【025】四号生:学院塾の戦仕
筋肉兄弟に代わって戦うことになったのは、我らが学園校と対を成すという『学院塾』から来た男、名は『戦仕』。
しかし職業は『武闘家』だという。なんだかとってもややこしい。
聞けば、なんとコイツは一人でやってきたらしい。
事実、二人を倒していることからもわかるように、かなりの強敵なのだろう。
とても厄介ではあるが、まぁいい。
学院塾に俺の力を知らしめるのもまた一興…。修行の成果を見るにも丁度いい。
「フッ、『学園校の蒼き稲妻』と恐れられたこの俺に挑むとは命知らずな奴め。泣いて謝るなら許してやらんでもないが?」
「師匠ー!カッコいいぜー!!さっきと微妙に違うけどカッコいいぜー!!」
「御託はいいぜよ、とっととかかってきな!」
戦仕は拳を構えた。
勇者はバズーカを構えた。
修行の成果はどうした。
「こ、この卑怯者ォーーー!!」
「こんなのが『勇者』を名乗れるとか世の中どうかしてるさ。」
味方であるはずの盗子と暗殺美から罵声が飛ぶ。
「フン、卑怯ではない!“戦略”と呼ぶがいい!!」
「ヘッ、オイラは別に構わねぇぜよ。勝負の世界は所詮勝つか負けるかだわ。」
どうやら戦仕は、本来であれば“主人公側”にいるはずの気骨のある少年のようだ。
「ほぉ、わかってるじゃないか戦仕。そう…これは男と男の真剣勝負。“最強”の称号と…」
その勇者の言葉に次いで、戦仕も“わかってるぜ”と言わんばかりに叫んだ。
「“盗子サン”を懸けた!!」
…ん゛っ!!?
なにやら豪快な行き違いが。
「なっ…!?ちょ、ちょっと待て戦仕!ここは“最強”の称号と“プライド”あたりを懸けるところでは…?」
「ヘッ、プライドなんて“愛”に比べりゃ些細なもんだわ。」
想定外の展開に狼狽する勇者と、話が通じそうにない戦仕。
自分を巡り二人の男が争うという状況に、ぶっちゃけ盗子はまんざらでもない。
「えっ、あ、アタシ…?そんな…☆」
「オイラはよ、元気のいい娘が好きなんだわ。さっきまでのやり取り見てて惚れたんぜよ。」
単に惚れっぽいのかそれともよっぽど好みだったのか、どうやら戦仕は本当に盗子に気があるらしい。
だが当然、勇者達は納得がいかない。
「やれやれ、俺と出会った時点で運が悪い奴だとは思っていたが…まさか趣味まで悪いとはな。」
「蓼を食うのも大概にしろさ。」
「うわーん!身内の方が手厳しいって意味わかんないよぉー!」
「大事なのはフィーリングぜよ!顔なんて関係ねぇじゃねぇか!」
「うわーん!フォローのようでフォローになってないよぉー!」
散々な言われように、少しだけ浮かれていた盗子の心はポキリと折れた。
しかし戦仕にはまったく通じていないようだ。
「さぁ、いいから勝負ぜよ勇者!愛とは往々にして奪い取るもんだぜ!」
「いや、だから俺は…」
くっ、なんてこった参ったぜ。
勝負に勝って盗子を得るか、負けを選んで屈辱を味わうか…まさに究極の選択だ。
「それとも…逃げるかよ?」
「ぬぐぅ…!!」
お、俺はどうすればいいんだ。
“盗子味のカレー”と、“カレー味の盗子”と…?
勇者は混乱している。
やれやれ…かつてこれ程までに返答に困ることがあっただろうか。
勝っても負けても、どちらにせよプライドは失うことになりそうだ。
いや、待てよ?一つだけプライドを守る方法が…。
よし、こうなったら仕方あるまい。
「俺は決めたぞ戦仕!貴様を倒し…そして俺も死ぬ!!」
「えっ!そんなに嫌なの!?命懸けで拒否られてるのアタシ!?」
「待ってくれ師匠ー!私を置いていかないでくれー!」
「馬鹿な奴さ。盗子をやっちまえば済むのにさ。」
「黙れ暗殺美!俺は誰の指図も受けん!戦仕を倒し…そして盗子を倒す!!」
「受けてんじゃん!えっ、なにそんな理由でアタシ死ぬの!?」
勇者は活路を見出した。
「ヘッ、そうはさせるかよ!盗子サンはオイラが守ったるぜよ!」
「ほぉ…できるかな貴様に?リーチの差は歴然だぞ?」
「こちとら剣士との戦いは慣れっ子ぜよ!その程度の差は関係ねーし!」
「フッ、その言葉…すぐに後悔させてやるわ!!」
同時に二人は飛び退き、少しだけ間合いを取った。
そしてそれぞれ“必殺の一撃”のために力を込める。
「行くぜよ勇者!『武神流格闘術』、壱の秘拳『一武装』!」
戦仕の拳に強大なオーラが凝縮されていく。
「リーチの違いを思い知れ!我流殺人術奥義、『BM-5型バズーカ』!!」
“リーチ”とかの次元じゃなかった。
「なっ…ヘッ!このオイラに死角なんぞねぇわ!そんなん当たらんぜよ!!」
なんと!戦仕は一瞬で距離を詰めた。
「チッ、素早いな…だが甘い!“死角”なんてのはなぁ、無ければ…作るもんさぁーー!!」
「なにっ…!?」
勇者は盗子を目がけてブッ放した。
「盗子サ…危なぐおっ!!」
戦仕は盗子を庇って被弾した。
戦仕は瀕死のダメージを負った。
「ちょ、ちょっと勇者ー!なんでそんな残忍な戦い方ができるわけ!?」
いくら立場的に敵とはいえ、状況的に敵とは思えない盗子。
だがもちろん勇者に悪びれる様子は無い。
「フッ、俺はプロセスよりも結果を重んじるタイプだ。」
「少しは過程も大事にしてよ!」
「フザけるな!誰があんな家族なんぞ…!」
「いや、“家庭”の事情はどうでもいいから!!」
そんな余裕のやりとりを繰り広げていると、なんと瀕死のはずの戦仕が立ち上がってきたのだ。
どうやら先ほどの攻撃が着弾する直前、素早く砲弾の側部に一撃入れることで弾道をずらし、直撃を免れていたようだ。
とても人間業とは思えない。
「お、オイラはまだ…やれ…るぜよ…。負ける…わけにゃ…」
だがやはりダメージは大きく、とても戦闘が継続できる状態ではなさそうだ。
そしてそれは、これから勇者によってトドメを刺されることを意味していた。
「…やめだ。今日のところは“引き分け”にしといてやる。」
しかし、それは“いつも通り”ならの話。今回ばかりはそうはならなかった。
「なっ…なぜだよ勇者!?なぜみすみす勝ちを…」
「フッ。男同士の戦いに“なぜ”なんぞ無粋だな。言うまでもなかろう?」
要は盗子が要らない。
こうして、俺の四度目の秋遠足は終わりを告げた。
戦仕を倒したことで筋肉兄弟を討った手柄も手に入ったことだし、もう満足だ。
強いて言うなら修行の成果をまったく発揮できていない点だけが引っ掛かるが、まぁ気にすまい。
そしてそのまま季節は流れ、冬。
本来ならば秋には遠足の他に体育祭があるはずだったが、今年は春から生徒数が少ないこともあり中止に。
こんなに年によって行事が異なる学校もどうかと思うが、まぁ今さらだな。
なお残念ながら、物騒なネーミングでお馴染みの『地獄の雪山登山』の方は普通に行われるらしい。
前に行った時はスイカ頭の変人が相手だったわけだが、今回の目的は果たして何者なのだろう。
「えー…明日の登山では、山頂にある『血色草』を探してきてもらいます。」
「えっ、なにそのその物騒な名前の草…?野ウサギでも食べるの…?」
「嫌ですねぇ盗子さん、そんなわけないじゃないですか…“人”ですよ?」
「そっちの方が嫌だよ!!」
盗子をはじめ、生徒の大多数が一瞬で青ざめた。
やはり今回の標的も危険な存在のようだ。
「そんな食人植物を採らせてどうする気なのさ?まさか飼う気かさ正気かさ?」
「あ~、実は私的に作ってる“魔法薬”に必要なんですよ。」
「えー。それって職権濫用なんじゃないの?」
「嫌ですねぇ盗子さん、“濫用”だなんて…。“悪用”ですよ?」
「だからそっちの方が悪いってば!!」
といったわけで、先公のお遣いに行くこととなった今年の雪山登山。面倒だがやるしかない。
なお、今回は四人×四組で挑むことになり、俺の組は盗子、姫ちゃん、博打の四人に決まった。
そして当日。
深い雪に苦しみながらも山道を頑張って歩いていると、俺達の眼前に分かれ道が現れた。
この雪山には幾つか山頂があるが、目的の草がある山頂は限られているため、もし間違えてしまった場合は戻らなければならない。
そのためここでの決断はとても重要なのだ。
「分かれ道か…。俺の読みからすると…右だぜ?」
重要な局面と見るや、ここぞとばかりに主張する博打。
「俺は左と見た。左に行くぞお前ら。」
しかし当然、勇者が言うことを聞くわけがなかった。
「な、何を言うんだブラザー!?『勝負師』であるこの俺が…」
「舐めるな。あの学園で四年も過ごした俺の方がよっぽどのギャンブラーだ。」
「ちょっ…待つんだブラザー!俺の読みが信じられないっていうのかい?」
「信じられん。なぜならお前の顔には幸が無い。」
「そうだそうだー!幸がないぞー!」
盗子も博打のことはあまり好きじゃなかった。
「お前には興味が無い。」
「なんか…寒いな…。冬だからかな…」
盗子は流れ弾を食らった。
「頼むぜブラザー!プライドに懸けて…ここは俺にトライさせてくれよ!」
余程自信があるのか、なおも粘る博打。
「断る!」
「絶対に右なんだ!ブラザー!」
「違う左だ!なぁ姫ちゃん!?」
「面倒だから右でいいよ。」
「だから右だと言ったろうがっ!!」
「ブラザー!?」
実は俺も、最初から右だと思ってたんだ。
正解は左だ。