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~勇者が行く~  作者: 創造主
第二部
37/196

【037】序章

 かつて世界を闇に染めた太古の霊獣『マオ』が復活し、一年の月日が流れた。

 姫から解き放たれたマオの半身…その新たな宿主となった『魔王』率いる『魔王軍』の台頭により、平和は陰りを見せ始め、世界はもう…色々と大変な感じになっていたのである。


 そんなある日―――



 そこは、『エリン大陸:スタト村』。

 別段豊かでも貧しくもない、いたって平凡なその村の、北の高台にある村長の家では、村長と旅の者…賢二が話をしていた。


「…なるほど。では賢二君は、洋上ではぐれた仲間を探して旅をしていると?」

「あ、ハイ。僕が打ち上げられた海岸付近には見当たらなかったもので…」


 聞けば賢二達は、カクリ島を出てから程なくして、姫の魔法により船が転覆したことで、散り散りになってしまったのだという。


「まぁこの『エリン大陸』は、五大陸の中でも最大の大陸ですからなぁ。しかし嵐の海という過酷な状況となると、そもそも無事とも限らんのでは?」

「いいえ、きっとみんな生きてる…そんな嫌な予感がします。」

「嫌なんかい。」

バンッ!


 突然大きな音を立て扉が開き、村人AとBが現れた。


「た、大変だ村長!ついにこの村にも『魔王』の魔の手が伸びてきやがった!」

「今は外で護衛団が応戦してる!けどよぉ、敵はたったの一人だってのに…強さが桁外れなんだよ!」


(うぎゃあああああ!!)


 家の外から絶叫が聞こえてきた。

 慌てる村人達の様子から、明らかに劣勢なのがうかがえる。


「ど、どうして僕の行く先には毎回こう…」


 毎度トラブルに巻き込まれる自分の運命に、もはや呆れるしかない賢二。

 壁越しのため聞きづらくはあるが、注意深く聞けば悲鳴以外の声もなんとか聞き取れた。


(くそっ、おのれ魔人め…!)

(誰が魔人だ!!ちゃんとさっき名乗っただろうが!)

(誰が信じるか魔人め!どこの世界に…魔剣を携えた『勇者』がいる!?)


「ブバフッ!!」


 外から聞こえてきた思わぬ会話に、賢二は鼻から茶を噴いた。

 そして同時に、この先の展開が読めた気がした。


(フン!いいだろう聞き分けの無い村人よ、ならばブッた斬ってやる!この…)


「こ、この威圧的な感じ…やっぱり勇…」


(この『ユーザック・シャガ』がなぁ!!)


 だが予想を超えてきた。


「えぇええええっ!?えっ、“ユーシャ”の方!?“魔王の魔の手”どころか“魔王そのもの”とかアリなの!?」


 村を襲った犯人は、まさかの『魔王:ユーザック・シャガ』その人。急転直下にも程がある。


 賢二はなんとか逃亡を試みるも、村長がそれを許さなかった。

 逃げようとする賢二の首根っこを鷲掴みにし、強引に外に放り投げた村長の方が賢二より強いんじゃないのかという疑問はさておき、とにかく賢二は…魔王と久方ぶりの再会を果たすことになる。


「チッ、なんてことだ…。マオを受け入れ『魔王』として生きていくと決めた今、もはや“ユーシャ”と名乗ることは許されんというのか…!?」

「え、ええ…そうですね…。ややこしいんで是非やめてください…」


 嘆く魔王の背後から、賢二はゆっくりと近づいた。


「えっと…お久しぶりですね。前に会った時より随分と大人な感じに…なりすぎじゃないです?前は十歳くらいだったはず…」


 賢二がそう思うのも無理はない。

 戦闘に適した肉体へと成長するのが異常に早い民族『バルク』。その血が流れる魔王は、四・五年で育てるレベルを優に超え、既にガタイのいい青年の姿をしていたからだ。

 実際は今年で十歳になる賢二と同い年だったりするが、そんなことは当然知る由も無い。


「なっ…!き、貴様はあの時の『賢者』!?何故こんな所に…!」

「それを言うなら『魔王』のアナタこそ何故ここに…?」

「フッ、“『魔王』は玉座に”という定義を根本から覆してみた。」

「いや、それだけはやっちゃいけない暗黙の…」

「まぁ細かいことは気にするな。そんなことより前回の雪辱戦…受けてもらおうじゃねーか!」

「いやいや、もう全然相手にならないんで!ホント勘弁してください!」

「ほぉ、俺じゃ相手にもならんと…?大した自信じゃねーかブッた斬る!!」

「いやいやいや!まったく逆の意味で…!」


 剣次と同じく、賢二のことを買いかぶりまくっている魔王。

 賢二がどれだけ謙遜しても魔王の耳には届かず、むしろ悪化の一途を辿っていった。


 しかし、戦闘開始待ったなしと思われたその時…遠くから助けを呼ぶ声が聞こえてきたのである。


「オーイこっちだー!魔人はこっちだぞー!みんな、応戦してくれぇーー!」


(え、援軍!?駄目だ、このままじゃ犠牲者がもっと増えちゃうよ…!)

「チッ、真剣勝負を邪魔されたくはないな…先にあっちを片付けるか。」

「あっ、ちょ待っ…」


 賢二が制止するより早く、魔王が一歩踏み出した、その時―――


「誰が魔人だ失敬な!!」


 助けを呼ぶ声がした方向から、とても聞き覚えのある声が聞こえた。

 今度は壁越しでないため、間違えたくても間違えようもなく…既にもはや、“嫌な予感”とかそういう曖昧な状況じゃない。


「黙れ!そんな禍々しい魔剣を携えて何を言うん…ぶべらっ!!」

「いいだろう…こうなったら皆殺しにしてくれるわ!この…勇者様がなぁ!!」

「お、おのれ魔人めぇえええ!!」


 誤解だが無理もなかった。




 そんな感じで…正義の筆頭職『勇者』であるにも関わらず、悪の権化である『魔王』の二番煎じっぽい感じで現れた勇者。

 だが真の問題はそこではなかった。


 カクリ島を旅立って半年…。旅しながらの修行で多少の力はつけていようとも、まだまだ駆け出し冒険者と言わざるをえない勇者。つまり、まだ早すぎるのだ。

 本来ならば『勇者』と『魔王』が出会うべきは物語終盤であり、こんな始まりの村っぽい場所でうっかり遭遇していい関係ではない。


「ゆ、勇者君!!やっぱり生きてたんだね!」

「…誰?」

「それでこそ勇者君だよね…」


 どうやら勇者は相変わらずのようだ。

 そして、勘の良さも健在らしい。


「で、隣の貴様は…そうか貴様がユーザックか。『マオ』のニオイがプンプンしやがるぜ。」


 初対面ながら、敵の正体を看破した勇者。

 マオの半身を宿す者同士、二人にしかわからない何かがあるのかもしれない。


「ああ。お前は勇者だな?マオの奴から聞いてたよ。お前から…は、コロンの香りがプンプンするな。」

「フッ、5銀もしたんだ。(約5万円)」

「武器とか買おうよ!」


 賢二はもっともなことを言ったが勇者はもちろん無視した。


「まぁとにかく!魔王よ…貴様のような悪の支配者は、この俺が倒す!『勇者』としてなぁ!!」


 勇者はやっと『勇者』っぽいことを言った。

 だが当の魔王は心当たりが無さそうな顔をしている。


「支配…?俺は放浪の旅を満喫中でまだ何もしてないが?」

「あん?嘘をつくな!今や魔王軍の勢力は全大陸に広がってるって聞くぞ!?」

「ん~?じゃあアレだ。城を任せてきた“アイツ”が勝手に何かやってんだな。」


 突如として浮かび上がった第三者の存在。

 にわかには信じられない話だが、賢二には魔王が嘘を言っているようにも見えなかった。


「じゃ、じゃあ今は誰か違う…陰の支配者がいるってことですか?」

「そうらしいな。確かアホ…違う、“バカなんとか”って名前の奴だったわ。」

「…バカなんとか??」



その頃、魔王城では―――


「へっくし!!」


 バカ錬邪…もとい、『赤錬邪』はクシャミが出た。




「し、失礼致します!魔王代理…赤錬邪様!何か御用でしょうか?」


 勇者達のいる『エリン大陸』から遠く離れた『メジ大陸』…その中心部にそびえる魔王城の最上階に広がるのは、『王座の間』。

 兵士が緊張の面持ちで扉を開けると、そこには赤いマントに身を包み、怪しげな仮面を付けた者…そう、赤錬邪の姿があった。

 勇者父が初代赤錬邪だったことと魔王の口ぶりを踏まえると、この『二代目赤錬邪』こそが今の実質の『魔王』…諸悪の根源ということらしい。


 そう、たった一年で魔王軍が急速に拡大したその背景には、大陸に降り立った魔王に挑んで即返り討ちにあった五錬邪が、それまで秘密裏に築いていた軍を献上したという裏事情があったのだ。


「やれやれ…貴様、そんなこともわからんのか…?魔王様の所在についてに決まっとろうが!」

「ハッ、申し訳ございません!し、しかし残念ながら、その件についてはまだ…」

「あの御方が大人しく旅するはずが無い!血の噂を追えばすぐだろう!」

「そ、それが…。あるにはあるんですが、情報が少し混乱しておりまして…」

「混乱!?どういうことだ!!」

「実は似たような影が…“二つ”ありまして…」

「な、なん…だと…?」


 勇者の功績だった。



 数十分後。兵士から魔王についての報告を受け、真相が気になって仕方がない赤錬邪のもとに、二人の五錬邪が駆けつけた。

 それは『群青錬邪』と『桃錬邪』…かつてカクリ島を襲撃した二人だった。


「おぉ、来たかお前達。急にすまない。」

「ったく、何だよいきなり呼び出しやがってクソが。こっちゃ忙しいんだよ。」


 群青錬邪は大層面倒臭そうに悪態をついた。

 同様に桃錬邪も不満げだ。


「まったくだね。しかもいい歳こいてなんて格好してんのさ。」

「いや、鏡見ろよ。そこに関してはアンタもだろ。」


 意外にも仲間内では群青錬邪はツッコミ役のようだ。


「今日お前達に集まってもらったのは他でもない。実は少し状況が変わっ…ところで桃錬邪、彼は…ブラックはどこだ?」


「あ~、さっきまでいたんだけどさ。“星を見てくる”って外へ…ね。」

「ああ…まだ真っ昼間だけどな。」


 潔く諦めた様子の桃錬邪と群青錬邪。

 どうやら『黒錬邪』は姫と同系統らしい。


「相変わらずか…。ならば群青よ、『三代目黄錬邪』の件はどうなった?」

「んー…?ヘッ、それなら俺に考えがある。そこは任せて話を進めてくれや。」

「そうか…ならばそうしようか。」


 全員揃っていないことが若干不服そうではあるものの、赤錬邪はやむを得ず本題へと移った。


「お前達は…五百年以上昔に起こった『人神大戦』を知っているか?」

「ジンシンタイセン…?知らないねぇ。ホントにあった戦なの?」

「恐らくな。この文献を読んでみるがいい。」


 赤錬邪は桃錬邪に歴史書を手渡した。


「ハァ?なにさこれ…『人神大戦記』?」

「うむ。とある場所で手に入れた希少本だ。どんな本かは読めばわかる。」

「ふーん。ま、どうでもいいけどね。」


  旧星暦1024年、神と全人類による大戦争が勃発。

  神々の力は色々と強大で、人類は滅亡の危機っぽい感じになった。


  しかし激戦の末、なんとかうまいこと勝利した人類。やったぜ人類。

  三体の神はそれぞれ空・海・大地に封印され、平和は戻ったとか違うとか。


  人々はその戦いを『人神大戦』と呼び、その年を『新星暦元年』とした。


「な、なんかこう…内容が壮大な割に文章が適当な文献だなオイ…」


 勇者達がカクリ島で読んだ『歴史全書』といい、確かに群青錬邪の言う通りだ。逆に何か深い意味が込められているのかも…という感じすらしない。


「んで、この話がなんなのさ?まさかただの歴史の勉強ってことは無いよな?」


 桃錬邪のその問いに、赤錬邪は待ってましたとばかりに語り始めた。


「以前から考えていたのだ。魔王…奴は強い。我らが束になってかかっても敵わんやもしれん。圧倒的に戦力が足りんのだよ。」

「あん?何を今さら…って、まさかオメェ…!」

「フッ、察しがいいな群青よ。そうだ、つまりはそういうことだ。」


 会話の流れから、群青錬邪は赤錬邪の真意に気付いた様子。

 赤錬邪は両手を大きく広げ、高笑いと共に高らかに叫んだ。


「『古代神』どもを復活させ、ユーザックを叩く!!」




 遠い地で五錬邪達が悪事を企てていた頃。

 勇者達の戦いは…既に終わりかけていた。


「ぐぉっ!うぐぅ…ば、馬鹿な…この俺が…!!」

「ゆ、勇者君!大丈夫!?ねぇ大丈夫!?」

「フンッ、たわいも無い。その程度の力でこの魔王に挑もうとは片腹痛いわ。」


 地面に這いつくばり、動けないでいる勇者。それを見下ろす魔王。

 状況は、マオの復活を阻止すべく教師に挑み、返り討ちにあったあの時と似ていた。


「だが安心しろよ勇者。今お前を殺す気は無いんだ。」

「なにっ…!?ど、どういう意味だ!」

「まだマオの完全体を制す自信は無くてな。だからもう少し貸しといてやるよ。」


 万事休すと思われたが、なんとマオの関係で殺されずに済みそうな状況らしい。


「くっ!俺なんぞいつでも殺せる…とでも!?な、舐めやがって…!」


 生きるためには黙ってやり過ごした方が得策ではあるが、勇者は屈辱に耐えがたい様子。怒りに震えている。


「まぁ賢者は殺すがな。」

「ですよね…」


 賢二は違った意味で震えている。


「さぁ賢者よ、四年越しの再戦…存分に楽しもうじゃねーか!」

「イヤー!イヤですー!楽しめる要素なんて一つも無いですー!」

「ほぉ、俺なんて楽しむ間も無く倒せると…?上等じゃねーかブッた斬る!!」


 もはや何を言ってもこんな感じだった。


「ひ、ひぃいいいい!お助けぇええええええええ!!!」

「では行くぞ賢者…貴様には最初から奥義を味あわせてやる!食らいやがれ、秘奥義『暗黒乱舞』!!」

「うわぁああん!もうダメだーー!!」



「秘奥義『暗黒乱舞』!!」


ガキィィイイン!!



「えっ…!?」

「なっ、俺の技を相殺した…だと…!?誰だ貴様は!?」


 突如横から割って入り、賢二を助けたその影は…とても意外な人物だった。


「フッ、キミのライバルさ。」


 なんと!『宿敵ライバル』が現れた。




 勇者らのピンチに現れたのは、二号生の春以来の再会となる元同級生『宿敵』。

 以前に勇者に聞かされた話では、ゴップリン戦での体たらくに腹を立てた勇者により、樽に入れられ海に流されたはずの宿敵が、なぜ生きているのか…そしてなぜ魔王と渡り合えているのかが賢二にはわからない。


「ら、宿敵君!?なんで生き…や、やっぱり生きてたんだね!」

「いま一瞬、キミの本心が垣間見えたよ賢二君…」


 いきなり現れた宿敵に奥義を返された魔王は、宿敵が賢二の仲間と知ってさらに警戒の色を濃くした。


「チッ、賢者と知り合いだと…!?誰だ貴様、名を名乗れ!」

「フン、そういうキミは誰なんだい?見たところ勇者君を倒したようだが…」


 宿敵の問いには賢二が代わりに答えた。


「あ、えっと…紹介します。困ったことに『魔王』のユーザックさんです。」

「ウゲッ!魔王!?なんて奴を相手にしてんのさキミは!」

「それは僕も神様に聞きたいよ…」


 どうやら宿敵は、敵が魔王と知っていて助けたわけではないらしい。


「『魔王』はちょっと想定外だけど、まぁ仕方ないか。じゃあ僕も自己紹介を…」

「フン、すぐ死ぬ者の名などに興味は無いわ!」

「いや、さっきキミが“名を名乗れ”と…」

「ゴチャゴチャうるせぇよ、食らえ雑魚めが!必殺『暗黒飛翔剣』!!」

「おっと、悪いけど僕には効かないよ?『暗黒飛翔剣』!!」


キィイイン!!


 先ほどの登場時と同じく、魔王と同じ技名を唱え、魔王と同じ構えから魔王と同じ技を繰り出した宿敵。

 果ては威力まで同じのようで、二人の技は相殺された。


「くっ、またしても…!なぜ貴様が俺と同じ技を使えるんだよ!?」

「ハハッ、以前は『魔獣使い』だった僕だけど…カクリ島を離れた後、なんとか転職に成功してね。」


 そう言って宿敵は不敵な笑みを浮かべた。


「上級職…『好敵手』であるこの僕に勝てる人間なんて、存在しないのさ。」

「なっ…コウテキシュだと…!?」


<好敵手>

 対峙する相手に合わせ、同じ職種に様変わりする職業。

 極めるのにはセンスが問われ、大抵は挫折して『モノマネ芸人』で終わる。

 戦闘においての能力は、一言で言い表すならば“拮抗”。

 全く同じ技を返し、相手の攻撃全てを相殺できる高等職種である。


「…知らんな。」

「よく言われる…」


 だが知名度は低かった。




 意外にも出オチで終わらなかった宿敵は、五錬邪にも恐れられる魔王を相手に、その後も一歩も引けを取らなかった。

 そしてなんと、そのままダラダラと小一時間が経過したのだった。


「ハァ、ハァ、貴様…なかなか…やるじゃねーか…」

「ゼェ、ゼェ、キミも…諦めの…悪い人だな…」


 全ての攻撃が相殺され、決定打が一発も決まらない状況ではあったが、さすが二人とも疲労困憊の様子。

 体力の限界が近い宿敵としてはそろそろ退いてほしいところ。


「あ、諦める…?フザけるな!貴様は絶対にこの俺が…」

「ユーシャ様、残念ですがお時間です。」


 均衡を打ち破ったのは、突如としてどこからともなく聞こえた女の声。

 賢二は驚いて辺りを見渡したが誰も見当たらない。


「えっ!ど、どこから声が!?」

「む…?なんだ、華緒か。今いいところなんだから邪魔するなよ。」


 賢二が見つけることもできなかった声の主は、魔王の部下である華緒。

 気付けば知らぬ間に、魔王の足元で片膝をついている。


「いえ、しかし今すぐ出なければ“面接”に間に合わないもので…」

「あぁ…そうか、今日は『第四回:四天王オーディション』の日だったか。」

(オーディションて!えっ、『四天王』ってそうやって選ぶものなの!?)

(ま、まぁいいじゃないか賢二君。このまま去ってくれると僕としては助かる。)


 もはや立っているので精一杯の宿敵。しかしそうとは悟られぬよう余裕ぶることで、敵を牽制していた。

 これで騙しきれないようならもうヤバい…といった状況だったが、どうやらその作戦はうまくいきそうだ。


「この場は退きましょう魔王様。この者ほどの実力があれば、再戦の機会はいくらでもありましょう。」

「…まぁそれもそうか。あまり早くに戦う相手がいなくなってもつまらんしな…。というわけだ、この勝負は預けといてやるよ好敵手。」

「フッ、何度やっても結果は同じだけどね。」

「いい度胸だ!次に会う日まで死なずにいるがいい!サラバだ!!」


 魔王は去っていった。




「す…凄いよ宿敵君!あのユーシャさん相手にあんなタンカ切れるなんて!」

「…ブハァッ!ゼェ、ゼェ、ゼェ…!ま、まぁ今回みたく、持久力が尽きるまでいかなきゃ、何度やっても負けないと思うし、ね。ふぅ~…」


 魔王の姿が見えなくなったのを確認し、やっとポーカーフェイスを解除できた宿敵は、もう限界と言わんばかりにその場にへたりこんだ。


「ほんと凄いよ!もしかして『好敵手』って最強の職業なんじゃない!?」

「フフッ…ま、そう甘くも無いさ。一長一短だね。『好敵手』は一言で言い表すなら“拮抗”…。似たようなのだと、反対属性の魔法で敵の攻撃を“相殺”できる職業とか、人の姿形から能力まで完璧に“模倣”できる魔獣とかもいるらしいけど、それらには無い…大きな縛りがあるんだ。」

「へ?縛り??」


 誰にも負けないが誰にも勝てない。



「そっか…やっぱうまい話には裏があるもんなんだなぁ…。大変だね。」

「ああ。正直この『好敵手』ほど一人旅に向かない職業は無いと思うよ。」

「そうだね…アリにも勝てないんだもんね…」


 そこそこ呪われた職業だった。


「はぁ…。じゃあ結局、彼を倒すなんて僕らには不可能ってことだよね?たった四年でありえないほど成長してたし、きっと差は開くばっかりで…」

「あ~…いや、大丈夫。察するに彼は『戦闘族バルク』…これ以上の急成長は無いはずだよ。」


 どうやら宿敵は、魔王の成長の秘密を知っているようだ。


「前に師匠から聞いたことがあってね。全盛期に向けての成長は確かに早いが、同じペースで強くなり続けるわけじゃないらしい。」

「…そ、そうか。ならば俺も育てば…可能性はあるわけ…だな。」


 背後から聞こえた声に賢二が振り返ると、満身創痍の勇者がなんとか立ち上がろうとしていた。


「勇者君!気が付いたんだね!」

「でもあの魔王は厳しいかもしれないよ勇者君?さすが戦闘族というだけあって、現時点で既に最強クラス…まったく勝てるビジョンが見えないよ。いや、まぁ僕はどのみち勝てないわけだが。」

「ちょっと待て。まず先に…一つ、大事なことを聞いておきたい。」

「ん?なんだい勇者君?」

「誰だ貴様は?」

「相変わらずだね…清々しいほどに。」


 宿敵をおちょくるその様子から、多少の余裕はうかがえるようになったものの、どう見ても満身創痍の勇者。

 肉体だけでなく、敗戦の屈辱が心の内にも深い傷を作っていた。


「どうだい勇者君、これからどうするかはもう決まったかい?」

「うむ…。あの口ぶりじゃ、今の魔王は流浪の旅人…世界的な目で見るとまだ脅威ではなさそうだ。となると、当座の問題は五錬邪の方…と見るべきだな。」

「ま、それが妥当かもね。」

「そしてとりあえず、一つハッキリしたことがある。悔しいが今の俺ではまだ、奴には勝てんようだ。それに…恐らく五錬邪もそう簡単な相手じゃないだろう。」

「へぇ、意外と冷静じゃないか。もっと怒り狂うタイプかと思ったけど…しばらく会わない間に変わったんだね。」

「フン、俺は至って冷静だぜ?さ…とりあえず行こうか。次に立ち寄った村を意味無く破壊して回ろう。」

「完全に怒り狂ってるじゃん!やっぱ全然変わってないねキミ!」

「フッ…」


 ようやく口元に笑みが戻ってきた勇者は、おもむろに剣を抜き…沈む夕日に切っ先を向けた。


「まぁとにかく、修行だな!」



 そして少年達は―――




「よし!では全員で『タケブ大陸』へ向かうぞ!古代神の一人は、そこにいるはずだ。」

「ガセネタだったらアンタを血で赤錬邪にするけどね?」

「まぁ気にせず行こうぜ桃さんよぉ!全てはユーザックを倒すためだ!」

「うむ、その意気だ群青!勝って我らが正真正銘の『魔王』となり、世に君臨するのだ!!」



 悪と戦うために―――




「行くぞ賢二!宿敵!!」

「うん!!」



 ―――旅に出る。




 ~勇者が行く~


 第二部:『五錬邪討伐編』 始動。

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