【190】外伝
*** 外伝:救世主が行く ***
僕の名は『救世主』。悪星と名高い惑星『サマラ』に産まれた。
いかにも“世界を救う者”って感じの名前だけど、星の性質が性質なだけに、何を求めてこんな名前にされたのか意味がわからない。
親に真意を聞いてみたかったけど、お腹を突き破って出てきたから母親はもういない。肋骨や頚椎を一本一本折ってジャレてたら、なぜか父親も動かなくなっちゃった。
生後間もなく天涯孤独とか、僕ってばなんて不幸なんだろう。
ヤベェ奴が誕生した。
早くに親を亡くした僕は、仕方なく孤児院へと向かった。ハイハイで。
でもまだ喋れないから交渉は難しい。身振り手振りでアピールしよう。
「バブー。」
「あれ…?どうしちゃったのかなキミ?あ、もしかして迷子ちゃん?」
孤児院に訪れた救世主の前に現れたのは、瞳にハイライトの入っていない感じのメンヘラ系の少女。頭部に一本角が生えているので普通の人間ではないようだ。
「バブー!」
「ん~、どうしようかなぁ悩ましいなぁ…うぅ~~~ん…よし、決めた!」
「バブー☆」
「ワサビ醤油!」
救世主は調理法が決まった。
「ば、バブー…!?」
さすが“悪星”と呼ばれるだけあって、この少女もかなりヤバい奴のようだ。
そんな少女に逆さに吊るされて数分。救世主が血抜きされる時は近い。
「バ、バブー!ババババーブー!」
「あ、名前?私は『魔姫』っていうの。」
「バーブーー!!」
「いや、そうじゃねーだろ。その状況で名を聞くアホがいるかよ。」
暴走する魔姫を制止したのは、同じく一本角の生えた、顔に大きな十字傷のある青年。小柄な魔姫とは違ってかなりゴツい体格をしており、とても強そうだ。
「あ、『亡者』さん♪いいとこに来たね、下ごしらえ任せていい?」
「いいわきゃねーだろ。いくらなんでもお前…」
「バ、バブー!」
味方らしき存在の登場に、興奮する救世主。
「もっと太らせなきゃ。」
やっぱりアウェーだった。
「ん?どうしたボウズ、震えちまって…寒ぃのか?」
「バブブ…バブブブ…」
「あ、マジで食われると思ってんのか?ハハッ、冗談だよ冗談!なぁ魔姫?」
「え…?」
「えっ!?」
「バ、バブ…?」
依然として気は抜けない。
「ま、悪人ばっかの星には違ぇねぇが、別に殺しゃしねぇってば。」
「えー、じゃあどうするの亡者さん?ウチで飼うの?」
「いや、“飼う”とか言うなよ。まぁ確かに、ここに置くつもりだけどな。」
「バブッ!?」
「安心しろボウズ、ちゃんと育ててやるよ…この星で、生き抜ける男にな。」
諸悪の根源がここに。
五年後。五歳になった僕は、まぁ色々あったけど…なんとか生きていた。
「ゼェ、ゼェ、ちょ、ちょっとタイム…!」
「オイオイ、もう限界だってーのか救世主?そんなんじゃすぐに死んじまうぜ?」
「そうだよ食べられちゃうよー?内臓を、こう…グジュッと…ペロリと?」
「むしろ魔姫さんが一番怖いんだけど。」
かなり綱渡りな人生だった。
「とりあえず、オメェはまだ走りこみが足りねぇようだな。足腰が弱ぇわ。」
「そうだねー。コシが足りないのはちょっとねー。」
「響きが似てるだけで二人全然違うこと言ってるんだけど。」
「ま、我慢しろよ。俺達孤児が生きてくのは簡単じゃねぇ。『傭兵』として生きてくほかねぇんだ。」
「あ、私は『炊事係』ね?」
「それが怖いんだけど。」
主に魔姫が障害だった。
「ハァ…まぁいいや。とりあえず…」
ズダダン!ズダダダダン!
そこはとある戦場。
亡者の手ほどきを受けた救世主は目覚ましい成長を見せており、戦場でもなかなかの戦果をあげていた。
「ふぅ、ようやく片付いたみたいだね。まぁ大した相手じゃ…」
「ハハッ!テメェがな!」
「なっ、背後に…!?」
油断した救世主は、迂闊にも敵兵に背後をとられてしまった。
ザシュッ!
「ぐぁああああああ!」
敵兵Aの攻撃…は空振りに終わり、カウンターで亡者の一撃が炸裂した。
「フッ、まだまだツメが甘ぇなボウズ。」
「も、亡者さん…」
「え…そうなの?舐めていい?」
「いや、そういう甘さじゃなしに。」
やっぱり魔姫には気が抜けない。
「フン、どうにもヤル気が出ないだけだよ。な~んか燃えないんだよね~。」
「ま、確かにそう見えるなぁ最近のテメェは。強くなりすぎて目標が持てなくなったか?」
「…ま、当面は付き合うよ。亡者さんには一応、育てられた恩があるしね。」
「フッ、ああ付き合え。最下層民の俺達が、この国を獲る日も…そう遠くねぇ。」
亡者には壮大な野望があった。
そして更に時は過ぎ、僕は七歳になった。
孤児院から始まった僕ら反乱軍も、国王軍に匹敵する勢力に成長していた。
「さて…テメェらに集まってもらったのは他でもねぇ。ついに…時が来た!」
「うぉおおおおおおおお!!」
亡者の演説に、興奮を抑えきれない様子の反乱軍。
「奴隷として蔑まれた俺達が、国の上に立つ時が来たのだ!」
「うぉおおおおおおおお!!」
「王族は大鍋でグツグツ煮込んで今夜の夕飯ね~♪」
「う…うぉおおおおおおお!?」
魔姫は一瞬で士気を下げた。
「だが気を抜くな。国王軍だけじゃなく、陰で動いてる妙な連中もいるしなぁ。」
「妙な連中…ウチの幹部達が次々暗殺されてるっていう例のアレ?」
「ああ、そうだ救世主。国王軍だけでも頭が痛ぇってのによぉ…ったく、やれやれだぜ。」
「じゃあ僕がやろうか?裏で動くのなら僕も得意だけど。」
「いいや、駄目だ。こっちの作戦に集中してくれ。お前は…俺の右腕なんだ。」
なんと、救世主は七歳にしてナンバー2の地位に上り詰めていた。
「あ、もう一方は私ね?私が左腕♪」
「右腕を食おうとする左腕とか…」
「ハハハッ!じゃあこうしよう、今日から我が軍の名は…『ウロボロス』だ!」
「うぉおおおおおおおおお!!」
救世主は笑えなかった。
その後…国王軍との戦いは熾烈を極め、両軍ともに大勢の人間が屍になっていった。
そして―――
~国王城:国王室 前~
「ふぅ…やっとここまで来たか。あとは王を討てば…我々の勝ちだ!」
王の間の前まで辿り着いたのは、亡者、救世主、魔姫の三人のみ。
人数こそ少ないが、敵戦力も大幅に削られているこの状況で、最大戦力が残っているため期待値は高い。
「楽しみだねー。どんな拷問しようかなぁ?あ、食べてもいい?」
「まだ諦めてなかったのかオメェ…。だから言ったろう?人は食べ物じゃ…」
ゴキュッ!
「いや、“ゴキュッ!”って!そんなノドの鳴らし方…む?オイどうした魔姫?」
魔姫は首が一周捻じれた状態で床に転がっている。
「なっ!?馬鹿な、周りの敵はもう…」
「…な~んか物足りないと思ってた理由が、やっとわかったんだよね~。」
亡者の背後で、悪い笑みを浮かべる救世主。
「め、救世主!?テメェが魔姫を…!?」
「僕ってさ、誰かの右腕とか…“脇役”って嫌なんだ。“主役”じゃないとさ。」
「まさか、陰で動いてた暗殺者ってのも…!」
「アンタの周りは警備が多くてね。この時を待ってた…二人きりになる時を。」
「チッ、どうやら俺は…とんでもねぇ奴を育てちまったらしい。」
「“右腕”に裏切られ、“左腕”も失うとか…散々だねぇ。じゃあやっぱり、次は“首”かな?」
救世主は本性を現した。
「サヨナラ亡者さん。もう興味無いから、死んでもらっていいかなぁ?」
「チッ、参ったなぁオイ…どこで教育を間違えちまったかねぇ。」
「ん~…いや、アンタじゃないと思う。」
「魔姫かぁ…」
悪影響が半端無かった。
「大丈夫、強さはアンタ譲りだよ。おかげで強くなれた。」
「フッ…その俺譲りの強さで、師である俺に勝てるとでも思ってるのか?」
「あ~大丈夫、もう…終わってるから。」
「なっ…ぐふっ!?」
亡者は血を噴いてヒザをついた。
「これでも僕さ、亡者さんのこと父親みたく思ってたんだよ?」
「ハハッ、い、言いやがる…!」
「だから…実の父と同じ方法で、あの世へ送ってあげるね。」
「…め、救世主…テメェはこれから…どこへ向かう…?」
「ん?さーね~?ま、気になるなら…地獄で見てれば?」
ドバシュッ!!
そして国も滅んだ。
三年後―――
亡者さんらを倒し、国も滅ぼし、その後も他の国を襲ったりして色々とはしゃいだ三年間。
でもやっぱり駄目だ。どうにもこの星の人達はつまらなくてしょうがない。奪い、奪われるのが日常…そんな毎日のせいで、虐げられることに慣れちゃってるんだ。
そんな死んだ目をした奴らなんて、全然面白くない。生きた目を殺すのが面白いんだよね~。
「というわけで、楽園と名高い『桃源星』に向かってるわけだけど…」
「すまん!食糧尽きてもうた!!」
「…誰この人?」
桃源星へと向かう宇宙船の中で、貧乏神を指差し困惑する救世主。
尋ねられた竜神も知らないようだ。
「ン?お前が選んダ『会計係』じゃないのカ?」
「いや、知らないし。メンバーは三年かけて厳選したんだよ?こんなジジイ要らないし。」
「じゃあ殺すカ。」
「ちょ、チョイ待ち!アレや、アレがアレやでほんまに!近くにアレなんや!」
「いや、“近くに”以外何も伝わってこないんだけど。」
「ち、近くに…あるんや。桃源星に次ぐアレ…『地球』いうアレがなぁ。」
こうして地球がピンチに。
知らぬ間に忍び込んでた顔色の悪い妙な爺さんのせいで、食糧が無くなり…仕方なく『地球』とかいう星に不時着することになった僕ら。
でもまぁいいや。『桃源星』ほどじゃないんだろうけど、この星も結構いい星っぽいし。
「てなわけで、好きに暴れちゃってよ。あ、でもすぐには終わらせないでね。」
「フン、テメェの指図なんか受けねぇよ。俺は俺らしく自由にやるぜ。」
「わらわもじゃ。無益な争いは好まんのでな。」
不服そうな『暗黒神』と『邪神』。
一緒に来たのは利害が一致したからであり、決して従うつもりは無いようだ。
「ま、いいけどね~。さーて、僕はどうしよっかな~。」
「共に暴れるんじゃないのカ?」
煮え切らない救世主の様子をいぶかしがる竜神。
「いや、それじゃつまんないじゃん。あ、そうだ!じゃあ僕は逆側に立とう!面白そうじゃない?世界を救った英雄が、後で世界を滅ぼすって。」
「キャハハ☆くっだらな~い!」
「あたまへいき?」
得意げな救世主を鼻で笑う『女神』と『守護神』。
「オーケー、まずキミらから殺しにいくから。」
「んじゃま、適当に散るとするわな。遅れてる神も、じきに来るだろうよ。」
「だね、太陽神。さーて、じゃあここからは敵同士…ヨロシク頼むね、破滅の十二神さん。」
『人神大戦』の始まりだった。
こうして始まった、地球での大戦争。十二神のみんなが大暴れする中、十人の地球人…『十賢人』と呼ばれる人達が現れちゃって面倒な状況に。
僕が目立つためには邪魔な存在だけど、一人で全員仕留めるのはキツいレベル。仕方ないから最初は味方の振りでもしておいて、後で一人ずつ殺そうかな。
「…とか思ってたのに、まさかバレちゃうとかさぁ。困らせないでよ欧剣さん。」
浮遊する島…のようにデカい魔神本体の上で、倒れた欧剣に剣をブスブス突き刺す救世主。
だが欧剣はピクリとも動かない。
「って、なんだ死んじゃったんだ。じゃあ全然困ること無かっ…おっと!」
救世主は謎の攻撃を避けた。
なんと!地面から人が生えてきた。
後に勇者らが倒すことになる六本角の巨人…そう、魔神の化身だ。
「…もしかしてキミ、魔神の一部だったりしちゃう?」
「貴様が救世主だな?我を呼んでおいて立ち塞がるとは、意味がわからん奴だ。」
「アハハ、僕ってば気分屋だからさぁ。悪いけど死んでもらっていいかな?」
「その言葉、そっくりそのまま返そうか。貴様が死ね。」
ガキィイイイイン!!
さすが最強と言われるだけあって、魔神は凄まじく強かった。
欧剣さんのせいで消耗してたせいもあって、殺すのは断念。仕方なく邪神や暗黒神と同じように封印術で封じようとしたんだけど…まさかの大誤算。なんと僕…術の発動後にうっかり変な泉に落ちちゃって、一緒に封印されちゃったんだ。
そして、五百年の月日が流れ―――
~魔神の上:泉のほとり~
「ゲホッゴホッ!あ~酷い目に遭った。危うく死ぬところだったよ。」
泉の中からなんとか這い上がり、五百年ぶりに復活を遂げた救世主。
「む…なんだ貴様は?こんな所で泳ぎの練習とはヤンチャ坊主にも程があるぞ。」
そこに現れたのは、人知れず魔神討伐に臨んでいた…『魔王』だった。
「あれ…?誰なのさキミ?」
「俺は『魔王』。世界を大変なことにする宿命を、生まれながらにして無理矢理背負わされた男だ。」
「…そこは同情するところ?」
「ああ、できれば盛大に頼むぜ。」
「ハァ…な~んか調子狂っちゃうなぁ~。で、どうする気?強いよねキミ?」
「フッ、貴様も…そうだろう?」
ガキィイイイイン!!
寝起きに『魔王』とかいう人と戦ったんだけど、どうにも疲れちゃって…不本意ながら途中で逃げちゃった僕。
後で聞いた話によると、なんと知らぬ間に五百年も過ぎてたとか。そりゃ寝疲れるわけだよね。
伝承によると、一応僕はまだ正義の味方ってことになってるっぽいけど…どうしようかなぁ?
~タケブ大陸:王都チュシン~
「ん~~…どうしよう?また同じ計画で続けるべきか、考え方を変えるか…」
「しばし待たれぃ邪悪なチビッ子よ。汝の迷い、取り払ってしんぜよう。」
謎の占い師…つまるところ夜玄が現れた。
「ん、誰なのキミ?初対面で邪悪とか失礼だよね。」
「これより数日の後、汝の悪事は全て暴かれるであろう。」
「え…そうなの?あちゃー、全部バレちゃうのかぁ。じゃあ計画変更しないとってこと?」
「汝は動くだろう。黒き十字架が、世界を暗黒へと導くだろう。」
「ん~、よくわかんないなぁ。簡単に説明してくれないと殺すよ?」
「汝の仲間が大暴れで、世界は色々と大変な感じになるだろう。」
「へぇ、仲間…ねぇ。で?最終的にはどうなるのさ?」
「…それより先は、神にも見えぬ。未来は暗黒と…闇に包まれている。」
勇者のせいという線も。
こうして、偶然出会った占い師の話を信じて、僕は仲間を集めることにした。こんな時のために封じておいた『竜神』『女神』『太陽神』や、賞金首とか色々と。
ついでに今の情勢も色々調べたけど、敵になりそうな人が意外といるっぽい。『勇者:凱空』『四勇将』『深緑の疾風』…あぁ、『理慈』さんもまだ生きてるとか。
他にも伝説の暗殺者とかいるみたいだけど…一番気になったのは、また別の人物。目撃者全員が恐怖に震え、“奴に目を付けられるくらいなら”と舌を噛んで自害した人もいるらしい。
蒼髪の悪魔…是非とも仲間にしたい少年だ。
だが敵として出会う。