【030】外伝
*** 外伝:賢二が行くⅡ ***
冒険者模試でやらかした結果、僕が地球から打ち上げられて…早いもので一年以上経ってしまいました。
もしあの日、太郎さんがまた偶然通りかからなかったら…そう考えると怖ろしくてたまりません。
そう、僕は再び飛行中の宇宙船に突っ込んだおかげで死なずに済んだのです。
「一年か…。なんだかんだで結構ここでの生活にも慣れたよね、賢者君。」
「ん~、けどやっぱ僕は地球がいいです。太郎さんも帰りたいんですよね?」
「いや、まぁ僕としても帰りたいのは山々なんだけど…ねぇ?」
そうなんです。帰りたくても、帰るに帰れない事情があるんです。
僕が突っ込んだ衝撃で宇宙船が故障してしまったので、仕方なく見知らぬ星に不時着。
そこで僕らは、『義勇軍』という戦士団に拾われてなんとか今日までやってきました。
「た、大変です賢者殿!是非お力を!」
そしてまた、こんな感じです。
太郎の呼び方が悪い。
遠い宇宙の地で、またもや『賢者』と勘違いされながらも、一応なんとか取り繕ってきたこの一年間。
だけどもう…いい加減地球に帰りたい。
だから僕は、この義勇軍の『総大将』さんに訴えることにしたのです。
「あ、あの~…総大将さん?ちょっとお話が…」
呼ばれて振り返ったのは、真っ黒に日焼けしたロンゲでヒゲでグラサンのオッサン。
パッと見とてもガラが悪そうであり、実際にガラが悪いため賢二としてはすこぶる苦手なタイプだった。
「おっと、いいタイミングで来たな賢者。ちょうど話があったんだよ、オメェにとっても念願の…」
「えっ!じゃ、じゃあついに僕を地球に…!?」
「フッ…ああ。地球の方に行ってもらうわ。」
拾われて約一年。賢二は地球に帰りたいと何度と無く上申していた。
その願いがようやく叶うと知り、この一年が報われたような気がした賢二。
「や、やった…良かった本当に良かっ…ん?地球…“の方”?」
「…チッ、気づきやがったか。」
典型的な詐欺の手口だった。
「ひ、酷い…今のは人としてやっていいライン超えてますよ…!?」
「ま、まぁそう怒るなよ賢者。じゃあ活躍次第では考えてやる。これでどうよ?」
さっきの今なのでどうにも信用ならない感じだが、どのみち言い争って勝てる相手ではないため賢二は仕方なく話を進めることにした。
「ハァ~。それでその…今度の敵ってどんな人なんですか?」
「おぉ!やってくれるってか!」
「こ、これで最後ですからね!死ぬ気でやりますよもう!」
それを聞くや、ニヤリと笑い…賢二の予想を超える一言をサラリと言い放つ総大将。
「じゃあ頼んだわ、『ユーザック』。」
「うへぇっ!?」
露骨な死亡フラグが立った。
というわけで、何の因果かまたユーシャさんと戦うハメになっちゃった僕。今度こそ死にそうです。
まだ“ユーザック襲来”という無線が入っただけみたいですが、到着は確実なんだとか。
そのため僕は、到着予定地に迎え撃ちに行くハメに…なっちゃったのでした…。
「ハァ…。どうせなら僕、地球の土になりたかったな…」
相変わらず諦め方が堂に入っている賢二。
ここまでくると逆に清々しさすら感じられた。
「え…なに賢者君、まだ肉片が残るとか思ってるタイプ?」
「太郎さんこそ、なんですかその全ての希望を根こそぎ奪っていくスタイル…?」
この一年間、なんだかんだで数々の苦難を乗り越えてきた二人だが、言動は終始こんな感じだったという。
「チィーーッス!賢者大尉はこちらッスかー!?」
そんな中、二人に声をかける人物が現れた。
ペンギンのような兜を被ったその姿…そう、後に賢二らと地球を訪れることになる少年、『下端』だ。
「えっと…どなた様ですか?『大尉』とか言われるの苦痛なんでやめてほしいんですが…」
「自分、『戦士』の『下端』ッス!今日からお世話になるッス!」
仲間が増える…?これまで無かった展開に一瞬戸惑ったものの、賢二は出発前に総大将に言われた一言を思い出して状況を察した。
「あ…そういえば総大将さんが、今日から『賢者小隊』を名乗れって…」
「マジで?いや~良かった、賢者君だけじゃ心もとなかったんだよね~。」
「えっ!じゃあ今までお二人でやってきたんスか!?スッゲー!」
「それは僕のセリフですよ!太郎さん職業『遊び人』じゃないですか!」
「しかも遊びながら!?」
伝説はこうして作られる。
数日後。旅立った僕ら三人は、ユーシャさんが来るという惑星に到着しました。
確かに方向だけ見れは地球方面だけども、やっぱり距離はかけ離れてます。
やっぱり詐欺です。
「ふぅ~、やっと着きましたね~。太郎さん…確か敵の到着予定地は『キャプテン岬』でしたよね?どこにあるのかなぁ…?」
「賢者大尉、だったらまずは村人に話でも聞いてみたらどうッスかね?」
下端が発したその何気ない一言が、恒例行事のような事態を引き起こす。
「け、賢者!?というとアナタ様が、あの魔竜『ウザキ』を倒した…!?」
当然のように勘違いする村人。
なにやら早くも大騒ぎに発展しつつあるが、太郎は何の話かいまいち思い出せず小声で賢二に尋ねた。
(…そんなことあったっけ?)
(あ、ホラ、行ったら既に老衰で死んでた…)
「村長ー!あの悪星『サマラ』を滅ぼした大賢者殿が来てくれましたぞー!」
(…そんなことあったっけ?)
(あ、ホラ、到着寸前に隕石群がドカーンて…)
「スゲーっす!こんな所にまで名が轟いてるなんて、やっぱスゲーっす!」
二人とそれ以外の温度差が酷い。
(な、なんか噂ばかりが一人歩きしてますね…)
(というか全力疾走してるよね。)
(に…逃げましょう。)
これ以上いると噂が噂を呼んでさらに面倒なことになりかねないと判断した賢二達は、目的地の情報を手早く入手して逃げるように旅立った。
そして辿り着いた目的地『キャプテン岬』では、なにやら四・五人の集団が揉めている様子。
どう考えても嫌な予感しかしない。
「ウーニャーー!た、助けてくれニャのニャーー!!」
集団の中から聞こえる金切り声。
賢二はこの先の展開が大体読めた。
「あ、猫耳少女だよ賢者君。一部の層に絶大な人気を誇るという…」
助けを求めていたのは、語尾が「ニャ」の猫耳少女…これが賢二とライの初対面だった。
「あ、アタチは『王佐』の『ライ』!追われてるから助けてくれると嬉しいニャ!」
「王佐ってことは王の補佐役ッス!これは見過ごせないッスね大尉!」
期待に満ちた目で下端が見つめてくるが、賢二は見過ごしたくてたまらない。
しかし、すぐにそんなことも言っていられない状況に。
「もう逃がさないぜ猫娘!お前は高く売れるんだ、大人しく捕まりやがれ!それとも何か?この貧弱そうな奴らと一緒に死ぬ方がマシかぁ!?」
既に盛大に巻き込まれていた。
「ハァ…。え、えっと…猫耳さん、一体なんでこんなことに…?」
「んー…実はアタチら『猫耳族』は、いるだけで幸福を呼び込むって言われてるのニャ。」
「いま思いっきり災難を呼ばれてるだけに全然信憑性無いんですが…?」
どうにも不安な状況に賢二は戸惑っているが、既に敵に囲まれているため当然のんびりもしていられない。
「オイ小僧ども、なんだテメェらは?邪魔するってんならブッ殺すぞオラァ!?」
ライを取り囲んでいた男達は、一様に腕力だけが強そうで話が通じそうには見えない。
「えっと…あの…あっ、そうだ!僕こう見えて『義勇軍』の『大尉』なわけで、だから僕を襲うと軍のみんなが…」
「ぎ、義勇軍!?そうか、テメェらが宇宙警察気取りの偽善軍隊か!ブチ殺してやる!」
賢二は豪快に火に油をぶちまけた。
「生意気な小僧め!死にさらせぇえええええええ!!」
人さらいAはマシンガンを構えた。
賢二は慌てて防御の体勢を整えた。
「うわっ!じゃあ防御!防御魔法を…んっと、えっと、てっ…〔鉄壁〕!!」
賢二は〔鉄壁〕を唱えた。
周囲を取り囲むように防御壁が現れた。
〔鉄壁〕
魔法士:LEVEL7の魔法(消費MP8~∞(※維持した時間だけ消費する))
一定時間鉄壁の守備を誇る。ペナルティーエリア外からのシュートは通さない。
「大尉、隙を突いて自分が突撃するッス!指示が欲しいッス!」
「じゃ、じゃあ突進したり急旋回したりして相手をかく乱して!その隙に僕が魔法で…」
「自分、曲がったことは大嫌いッス!」
「そこは曲がってよ!」
どうやら融通が利かないらしい下端。
だが残りの二人はもっと酷かった。
「ほ~れ、フリフリ~。」
「ニャアン☆じゃらさニャいで~!猫じゃらさニャいでぇ~!」
「どこから湧いてくるのその余裕!?」
え、もしかして…ユーシャさんどころじゃない…?
フラグ回収業者の仕事が早い。
「どどどどうしよう!防御ばっかじゃ勝てないのに…!」
「ん~、まだまだ修行不足だねぇ賢者君。」
「太郎さんだけには言われたくないですよ!」
「ゴメン。こう見えても僕、レベル40。」
「えっ、ホントに!?じゃあ実は強いんですか!?」
「強いよ、特にカードゲーム。」
「あぁ…そういえば『遊び人』…」
ズガガガガガガガガッ!!
賢二の心が折れる音は、激しい銃声でかき消された。
「オラオラオラオラー!いつまで閉じこもってやがるんだ!出て来やがれ!!」
さらに激しさを増す敵の集中攻撃により、鉄壁が悲鳴を上げ始めた。
そろそろパリンといきそうな感じだ。
「ニ゛ャー!怖いニャー!早くニャんとかするニャー!」
「くっ!こ、こうなったら…!」
こうなったら、あの魔法を使うしかなさそうです。
いま僕が知る中で最強の魔法…〔雷撃〕を。
〔雷撃〕
魔法士:LEVEL20の魔法(消費MP20)
〔雷雲〕〔雷光〕〔雷鳴〕に次いで唱えることで、強烈な雷を落とす魔法。
発動までに段階を踏む必要があるため、習得レベルの割に威力は強力。
失敗するともちろんアフロになる。
「ほ、本来この魔法は僕のレベルで使える魔法じゃないけど…でも、やるしかないんです!」
賢二は〔鉄壁〕を解いた。
「ニャ?解けた!?ニャんてこったいもう駄目ニャー!終わりニャのニャーー!」
「今から雷を落とす術式に入ります、みんな離れて!」
「ケッ、やっと出て来たかガキどもめ。どうやら観念したようだなぁ手こずらせやがっ…」
〔鉄壁〕が解除されたのを見て、距離を詰めてくる人さらい達。
ここからはスピード勝負だ。
「僕は負けませんよ!術式〔雷撃〕第一の魔法…立ち込めろ〔雷雲〕!」
賢二は〔雷雲〕を唱えた。
〔雷雲〕
魔法士:LEVEL4の魔法(消費MP8)
黒々とした雷雲を呼び寄せる魔法。晴れた日に使うと全国の主婦に嫌われる。
ゴゴ…ゴゴゴゴゴ…
「なっ!?なんだこの…ドス黒い雲は…!?」
「次なるは第二の魔法…閃け〔雷光〕!」
賢二は〔雷光〕を唱えた。
〔雷光〕
魔法士:LEVEL5の魔法(消費MP8)
目がくらむ程の雷光が閃く魔法。カツラのオヤジは一瞬焦る。
ピカアアァッ!!
「ぐわっ!目が…目がぁあああ!!」
「そして準備段階最後の魔法…轟け〔雷鳴〕!」
だがMPが足りない。
ハイ、というわけで…まるで狙いすましたかのようにMPが切れました。
もうダメです。ご臨終です。
失敗してアフロになることまで覚悟してたのに、まさか失敗すらできないとは思いませんでした。
「あれ…?賢者君、MPって結構増えたんじゃなかったっけ?」
「た、多分〔鉄壁〕を維持しすぎたのが…」
「ひょっとして…結構ヤバい?」
「さよなら太郎さん。僕の遺灰はできれば地球の海に…」
「いつもながら潔い諦めっぷりだね…。でも無理かな、僕もお陀仏だし。」
万策尽きた賢二の絶望感は見るからに明らかで、先ほどの魔法にビビッていた男達も安心してしまった様子。
「ケッ、ビビらせやがって!だがもうネタ切れのようだな!死ねぇえええ!!」
八年か…短い人生だったなぁ…。
「そうはさせるかよ!交われ対なる軌道、『十字軌跡』!」
「なっ…!!?ぎゃああああああああ!!」
聞き覚えのある声に賢二が目を開くと、敵の体から十字の鮮血がほとばしった。
そして次に目に入ったのは、見覚えのある背中。
安心した賢二は思わずへたりこんでしまった。
「ヘッ、久しぶりだな賢者殿…。元気そうでなによりだぜ。」
「あ、アナタは…!良かった…来てくれたんですね!剣次さん!」
そう、駆けつけたのは剣次だった。
「す…スゲーっす!あんな剣技は初めて見たッス!」
「ちょうど用事でこっちの方に向かってたんだが、途中聞こえてきた賢者殿の武勇伝を追ってたら追いついちまったぜ。にしても…なんだよこの猫娘は?」
「あ~、ちょっと成り行きで助けたんですよ。さぁライさん、もう大丈夫…あれ?ライさん?」
確かに目先の脅威は去った。
しかしそれだけではライの不安が晴れることはないようで、むしろ先ほどより思いつめた顔をしている。
「もう大丈夫…?ニャにをお気楽なこと言ってるニャ!今ニャんとかニャったとしても、どうせアタチは一生狙われ続ける身ニャのニャ!どうせ…」
ただのお気楽猫娘にしか見えなかったライだが、ここに至るまでには相当辛い思いをしてきたようだ。
「賢者君…気持ち、わかるんじゃない?キミも行く先々で『賢者』の運命に翻弄されてるわけだし。」
「いや、その発端になるのいつも太郎さんですけどね?導火線見るたびに率先して火を付けに行ってる感じですからね?」
「ま、いいじゃねぇか賢者殿。今さら一つぐれぇ荷物が増えたところで、揺らぐ足場じゃねぇだろ?」
「いや、立ってるのもやっとな人生ですが…?」
「やっぱ見捨てられねッス!乗りかかった船ッスよ大尉!」
「今にも沈みそうな船だけどね…」
考え始めるとマイナスなことしか浮かばないヘタレな賢二。
しかし内に秘めた正義感は誰よりも強いため、結局見て見ぬ振りはできそうにない。
「…ハァ。わかりました一緒に行きましょう。やっぱ僕は…放っとけませんよ…」
半ば投げやりな感じではあったが、それでもライを笑顔にするには十分だったようだ。
「ほ、ホントかニャ!?ありがとニャ、えっと…誰だっけニャ?」
「僕は賢二、なぜかリーダーってことになってます。どうぞヨロシクです。」
「アタチはライ…『ライ・ユーザック』!よろしくニャ☆」
「え゛っ!?」
ユーザックが現れた。
なんとも驚いたライさんの名前。
聞けば“ユーザック”は古代語で“王”を表す言葉なんだそうです。
まさか他にもユーザックって名の人がいるとは思いま…あれ?ということはもしかして、彼女が今回のターゲットだったり…?
ガガ…ガッ…
「あ、総大将さんから無線だ。ちょうどいいから聞いてみますね。…ハイ、賢二ですどうぞ。」
「おっ、賢者か。どうよ?ライ・ユーザックはもう捕まえたか?」
「や、やっぱりユーザックって…『シャガ』さんのことじゃなかったんですか?」
「ハァ?いくら俺でもあんな化けモンに小隊ぶつけるほど鬼じゃねぇぜオイ。」
どうやら二年前に戦った方の、『侵略者』の方のユーザックは、義勇軍大将をして“化け物”と言わしめるほどに成長している模様。
改めて二度と会わないことを祈る賢二だったが、それよりもまず今を乗り切ることが先決だ。
「えっと…ま、まだ見つけてませんが…そのライって人はどう危険なんですか?」
「んー?あ~、奴は『猫耳族』ってんだが、オメェ聞いたことあるか?」
「あ、ハイ。いるだけで幸せを呼び込むとかどうとか。」
「けどそいつぁ“逆”なんだわ。いるだけで特大の不幸を招く超レア物。」
「え゛。」
まさかの展開だが心当たりはあった。
「その不幸っぷりはかなりのもんでなぁ、今までに国を三つ潰してる。しかもタチの悪ぃことに本人にその自覚は無ぇ。」
「じゃ、じゃあもしかして…その人の場合、一種の『生体兵器』として狙われてるとか…?」
「あ~、そうらしいな。だから見つけてもあんま関わらずさっさと消せよな。間違ってもそんな疫病神なんて持ち帰って来んじゃねぇぞ?じゃあな。」
プツッ
切れた無線機を片手に、しばし呆然とする賢二。
「どうしたニャ?歓迎会でも開くって話かニャ?」
(なんとなく察したよ賢者君。キミもピンチが好きだね~。)
「…ハァ。えっと、悲しいお知らせがあります。どうやら僕らの大将もアナタの敵みたい。」
「ニャんですと!?そんニャのあんまりニャー!捨て猫されるのは嫌ニャー!」
「というわけで、僕は今ここで…大尉の位を捨てようと思います。」
「ニャッ!?」
賢二は思い切った方向に舵を切った。
「マジっすか大尉!?そんなことしたら…下手したら今度は軍に追われるハメになるッスよ!?」
「ハイ、だから強制はしません。僕一人でも…なんとかしてみます…よ?」
「な、なんか急に男になったね賢者君。すんごい涙目なのが不安だけども。」
「フッ…俺にぁあ詳しい話はわからねぇが、まぁヤル時はヤル人だぜこの人は。」
「さぁみなさん、どうしますか?あの、もしみんなが嫌なら…ねぇ?」
賢二は早くも決心が揺らいでいる。
「あ~、僕は別にいいよ?どうせ逃げる気だったし、やっぱ見捨てたら後味悪いしね。」
「俺も行くぜ。そんなカッコいい真似、賢者殿一人にゃさせられねぇよ。」
「じ、自分も行くッス!自分、これまで以上に大尉を尊敬したッスから!」
「ありがとニャ賢ニャン!とっても嬉しいのニャー!」
「み、みんな…」
真の動機は、とてもじゃないけど言えない雰囲気です。
目的地は地球だ。
「ところで大尉…あ、賢者殿、逃げるにしてもどう逃げる気ッスか?」
「そうなんですよね…。僕らが乗ってきた宇宙船は三人乗りだし…剣次さんのはいつもの一人乗りですよね?」
「ああ、残念ながらな。」
「あ、それは大丈夫ニャ!さっきの奴らの船はデカかったニャ!」
ライからの有力情報を受け、一同は先ほどの人さらい達の船があるという場所へと向かった。
しかし、いくら悪党だったとはいえ他人の物を盗むことに対して抵抗感が拭えない賢二。
だが実物を見た後は、“別の理由”でさらに抵抗感が強まってしまった。
「ら、ライさんこれって…“海賊船”ですよね?見るからに…」
賢二が旗を指差すと、先ほどまでなんだかんだで余裕ある顔をしていた下端も、実力者であるはずの剣次も、同時に顔をこわばらせた。
「これは…そ、『ソボー海賊団』の旗ッスよ!しかも船体は超最新型ッス!」
「ソボー…確か船長はかなりの強豪って聞くぜ?俺でも勝てるかどうか…」
「剣次さんでも!?よ、よりにもよってそんな強い人のだなんて…」
思わぬ大物を敵に回そうとしている状況に戦々恐々とする賢二だが、もはや後には退けない状況。ここまできたらもう突っ切るしか無い。
「でも大丈夫ニャ!見張りだったさっきの奴ら以外、みんニャ温泉行ってるはずニャ。問題ニャし!」
「じゃあ急がないとね。大丈夫、運転の方は僕がなんとかす…なるよ。だいぶやりこんだしね、ゲーセンで。」
太郎は不安になることを言ったがちょうど誰も聞いておらず事なきを得た。
その後、太郎の運転により船は無事離陸。
うまいこと海賊達にバレずに飛び立てたこともあり、船内は穏やかな空気に包まれていた。
「ところで、この船の名前は何にするニャ?こういうのは形から入るべきニャ。」
「名前ッスか~。どうせならカッコいい名前がいいッスね!」
そんなわけでしばらくの間、ああでもないこうでもないと様々な意見が飛び交ったが、最終的には剣次の案が採用されることになる。
「そうだなぁ…元が『ソボー号』なだけに、『蒼茫号』ってのはどうだ?」
「ソウボウ…?それはどんな意味なんですか剣次さん?」
「見渡す限り青々として広い…“あの星”のためにあるような言葉さ。」
剣次の指す方向にあるのは、今はまだ遥か遠くに見える賢二の故郷…地球。
「地球の…。そうなんですか、結構いいですね!」
他のメンバーとしても特に異論は無さそうだ。
というかぶっちゃけみんな、途中からもうだいぶ飽きていた。
「ふ~ん。じゃあ、そうと決まれば早速行くニャ!それ行け『蒼茫海賊団』!!」
「えっ!僕らも『海賊』なの!?」
「船体に大きく書いてあるッスからね、“海賊団”って。仕方ないッスよ船長。」
「って、当たり前のように『船長』とか呼ばないでよ!僕は船長なんて…」
そして、数日後―――
「あーっ!食い逃げだぁー!捕まえてくれーー!!」
「ご、ごめんなさいごめんなさい!全ては貧乏が悪いんですー!」
「いいから走れ賢者殿!捕まるぞ!」
「気にすることないよ賢者君。むしろ『海賊』なんだし悪さしてナンボじゃん?」
「それにしてはスケールが小さ過ぎですよ!」
「ということは船長、もっとデカい悪事がご希望ッスか!?さすがッス!!」
「いや、そうじゃないけども!」
「ニャッ!あの店先にミカン発見ニャ!」
「だからダメですってばー!!」
もうこんな生活はコリゴリです。
早くあの学校に帰りた…んー、それはそれで嫌です。
賢二の居場所に平和は無い。