【039】ゴクロ討伐
ウシロシ村の東に位置するこの港町ソノマは、近隣の村々の中継となる立地ゆえにとても栄えており、食品店や道具屋のみならず武器屋や防具屋など、冒険者にも嬉しい店舗が数多く出店している。
ここ最近歩き通しで野宿もザラだった勇者達としては、いい加減ここらで少しのんびりしたいところ。
「ここがソノマか…確かに色々と買えそうな街だな。楽しみだぜ。」
どういうわけか、『首無し族』に襲われるはずの峠を何事も無く越えてしまった俺達。
つまりウシロシ村の問題は全く解決してないわけだが…まぁ面倒なのでもう気にしない。
「てなわけで、これから街を巡るわけだがその前に…ご苦労だったな奮虎。さっさと帰路につき、そして峠で今度こそ襲われるがいい。」
「ま、待ってくれや!ホントにそうなりそうでオラ一人じゃ帰れねぇべさ!」
奮虎を見捨てる冷たい勇者。
だが実際まったく役に立っていないため、その気持ちもわからんではない。
「よし、とりあえず防具屋にでも行くか。この街なら良い店もあるだろ。」
「あっ、でもお金あんま無いじゃん。どうすんのダーリン?」
「フッ、任せろ。値切ったり値切られたりは俺の得意分野だ。」
「ふ~ん。そげな交渉ごとが得意そうにゃ見えねぇがなや。」
「うっさいよ田舎モン!ダーリンは値切るってったら値切る男だもん!」
「聞き分けの無い店主は、手足とか…こう…モギュッ!っと。」
「えっ!“千切る”なの!?」
「アレは僕もう…見たくないな…」
「実際あったの!?」
「まぁとにかく防具屋へ行くぞ。今宵の魔剣は、血を欲してやがるぜ。」
「買う気はゼロなの!?」
買う気はゼロだった。
久々に大きな街へとやって来たので、俺達はとりあえず防具屋へ行ってみることにした。
ゴップリンの魔剣もあるし武器はいいとして、心もとない防具はできれば新調しておきたいところ。
「ま~いらっしゃい。あらあら、随分と小さなお客さん達だこと。」
出迎えたのは恰幅のいい女店主。歳は五十代くらいだろうか。
「安心しろババア、貴様の小ジワほどじゃない。」
勇者の挨拶代わりの一撃。
店主はハートに50のダメージ。
「ところでババア、この俺に似合うような素敵な防具は置いてないか?」
「あらら?それってば魔剣かい?こりゃまた随分と渋い趣味だわねぇ。」
「フン、趣味なわけあるか!こんな邪悪なフォルム、どう見ても俺には不相応だろうが!」
「いや、どう見てもオーダーメイドにしか…」
「剣のことはいい。何か俺に…『勇者』に似合う防具は無いかと聞いている。」
「『勇者』?う~ん…あ!そういや前にそれっぽい“盾”の噂を聞いたような…」
「ほ、ホントか!?それはこの辺にあ…」
(出たぁー!魔人が出たぞぉー!!)
店主から興味深い話を聞いた矢先、店の外から物騒な声が聞こえてきた。
賢二は反射的に身構えた。
「魔人!?一見平和そうだったのに…!ゆ、勇者君!」
「ああ、わかってる!!」
盾か…よし、早速探しに向かおう。
ちっともわかってなかった。
やれやれ…やっと面白い話になってきたのに、魔人が現れ話が逸れてしまった。
とても面倒ではあるが、やはり『勇者』としては敵を目の前にして逃げるような真似はできん。
「ったく…行くぞお前ら。準備はいいか?」
「う、うん!」
大陸に出てからも何度か修羅場をくぐってきた賢二だが、ビビリなのは相変わらずのようで緊張の表情を浮かべている。血子も同じのようだ。
そんな二人の様子を見て勇者はいいことを思い付いた。
「よし奮虎、条件を出そう。この弱そうな敵を倒せれば村まで送っ…奮虎?」
「見事な逃げ足だったよ…。もし大会とかあったらメダル狙えるレベルで。」
「あ゛ぁ~!!もういい!クソ面倒だが俺が相手してやるよチクショウ!」
勇者は扉を開けて外へ出た。
そして、数分後。
「…おいコラ貴様、それでも魔人か?確かに面倒だとは言ったが、もうチョイ頑張ってもらわんと張り合いが無さすぎだろ。」
「ぐっ…うぐぅ…!」
勇者の足元では魔人が苦しそうにのた打ち回っていた。
緑がかった肌色で、蛇のような瞳をしたその長髪の魔人は、初見では強そうな雰囲気を醸し出していたにも関わらず、どうしようもないくらいに弱かった。
「ひぇええええ!も、もうヤメてぇえええ!鬼ぃいいいい!!」
「な、なんかダーリンの方が悪役に見えるよねこの構図…」
「誰が鬼だ!魔人が言うな魔人が!あまり怒らすと金棒振り回すぞコラ!」
「まさに鬼だよダーリン!すんごいコテコテのイメージだけども!」
「お、俺はただの使いッパで!ただ『ゴクロ』様の命令…なんでもなくて!」
魔人は罠なんじゃないかってくらい豪快に口を滑らせた。
「五秒やる。そのまま全て話すか、二度と話せなくなるか…ゼロ。時間切れだ、死ね。」
「えぇっ!?」
カウントの開始位置が早い。
「お、お、脅しには屈しないぜ!?魔人の誇りに懸けて口が裂けても…」
「ほぉ、口を裂いても…?」
「ゴクロ様です、ハイ。この辺りに巣食う魔人達の親玉でございます。」
「なんか勇者君の方が似合ってそうだよねそのポジション…」
賢二の気持ちは魔人寄りに傾きつつあった。
「ハァ、やれやれ…よし決めた。その『お疲れ様』とかいう奴を倒しにいくぞ。」
魔人があまりに手ごたえがなかったせいか、勇者のターゲットは親玉へとシフトしたようだ。
「うぇっ!?駄目だって!ヤメた方がいいってば!ゴクロ様めっちゃ強いし!色々と…あの…“ボードゲーム”とか?」
「インドア系じゃねーか!嘘でもいいからそこは腕っぷし系でこいよ!」
「ゴクロを倒しに行くって…ボウヤ本気かい?」
勇者が振り返ると、防具屋の店主が店先に出てきていた。
どうやらゴクロの名に覚えがあるようだ。
「あん?なんだババア、文句でもあるのか?」
「ゴクロの軍にはアタシらも参っててね。やるってんなら応援するよ!ホレッ!」
勇者は謎のアイテムを手に入れた。
「む?なんだこの短いベルトっぽいのは…?流行りのファッションアイテムか?」
「ちょっとした防具だよ。でも気を付けな?相手は正体不明の化け物だからね。」
「フッ、俺を甘く見るな。我が家にも正体不明のペットくらいいたぞ。」
「あ、そうそう。さっき言ってた例の盾の話だけど、多分もっと北に行けばわかると思うよ。そっちも頑張んな!」
店主はババア呼ばわりされた割に協力的だった。
「そうか。よし、そうと決まれば早速向かうぞ!案内しろ『マジーン』!」
「えぇっ!俺も行くのかよ!?って、なんか適当に名付けられてるし!」
マジーンが仲間に加わった。
こうして俺達は、嫌がるマジーンを引き連れ、『魔人ゴクロ』の元へと向かうことになった。
俺もいい加減名を上げないと伝説になり損ねそうだしな。
なお、聞けばゴクロは悪知恵の利く奴らしく、今まで倒しに出た奴は誰一人として戻らんのだそうだ。
気を引き締めてかからねばなるまい。
「おいマジーン、お前は部下なんだろ?だったら敵の能力とか教えろよ。」
「いや~、あの人は用心深い人でさ。実は俺、会ったことすらねーんだよ。」
「部下にも正体を明かさないなんて…。ホントに用心深い人なんですね。」
賢二は警戒を強めた。
「マジ凄いぜあの人。玄関とかピッキング対策したいらしい。」
「逸話がいちいちショボすぎるよ!てか思ってるだけかよ!」
マジーンの話があまりにくだらなすぎて、血子はイマイチ警戒しきれない。
「あ!あと、窓の鍵とかもしっかり閉めてるって。」
「それは当然の行いだよ!」
「まぁ、とにかくすんげぇ『策士』なんだわ。この先にある数々の罠を見りゃわかると思うぜ。」
「策士…罠…なんだか先生を思い出すな…」
賢二はトラウマが蘇った。
「ま、詳しくは俺にもわかんねぇがな。俺に今わかってることは一つだけ…。知ればアンタは怒り狂うだろうし、俺としては気が進まねぇが…聞くかい?」
「フン、見くびるな。貴様ごときに揺さぶられる俺ではない。話せ。」
「迷いました。」
マジーンはボコボコにされた。
五時間後。
マジーンのせいで凄まじく道に迷いながらも、俺達はなんとか敵の隠れ家だという洞窟の入り口までやってきた。
マジーンいわく、ここから罠がたくさんあるというのだが…道も覚えられんような奴の話はイマイチ信用ならん。
話半分に聞いておくべきだろう。
「よし、まずは俺が道を切り開く。お前らは俺の足跡を辿ってくるがいい。」
意気揚々と勇者が足を踏み入れたその怪しげな洞窟は、一定の間隔で壁に明かりが灯ってはいるものの、夜も更けたこともあり奥の方は薄暗くよく見えない。
敵の得意なものが罠だと考えると、その暗さがより一層危険に感じられた。
「えっ、危ないよダーリン!自ら一番危険な道を行くだなんて…!」
「問題ない。魔王に遅れをとってからのこの二年間…とにかく俺は基礎体力の向上に努めた。ひたすらにガムシャラに剣を振るった。だがそれ以上に…罠や毒の類には、最も心血を注いだと言っても過言ではない。」
過言であってほしい話だった。
「ふ~ん。でもよぉ、やっぱゴクロ様には勝てねぇんじゃねぇかな?恐らくもうここらは罠だらけだと思うが…まったくわかんねぇだろ?」
「ん?そんなことないぞ。例えばほら、この手の岩は…こう!な?動くんだ。恐らく何かしらの罠の起動スイッチだな。」
勇者は謎の岩を押した。
賢二の足元に穴が開いた。
「へ…?」
賢二は穴の奥底へと消えていった。
「あとは足元のこの鉄線。いかにもって感じだがコイツはダミーだな。これを避けて踏み込んだ先が…こう!な?ここがスイッチになってる。」
勇者は謎の床を踏んだ。
血子の足元に穴が開いた。
「え、ちょ、ダー…」
血子は穴の奥底へと消えていった。
「ちょ、ちょっと待てよアンタ、お仲間が…!」
「他には…おっ、この壁なんかもそうだな。いいか貴様ら、この程度の罠も見抜けんようならいつか命を落とすぞ?覚えておくこと、だっと。」
勇者は謎の壁を押した。
マジーンの頭上に巨大な岩が現れた。
「え…?だから待っ」
ズッドォオオオオオオオン!!
マジーンはグシャッと潰れた。
そしてその音で、やっと勇者は今の惨状に気付いたようだ。
「なっ、お前ら一体…!?くっ、なんてことだ…ゴクロ…怖ろしい奴…!」
とんだ濡れ衣だった。
そして二時間後―――
勇者は、最後の扉の前に立っていた。
「ふぅ~、やれやれ…。さすがに一人でってのは少し疲れたな。」
ではこの二時間をダイジェストでどうぞ。
コツッ、コロンコロン…
「ん?なんだコレ?」
兵士Aは足元に転がる拳サイズの物体に気付いた。
兵士Bはそれが何かを知っていた。
「あん?馬鹿だなぁオメェ、そりゃ手榴弾に決まっ…えぇっ!?」
ドカァアアアアアアアン!!
「むっ!ど、どうした!?一体何があった!?」
ズカァアアアアアアアン!!
「ぎゃああああああああ!!」
「な、班長!地下二階倉庫付近で9班を発見!こちらも全滅!」
「くっ!よりによって上位班がいないこんな時に…!」
「全員背後から…しかも傷口にためらいが無い!」
兵士D、E、Fに戦慄が走る。
だがその魔手が自分達にも忍び寄っていることを、彼らはまだ知らない。
「班長!知らぬ間にこの先…この階全域に火が…!もはや逃げられません!」
「て、敵は鬼かぁあああああああ!!」
知った時には手遅れだった。
「ハッ!動くなお前達、ここから先は“地雷原”だ!元軍人の血がそう騒ぐ!」
不穏な気配に気付き、身を潜める兵士H。
元軍人という経歴は伊達ではないらしく、確かに目を凝らすと罠らしいものが目に入った。
「地雷!?そ、そういえば変な線が…。これは一体どんな地雷なんです?」
「ふむ、『シュプレングミーネ』…この線に触れると鋼鉄の弾丸が飛び散る対人地雷だ。」
「な、なんてマニアックな…!」
「だが問題ない。慎重に解除すれば…」
「うげっ!は、班長!前方より野ウサギが放たれましたぁー!!」
バシュッ!ドバァーーーン!!
「うぎぇええええええええ!!」
「ぐふっ!なんだこのニンニク臭は…!?」
「前に聞いたことがある。恐らくこれは糜乱毒…『精製マスタード』…ぐへぇ!」
「あぐっ!ぐごああああっ!」
「う、撃つな…撃たないでくれぇー!」
ズダダダダダダダダン!!
「ぶばぁああああああ!!」
「い、いやぁあああああ!」
チュドォーーーーン!!
ズバシュッ!
「うごはっ!ゲハッ!ぐわああ!!」
ドゴォオオオオオン!!
「ぎょへあああああああああああああああああああああああああ!!」
果たして悪はどっちだ。