【003】一号生:一ヶ月後
入学から一ヶ月…。
学園生活にもなんとか慣れ、知り合いも何人かできたが…なぜか今、そいつらの机の上には謎の花瓶が置かれている。
それがどういう意味を表すのかは文脈から察してほしい。
少しだけヒントを言うなら、そうだな…全然“ブラックジョーク”じゃなかった。
「ゆーしゃ!なーにボーッとしてんの?」
背後から声をかけてきたのは、赤茶色で軽く外に跳ねたセミショートの髪に、深緑色のバンダナを巻いた吊り目がちの少女。
呼ばれた勇者は露骨に怪訝な顔をしつつ問い返した。
「む?お前は確か…『泥棒』の『ドロ子』?」
「『盗賊』の『盗子』だよ失敬な!確かにこの名はこの名で親の神経を疑うけども!」
どうやら盗子はツッコミキャラらしい。
そしてその相手をする勇者の表情を見る限り、二人の相性は悪そうだ。
「ちょっ、テメェ…ツバ飛ばすなよ汚ぇなぁ!」
「えっ、ご、ごめ…あっ!そのハンカチ同じのアタシも持ってるよ!港町のあの店で買った?」
「いや?お前んちのタンス。」
「えっ!?」
「いや、俺『勇者』だし。」
「ええっ!?」
ゲームでよく見るやつだ。
「にしてもさ、なんかだいぶ…減ったよね…」
花瓶を見つめながら呟く盗子。
「ん?むしろ増えてるだろ?」
花瓶を見つめながら返す勇者。
「いや、そうじゃなしに!花瓶の数の話じゃなくてクラスメートの話だから!冗談言ってる場合じゃないでしょ怖いでしょ!?」
「ああ。何が怖いって、先公どもは一言も嘘を言ってないあたりが…な。」
「あー…確かに全部言ってたよね…。入学式からずっと言ってたよね物騒なことばっかし…。アタシらが信じたくなかっただけでさ…」
やれやれまったく困ったものだ。
最近なにかと物騒なことが多すぎて、ついついこの手の話題になっちまう。
本来なら子どもが普段する話なんて、遊びやら菓子やら誰が好きやら…
「あ…」
「ん?どしたの勇者またボーッとしちゃって…オーーーイ?」
そういえば、隣のクラスに俺好みの可愛い子がいる。
長く美しいストレートの金髪に真っ赤なヘアバンドがよく似合う美少女。
大きな瞳はキラキラ輝き、もうなんというか俺のハートに会心の一撃だ。
だがしかし、俺は『勇者』…将来はどこぞの姫君と結ばれるというのはもはや暗黙の了解。
たかだか町人風情に熱を上げるわけにはいかない。
「はじめまして勇者君。私は『姫』っていうの。」
アリ…かな。
勇者は〔妥協〕を覚えた。
〔妥協〕
勇者:LEVEL1の魔法(消費MP1)
こだわりをある程度緩和する魔法。野菜炒めが多少しょっぱくても我慢できる。
それから数日が経過したある日、勇者を含む冒険科の生徒達は校舎裏に連れ出された。
それまでは座学や敷地内での運動が中心だったが、やはり冒険科というだけあって、今後は敷地外でも色々と学んでいくのだという。
強くなりたい勇者としては願ったりな状況だったが、なぜか日に日に生徒が花瓶へとジョブチェンジしていくという謎多き物騒な学園で、未知の野外に出ることに恐怖を覚える者は多かった。
そんな生徒達の不安な気持ちを汲んでか汲まずか、今日は班での行動らしい。
「えー、今日は野外実習です。まずは同じ職業同士で班を作ってくださいね。」
そう言って教師は何人かごとにメンバーを振り分け、勇者と同じ班には他に三人の少年達が集められた。
他の班からは複数人での行動であることに安堵する声もチラホラ聞こえたが、勇者達の『勇者』班はもっと強気だった。
「やぁ勇者君!キミとは一度ちゃんと話してみたかったんだよ。」
「だよな!名前が勇者とか確実に俺らより一段階上にいるよなー。」
「やっぱり目指すなら『勇者』だよね。『勇者』こそが頂点に立つ者。」
どうやら他の三人は、勇者に一目を置いているようだ。
その理由は単に名前が名前だからっぽいが、それでも上に見られるのは勇者としても悪い気はしない。
「フッ、俺も同感だ。最後に伝説となるのは『勇者』一人でいい。」
ウンウンと深く頷きながら、嬉しそうに微笑む勇者。
そして高らかに叫んだ。
「そのことを、他の雑魚どもに見せつけてやろうぜー!」
「おぉーーーー!!」
とりあえず、邪魔者は消すことにしている。
『勇者』は一人でいい。