【191】最後の聖戦(21)
一か八かの賭けに敗れ、勇者は逝った。
その死に顔は、とても安らか…とは言えない、凄まじく納得いかなそうな顔だった。
「え…?ゆ、勇者…?」
倒れてピクリとも動かない勇者に、フラフラと歩み寄る盗子。
「ウソ…だよね?ねぇ、なんで息してないの…?ねぇ…?」
「あ、わかった!ドッキリでしょ?そんなん騙されるわけないじゃん!アハハ…」
「ハハ…ハ…。ねぇ、起きてよ勇者…イヤだよこんなの…」
「お願いだよっ!もう殴られても、蹴られても…殺されてもいいからぁーー!!」
「オッケー。」
ピンチヒッター(大魔王)が現れた。
盗子は迂闊なことを言った。
「万が一、蘇りでもしたら困るしねぇ…しっかり首をハネておかないと。」
重傷ながらも、立ち上がってきた大魔王。
そして、ゆっくりと勇者と盗子の方へと近づいてくる。
「こ、来ないでよ!勇者には指一本触れさせないんだからっ!!」
「フン、言うだけな雑魚は黙ってろさアホ盗子!こういう場合は…」
「こうするんですよ!!」
暗殺美と絞死のタッグ攻撃。
だが片手で弾き返された。
「うわぁああああっ!!」
「下がって二人とも!ここは、僕がやる!!」
さすがの賢二も今回ばかりは逃げないようだ。
「…正直、魔法使いが一番面倒なんだよね。魔法は剣じゃ防げないからさぁ。」
「そう言われるといかにも罠っぽいけど…逆に、本当に苦手だから言って線もあるよね…!」
「アハハッ、そうかもね~?でもキミごときに何ができる?僕を殺せるほどの魔法なんて、無印さんぐらいしか…」
「そんな無印様が遺した、最後の弟子がいるとしたら!?」
「なっ、その魔法は…!」
「さらにド変…大魔導士にも鍛えられた僕は、もう禁術を使わなくても…うぉおおおおおおおおおお!!!」
「なっ…!?」
賢二は〔火炎地獄〕を唱えた。
激しい炎が大魔王に襲い掛かる。
ズォオオオオオオオオオオオオオオ!!
「でも残念!こんなこともあろうかと、五百年前に対策済みなんだよねー!」
なんと!大魔王は凄まじい剣風で炎を巻き上げた。
「そ、そんなぁ…!」
「いや~、危なかった危なかった。無印さんの弟子か~。そういえばそんな話も聞いてたかもなぁ。油断してたし危なかった…けど、もう…終わりだよねぇ?」
「くっ…!」
万事休す…かと思われたが、まだ賢二は諦めなかった。
「…ま、まだだっ!まだ、奥の手は…ある!」
「ハァ?今の大魔法が駄目だったのに、まだ何かあるとか…」
「確かに僕だけじゃ無理だけど…でも、姫さんの協力があれば…!」
「うん、任せてよ賢二君。こう見えて強力だよ?」
「全然通じてないような…」
もちろん通じてない。
「奥の手…?い、一体どんなんなのさ?勝てるやつなのかさ?」
「うん…あるにはあるよ。威力だけならさっきの〔火炎地獄〕を超えるという、究極の火炎魔法が!」
「ハァ?ハッタリはやめなよ。あれ以上のなんて聞いたことも…」
「だろうね。お師匠様…あの無印様が、晩年に開発した“未発表魔法”だもの。」
「なっ、無印さんが…!?」
賢二が嘘を言っているようには見えず、大魔王は警戒した。
「なにさ、そんなとっておきがあるなら出し惜しみしてんじゃないのさもっと自信持てさ!」
「ぼ、僕だって使えたことないんだよ!それにちょっと、ハイリスク過ぎて…」
「それは…数年ぶりに会った旧友の借金の保証人になるのとどっちがさ?」
「それはそれで危険だけども!でも比べるまでもなくこっちだから!」
「…フン。まぁいいや、やってみなよ。ちなみにどんな魔法?」
「敵も味方も、全てを焼き尽くす超絶火炎魔法…その名も、〔灼熱地獄〕。」
一種の自爆テロだった。
「チッ、危険っぽいけど仕方ないさ。私と絞死が時間を稼ぐから早く詠唱に入るがいいのさ。」
「いや、駄目だってば暗殺美さん!その魔法が燃やすのは、相手だけじゃなくてこの一帯だから早く逃げ…」
「フン、もう走り疲れたさ。帰りくらいのんびり帰らせてほしいものさ。絞死!」
「ええ。時間稼ぎになるかも怪しいですが…ね!」
先ほど簡単に退けられた二人だが、自分を奮い立たせて再び飛び出した。
そして賢二と姫が残された。
「燃える展開…ってヤツだね?」
「物理的にね!?だから、そうならないようにキミの力が要るんだよ!氷の防壁を張って周囲を保護してほしいんだ!」
「じゃあ賢二君は、風の魔法でシャリシャリにしてね?」
「食べるためのじゃないから!決してカキ氷用じゃないから!」
死なない未来が見えない。
ズガァアアアアアアアアアアアン!!
「うわぁあああああああああ!!」
死力を振り絞り、十を超える幻体を生み出して挑んでいた絞死。
だがやはり、そう長いこと粘れるものでもなかった。
「絞死ーー!!くっ、まぁこうならなきゃ嘘かさ。むしろよく頑張った方さ。」
「まだ息はあるようだけどね。どうする?先にキミが死ぬ?それとも後がいい?」
「それはもちろん、アンタの後さ!!」
暗殺美は全力のハイキックを放った。
だが大魔王は足を掴んで止めた。
「うわ遅っ!もうさっきほどのスピード出ないんじゃーん。『風神』なんてスピードが売りなのに…」
「チッ!誰に断って乙女の艶めかしい足を掴んでんのさ!?まぁ…今回ばかりは、離さなくていいけどもさ!」
「あれ?『風神の靴』…を、履いてない…?」
なんと!大魔王の手元…暗殺美のスネには、『雷神の篭手』が装備されている。
「こんなこともあろうかと、こっそり入手しといて良かったさ。でもできれば…使いたくなかったさ!」
「ぐっ、しまっ…」
「慣れてないから、手加減なんてできないさぁーーーーー!!」
ズビビビビビビビビビビッ!!
凄まじい電流がほとばしった。
大魔王はともかく、弱った暗殺美はひとたまりもない
…かと、思われたが―――
「…ふぅ、なんとか…間に合って…良かったよ。」
「け…賢二…きゅん…?」
なんと、間一髪で賢二が助けていた。
「あーあ。魔法の詠唱は?やめちゃったわけ?万に一つのチャンスを無駄にするとか、馬鹿なんじゃない?もう確実に死ぬよ?」
「そ、そうだね…。確かに、死んじゃうんだと思う。」
「ん…?なんか妙に熱気が…ハッ、上かっ!?」
大魔王は天井を見上げた。
なんと!一帯に青い炎が渦巻いている。
「なるほど…もう詠唱は済んでいて、発動待ちってわけね…!」
「意思の疎通の問題で氷の防御は無理っぽいから、自爆攻撃なんだけどね…!」
「こ、これは…さすがの僕もちょっと…」
「ごめんみんな、僕と死んでっ!!」
魔法は最終段階に入った。
「見せてあげるよ大魔王、僕の本当の実力をっ!究極魔法…『灼熱地獄』!!」
賢二は〔灼熱地獄〕を唱えた。
だがMPが足りない。
「実力出ちゃったーーーーー!!」
賢二の真骨頂だった。
「ま、まったく最低な奴さ!でもそんなところが萌え…も、燃えてしまえさっ!」
「あ、うん…いや、無理かな…MP無いし…」
賢二は完全に心が折れた。
「どうやら…ここまでみたいですね…」
「チッ、こんな時に体が…動かないとかさ…!」
「あ、キミらは後回しね。」
もう詰んだかと思われた状況で、なぜか賢二らから目を離す大魔王。
目線の先には勇者の姿があった。
「やっぱり何が問題って、心が折れてないことだよね。無駄な抵抗を生むし…まずは一番邪魔な、『勇者』を粉々にしなきゃ。やっぱり先に…“希望”を断たないとねぇ。」
「だ、ダメダメダメだもん!これ以上勇者を傷つけるなんて…!」
勇者をかばい、無謀にも大魔王の前に立ちはだかる盗子。
「いやいや、無駄なことはやめなよ。どう見ても死んでるじゃん。死体に命かけてどうするのさ?」
「そんなことないもん!絶対何かまだ…!てゆーか、だったらアンタがやめてよ!死んでるならトドメ刺すのも意味ないじゃん!」
「意味はあるさ。言ったでしょ、希望を断つって。それにはやっぱり…見た目にもわかりやすい演出が大事かなって。さ、どいて。」
「う、うわーん!誰か助けてよぉーーーーー!!」
盗子は助けを呼んだ。
だがもちろん誰も来なかった。
「だから無駄だってば。僕に対抗できる子供なんて、もう存在しないんだから。」
「わ、わかんないじゃん!もしかしたら、まだ他に誰か来るかも…」
「あ~、残念だけどそれは無いね。侵入者の情報はすぐに僕の耳に入るようになってるけど、キミら以外の子供なんて半径数キロ圏内にもいないよ。」
「そ、そんなぁ…!」
そして大魔王は、剣を振り上げた。
「さぁ…死ね。」
大魔王の攻撃。
冷酷な刃が勇者を襲う。
ガキィイイイン…!!
キィイイン…
ィイイン…
響き渡る、剣と剣が交わる音。
「なっ…!?」
驚く大魔王。彼が握る『闘神の剣』と交差するのは…漆黒の大剣『魔神の剣』。
「えっ、『魔神の剣』…?あれっ!?でも勇者は…」
見上げた盗子の目に映ったのは、真紅のマントをひるがえす大きな影。
だがそのシルエットは、勇者父のものでもマジーンのものでもなかった。
「む?ほぉ、コレが魔神の…。どうりで妙にこの手に馴染むわけだ。」
「ば、馬鹿な!僕のこの領域に、大人が入って来られるはずが…!」
「あ゛?オイオイ、失礼なこと言うなよ…誰がオッサンだって?」
苛立った男は、マントを脱ぎ去った。
「こう見えて俺は、まだ十四だぞ。」
なんと!死んだはずの魔王が降臨した。