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~勇者が行く~  作者: 創造主
第一部
26/196

【026】四号生:引っこ抜け血色草

道を間違えたおかげでだいぶ時間はかかったが、仕方なく先の分かれ道まで戻った俺達は、しばらく歩いてようやく山頂へと到着した。


見渡すとそこには、真っ白な雪原の中に一点…まさに血の色と言える真紅の草が生えていたのだ。

状況的にこれが目的の草に違いない。


「ふむ、これが『血色草』か…。よし、早速抜くぞ。よいしょっ…」

「アイタッ!イータタタタッ!痛いよバカー!」


 勇者が引き抜こうとすると、どこからか盗子のような悲鳴が響き渡った。


「…む?なんだ盗子、術後の顔が痛むのか?」

「へ?アタシは何も…って、整形なんてしてないから!整形してこのイジられ方とか報われないにも程があるから!」


ふむ…どうやら今のは盗子の声じゃなかったらしい。

そうなると、にわかには信じがたいが答えは一つしか浮かばない。


「つまり、盗子じゃないとなると…えい。」

「痛っ!イタタタッ!だ~から痛いってば!」


 勇者が再度引っ張ると、案の定再び声が聞こえた。

 そう、どうやらこの草は喋るらしい。


「うっぎゃー!喋った!草が喋ったよ勇者!!」

「最近の雑草は声も出すのか生意気な。引っこ抜く!」

「イタタッ!痛い!やめて!呪うよ!?抜かれたら呪っちゃうよ!?」

「フッ、呪いだと?崇高な『勇者』であるこの俺に、呪いなんぞ効くかー!」


 勇者は遠慮なく力を込めた。


「うぉおおおおおお…!おりゃぁああああああああ!!」

「イィイイイイイヤァアアアアアア!!」


 必死で抵抗する血色草を制し、なんとか勇者は引き抜くことに成功。

 驚いたことに、土中から出てきたのはなんと小人の少女。どうやら外に出ていた草の部分は髪で、本体は根の部分だったらしい。

 真紅の髪(草)を頭頂部で一つ結びにしており、瞳は赤く、肌の色は根っこらしく茶色。身の丈は30cmくらいだろうか。


「うわーん!抜かれたー!とうとう抜かれちゃったよぉー!」


 抜かれたのがよっぽど悔しいのか、号泣する血色草。

 見た目も人型だが言動もまるっきり人間と同じであり、どうしたものか戸惑う一行。


「…オイ根っこ、お前は一体…なんなんだ?」

「根っこじゃないよ!アタシは『血子チノコ』、きゃわゆい根っこだよ!」

「根っこなんじゃん!!」


盗子のツッコミも意に介さず、とにかく抜かれたことに対してキレまくるその根っこは、例えるなら“テンション高めな時の盗子”といった感じで、とてもウザかった。


「あーもう!やんなっちゃう!この責任どう取ってくれるのさ!?プンプン!血色草はね、裸を見られた異性と結婚する決まりなのよバカ!もう大好き☆」


 血子は切り替えが早かった。


「は…ハァ?貴様、何を言っ…」

「というわけでダーリン、死にたくなかったらお嫁に貰ってよね☆」


 急に態度が反転した血子の話を詳しく聞くと、なにやら血色草には妙な掟があるらしく、引き抜いた勇者は惚れられてしまったようだ。

 なお、断った場合は貪り食うのが掟だというから穏やかではない。

 しかし盗子は、勇者がそんな話を受け入れるとは到底思えなかった。


「な、なーに言っちゃってんのさ!勇者がアンタみたいな草…」

「…前向きに検討する。だだからととりあえず山を降りるぞ、こここ凍え死にそうだ。」

「え゛ぇっ!?ちょっ、本気なの勇者!?」

「だ、ダーリン☆」


 どうせ明日には魔法薬だ。




やれやれ…寒い、寒過ぎる。

これまではなんとか痩せ我慢を通してきたのだが、実は俺はすこぶる寒さに弱いのだ。


血子の存在はもちろん邪魔でしかないが、無駄なやり取りに時間をかけて凍死するぐらいなら一日くらい我慢しようと思う。

キャラはウザいが、まぁ肩に乗るサイズだからそう邪魔にもなるまい。


「じゃあ早速行こダーリン☆アタシも早くお義父様とかに挨拶したいし!」

「あ?ああ。だがその前に…まずはその一人称を改めろ。盗子みたいでなんかムカつく。」

「あ~…そだね!血子、気をつける!」

「なんで初対面なのに“そだね”なの!?ムッキィー!」

「さぁ、騒いでないでとっとと降りるぞ。もう寒くて…」


 凍える勇者がそう言いかけた時、なぜか背後から男の声が聞こえた。


「おっと、待ちなボウズ。」

「子供の血色草なんて貴重な品、ガキにはもったいねぇや。俺達によこしな!」


 木陰から二人組のハンターが現れた。

 だが勇者は寒くてプルプルしている。


「勇者君~、かまくらができたよ~。」


 勇者が振り返るとそこには、かまくらの中から手招きしている姫の姿が。

 先ほどから姿が見えなかったのは、どうやらこれを作っていたからのようだ。


「おぉ、ナイスだ姫ちゃん!これで寒さをしのげる!」

「ゆ、勇者!?アンタがそっち行っちゃったら誰が戦うってのさ!?」


 当然のようにいざかまくらな勇者を盗子は慌てて引き止めたが、勇者に止まる気配は無い。


「博打がいるじゃないか。血子が抜けたあたりからビビッて隠れてたんだ、一度くらいは見せ場が欲しかろう。」


 勇者が目を向けた先には太めの木があり、よく見ると博打がはみ出しているのがわかる。

 どう考えても見せ場が欲しい人間の振る舞いじゃないが、見つかってしまったからには出て行かざるを得ない状況。真冬にも関わらず全身から嫌な汗がほとばしっているのが見える。


「え゛!あっ…な、なんてことだ!こんな時に限って持病の口内炎が…!」

「見えるか血子、あれが今夜の夕飯だ。」

「じゅるっ…」


 そういえば人を喰らうとか。


「ちょ待っ…や、やはりキミがやってくれないかブラザー!?俺には持病の虫刺されが…」


やれやれ…。前門のハンター、後門の血子…どうあっても戦闘は必至の状況にも関わらず、なおも見苦しく抵抗を続ける博打。

こんなにヘタレでよくあの学校で生きてこられたものだ。


だが、まったくもって頼りにならないとはいえ、凍えて動けない俺としてはやはり博打に頑張ってもらうしかない。

なんとか口車に乗せてやろうじゃないか。


「なぁ博打、生か死か…こんなスリルある賭け事に燃えないってのか?『勝負師』さんよぉ!」

「あぁ…俺としたことが…なんて大切なことを忘れていたんだ…」


 力なく座り込んでいた博打だったが、勇者の言葉を聞くや、まるで目が覚めたと言わんばかりに天を仰ぎながら立ち上がった。


「なんてことだ…午後から歯医者の予約が…!」

「いや、往生際が悪すぎだから!って、危ない博打…!」


ドッゴンッ!!

「ぐほあああぁ!!」


 盗子がツッコミ終える前に、既に博打の顔面にはハンターAの鉄拳がメリ込んでいた。

 空中で三回転ほどして雪面に叩き付けられた博打は、とりあえず生きてはいるようだがどう見てもリタイアといった状況。

 こうなってしまっては、あとは勇者が動くしかない。


「チッ…やれやれ、まだ全然温まっちゃいないんだがなぁ…仕方ない。」

「勇者君、これ…」

「すまんな姫ちゃん、気遣いは嬉しいが今の俺に“カキ氷”は痛恨の一撃だ。」


 勇者はなんとか立ち上がりかまくらから出てきたものの、尋常じゃないくらい震えている。


「チッ、こんな時に地震か…!?」

「いや、違うよ勇者!アンタが寒さで震え過ぎなだけ!」


 やはりまともに戦える状況じゃない。


「そうかよ小僧、テメェがリーダーか…って、なんだよその異常な震え方!?」

「心なしか残像すら見えるじゃねぇか!いや…もしかしてコイツ、二人いやがるのか…!?」


 ハンター達も混乱している。


「ふむ…なんとか立てるな。まぁ動いてりゃ少しは体温も上がるだろ。」


 背から大剣を抜き、何度か素振りして感覚を確かめる勇者。

 だが体は相変わらず激しく震えており、とてもその偉そうな口ぶりほどの活躍ができるようには見えない。


 しかも状況は、さらに悪い方向に転がろうとしていた。


「おっと、やる気だってのか小僧?だがよぉテメェ…コイツがどうなってもいいのかぁ?」

「あ~、捕まっちゃったよ。」


 姫が人質に取られた。

 だがゴップリンやベビルの時の経験から、勇者にとって人質がまったく意味を成さないことを盗子は知っていた。


「フン、甘いね!この勇者が人質取られたくらいで…」

「いぃぃいいやぁああああああああああああああああ!!」


 今回は凄まじく意味を成した。


「あ、アタシの時との違いようったら…」


 盗子もダメージを受けた(精神的な意味で)。


「きっ、貴様らぁ!もし姫ちゃんに何かしてみろ…内臓をグツグツ美味しく煮込むぞ!」

「だ、ダーリン落ち着いて!美味しくする必要性がわからないよ!」

「ヘッ、俺らは別にいいんだぜ?その草を渡しゃあこの小娘は返してやるよ。だがもし逆らおうってんなら…」


 そう言うと男達は、戦闘準備のため上着を脱ぎ捨てた。

 二人とも着痩せするタイプなのか、脱ぐ前よりも一回り大きく見える。

 その姿を見て驚く勇者にハンター達は気を良くした。


「うわっ!な…なんて奴らなんだ!」

「ケッケッケ!ビビッたか小僧!?」

「なんて趣味の悪い私服なんだ!」

「そこにかよ!! …あっ!」


 なんと!盗子が姫を盗んだ。


「アタシだってやれるときはやるんだよ!後はよろしく勇者ーー!!」

「フッ、でかした!盗子のくせに生意気な!」


 人質が解放されたことで足枷は無くなった。

 しかしそもそも寒さのせいで勇者はまともに動けないはず…そう思われたが、どうやら心配は無用のようだ。


「やれやれ…この寒さじゃまともに体が動かん…。だがまぁそれでも、貴様らを倒す程度なら造作も無いようだ。」

「あぁ!?テメェなに調子に乗っ…ぐへぁ!!」


 殴りかかってきたハンターAの下顎に、勇者の右拳が叩き込まれた。

 ハンターAは滝を登る鯉のように鮮やかに舞い上がる。


「最低限の動きでいいんだ。むしろこれまでの俺には、無駄な動きが多過ぎた。」

「な…なんなんだお前…ただの子どもじゃねぇのかよ…!?」


 落下して雪に突き刺さったハンターAの姿を前に、ハンターBはようやく自分が虎の尾を踏んだことに気付いた様子。


「さっきまでの貴様らを見ていて確信したよ。どうやら俺は…自分で思っているよりも、強くなっているらしい。」


 自信満々の勇者から、本来『勇者』から出ちゃいけないはずの禍々しいオーラがほとばしる。


「…ケッ!調子に乗るなよ小僧!しょ、所詮はガキじゃねぇか!!」


 邪悪なオーラに気圧されつつも、状況的にもう引き返せないハンターB。


「フッ、ならば見せてやろう。我が『刀神トウシン流操剣術』…その秘剣をな。」


 刀神流操剣術―――

 勇者が静かに口にした流派の名を聞くや、ハンターBは一瞬にして青ざめた。


「なっ、刀神流!?あの伝説の…『刀神』とうたわれた『剣豪:秋臼』の…!?」

「あの地獄の夏修行…あの苦しみ…そのすべてを、貴様にぶつけてやる!!」


 完全な八つ当たりだった。




こうして麗華以外に初めて使った必殺剣で敵を倒し、なんとか凍える前に山を降りられた俺達。


そして翌日、俺は血子との…最初で最後となるだろう登校を共にしたのだった。


教室に着くと、暗殺美をはじめとする他の班の奴らは皆それなりに手傷を負っており、空席も目立つ。

もしかしたら成功したのは俺達だけかもしれない。


「む?なんだ暗殺美、お前らはミッションに失敗したのか雑魚どもめが。」

「フン!フザけんじゃないさ!あんなムキムキした草には誰も勝てないさ!」

「ムキムキ…?そうか、お前んとこは大人タイプだったのか。それはさぞかし地獄絵図だったことだろう。」


やはり今回ミッションに成功したのは俺達のチームだけらしい。

まぁそう簡単じゃないからこそハンターに狙われたりするんだろう。


「誰よアンタ?ダーリンに喧嘩売ったら血子許さないよ!?」

「…勇者、この珍妙な生き物は何かさ?もしかして…」

「うむ、血色草だ。色々あってかなり疲れたぞ。」

「“憑かれた”…の間違いじゃないかさ?」

「そうとも言う。」


 するとその時、教室に教師が入ってきた。

 それはすなわち血子との別れを意味していた。


「えっ!ちょ、何する気!?まさか…まさか血子、殺されるの!?」

「残念だが血子、ウザいキャラは早死になのが世の常だ。」

「そ、そんなぁー!」

(明日は我が身なのかなぁ…)


 盗子は他人事じゃない。


「イヤッ!絶対イヤッ!痛いのイヤァーー!!」

「安心しろ血子、死ぬまで側にいてやる。」

「それは“死に際”以前に言って欲しかったよー!!」


「…で、痛かったですか?」


 教師の言葉に血子がキツく瞑っていた目を開けると、一掴みの髪の毛を握った手が目に入った。

 それが自分の髪だと気付くや、慌てて自分の頭部を確認する血子。


「え…?あっ、無い!髪が少し無い!でも、痛くも無かった…」

「フフフ。名付けて『幻想麻酔』…ってとこですかね。私の能力をもってすれば、ある程度の痛みまでなら誤魔化せます。」


 そのやり取りを見た勇者はとても嫌な予感がした。


「ちょ、ちょっと待て!そこだけでいいのか!?生かしてていいのか!?」

「必要なのは草…つまりは“髪”の部分だけですから。」

「わーい☆ダーリーーン!これでまた一緒にいられるよー☆」


 勇者は当てが外れた。




そして徐々に冬は過ぎ行き、終業の季節となった。

今年は序盤に減り過ぎたため全滅の危険性すらあったわけだが、なんとかそれも免れて一安心。

昨年と同様に卒業式もあったのだが…そこは面倒なので割愛しよう。


もうじき春が来る。

そして俺は五号生になる。

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