【024】四号生:どうした筋肉兄弟
危うく死ぬところだった修行をなんとか乗り越えた俺は、師匠のペットである怪鳥『美咲』の背に乗り、一路目的地であるコミナ島を目指していた。
すると眼下の海上に、春に引き続き海竜に襲われている獣車を発見。
恐らくあれがそうだろう。
ちょうどいい、絶好のチャンスだ。
ヒーローの登場シーンにはもってこいな展開だと言える。
「よし美咲、ここでいいぞ!あとは華麗に舞い降りるだけだ!」
「クェッ!」
美咲の背を蹴り、勇者は勢いよく飛び出した。
「ハッハッハ!待たせたな野郎ども!!」
「えっ、勇者!?なんで空から!?」
なぜか上空から聞こえてきた勇者の声に、慌てて見上げる盗子。
「チッ!生きてたのかさ!」
露骨に嫌そうな顔をする暗殺美。
「うぉおおおおお!カッコいいぜ師匠ー!!」
大喜びする土男流。
バシャーーーーン!!
激しく水面に叩き付けられる勇者。
数分後。死ぬ思いでなんとか海中から這い上がった勇者だったが、上空から水面に叩きつけられたダメージと、重い装備を背負ったまま泳いだことによる体力の消費、そしてここ数日の修行疲れにより、既に他の誰よりもぐったりしていた。
「ぐっ、まさか目測を誤るとはな…。後は任せた…ぜ…」
「この役立たずぅーーー!!」
確かに勇者の遅れてきたヒーロー感が凄まじかっただけに、裏切られた気持ちになるのはわからんでもないが、役立たずなのは盗子も同じ。
そんな戦力外の勇者の代わりに、同じく戦力外のはずの土男流がなぜかやる気マンマンのようだ。
「大丈夫だ師匠、私に任せてくれ!オーイ、来てくれトーコちゃーん!!」
土男流は高らかに名を叫んだ。
なにやら等身大の人形が飛んできた。
「えっ!何あれ…あ、アタシ…!?アタシのそっくりさん!?」
なんと、土男流が呼び寄せた謎の物体は、どう見ても盗子を模して作られたとしか思えない人型ロボットだった。
赤く光る瞳や質感こそ機械のそれではあるものの、全体的な完成度はかなりのもの。
勇者をはじめ、土男流以外の誰もが一瞬海竜の存在を忘れた。
「な、なんだこの趣味の悪いロボットは!?」
「ロボチガウ。」
「生まれて初めて見た人型ロボがこんなのとか…あんまりさ。」
「ロボチガウ。」
戦慄する勇者と暗殺美。なぜか“ロボ”という単語に異様な拒絶反応を示す謎のロボ。
そして、なおも空気を読まず自慢げな土男流は、ついに核心に迫るセリフを言い放った。
「この子は私の新しい相棒、『メカ盗子』の『トーコちゃん』ってんだぜ!!」
その名前、そして誰がどう見ても需要があるとは思えないフォルム…いや、“ただ一人を除けば”需要が無いはずの代物…盗子の背すじを嫌な予感が駆け抜けた。
「ま、まさか、コレを作らせたのって…」
「壊れた婆Bちゃんの代わりを探してたら、なぜか会ったこともない武史って人が送ってきてくれたんだぜ!」
「やっ…ぱり…」
衝撃の真実に、膝から崩れ落ちる盗子。
「お兄ちゃん…一体何を目的にこんなロボットを…?」
「ロボチガウ。」
「ところで土男流、このロボなんだが…」
「ロボチガウ。」
「これしか喋れないのか?」
「いや違うんだ師匠、喋れるらしいんだ。なんでも最新の人工知能が使われてるとか違うとか…」
土男流がそう言ったのをきっかけに、メカ盗子は片言ながら他の言葉も話し始めた。
「アタシ トウコ マモル ツクラレタ ロ…メカ。」
「オイ、いま自分で間違えたろ。普通に“ロボ”って言いかけたろ。」
「ロボチガウ。」
「ったく、やれやれ…どうやらただの鉄屑のようだな。」
「ユウシャ キライ。ユウシャ ジャマ。トウコ カワイイ。トウコ ステキ。」
どうやら勇者を敵対視するように、逆に盗子は褒めちぎるようプログラムされているらしい。
オーナーが何を考えて作ったかを考えると恐怖感はあるものの、それさえ考えなければ、普段虐げられることが多い盗子としては褒められて悪い気はしない。
「ユウシャ キライ。トウコ カワイイ。オニイチャン ダイスキ。」
「ちょっと待って!なんか今、聞き捨てならない言葉が聞こえたんだけど!?」
やっぱり恐怖の方が勝った。
「さぁトーコちゃん、そんなことより攻撃を頼むぜ!」
一向に話が進まないことに痺れを切らした土男流は、メカ盗子に攻撃を促した。
話の流れから考えると盗子の言う事しか聞かないかとも思われたが、土男流が『人形師』だからか盗子を護ることに繋がるからか、意外にも言うことを聞きそうな感じだ。
「テキ タオス。トウコ マモル。メイレイ ダス。」
「よ、よーし!すんごい命令を出してやるぜ!だから勝ってねトーコちゃん!!」
「アタシ マケナイ。オニイチャンノ ナニカケテ。」
「いや、だからなんでそこでお兄ちゃんが出てくるの!?」
「オニイチャンニ…ナリカケテ?」
「なりかけないで!!まずお兄ちゃんから離れてってば!そしてお兄ちゃんはアタシから離れるよう伝えといて!」
盗子への精神攻撃が止まらない状況。
本来の攻撃対象である海竜は、他の班員達が死に物狂いで迎撃中ではあるが、やはり敵う相手ではなく防戦一方のようだ。
これまで活躍の場が無かった土男流としては、ここで目立って勇者にアピールしたいところ。
「うぅ~ん…じゃ、じゃあ命令は、えっと、技は色々あって、その、ぬおおおおおおおっ!!」
単なる愛玩用かと思われたメカ盗子だったが、意外にも戦闘用の技も色々とあるらしく、マニュアルがぶ厚すぎてなかなか初手を決めきれない土男流。とはいえ、いつまでも待っていると全滅しかねない。
というわけで、とりあえずはオートモードで戦闘を開始させたものの、やはりまだAIの性能が足りないのかロボの動きは精彩を欠いていた。
そんな不甲斐ない弟子とロボの姿に、先を急ぐ勇者はもう我慢ならなかった。
「チッ!どけ土男流、今のお前に任せてたら日が暮れる!」
「で、でも…!」
「言い訳はいい!俺は“でも”と盗子が大嫌いだ!」
「だからなんでアタシを無駄に傷つけるわけ!?」
「わかったよ師匠…今日は勉強させてもらうぜ!で、どんな作戦でいくんだ!?」
本当であれば抵抗したかった土男流だが、盗子のような扱いは受けたくないため素直に従うことに。
すると勇者は、軽く見ただけでマニュアルを投げ捨てた。
「……てく。」
「えっ、てく…?あぁ!この『ハイテクビーム』か!確かになんか強そうな…」
「いや、置いてく。」
賢明な判断だった。
というわけで、戦闘中のロボを置き去りにし、海竜の巣を後にした俺達。
土男流の奴は散々泣き喚いたが、一喝して黙らせた。
師の教えは絶対…そう、弟子が師に逆らうようなことはあってはならないのだ。
いや、まぁ俺なら当然逆らうが。
そして進むこと三十分…俺達はついに、春には辿り着くことすらできなかった目的地『コミナ島』に到着したのだった。
「あ、皆様ァ~。アチラに見えますのがァ~、敵の居城『佐助城』で~ございまァす。」
今回もガイドを務めている案奈は、敵の本拠地だろうがお構い無しにグイグイ進んでいきやがる。
なんなんだコイツには恐怖心とか無いのか。
「ふむ、あれが佐助城か…む?なんか様子がおかしくないか?」
勇者が指差した先では、所々から煙が立ち上っている。
まるで今まさに、誰かに襲撃されているかのような光景だった。
「でもおかしいさ、私らの先を行く班は無かったはずさ。一体誰が…?」
暗殺美の言う通り、一緒に出発した他の班員が先に上陸した形跡は無い。
つまり学園校の生徒ではない誰かの仕業に違いなかった。
するとその時、城の中から出てきた男達が、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。恐らく筋肉兄弟に仕えていた雑兵達だと思われる。
そしてその後ろからゆっくりと、勇者達と同い年くらいの少年が二人の男を背負って現れたのだ。
「ヘッ。筋肉兄弟ってのも案外大したもんじゃ…ん?なんだよお前ら?」
現れたのは、金属片を継ぎ合わせたようなバンダナで髪を逆立てた、三白眼の少年。
背負われているのは筋肉質な男二人…。状況から見て単身で筋肉兄弟を撃破したものと見て間違い無さそうだ。
「えっ!なになに?敵さんってば、もうやられちゃってるの!?」
驚く盗子。
勇者も予想外の事態に動揺を隠せなかったが、少年の胸元を見てなんとなくだが状況を把握した様子。
「そのバッヂ…貴様は『学院塾』の奴だな?なぜここにいる!!」
<学院塾>
学園校とはライバル関係にある学習塾。
“学院”なのか“塾”なのかハッキリしない。
詳しいことはなんとなく謎に包まれている。
「あん?そういうお前らはもしや学園校の…?」
「フッ、児童最強…『学園校の蒼き流星』とはこの俺のことだ!」
「師匠ー!カッコいいぜー!!初耳だけどカッコいいぜー!!」
「そしてコイツが『カリスマ不細工』の盗子だ。」
「そんなカリスマは不名誉だよ!!」
「あ~そうかよ、お前らもこの筋肉兄弟を…?けどワリィが手柄はオイラがもらったぜよ。」
こんなドタバタなやりとりにも関わらず、どうやら少年の方も状況を察したらしい。なかなか勘のいい少年のようだ。
「フッ、甘いな学院塾。ここで貴様を倒せば俺達の手柄だ。」
勇者は『勇者』の自覚が足りない。
「ヘッ、まぁいいわ。学院塾生の力…見たければ見せたるぜよ!」
「俺の名は勇者!まずは貴様も名を名乗れ!!」
剣を構えつつ名乗る勇者に対し、少年も堂々と応えた。
「オイラか?オイラの名は…『戦仕』!」
フッ、『戦士』ごときが『勇者』に挑もうとは笑わせる。
職業は『武闘家』だ。