【192】最後の聖戦(22)
さすがにもう助けは来ないだろという状況で現れたのは、なんと魔神とともに爆死したはずの魔王だった。
強力な戦力ではあるが、相手が相手なだけに喜んでいいのかどうかは微妙なところだ。
「ハァ、やれやれ…ん?よく見ればキミ、魔神の泉のほとりで…」
「よぉ、あの時は世話になったな。決着つけられる日が来るのを待ってたぜ。」
五百年の眠りから目覚めた直後、魔王と一戦交えていたことを大魔王は思い出した。
「その姿で子供…そういえば確か、幼少期の成長が異様に早い戦闘民族がいたような…。見た目で判断しちゃ駄目だったってわけね。盲点だったなぁ~。」
「え…ま、魔王さん…!?ななななんでアナタがここに…!?魔神爆破の時に亡くなったはずじゃ…?」
予想外の人物の登場に困惑する賢二。
確かに、避けてなんとかなる威力の爆発ではなかった。
「あ~、鴉…俺の部下に『影武者』がいてな。不本意ながら命を救われた。」
「影武者…確か主がピンチの時に身代わりで死ぬという不幸な捨て駒がいると聞いたことがあるさ。」
「ま、あまりにデカい爆発だったせいで、しばらくは静養が必要だったがなぁ。」
魔王の顔の右側に刻まれた大きな火傷の跡が、その爆発の強さを物語っている。
「ふ~ん…で、傷が癒えたから仲間を助けに来た~ってわけね。」
「仲間だぁ?んなわけあるかよ。特に勇者やそこの賢者は、俺の宿敵なんだ。」
「あぁ懐かしいな…その設定…」
賢二のピンチは続く。
「だがまぁ、今はそれ以上に…ムカつく奴がいるんだわ。」
そう言うと魔王は、大魔王を睨みつけた。
「…な~んか、雲行き怪しいなぁ。」
「そう、この俺を差し置いて“大”魔王だとか抜かす…舐めたガキがなぁ!」
生い立ちが生い立ちだけに、名前には敏感だった。
(ね、ねぇ賢二?これってウチらにとって追い風なの向かい風なのどっち…?)
(どうなんだろ…?どちらが勝っても僕の未来は地獄かなぁ…)
あまりの事態に、どうしていいかわからない盗子と賢二。
すると魔王が思わぬ言葉を発した。
「オイそこの可愛いネェちゃん?」
「えっ、あ、アタシ!?」
「いや、この状況で笑えないジョークはよせさ盗子。」
「う、うっさいな!わかっ」
「そうだよ他にいるかよ?」
「ええぇっ!?」
暗殺美はぶったまげた。
盗子もぶったまげた。
「目障りだ、そこに転がってるゴミ持って…とっとと失せな。」
「え…もしかして、勇者の…ために…?」
「フン、勘違いするなよ?ただ顔も見たくねぇほど邪魔なだけだ。」
「プフッ!このツンデレめがさ!笑える奴さ!」
「アナタが言いますか。」
絞死は冷静に突っ込んだ。
「やれやれ…ま、いいけどね。どうせ結末は同じなんだから。」
「自称大魔王風情が、生まれついての魔王様に勝とうってか…?フザけた話だ。」
そして魔王決定戦が始まる。
~大魔王城最上階:終焉の間 前~
「ゼェ、ゼェ、な、なんとか…逃げられたね…!良かったぁ…!」
魔王のお言葉に甘えた賢二達は、勇者を抱えてそそくさと逃走。
扉を抜けるとそこには、大魔王に粉々にされた状態から微妙に復活したマジーンの姿が。
「ん?おぉ、出て来やがったのかガキども。一体どうした?」
「いや、“一体どうした”はこっちが聞きたいんですが。」
絞死は首から上だけで転がっているマジーンに、当然の疑問を投げかけた。
「あれ?勇者親父は?さっきアタシがいた時まではここにいたのに…」
「あ~?なんか、いても立ってもいられねぇって感じでどっか行ったぜ?あの様子は、恐らく…」
「きっとトイレさ。あのオッサンはそういうタイプさ。」
「あ?いやいや、いくらなんでもこんな時に…」
「こんな時こそ行っちゃう人だけどね、勇者親父って。でもまぁ…ちょうど良かったよ。こんな勇者見たら…」
「なっ…勇者…嬢ちゃんそれ…どうなってんだ?まさか…嘘だろ…!?」
マジーンは勇者に何が起きたのか大体察した。
「チッ…マジかよ、なんてこった…。じゃあもうお手上げってわけだ。それとも…何か打つ手はあんのかい?」
「フン、残念だけど敵は私らがどうにかできる相手じゃないさ。」
「打つ手かぁ…僕にはもう無いかな。打つ手もMPも…」
皆が皆、打つ手の無い状況。
だがその割に、賢二の目は死んではいなかった。
「…でも、もし万が一、僕らに勝機があるとしたら…そのために必要なことは、一つしかないでしょうね。」
「“こと”ってゆーか、“人”だよね賢二!」
「ま、こんな最大の見せ場で『勇者』が不在とか普通は無しさ。」
「ですが、〔死者蘇生〕…その禁断の術の開発に成功した者は、未だかつていないと聞きます。」
どうやら全員、想いは同じのようだ。
「つまりオヤツの…時間だよね?」
若干一名そうでもなかった。
「ハハッ、まぁそうだよなぁ!この状況をなんとかできる奴がいるとしたら、一人しかいねぇわなぁ!じゃあどうするよオイ!?」
「フン、文字通り手も足も出ない首だけ人間のアンタに言われたくないのさ。なんで偉そうなのか意味わかんないのさ。」
「期待してんのさ。もしアイツが選ばれし者なら…俺の期待通りの男なら、きっとこのままじゃ終わらねぇ。何かを起こすはずなんだ、何かとんでもねぇ…“奇跡”をなぁ!」
勇者が“終末をもたらす者”だと信じているマジーンは一人で勝手に盛り上がっているが、既に完全に体温を失ってしまった勇者の手を握る盗子は…
「き…奇跡ってなにさ!?適当なこと言わないでよ!もう…だってもう勇者…こんなに冷たくて…」
「フン、何言ってんのさ?勇者が冷たいなんて標準仕様さ。」
「そうだけど!いやそーゆー意味じゃなくて!」
「大丈夫だよ盗子ちゃん。きっと誰かが治せるよ?」
「ご自分の職業をお忘れでは…?」
「そこ気にしても仕方ないさ絞死。それが姫の仕様…ん?何さそれ?」
暗殺美は盗子の足元に落ちている謎の小袋に気付いた。
だが盗子は泣いてしまって気付いていない。
「どうしよう…勇者がいなきゃ、あの二人のどっちかに世界が…。勇者ぁ…!」
その時、盗子の涙が小袋に落ちた。
するとなんと、小袋は激しい光を放って消えた。
ピカァッ!!
そして、皇子の亡霊が現れた。
「お…お…お母ちゃん!?」
「えっ、盗子さんの…!?じゃあ前の『天帝』の!?でも亡くなったんじゃ…」
「ハァ!?嘘つくなさ!アンタの親がこんなまともな顔して…そもそも人のはずがないさ!」
「アンタの方が人でなしだよ!親の前で言っていいセリフじゃないよ!?」
想定外の展開に、混乱する一同。
だが皇子は構わず話を進めた。
「時間が無いの。まずはとりあえず…」
「あ、ごめん。なに…?」
「この前…逃げ出した、お仕置きなの。」
盗子はボコボコにされた。
「ぐふっ…い、痛いよぉ…。なんでビンタじゃなくてグーなのぉ…?」
先日の『天帝の試練』において、二冊目の夢絵本を前に逃走した盗子。
そのせいで皇子は凄まじく怒っていた。
「じゃあ本題に入るの。」
「あ、その前に…この流れで聞きづらいけど、えっと…マジでお母ちゃん?だってさ、この前“一日だけの復活”だって…」
「こうなる気がしたから、霊魂の一部をこの小袋に移してたの。だから長くはもたないの。」
「それが『天帝』の力か…やっぱ半端無ぇな。常識外れだぜ。」
「だから頭部だけで生きてるアンタが言うなさ。」
「そう、世の常識にとらわれない奇跡の力…『天帝』に、不可能は無いの。」
「えっ、じゃあ…じゃあアタシが頑張れば、勇者は生き返るかもしんないの!?」
「寝言は寝て言うの。途中で逃げたくせに。」
「えぇっ!?」
「まったくさこのヘタレめ。親の顔が見てみたいさ。」
「じゃあ見てよ今!今しか見れないから見といて!」
愛娘との限りある時間の割に、殴ったり罵倒したりと攻撃的な皇子。
このままだと何も前進のないまま時間切れかもしれない。
「途中で逃げたから試練は中途半端なの。だからアナタに、これまでの天帝のような奇跡は起こせないの。」
「天帝の…そっか、もしあの時アタシが頑張れてたら今…奇跡を起こせたかもしれないんだ…!うわぁーーーん!」
取り返しのつかない失敗に気付き、泣き崩れる盗子。
しかし―――
「…でも、アナタは“これまでの天帝”じゃないの。『皇女』として育てられなかったアナタの力は…ある意味未知数なの。」
「へっ…?」
「あ~…確かに、盗子さんほど不遇な人生歩んでる皇族もいないよね…」
「つまり、試してみる価値くらいはあるってことかさ?」
「あくまで可能性の話なの。それに、どんな能力かは運で決まるの。」
「も、もしも…最悪の結果になったら…?」
「地球が滅ぶの。」
「じゃあ駄目じゃん!救うどころか世界の滅亡早めちゃ駄目じゃん!」
「大丈夫なの。みんなで死ねばあの世でまた一緒なの。死人でごった返すの。」
「いや、全然大丈夫じゃないし!それ縁起でもないから!」
「だったら頑張ればいいの。こうして会えただけでも…私は幸せだったの。だからまだ、しばらく会えなくてもいいの。」
「あっ!お母ちゃん…体が消えて…!」
元々薄っすら半透明ではあったが、どんどん薄くなっていく皇子。
最初に言っていた通り、本当に時間が無いギリギリの状況だったようだ。
「やりたいようにやれば、きっとどうにかなるの。幸せになってね…塔……」
言いたいことを言うだけ言って、皇子は消えてしまった。
「お、お母ちゃん…ぐすん。」
「フン、泣いてる場合じゃないさ。こうなったらアンタが頑張るしかないのさ。」
「暗黒の儀式だね、盗子ちゃん。」
「違うと言いたいとこだけど、結果的に勇者が生き返るとなるとあながち間違いじゃないさ。」
「で、やれそうですか盗子さん?さっきの話じゃ…」
「も、もちろんやるよ!どうすればいいのかは…まったくわかんないけど!」
「ですよね。そんな感じでしたよね。」
「確かにろくなアドバイスが無かったさ。」
お仕置きパートが余計だった。
「どど、どうしよ…どどどどーしよ…。アタシどーすれば…?」
「お、落ち着いて盗子さん!慌てたら失敗しそうだし、まずは落ち着こう!ね?」
「もうやりたいようにやっちまえさ。アンタの親も最後にそう言ってたしさ。」
「や、やりたいように…?」
「じゃあショック療法だね。」
「いや、姫さんがやりたいようにやったらシャレにならないから…でも、僕もそれでいいと思う。」
「やりたいように…絞死も?」
「ええ、やりたいように。」
全員が盗子に丸投げした。
その結果―――
「………」
チュ☆
なんと!盗子は勇者にチュウした。
「わっ…!」
「あー…」
「うわ…」
「お゛えぇぇえええええええ!!」
賢二は驚いた。
姫はポカンとした。
絞死はドン引きした。
暗殺美は吐き気を催した。
「…テヘ☆」
「テヘ☆じゃないさ!なんておぞましい光景を見せ…」
ピカァアアアアアアアアアアア…!!
その時、勇者を中心に強烈な光がほとばしった。
「んぎゃああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
そして、勇者の絶叫が轟いた。