【188】最後の聖戦(19)
海を割るほどの大技をお見舞いしたにも関わらず、大魔王を倒すことはできなかった。やれやれ、どうやらお手上げのようだ。
となれば、俺にできるのはもはや姫ちゃんを逃がすことのみ。外には親父がいるわけだし、この領域から出すことさえできれば…
「さぁ行けぃ賢二!美咲の翼があれば、窓を破って逃げるのも容易だろう!」
「で、でも勇者君…!」
「いいから行けぇ!!」
「ギャッ!!」
勇者は賢二を蹴り飛ばした。
「ハァ~…キミってやっぱ馬鹿でしょ?僕がすんなり逃がすわけ…」
「フン、まだ余裕ブッこいてるのか貴様?偶然避けられたからいいものの、さっきの『断海』は肝が冷えたろう?あまり舐めてると…ぐぁああああああ!?」
痛恨の一撃!
勇者は壁に叩きつけられた。
「ぐふっ!チッ、ここまで差があるか…!そりゃ舐めたくもなるか…。だが、行かせん!この先は俺が通さん!」
「じゃあお母さん役は私ね。」
「おっと!そりゃなんて素敵なママゴト…ってなぜまだここに姫ちゃんが!?賢二は何してやがる!?」
逃がしたはずの姫が、なぜかまだいたことに狼狽する勇者。
だが、姫だけでなくなんと賢二まで残っていた。臆したのか。
「無理だよ勇者君…」
「こ、この期に及んで貴様ぁ…!!」
「キミを見捨てて行くなんて、僕には無理だよ。」
なんと、ビビッて動けなかったからではなかったようだ。
「それにさ、見捨てて逃げて…後で化けて出られても困るしね。アハハ。」
「…ケッ!ケッ!泣き虫賢二ごときが生意気言うじゃねーかクソがっ!」
「早く帰ってお茶にしようよ。ね、勇者君?」
「フッ…まったくその通りだな姫ちゃん。諦めるのは、まだ早いか!!」
勇者はヤル気を取り戻した。
「で、どうしよう勇者君?作戦とかあったりする?」
「無い!!こうなったら死ぬ気でやれとしか言いようがない!とりあえず…」
「死のうか。」
大魔王の不意打ち攻撃。
勇者は紙一重で避けた。
「くっ…!作戦会議中に斬るとはマナーのなってない奴め…!」
「大丈夫、傷は私が治すよ!むー!〔死滅〕!!」
「おっとぉっ!」
「おわっ!?」
勇者はまたもや神回避を見せた。
大魔王もなんとかギリギリで避けた。
「くっ、今のがフェイクとは…。彼女、大した演技力だねぇ。」
「舐めるな、ガチだっ!!」
同士討ちの危険性も高い。
「ハァ~、しつこいなぁ…。キミらだってさ、このまま粘っても勝てるとは思ってないでしょ?じきにガス欠になるし、もう助けも来ないしさぁ。」
「フッ、じきにだぁ?舐めるな!俺の魔力なんか随分前から枯れてるわっ!」
胸を張って言えるセリフではなかった。
「助っ人の方も…まぁ絶望的だろうな。扉の外にいるだろう親父、マジーンは年齢的にアウト。盗子は顔がアウトだ。」
「で、でも勇者君!もしかしたらまだ僕らの知らない…」
「過去の英雄やらが“実は生きてました”的な感じで現れるとか、帝都から援軍が来るとかか?仮にあったとしても、どいつもこいつも入れん歳だろうな。」
「ま、そういうこと。つまりもう詰んでるんだよ、わかるよね?」
これ以上無駄に抵抗されたくない大魔王は、勇者に諦めるよう促した。
だがしかし、勇者にはまだその気は無いようだ。
「確かにもう助けに来る人間はいないだろう…そう、“人間”はな。」
「…ハァ??」
バリィーーーーーン!!
突如、窓ガラスをブチ破って何かが飛び込んできた。
「あー…そういえば、確かにそんな報告も入ってたなぁ。変なのが来たって…」
「悪いが少しばかり限界でなぁ…。少し、任せていいか?相棒よ。」
「ポピュッパーーー!!」
気まぐれ暴君が現れた。
「さぁ、やってしまえ!我がペットにして武器庫なチョメ太郎!だがくれぐれもこっちは狙わないようにな?」
「………ポッピュ!」
「絶対通じてないよねチョメ君!?今の間は明らかに…」
「ポピュッパーーー!!」
ズダダダン!ドゴォーーン!チュドォーーーーン!!
やっぱり通じてなかった。
そしてそのまましばらく、銃弾の音が響き渡った。
「ゼェ、ゼェ、お、終わったよね…?でもなんか、こっちへの攻撃の方が多かった気がするのは気のせい…?」
「さぁどうだ、やったか!?まぁやれちまってたら、それはそれで俺は立場が無いわけだが…」
複雑な心境の勇者。
そのため幸か不幸かは微妙なところだが…とにかく大魔王は生きていた。
「あのさぁ、まさかこんなのが切り札だったとか…言わないでよ?」
「プ…ポヒュゥ…!」
チョメ太郎は首根っこを掴まれている。
「なっ、チョメ太郎…!いつの間に…!?」
「あの尋常じゃない武器の数々は、もしかしたら意外と期待できるかなぁとか思ったんだけど…やっぱり無駄だったね、残念だよ。さ、死のうか。」
「俺を殺すか…。だがいいのか?俺はまだもう少しだけ強くなる気がするぞ?」
「あ、もうそういうのいいから。だから半年待ってあげたでしょ?でも駄目だったじゃん。仮に遊ぶにしても、キミの父親選ぶよ。」
「そうか…期待外れの俺ら三人なんぞ、心置きなく殺せるってわけか。」
「うん!あと二人♪」
「え…?」
大魔王は賢二の背後にいた。
勇者は間に合わない。
姫はヤル気がない。
賢二は助からない。
「とか思ったら大間違いさぁーーーーー!!」
バキィイイイイ!!
暗殺美の飛び蹴りが炸裂した。
油断していた大魔王はまともに食らってしまったが、そこまで効いてはいない様子。
「えーー…この状況で、わざわざ殺されにくる馬鹿がいるわけ?」
「あ、暗殺美さん!ありがとう助かっ」
「勘違いするなさ!べっ、別にアンタのためさっ!!」
暗殺美はうっかりデレた。
「チッ…オイ見せ場泥棒!貴様は下で雑魚どもを食い止めてたんじゃないのかよ暗殺美?」
「雑魚は土男流に任せて駆けつけてやったのさ感謝しろや死に損ないめ!」
「なるほど…。その言い方だと、絞死も来ているな?隠れて敵の隙を覗っているわけか!」
「…まさか内部告発で失敗に終わるとは。」
うなだれながら絞死が現れた。
「ハァ…また雑魚が増えるとか…」
面倒臭そうに溜め息をつく大魔王。
だが状況的に、この手の展開は避けて通れないので諦めてほしいところ。
「フッ、どうやら形勢逆転のようだな…と言えないのが悲しいところだな。やめとけ二人とも、無駄に死ぬだけだ。」
「そ、そうだよ二人とも!危険だよ!」
「フン!だからといって、何もしなくちゃ結局死ぬのさ!」
「ええ、まったくですね!」
勇者と賢二の制止を振り切り、二人は飛び出した。
「おぉおおおおおおりゃああああああ!食らえやぁあああ『風神脚』!!」
「んー、さすが風神の靴…って感じの速さだけど、物足りないから。」
「よそ見とは油断が過ぎるのでは!?『幻想十人撃』!!」
「ふーん、幻の体かぁ~…でも本体は、こっちでしょ?」
「なっ…!?」
大魔王のカウンターが絞死を襲う。
だがギリギリのところで勇者が助けた。
「くっ、余計なことを…!離してくだ…」
「だから下がってろよお前達。やはり女子供にどうこうできる相手じゃない。」
「わ、私は…!」
「お前…俺が気づいてないとでも思っているのか絞死?下がれと言っている!!」
「ッ…!!」
勇者のあまりの剣幕に、思わず絞死はたじろいだ。
「もうボロボロなんだろう暗殺美も?それ以上暴れると死ぬぞ。」
「あ゛ん!?じゃあアンタならどうにかできるって言うのかさ!?」
「フッ…ならば俺の背をよく見ておけ。これが男の死に…生き様だってのを、見せてやる!」
勇者はうっかり本音が出かけた。
「で?結局キミが一人でくるわけ?意外だね、玉砕覚悟で全員で削りに来ると思ってたのに。」
「フン、白々しい野郎め。雑魚が何人いたところで無意味だろう?」
「あれ?わかってるんじゃん。ならなんでまだ抵抗するかなぁ?まさかこの期に及んで、自分は雑魚じゃないとでも?」
「……何か…」
「ん…?」
「まだ何か…何かある気がするんだよ。それがハッキリするまでは、もう少し粘ってやろうと思ってな。」
「何かって…何なの?」
「わからん。勘だ。」
「ふーん。ま、いいけどね。何も無いならすぐに終わるし…って、何してるの?」
「あん?探してるに決まってるだろう?貴様をブチ殺せる、何かをなぁ!」
勇者はチョメ太郎のマントを漁っている。
「何か…何かあるはずだ!謎多きコイツのことだ、きっと凄まじい武器とかを…」
「ッ!!!」
その時、急にチョメ太郎がもだえ始めた。
これまでに見たことの無いリアクションだ。
「ポ、ポッピュー!ポッピュ~~!」
「ちょっ、何したの勇者君!?」
「いや、俺は何も…ただ何か変なモノに触った気はするが。」
「へ、変なモノって何!?まさかとんでもない自爆兵器とかじゃ…!?」
「たぶん背中にチャックが…」
「いや姫さん、チャックとか…」
「いるよ。」
「チャックが!?」
「フン、随分前にも一度聞いたネタさ。同じボケを二度も使うとか…」
暗殺美の言う通り、確かにかつて一度、同じようなやりとりがあった。
その時はただのボケとして流されたネタだが、しかし―――
ジィイイイイイ…
今度はガチで開いた。
「…ポピュ?」
「チャックが!!?」
チャックが。
「なっ…お、オイオイ待ちやがれチョメ太郎。お前そんなモンつけてたのか…?」
「アンタも知んなかったのかさ?飼い主歴何年さ?」
「俺もあのマントの中は危険な気がしてて避けてたんだ。だがまさか…さらに中があったとはな。」
「で、でもさ勇者君、単なる飾りって可能性も…」
「ポピュ…パピプ…!プッパーーーーーー!!」
賢二の期待もむなしく、チョメ太郎の背中がパカッと裂けた。
そしてなんと!中から巨大な、炎の怪鳥が現れた。
「ええぇーーーーーーっ!?」
あまりの激変っぷりに全員ぶったまげた。
「うっわデッカ…ちょっ、この変わりっぷりは酷くない…?」
さすがの大魔王も驚いたようだ。
「というかどう考えてもあの容積に入るサイズじゃないさ…!」
「ハッ!あの燃え盛る炎のような翼…アレはもしかして、伝説の…!?」
「むっ?なんだ賢二、図鑑か何かで見たことでもあるのか?」
「あ、うん。僕の思った通りなら、あれは多分…『ペルペロス』『パジリスキュ』と並び称される『三神獣』の一角…」
「なっ、三神獣だとぉ…!?」
「その中でも最強とされる魔獣、『不死鳥:フェニックチュ』…!」
「ポピュッパーーーー!!」
とんでもないビッグ・ネームだった。