【031】五号生:知られざる真実の歴史
芋園の上空に突如現れた謎の飛行船。恐らくこれが、噂の『蒼茫海賊団』と見て間違いは無いだろう。
先公から聞いてはいたものの、にわかには信じられない光景だが…目の当たりにしてしまってはもう信じるしかない。
ここで全員を一網打尽にし、この『学園校の蒼き竜巻』の名を世に轟かせてやろうじゃないか。
「ど、どうするの勇者!?真っ直ぐこっち向かって来てるけど!」
慌てる盗子。
だが勇者は余裕の笑みを浮かべている。
「大丈夫だ問題ない。ちゃんとバズーカを持ってきてる。」
「いや、『勇者』がバズーカ常備してるのも、未確認飛行物体を問答無用で爆撃するのもどっちも大丈夫じゃない気はするけど…」
盗子は正論を言ったが勇者が聞くはずもない。
「まぁとりあえず、空から引きずり降ろさなきゃ話にならないのは確かさ。」
そう冷静に話す暗殺美だが、これから冷静ではいられない状況になることを彼女はまだ知らない。
その頃、甲板では―――
「船長!なにやら芋園には誰かいるようッス!どうするッスか?」
「きっと芋泥棒ニャ!けしからん奴らニャ!」
「どの口がそんなセリフを!?」
自由過ぎるライに気をとられ、賢二はまだ勇者達の存在に気付いていなかった。
「んー、アレなんだろね賢者君…遠足か何かかな?」
しかし太郎のその一言により、ようやく下界の状況を把握したのだった。
「えっ…アレッ!?ななななんでみんながいるの!?」
「どうした賢者殿、お仲間でもいたのか?」
「あ、ハイ。“仲間”というか“悪魔”というか…」
「悪魔…そうか、この異臭はそのせいかよ。」
「いや、それは悪魔に失礼かと。」
数分後。敵もだいぶ近づき射程圏内に入ってきたため、宣言通りバズーカで撃ち落とすことにした俺。
まぁそれで全滅させられるとは思わないが、少なくとも逃走手段は奪えるだろう。
そしたらそのまま一網打尽にし、この『学園校の蒼き隼』の強さを歴史に刻み込んでやる。
「よし、じゃあ食らわせてやるぜ必殺バズーカ…って、む?なんだアレは…?」
船はなぜか白い布を掲げている。
「し、白旗…!?仮にも『海賊』を名乗る奴らが戦わずして降参だと…!?」
予想外の展開に勇者が動揺している間に、海賊船はすんなりと芋畑の脇に着陸。
そして中から、白い旗を持った賢二が現れたのだった。
「こ、降参ですー!敵意は無いので撃たないでー!」
「えっ!?う、嘘さ!ああああアンタは、け、け、け…!?」
まさかの人物の登場に、暗殺美は思わず腰を抜かした。
暗殺美ほどではないにしろ盗子ら他の生徒達も驚いており、勇者もまた同じのようだ。
「なっ、お前…生きていたのか!」
「勇者君…!みんなー!会いたかったよー!!」
地球に戻る前は…そして戻ってからも、一秒でも長く生き残るために学校には戻るべきではないと考えていた賢二。
しかし、級友との再会にはやはり心を躍らせるものがあったようだ。
そんな賢二の方へ、ゆっくりと歩み寄る勇者。
「まさか、こんな所で再び会うことになるとはな…会いたかったぜ…!」
「ゆ、勇者君…!」
勇者の性格上、もっとどうでもよさそうな扱いをするかと思いきや、今回はなんだか雰囲気が違う。
「よく来たな、カルロス!」
「ゆ、勇者君!?」
雰囲気どころか名前も違った。
「ああ、久しぶりだなぁ勇者。」
「えっ、剣次さ…えっ、カルロス!?」
剣次の本名だった。
結局、賢二らの登場によってゴタゴタしたこともあり、遠足は中途半端な感じで終了した。
今回もまた色々と法に触れそうなので詳しくは言えないが…簡単に言うと芋はまた盛大に焼いた(もちろん畑ごと)。
とにかく、特に大した怪我をすることもなく終わったので一安心といったところ。
まぁあくまでも俺の嗅覚を除いての話だが。
そしてその夜、俺は再会したカルロスを家に招待した。
親父とも話したいだろうからな。
「いやぁ~、久しぶりだなカルロス!もうあれはどれくらい前の話だ?」
勇者の予想通り、剣次との久々の再会に父は上機嫌の様子。
勇者は勇者で、日頃他人を邪険に扱いがちにも関わらず、今日は珍しく悪からぬ態度だ。
「確かまだ俺が二歳ぐらいの頃か?半年ほどウチにいて、剣とかも習ったよな。」
なんと、剣次は一時期この辺りに滞在しており、勇者に戦う力を授けてしまった罪深き人間の一人なのだという。
「あ~、あん時は参ったぜ。まさか放浪中に宇宙船が墜落するとはなぁ。船が直るまで居候させてもらって、アンタにゃ感謝してるよ親父さん。」
当時二歳だった勇者はその辺りの事情はまったく知らなかった。というか剣次が地球人じゃないことすら今日知ったのだとか。
「にしても、まさかお前が宇宙人だったとはな…。宇宙の技術だってんならまぁ空飛ぶ海賊船の存在もうなずける。」
「ん?ちゃんと帰る時には宇宙に帰るって言ったよな俺?」
「いや…“そういう病気”なのかなぁと。」
「虚言癖は無ぇよ!相変わらず失礼だなオイ!」
勇者は当時からこんな感じだったらしい。
「ところでカルロス、今回は何しに来たんだよ?また放浪の旅ってやつか?」
「あ~、ちょうど向かってたところで賢者殿に…あっ!そういや親父さん、アンタに頼まれてた“例の本”…あ゛っ、いや、なんでもねぇ。それは秘密…じゃない、何の話かわからねぇ。そうだろ?」
これほど隠せてない嘘も珍しかった。
「…親父、そういうのは息子のいないところで頼む。」
「なっ!?いや違っ…カルロ…ふむ、まぁ…アレだ…勇者、そろそろ寝なさい。」
父は誤魔化すのを諦めた。
勇者は気を使ってか何も言わず寝室へと向かった。
そしてしばしの静寂が訪れた。
「…ふぅ、頼むぞカルロス…。おかげで勇者に“宇宙の彼方までエロ本買いに行かせた父”と思われてしまったじゃないか。まぁ嘘がつけんのがお前のいい所なわけだが。」
「な、なんか…色々とすまねぇ。」
申し訳無さそうにうなだれる剣次と、溜め息混じりに煙草をふかす父。
「ふむ、まぁそれはさておき…そうか見つからずか…。恐らくもう、それほど時間は残されてはいまい。いざとなったら、お前の力も借りるやもしれんぞ。」
「ああ、問題ねぇ…借りは返すぜ。」
何か裏がありそうな空気だ。
そして、カルロスや賢二が戻ってから数日が経った。
秋の遠足が終わったということは、次は体育祭の季節だということになる。
今年は五号生だし優勝できそうな気がするのだが、そもそも毎回何かしらの邪魔が入り開催自体が危ぶまれるのがこの体育祭。果たして今回はどうなることやら。
「体育祭が終わりゃあもう冬…なんか今年は一年が早いな。」
朱色に染まった森の木々を眺めながら、勇者は盗子に話しかけた。
「言われてみればそうだね~…あっ、そうだ!冬といえばさ、ちょっと気になることがあったんだよ!」
「安心しろ、俺はお前は気にならない。」
「気にしてよ!四六時中気にしててよ!…って、『極秘書庫』のことだよっ!」
盗子の大声に反応し、賢二も話に入ってきた。
「それって、二年前の冬にベビルさんが侵入した…?確かその前には勇者君達も入って先生にとっても怒られたんだよね?」
「あ~、あの『歴史全書』とかいう歴史書があった場所か。ただ文体が胡散臭かったし、きっとニセの歴史だろうって話になったろ?」
「それなんだけどさ、あれってホントに…ニセモノなのかなぁ?」
「あん?何を言ってるんだ盗子、冗談は顔と体と中身だけにしろ。」
「全部じゃん!存在全部じゃん!…って、だってさ、ベビルん時に先生が言ってた話だと、あの部屋ってもっと…ねぇ?」
その言葉を聞いて賢二は盗子の意図を察した様子。
「あっ、そっか!その時に聞いた話じゃ『式神』で守るほど重要な場所って…」
「そうそう!そんな場所に、そんなニセの本を置いとくって絶対おかしくない?」
盗子はあくまでも、単なる世間話として話したつもりだった。
だが勇者の反応は予想していなかった方向へ。
「…なるほど、これは検証の余地があるな。よし!今から…いや、準備もあるし今日の放課後に行くぞ!」
「うげっ!?」
盗子は余計なことを言った。
放課後。準備を済ませた俺達は再び極秘書庫に進入すべく、こっそり集まった。
「さて、全員集まったところで…行くとするか。心の準備はできたか?」
「イヤッ!イヤだよアタシ!絶対にイヤァーー!!」
「僕も先生に殺されるようなことはしたくないよー!」
「ありがとう、やっぱお前らは親友だ。」
「話を聞いてーー!!」
もちろん聞こえてはいる。
「まぁ安心しろよ賢者殿。式神ってのは俺がチャッチャと片付けてやるからさ。」
「だ、ダメですよ剣次さん!アナタ利用されてるんですよ!?気づいて!」
勇者が言っていた“準備”とは、式神対策として剣次を呼ぶことだった。
どう考えても悪事なわけだが、剣次は細かいことを考えない単純で良い奴であるため、何の疑いもなく協力し、そして約束どおり式神を破壊して帰って行った。
「さぁ入るぞ。先公にバレたら厄介だからな。」
断固として拒みたい二人ではあったが、既に式神を始末しているだけに、もはや後には退けない状況。
こうなったらなるべく早く用事を済ませ、バレる前に逃げる方が得策だと考えることにした。
「ち、ちなみに勇者君…今日はなんで姫さんは呼んでないの?いつもなら仲間に加えたがるよね?」
「ハァ?何を言ってるんだお前、姫ちゃんの身に何かあったらどうする?」
「え、僕らの身は…?」
というわけで、俺としては二度目の侵入を果たした極秘書庫。
お目当ての本『歴史全書』は、前回先公にバレないよう咄嗟に隠した場所にそのままあったため、探すのに時間はかからなかった。
「よし見つけたぞ。さぁ読め賢二、さっさと読んでさっさと逃げるんだからな。」
「う、うん、わかったよ。えっと…新星暦523年、突如現れた『魔王』により…」
「その概要部分は前回読んだ。だからもう本編に入ってくれ。」
「あ、そうなんだ。じゃあねぇ…」
ある日、とある小さな村にて一匹の『霊獣』が解き放たれた。
その名は『マオ』。恐るべき魔力を秘めた魔の者だった。
マオには実体が無かった。
そして、実体が無ければ力も発揮できなかった。
そこでマオは、契約者たる人間に力を貸すことで肉体を得ることにした。
マオが目を付けた者の名は、『終』。
終はちっちゃな頃から悪ガキで、十五で不良と呼ばれていた。
新星暦523年のことだった。
「二十年前…結構最近のはずなのに、俺達が知らないのは何故だ…?」
マオの憑いた終が世界を征服するのには、一年とかからなかった。
人々は恐怖にプルプル震え、チワワのモノマネが流行した。
だが新星暦526年、世界を救う五人の戦士が現れた。
『勇者:凱空』と四人の戦士『四勇将』だった。
「あっ、出て来たね『勇者』の人。勇者君達は知ってるんだっけ?」
「ああ、前に読んだ範囲で名前だけはな。一体どんな活躍をしたのかが気になるところだぜ、同じ『勇者』としては。」
凱空は四勇将と共に、魔王城へと乗り込んだ。
『武闘王:拳造』は、荒々しい拳技で魔王軍を蹴散らした。
そして『剣豪:秋臼』は、華麗な剣技で終を追い込んだ。
「えっ!?アキウスって、前に雪山でハンターが言ってたよね?確か勇者の…」
「ああ、俺の流派の…麗華の師がそんな名前だったと聞いたことがある。そうか、歴史に名を残すほどの奴だったか…悪く無い話だ。」
その間凱空は、必死に四葉のクローバーを探していた。
「ねぇ勇者君、ホントに大丈夫なのこの本…?」
マオ封じを試みたのは、『退魔導士:妃后』。
妃后は自らの体内にマオを封印しようと術を練った。
「妃后よ、お前は純血の退魔導士だから、多分耐えられる!と思いたい!」
「あ、うん!任せてよ凱空君!」
しかし妃后、途中でギブアップ。
とはいえ、マオを半分奪われた終もまた魔力が半分に。
そこで『賢者:無印』、氷結魔法で氷の柱に終を封印。
めでたしめでたし。
「な、なんだか最後の方すんごい投げやりに感じたのはアタシだけ…?」
「それになんだか、肝心の勇者さんだけちっとも活躍してないよね…?」
「いや、待て!まだ続きがある!きっとここからに違いない!」
…と、そう単純な話でもなかった。
なぜなら、いずれ妃后が死ねばマオは甦るはずだからだ。
そのため、凱空達はまだ休むことはできなかった。
失われた太古の退魔術をまとめた、『天地封印術典』の解読が急務となった。
そこで凱空と四勇将は、必死にその作業に取り組んだ。
サッパリわからなかった。
仕方なく一行は、とりあえず無人島へと移住。
終を封じた氷柱も人知れずその場に移した。
そしてその事実を誰にも知られぬよう、その島を外界から隔離したのである。
この計画を『隔離計画』、島の名を『カクリ島』と呼んだ。
「か、カクリ島!?ここじゃん!この島じゃん!!」
思わぬ単語に、驚きを隠せない盗子。勇者も賢二も似たような表情を浮かべてはいるが、勇者はまだ半信半疑のようだ。
「むー。この島だって話になるとやっぱ現実味に欠けるな…。どう思う盗子?」
「わっかんないけど、やっぱこんな部屋に隠してあるくらいだしさ~。」
「賢二、お前は?」
「そうだね…内容が内容なのにフザけた記述がチラホラあるし…胡散臭いかな?」
「じゃあお前は?」
「死にますか?」
聞いた相手は、いつからか隣にいた教師だった。
「うわぁーーーー!!」
三人はしばらく投獄された。
そして…俺達が地下牢(学校なのに)から釈放された頃には、もう体育祭は終わっていた。
半月にも及ぶ獄中生活と説教はさすがに辛かったが、得たものはあった。
あそこまでするということは、やはりあの本は本物なのだ。
この島には…きっと何かある。
「…というわけで、今日から色々と調べようと思う。協力頼めるか?」
「イヤッ!イヤだよ!もう牢獄なんて絶対にイヤァーー!!」
「次こそホントに命が危険っぽいから、僕も手伝えないよ…ゴメン。」
「ありがとう、そう言ってくれると思ってた。」
「だから話を聞いてーー!!」
そんな三人の話を、物陰で聞いている者達がいた。
教師と剣次、そして勇者父の三人だ。
「ほら、またあんなこと言ってる…。まったく困ったことをしてくれましたねぇお馬鹿さん。」
「す、すまねぇ!まさかそんな事情があるとは思わなかったんだよ…」
教師に怒られ、うなだれる剣次。どうやら先日の式神破壊の件で呼び出されたようだ。
「まぁそう責めるな凶死よ。確かにカルロスはちょっと馬鹿だが、根は良い馬鹿なんだ。」
「いや、どうせなら“馬鹿”の部分から否定してくれよ…」
「もし邪魔でもされたら終わりなんですからね。今後は頼みますよ?」
普段は飄々としている教師だが、今回は珍しく真面目な口調で注意している。
「わかってる。もうウッカリはしねぇよ。」
「安心しろ、その点は私もなんとかフォローする。」
「やれやれ…まぁアナタがそうおっしゃるなら…」
そして教師が父に、続けて言った一言は…勇者達がまだ知らない真実だった。
「じゃあお任せしますよ、『凱空』さん。」
勇者は親の名も知らないのか。
なんだかんだで時は流れ、冬。
本来ならば『地獄の雪山登山』の時期なわけだが、今年は行く気は無い。
なぜなら俺には…『隔離計画』についてもう一度調べるという重要な作業があるからだ。
他の奴らが雪山へ行っている間なら、校舎内の調査もはかどることだろう。
先公の奴にバレないようこっそり進めねばならんがな。
「どうだ盗子、あれから何かわかったことはあるか?極秘書庫にはしばらく近づけなかったが、他にも何かやれることはあったはずだ。」
「それがさ、バレたらマズいから聞き込みとかもできなくてさ~。」
「賢二、お前は?」
「とりあえず街の図書館では何の収穫も無かったよ。」
「じゃあお前は?」
「ホント死にますか?」
「うわぁーーーー!!」
三人は再び投獄された。
こうして、流れるように時は過ぎ、もう一年が終わろうとしている。
今年は異様に早かった。
特に秋の後半と冬の記憶が一切闇に包まれている…というか、実際闇の中にいた。
だが、俺は諦めない。
たとえまた(盗子が)捕まろうとも、絶対に秘密を暴いてやる。
たとえ(賢二が)死にかけようとも、絶対に真実を解き明かしてやるのだ。
もうじき春が来る。
そしてついに、俺は最上級生になる。