【004】一号生:春の遠足
春には遠足がある。
普通の学校らしいイベントのように聞こえるが、そんなわけが無いことは俺だけでなくみんな薄々感づいているようで、教室には既に不穏な空気が漂っている。
「えー、今度行く島には『ゴップリンの洞窟』がありとても危険です。くれぐれもただの屍にならないよう注意してくださいね。」
(な、なんでそんな危険な所に遠足で行くの?変じゃん…?)
教師がサラリと物騒なセリフを吐いたため、盗子は小声で勇者に問いかけた。
「じゃあ言ってやれよツッコミ担当。」
(いや、そんなポジション確立してないし!下手に逆らったら消されそうだし!)
冷たく突き放す勇者。めげない盗子。二人の関係は大体そんな感じに定まりつつあった。
「まぁ大体察しはつくと思いますが、洞窟内には魔人『ゴップリン』がいます。島の住人は彼に怯えて暮らしているそうですよ。」
だからなぜそんな危険地帯に…?全員の頭上に“?”が浮かんでいるような状況で、教師はそれが“!?”に変わるような一言を言い放った。
「どうです?腕が鳴るでしょう?」
「誰が鳴らすかよ!えっ、まさか倒しに行けと!?」
盗子はたまらず突っ込んだ。だが教師も負けてはいない。
「いやですねぇ“まさか”だなんて。」
「まさかそっちを否定されるとは思わなかったよ!」
「え…呼びますか?」
「“行け”の方でもなく!」
盗子はポジションを確立した。
その夜―――
「む?どうした勇者食べんのか?」
そこは勇者の家。
夕飯を前にして、箸の進みが悪い息子を心配する勇者父。
「いつもならアゴの関節を外して丸呑みするのに…」
その割に無茶振りが過ぎる勇者父。
「…ふぅ。」
そんな父を一瞥し、勇者は溜め息をついた。
その姿はいつになく弱気に見えた。
「ちょっと…食欲が無くてな。」
そう言い残し、自室へと戻る勇者。
いつもより少し早めに床についたものの、なぜだか寝付けずにいた。
「ハァ、やれやれ…」
修行は入学前から独学で積んできた。
厳しい授業に耐え…実力はさらに上がったと思う。
だがそれでも、魔人を相手にできるレベルなんだろうか。
俺らまだ四歳児だぞ…?
正直…命は惜しい。
だが胸の奥からこみ上げてくる“熱い何か”が、俺を突き動かす。
今夜は眠れそうにない。
「この熱い胸の高鳴り…やはり俺は『勇者』だ!!」
勇者は風邪で遠足を休んだ。
不覚にも病欠してしまった遠足の翌日。クラスは重苦しい空気に包まれていた。
いつもはやかましい盗子でさえ、今日は死んだ魚のような目をしている。
心なしか生臭い気さえする。
「おーい!ゴップリンが出たぞーーー!!」
「うっぎゃあああああああ!!」
勇者は死人に鞭を打った。
皆は一斉に悲鳴をあげた。
やれやれ…どうやらコイツらは、俺の華麗なブラックジョークに耐えられる精神状態ではないらしい。
だが大丈夫だ問題ない、わかっててやった。
「オイオイどうしたんだお前ら?クラスメートが半分減ったくらいで情けない。」
「サラッと言うなよ一大事じゃん!」
ショック療法が効いたのか、なんとか正気を取り戻した様子の盗子。
だが相変わらず泣きそうな顔で、前日によっぽどのことがあったらしいことが伝わってきた。
「いなかったアンタにはわかんないんだよ!友達が目の前で…あんな…!もうハンバーグなんて食べられないよぉーー!!」
「そ、それほどなのか…」
あまりの生々しい比喩に、さすがの俺もうっかり同情しかけた。
そんな時、教室に入ってきたのは諸悪の根源であるクソ先公。
いくらこの悪魔といえども、今回ばかりは反省してるに違いない。というかすべきだ。
まぁとりあえず、さすがに今日の第一声は謝罪から入るのだろう。
「あれ?ゴップリン…」
「ぎゃああああああああああ!!」
そんな地獄のような遠足は、来年もまた春にやってくる。
勇者は『秋の遠足』の存在を知らない。
数日後。遠足により人数が減った冒険科は、4クラスから2クラスに統合された。
おかげで俺は、やっと愛しのあの子と同じクラスになれたのである。
「よ、よう!姫…姫ちゃん!」
「こんにちは。えっと…あ、忍者君?」
フッ、どうやら俺の認知度もまだまだのようだ…が、きっと大丈夫だ。
彼女も何か間違いに気づいたような顔をしている。
「あー…間違えちゃった、違うよね。」
「まぁ気にしないでくれ。俺は別に」
「まだ“おはよう”の時間だよね?」
「やっぱり少しは気にしてもらおうか。」
まずい、この噛み合わない感じ…もしかしたらこのままじゃ駄目なのかもしれん。
ならばまずは情報を得ることから始めるべきだろう。
俺はまだ彼女のことを知らなすぎる。
「この際だから率直に聞くが、キミは…“天然”なのか?」
「最近は結構“養殖”らしいよ?」
「オーケーわかった。いや、“全然わからない”ってことがわかった。」
姫ちゃんはキョトンとしている。
いや、キョトンとしたいのは俺の方なのだが、そんな顔も可愛いから許す。
「これからもよろしくね亡者君。」
フッ、一文字近づいたか…まずまずの進歩だ。
勇者は現実から目を背けた。