【193】最後の聖戦(23)
「あっ、あっ、あぁぁあああああ…ああああああああ…!」
盗子が与えた想像を絶する(精神的な)苦痛により、なんと死んだはずの勇者が目を覚ました。
それが天帝の力だったのかどうかは定かではないが、これが奇跡的状況だというのは確かだ。
あと、勇者がかつてない程に苦しんでいるのも確かだ。
「ゆ、勇者…勇者ぁ…!良かっ」
「あwせdrftgyふじこ…!zsxdcfvgbhんjmk…ひぎゃああああああああ!!」
「な、なんかこれまで見たことがないほどに取り乱してるね勇者君…」
「仕方ないさ。この私が勇者なんかに対して同情しちゃうレベルの惨事さ。」
「うぐっ…うぅ…す、すまん賢二…『濃硫酸』を。」
「いや、そんなので口ゆすいだら酷いことになるから!溶けちゃうから!」
「頼む賢二!お願いだからぁあああああああああ!!」
「ま、まさか勇者君に泣きながら土下座される日が来るなんて…」
完全にキャラ崩壊を起こしている勇者。
こんな状況をなんとかできる人間は、一人しかいない。
「おかえり勇者君。」
「…ああ、ただいま姫ちゃん…ただいま。お…オイ賢二!今の状況をわかりやすく説明しろ!」
珍しく求められた時に求められた役目を果たした姫。
そんな姫の存在だけに集中することで、勇者はなんとか平静を取り戻すきっかけを掴んだっぽい。
「えっ!?あの、その…突如現れた魔王さんと大魔王が魔王頂上決定戦で…」
「オーケーさっぱりわからんが任せろ!俺は、そのために帰ってきた!」
「あっ!あの、勇者アタシ…」
「おぉ盗子か久しぶりだな元気かそうかそうかそれは良かった。」
「えっ、えっ?えっ!?」
「よーし!頑張るぞぉーーー!!」
つまり勇者は無かったことにした。
死の剣を振るったはずの俺だったが、なぜか、なぜだか奇跡的に生き返った。
理由はまったくわからんが助かった。まぁいい気にしないことにしよう。そう、絶対に。
「さて、じゃあ気を取り直して再戦といこうかな。いい加減終わらせんと見てる方もダルいよな。」
「ちょ、ちょっと待って勇者君。生き返ったのは良かったけど、何の手も無く戻っても…」
「いや、それが…なぜだか、謎の力が全身に満ち満ちてる感じがするんだ。」
「ハン!出たさ、根拠の無い妙な自信。この状況でそんなハッタリ言えるとかもはや敵ながらアッパレさ。」
「いや待て暗殺美、ハッタリじゃなくてだな。これがマジで…」
「そうか。一度死んで蘇ったことにより…ようやく覚醒したようだな、“あの力”が。」
自身の内なる変化に戸惑う勇者。
するとそこに、なんだか凄まじく意味ありげなことを言いながら、父が戻ってきた。
「あっ、勇者親父!アンタこんな時に…」
「ああ、モリモリ出たぞ。」
「やっぱウンコだったのかよ!予想通りだったけどそんなクソみたいな結果報告は要らないよ!」
「いや、“みたい”じゃなくてだな…」
「そーゆー意味じゃなしに!」
「そんなことより親父、貴様…何を知っている?」
「ふむ。貴様が感じ取った力…それは恐らく、我が一族に代々伝わってきた大いなる力…『我力』だと思って間違いないだろう。
「我力…だとぉ?それは魔力とは別系統の力なのか?」
「ああ。そもそも我が一族は、魔力を持たぬ正統な『勇者』の家系だったのだ。祖先である『勇者:英雄』が、『断末魔』の始祖となる呪いを受けてしまうまでは…な。」
「なっ、英雄さん…だと…!?そうかよ、ここに繋がるってのかよ…!」
懐かしい名に、マジーンは不死の呪いを受けた三千年前のことを思い出した。
「その後も魔の者達と戦い続け、長い戦いの歴史の中でさらに呪いにまみれ、そして今に至るのが我々だ。つまり…」
「魔力がスッカリ抜けちまった俺は、ようやく本来の力に目覚めたと…?」
「そう。誰よりも目立ちたいという、究極の自己顕示欲…それが『我力』だ。」
あんまり響きの良い力ではなかった。
「そうかなるほど。つまりこれが…これが“主人公補正”ってやつか。さすがは神に選ばれし俺だ。」
「フン、調子に乗んなさ。さっき調子こいて死んだのを忘れたのかさ?」
「忘れたな。俺は都合の悪いことは器用に忘れるタイプだ。」
「勇者君、えっと、僕らは…」
「…誰だ?」
「えっ、僕らの存在も都合の悪いこと扱い!?じゃなくて、僕らに何かできることは…」
「ま、お前らはここから見ているがいい。邪魔だから入ってきたらブッた斬る。」
「わかっています。もはや私達の出る幕じゃない。お任せしますね、勇者さん。」
見るからに行きたくなさそうな賢二と、実力不足を自覚し身を引くことにしたっぽい絞死。
「お土産よろしくね?」
「すまんな姫ちゃん…大魔王にくれてやるつもりなんだ、『冥途の土産』はな。」
勇者は『諸刃の剣』を拾い上げ、皆に背を向けた。
「行くのか、勇者よ。」
「ああ。サクッと片付けて、貴様の“人類最強”の肩書きは俺が襲名してやるよ親父。」
「気を付けろ。慣れぬ力だ、そう長くは続かんぞ。」
「わかってる、問題ない。もう最終局面だ。ここまで随分と長丁場だったが、こんな時ほど意外とスパッと決着が着くのが世の常だからな。恐らく次が…ラストターンになるだろう。」
そして歩き出す勇者。
「あの、勇…」
「そういえば土男流はどうした?」
「だからなんでアタシだけ無視すんの!?ねぇこっち見てよ勇者ぁ!」
「さーて!行くかぁーーー!!」
勇者は扉を開けた。
そこで勇者が見たのは、苦しそうにうずくまる魔王の姿だった。
「オイオイこりゃ一体どういうことだよ魔王?なぜ貴様は一人でのんびり転がっている?」
「ぐっ、テメェ…勇者か…?なんで生きてやがるよ…?」
「聞くな。俺の華麗な土下座を見たくなかったら聞かないでくれ。」
「ケッ、まぁいいが…気ぃ抜くなよ?死ぬぞ。」
「む…?ハッ!!」
ズゴォオオオオオオオオオン!
突如、何か巨大なものが降ってきた。
勇者は間一髪で避けた。
「チッ、なんでこんな所で落石…じゃない…だとぉ…!?“拳”かっ!?」
「そうだ…どうやら目覚めちまったようだぜ…史上最悪の、悪魔がなぁ。」
「こ、この影の正体が…“奴”だとぉ…!?」
見上げるとそこには、どう見ても人間では無い巨大な何かがいた。
三つの目に三本の角、大きく裂けた口には牙がギッシリと生えており、そして全身は長い毛で覆われている。一言で言うなら“化け物”だ。
「さぁ…続きを見せようか、悪夢の続きをなぁ。」
低く響いたその邪悪な声に、勇者と魔王の背筋を悪寒が走り抜けた。
二人は飛びのいて距離を取った。
「ふむ…で?アレは一体どういうことだ魔王?成長期にしては突然すぎるだろ?」
「あ?知らねぇよ、途中で急に…な。『断末魔』がどうこう言ってたが…」
「なるほど、完全に融合したってわけか。まさに究極のラスボスって感じだな。」
「フッ、究極…か。ならば我が名は…これより『究極神』とでも呼ぶがいい。」
「よーし行くぞ『珍魔神』!!」
「ちょっ…!」
ザシュッ!
勇者の攻撃。
だがあまり効かなかった。
「チッ、ああもデカいと的が絞りきれんなぁ。無駄に育ちやがって珍魔神め。」
「か、改名を要求する!大魔王…断末魔…あ、『断末魔王』と!!」
「いいだろう!さぁ来い『団地妻王』よ!」
「え、なにその甘美な響き…?」
思春期真っ盛りのため興味津々の魔王。
だが断末魔王の方は普通にキレた。
「お、おのれ…!この断末魔王を…ここまでコケにするとは…!」
「ところで勇者よ、さっきから言ってる『断末魔』ってのは一体何なんだ?『大魔王』とは別なんだよな?」
「歴代『魔王』の恨みの化身…時をも超えた邪念体だ。色々あって大魔王の奴と合体してな。」
「なるほど、去り際の“お、覚えてろよ…!”を体現した存在ってわけか。」
「おぉ、一気にちっぽけな存在に見えてきたな。ナイスだクソ魔王。」
「フッ、照れるぜクソ勇者。」
「無視するな!この状況で我を無視するな!!」
「プッ、“我”とか…!一人称で凄みを出そうとかどんだけ浅はかなんだ…!」
「お、オイ笑うなよ勇者。さすがにかわいそ…プフッ!」
「殺すっ!!!」
攻撃力はどう見ても断末魔王の方が強そうだが、“口撃力”は二人の方が上のようだ。
「どうだ勇者?邪魔なコイツを倒すまで、俺達は一時休戦としないか?」
「フッ…いいだろう。さぁ来い断末魔王!この俺達が、遊んでやる!!」
二人はボコボコにされた。
「ゲホッグホッ…!オイ、生きてやがるか魔王…?」
「ぐっ…フッ、そりゃもう当然のようにな。少々油断しすぎただけだ。」
「フン、さっきもやられて転がってたくせして油断もなにもなかろう?無駄に強がりやがって。」
「ケッ、口から豪快に血を垂れ流しながら言われてもなぁ。」
どうやら二人とも限界は近いようだ。
「ま、控えめに言っても“万事休す”って感じだなぁ。さて…どうするか。」
「フッ、残念だがもはやどうしようもないさ。今のぼ…我に敵は無い。」
「言い慣れないなら“僕”でいいぞ?」
「くっ、舐めおって…!だが、いつまで強がっていられるかな?今の我は“全身凶器”…特に『闘神の剣』を取り込んだ、この右腕はなぁ!」
断末魔王の右手の爪がギラリと輝いた。
確かに『闘神の剣』と同じオーラを纏っているように見える。
「チッ、やれやれ…すぐキレやがる。大魔王は随分と緩い奴だったんだがなぁ。」
「余裕が無くなったとも取れる。冷静じゃない方が手玉に…」
「邪魔だ死ねっ!食らうがいいわ!天衣無縫流…『瞬撃』!!」
「速っ!ヤベェ見失っ…」
「飛べ魔王!左だっ!」
「チッ…!」
「左から攻撃が!」
「お゛ふっ!!」
魔王は直撃を食らった。
「て、テメェ…勇者…!」
「どうにも調子がイマイチだった理由がわかったぜ。誰かと協力なんて俺には向かんのだ。」
「ぐふっ…く、来るぞ勇者!右から攻撃が!」
「フッ、馬鹿か貴様?そんな見え透いた手に…お゛ふっ!!」
「俺の攻撃がなっ!!」
壮絶な足の引っ張り合いだった。
その頃、終焉の間の外の者達は…ただぼんやりと中を眺めていることしかできなかった。
~大魔王城最上階:終焉の間 前~
「な、なんか凄まじい速さ…というか全く見えないというか…凄いですね…」
賢二は見えてすらいなかった。
「ふむ、いい笑顔だ。私といる時も、あんな楽しそうに笑ってくれればいいのだがなぁ…」
「この状況を楽しむってどんな悪魔…って、見えてるんですか凱空さん!?」
「フッ、この私に見えないモノがあるとでも?」
「じゃあまずは“現実”見ろさ。アンタ嫌われてんのさ息子に。」
暗殺美は厳しい事実を突きつけた。
「もはや完全に人間の動きを超えてますね…」
「“大魔界大戦”だね、絞死ちゃん。」
「ですね。もはや張り合う気も失せましたよ。」
「三人まとめて爆破した方が世のためだと思うのさ。」
「ちょ、引いてないで勇者を応援しようよみんな!世界の運命がかかってんだよわかってる!?」
「いや、確かに命運かかっちゃいるが…これって誰が勝っても結果は同じじゃねぇか?」
「激しく同意さ。もはや世界は詰んだのさ。」
確かに明るい未来が見えない。
「応援…か。残念だが盗子よ、いくら応援したとて勇者一人では恐らく勝てまい。それ程に…今の大魔王は強い。」
「えっ!じゃ、じゃあどーすれば…!?」
「プライドを捨て、魔王との共闘を選べるか…そこが最大の、鍵となるだろう。」
じゃあもう駄目かもしれない。
そんなこんなでその後も色々と頑張った俺。だが、どうにもこうにも歯が立たん。
とはいえ、そうのんびりしてもいられん状況…。終わっちまう前に、急いで残ったイベントを消化せねばならん。
「さて貴様…断末魔と融合してとぼけたキャラも抜けたんだ、本音で話せよ?」
「む?なんの話だ…?」
「人類滅亡を目論む真の理由…それを聞かずに始末しては話も締まるまい。」
最終回とかによくある流れだ。
「なんだ、ヤケに急ぐではないか。そろそろ体に限界でもきたかな?」
「いや、話数の都合でな。」
「勇者お前、それを言っちゃあ…」
ぼちぼち終わります。
「…フッ、まぁいいだろう。話してくれよう、我が人を滅ぼすその訳を…!」
断末魔王は目を閉じて語り始めた。
「隙アリィイイイイイ!!」
ザシュッ!
「ぎゃあああああ!!」
聞いといて聞く気は無かった。
「ぐっ、貴様は…貴様ら『勇者』は、いつもそうだ!いつの世も我を煙に巻く!」
「全員か。全員こうなのかよ。そりゃあお前ら恨まれても仕方ねぇぞ。」
勇者の非道な行いにブチ切れる断末魔王。
不覚にも同情してしまった魔王。
「む?いやいや、むしろ俺こそが被害者だろ。もしできるなら相続放棄したい遺産だぞ。」
「うるさい黙れぇええ!ハァアアアアアアアア…!!」
「なっ、その感じ…まさか魔神の『ヤッ咆』の…!?マズい!!」
断末魔王の咆哮。
勇者はオーラを全開にして防御したが、防ぎきれなかった。
魔王も巻き添えを食った。
「ぐおぉ…!あ、あの咆哮を真似るとは…器用な真似を…!」
「お…オイオイ、こんな化けモン…どう倒せってんだよ…がふっ!」
二人は倒れて動けない。
「死ぬがいい…愚かな人間ども!!!」
最大のピンチが訪れた。