【034】六号生:最強の敵
油断した隙を突いてなんとか強敵の親父を倒し、俺は姫ちゃんを救うため全速力で学校を目指した。間も無く到着だ。
途中、それぞれの敵を振り切ってきた賢二、盗子とも合流。
親父から聞いた事の顛末も軽く説明した。
ちなみに二人とも一度は逃げようとしたらしいが、俺を敵に回す方が後々厄介だと気付いて戻ってきたらしい。
フッ、意外と賢明な奴らめ。
「というわけで、恐らく先公が最大の敵となるだろう。覚悟はいいか?」
「し、死ぬのは嫌だけど…そういう事情ならしょうがないよね!姫がかわいそうだもんね!」
「あっ!学校が見えてきたよ勇者君!校庭に誰かいる!!」
儀式の影響なのか、校庭は怪しい霧に包まれていた。
そして賢二が指差す先には、儀式の首謀者と思しき教師の姿が見て取れた。
「その儀式、待ったぁーーー!!」
「えっ、勇者君!?なぜキミがここに…!?」
勇者達の登場が予想外だったのか、珍しく少し動揺する教師。
「姫ちゃんを守るため、貴様を倒しにやって来た!大人しく死にやがれ!!」
「…やれやれ、凱空さんも困った人だ。やはり彼も人の親でしたか。」
「ゆ、勇者く…えぐっ。」
霧の合間から、教師の脇に立つ姫の姿が見えた。だが表情まではわからない。
「姫ちゃん、まさか泣いて…泣いてるのか!?先公ぉ、貴様ぁあああああ!!」
勇者は教師に斬りかかった。
ガキィイイイン!!
勇者が教師の注意を引いている隙に、姫のもとに駆け寄る賢二と盗子。
「うぐっ、えぅっ…」
「えっと、えっと、あの、僕…どどどどうすればいいのかなぁ…!?」
「も、もう大丈夫だよ姫!だから泣かないで!ね?」
「しゃっくりが止まらないよ。」
「紛らわしいよ!!」
勇者は死に急いだ。
数分後。姫ちゃんを救うべく颯爽と現れた俺だったが、不覚にも先公にボコボコにされていた。
やはりコイツは人間じゃない。まさかこの俺が、こんなにあっさりやられるとは思わなんだ。
「うぐっ…!そ、そんな杖ごとき…に…!」
「フフッ、甘いですねぇ勇者君。接近戦なら勝てるとでも…思ってたんですか?」
勇者を軽くあしらい、息も切らせず余裕の笑みを浮かべる教師。
その様子に驚愕しつつも、盗子と賢二はこっそり小声で作戦を立てる。
(あ、あの勇者が赤子扱い…。やっぱヤバいよ賢二!絶対勝てっこないよ!)
(だったら、先に術式を行う『術士』を狙った方がいいかもね!)
「ほほぉ~、私を狙うとはいい度胸ですねぇ。」
「なんで聞こえてんのさこの地獄耳ーー!!って、先生が術士なの!?」
「えっ!?でも先生は『魔法士』じゃな」
ヒュゴォオオオオオ!!
〔獄炎殺〕が賢二の頬をかすめた。
〔獄炎殺〕
魔法士:LEVEL50の魔法(消費MP50)
地獄の業火で敵一体を焼き殺す高等魔法。どんなお肉もたちまちウェルダンだ。
「ひ、ひぃいいいいいい!」
「おかしなことを言いますねぇ賢二君。魔法の一つや二つ使えなくて、先生ができるわけないでしょう?」
「そんなレベルの魔法じゃないですけど!?」
(この隙にアタシが杖を奪えば…!よし、『盗賊の腕輪』を付け…アレッ!?)
「コレをお探しで?」
「ええぇっ!?いつの間に奪われ…!?」
「フフッ。万能無敵のこの私に勝つなんて不可能ですよ。諦めてくださいな。」
あまりの実力差に、確かに諦める以外の道が見えない。
「ど、どうしよ勇者…もう…ダメなのかな…?」
「…だったら!だったらなんとかできないのか!?“万能”なんだろ貴様!?」
「あ゛…」
教師は痛いところを突かれた。
「何か他の方法は無いんですか!?ホントにそれしか無いんですか先生!?」
動揺した今がチャンスとばかりに、畳み掛ける賢二。
このタイミングで好転できなければ、恐らく次の機会は無い。
すると教師は、懐から怪しげな液体の入った小瓶を取り出した。
毒薬の可能性が高いため周囲に緊張が走る。
「マオだけを封印できる術さえ解読済みだったら、コレを使えたんですがね。」
「な、なにその怪しげな液体!?アタシらを毒殺するためのじゃなくて!?」
「私が長年かけて作った『魔法薬』です。これなら強制的にマオを追い出せる。」
「それが前に貴様が言ってた、血子の髪を使った魔法薬か…?じゃ、じゃあ頼む!それを姫ちゃんに…」
プライドの塊である勇者が、恥も外聞もかなぐり捨てて懇願するというこれまでに無い光景。
しかしそれでも、教師が首を縦に振ることは無かった。
「駄目です。マオを再び世に放つわけにはいきません。」
「そんなっ…!」
勇者は膝から崩れ落ちた。
「結構苦いね。」
姫はいい飲みっぷりを見せた。
「そんなっ…!!」
教師も膝から崩れ落ちた。
死角は皆無かと思われたが、姫ちゃんにあっさりと意表を突かれた先公。
さすがは俺が惚れた女…姫ちゃん、タダ者じゃないぜ。
すると数秒後、彼女の中から黒い霧のような何かがこんにちは。恐らくコレが…!
「あうぅ~…」
怪しい霧が全て出ていったと同時に、姫はパタリと倒れた。
それに気付いて慌てて抱きとめる勇者。
「ひ、姫ちゃん!?大丈夫か!平気か!?お元気か!!?」
「大丈夫だよ勇者、気を失ってるだけ…って、スヤスヤ寝てるよ!神経太っ!」
その時、どこからか聞き慣れない声が聞こえた。
「ふぅ~、やっと出られたよ~。」
それが宙に漂う黒い霧状のものからだと気付くと、一斉にその方向へと目を向ける一同。
すると霧はなにやら邪悪な獣のような姿へと形を変え、そこはかとなくラスボス感をかもし出してきた。
「…貴様がマオか?」
「うん、そうだよ。」
『霊獣:マオ』が現れた。
姫の影響が少し残っている。
「くっ、私としたことが…こんな失態を…!」
悔しそうに唇を噛む教師。
「困っちゃったね。」
「アンタは別に困んないよね!?」
姫の影響が色濃く残っている。
「うわぉ!ふ、復活しとるぅーー!!」
その驚きの声の主は、遅れて駆けつけた勇者父。
予想外に早い展開に、ある程度は覚悟を決めていた父も驚きを隠せない様子。
「お、生きてたのか親父。意外とタフだな。」
「あ~、久しぶりだね『勇者』の人。相変わらずウザい感じだね。」
「む?ああ久しいな。お前は何か…雰囲気が変わったな。」
「正直、自分でも戸惑ってるよ。」
やっぱり不本意のようだ。
「あっ、そうだ!復活しちゃってもさ、体が無ければ悪さはできないんじゃ…?」
確かに、一般に『霊獣』とは実体を持たない魔獣を指すため、盗子の言う通りその可能性も考えられる。
しかし残念ながら、そう甘くは無いらしい。
「問題無いよ。もう新しい器…その資格持つ者の、邪悪な波動は感じてる。」
「!!!」
みんな一斉に勇者を見た。
「オイ!なにこっち見てんだよテメェら!?ブッた斬るぞ!!」
「いや、僕達は…別に…」
「も、もしも強い強ぉい勇者が乗っ取られたら大変だなぁ~って、ね?」
賢二と盗子はシラを切った。
「いや、その点は安心していいぞ勇者。父さんは知っているんだ、マオは合意無き者に憑依することはできん。」
「じゃあなんでお前までこっち見たんだよ!?」
確かにそうだが無理もなかった。
「さてと…これ以上時間潰すのもアレがアレな感じだし、そろそろ行くね?」
そう言い残し、その場を去ろうとするマオ。
どうやら次の憑依先の候補は本当に勇者じゃないらしい。
「ま、待ちなさい!アナタをこの島から出すわけには…!!」
「それができれば苦労は無い…。そうだよね、先生?」
「くっ…!」
もはや打つ手の無い様子の教師。
だがしかし、そんな教師に軽く捻られたはずの勇者は、なぜかとても偉そうに上から目線で見送る気満々だ。
「まぁいいさ。俺に倒されるまでの僅かの命…せいぜい楽しむがいい。」
「じゃあ毎日お祭りするよ。」
「そりゃ楽しみすぎだよ姫…じゃなくてマオ!まぁ世界滅亡を目論むよりはマシだけども!」
「毎日が“後の祭り”だよ。」
「ねぇそれ主語はどっち!?人間!?もしかしてアンタ!?」
「なんかキャラに威圧感が無さ過ぎて、僕らも恐怖におののきづらいよね…」
微妙な空気が漂う中、マオは段々と上空に舞い上がっていく。
「んじゃ、もう行くよ。でもサヨナラは言わないよ。」
「ああ。きっとまた会える。」
「いやいやおかしいから勇者!それは友情とか愛情を伴う場合の別れ方だよ!?最終回とかでよくある感じの!」
「サラバだよ脆弱なる者ども!まったねー☆」
マオはとても軽いノリで去っていった。
「行っちゃったね…“緊迫感”の”き”の字も残さずに…」
遠くに消えていくマオを眺めながら賢二は呟いた。
すべては終わった…そんな空気が流れつつあったが、まだこれで終わりではないことを、勇者達は知っていた。
「気を抜いてる余裕は無いぞお前ら。俺達が今すべきこと…わかってるだろ?」
「…大丈夫、僕はわかってるよ。」
「アタシもわかってる。」
三人が絶対に振り返らないようにしているその背後では、絶対に怒っているだろう教師がただ呆然と立ち尽くしている。
目深に被ったフードのせいでいつも通り目元は見えず、口元は笑っているようにさえ見えるが、どう考えても怒っているのは確かだった。
「逃げるぞ。」
「うん。」
三人は翌朝、海岸に打ち上げられた。