろうが!」
「アイツらはよくやってくれてるよ。」
「お前が黒幕やったんかい!」
「ちょ、ちょっとアンタ!血子のダーリンにイチャモンつけないでくれる!?」
「あ?なんやこの茶っこい珍獣は?中身くりぬいて剥製にして闇市で売りさばいたろか?」
「ひ、ひぃーー!!」
勇者が無駄に煽ったせいで、商南はさらにヒートアップしてしまい手が付けられない状況に。
だがこれから山賊どもの待つババン山へとこっそり乗り込むことを考えると、この揉め事は先に解決しておかないと余計な障害になりかねないと賢二は判断した。
「ど、どうするの勇者君?このままじゃ先へ進みようがないよ…?」
「ふむ…まぁ仕方ない、とっておきをくれてやるか。珍品だし売れば結構な金になろう。」
なにやら勇者には考えがあるっぽい。
「あん?なんやアンタ、ちゃんと当てがあったんかい。ならさっさと出しぃや。」
「だ、ダメだよダーリン!こんな女の言いなりになることないよー!」
「いいんだ血子。俺も丁度…ちょっとウザいと思っていたんだ。」
「だ、ダーリン…?」
さらばだ、血子…。
勇者は厄介払いに成功した。
子供の血色草は貴重品だという話を思い出した俺は、血子を商南に売却。
かわいそうという気持ちも無いではなかったが、長い旅路を延々と共にするには少々ウザかったので仕方ない。
借金も返せたし一石二鳥だったと言うべきだろう。
「ふぅ~…だいぶ歩いたなぁ。やれやれ、かったるいぜ。」
タミ村を出発し、歩くこと五時間。
勇者達は山賊がいるというババン山の中腹まで来ていた。
「で、商南よ…お前はいつまでついて来る気なんだ?もう用は済んだろうが。」
「あ~。実はウチ独立してなぁ、今は流しの商人やねん。せやからよろしゅう。」
「はぁ!?何が“せやから”だ!全然意味がわからんぞ!」
「そ、それってまさか…僕らと一緒に旅する気ってことですか?」
「せや。女の一人旅は物騒やしな。ホレ、“旅は道連れ世は情け”言うやろ?」
「フザけるな!俺は“情け”と盗子が大嫌いなんだ!」
「存在忘れててもこういう時には出てくるんだね名前…」
いっそ忘れられてた方が幸せな扱いだった。
「酷い扱いと言えば血子さんもだよね…。まさか宅配便で…『宇宙便』で宇宙に売り飛ばすとか…」
「しゃーないやろ?あの村で売っても大した値にならへんねん。せやったら大金出す言う奴に売るんは当然の道理やろ?まぁごっつ泣いとったけどな。」
「送った…商南、一つだけ教えてくれ。」
「品名は“野菜”にしたで?」
「ぷっ、ウケる。」
「聞きたかったのってそこ!?それに野菜て!」
二人の非道な感性に賢二は戸惑いを隠せない。
「フン、冗談のわからん奴だ。そんなに余裕がないようじゃ、これからの展開に耐えられんぞ?なぁ商南?」
「…ああ、そのようやな。」
「え…?えっ?一体何が…あぁっ!!」
賢二は辺りを見渡した。
なんと!山賊衆に周りを囲まれていた。
「さて…どうしたもんかな。二十…三十…なかなかに骨が折れそうだ。」
めっちゃ折られそうな状況だった。
まったく困ったことに、知らぬ間に山賊達に囲まれていた俺達。
山賊風情が生意気な!皆殺しだ!
…と、いつもなら早速戦闘開始なのだが、今回はもう少し頭を働かせてみることにした。
どうせ盾はコイツらが隠し持ってるんだ、ならばわざと捕まって案内させようじゃないか…と。
「ぐっ、取れへん…!この枷はかなり厄介やで、ヤバない?」
一時間後。勇者達は山賊の隠れ家にある牢獄に幽閉されていた。
三人とも手枷足枷を付けられ身動きが取れない状況。簡単になんとかできると考えて捕まった一行だったが、どうやらそうもいかないようだ。
三人の間に絶望的な空気が流れた。
「どどどどうしよう勇者君!見張りが帰ってくる前に逃げなきゃなのにー!」
「まぁ焦るな、もう少しだ。むんっ!よっ…ホアァッ!!よし、外れたぞ。」
「ほ、ホンマか!?」
「肩が。」
「手枷を外さんかい!!」
「も、もうお手上げだよぉー!」
「ば、馬鹿を言うなよ賢二!上げたら痛ぇよ!」
「いや、そういう意味じゃなしに!」
「チッ、やれやれだぜ…まさかこんな枷ごときが外せんとは…!」
さすがの勇者も焦り始めた頃、牢の入り口の方から山賊の声が聞こえてきた。
「族長ぉ!一番奥のアイツらですぜ。うろついてた妙な奴らは。」
「おぉ、そうがいご苦労ご苦労。後はオデがやるがら下がっでろや。」
現れたのは『族長』と呼ばれた大柄の男。
伸ばしっ放しの髪と髭、筋骨隆々とした肉体…いかにも『山賊』といった風体のその男はどう見ても強敵だったが、勇者は当然臆することなく喧嘩を売った。
「ほぉ、貴様が長か。山賊の名にふさわしくムサ苦しいオッサンだな。」
「おいおい、囚われの身分で随分と威勢がいいでねぇが小僧っごよ。名は?」
「名乗れだとぉ!?貴様なんぞに名乗る名など無いほどに俺の名は勇者だ!」
「思っきし名乗っとるやないかい!!」
商南は勇者とは違い、ちゃんと警戒している様子。迂闊なことは言わないように努めつつ、必要なツッコミだけは欠かさないスタンスのようだ。
賢二は当然の如く震え上がり、息を殺して極力目立たないようにしている。
「勇者だぁ?ブハハッ!そげな妙な名さ付げる馬鹿親が他にもいだどはなぁ!」
「ほ、他にもだと!?さすが大陸…広いな。親父と似た奴まで存在するとは…」
「みでぇだな。まぁアイヅの方が変わっどるだろうがよぉ。」
「あん?いやいや、ウチの親父の変人っぷりに勝てる奴などそうはいないぞ?」
「馬鹿言うなオメェ、奴ぁ剣と間違えでゴボウで戦うような型破り野郎だど?」
「フン、親父なんか『勇者』のくせに戦った描写が歴史書に一切ないんだぞ?」
「世界広しと言えど、『食い逃げ』だけで指名手配されだのは奴しがいめぇ。」
「親父だって悪人だ!なんたって今をときめく悪の組織の創設者だしな!」
「奴は『天帝』の子…『皇女』の求婚を断っだような男だど?もっだいねぇ。」
「舐めるな!親父なんか皇女どころか『魔王』と結婚したぞ!」
(…じょ、冗談やろ?)
(ハイ、生きた冗談でしたよ…)
賢二は遠い目をしている。
商南は情報の整理がつかない。
「つーわけでまぁ、親父の勝ちだな。」
「うんにゃ、まだまだあるど!奴が負げるはずぁねぇ!」
この場合、どっちが勝ちなのか負けなのか。
「いいや!親父だ!!」
「凱空だ!!」
「同一人物じゃねーか!!」
父はろくな人間じゃなかった。