【187】最後の聖戦(18)
最上階『終焉の間』を目前に、壁を突き破ってきた強烈な一撃。
姫ちゃんを守ることに必死で隙だらけだった俺を勝手に庇い、重傷を負いやがったのはなんと…大バカ糞盗子だった。
確かにあのままじゃ俺が食らっていたが、盗子ごときに借りを作るなんて屈辱だ。
「チッ、クソがぁ…!」
「ま、待ってて盗子さん!いま僕が回復を…」
「…待て賢二、その必要はない!」
「なっ…ふ、ふざけるなよ!!この状況でまだ…」
慌てて回復しようとする賢二を、勇者が止めた。
さすがの賢二もこれにはキレた。
しかし―――
「こいつを使え、『治癒石』だ。最高級品だしな、これ抱いて寝てりゃあ死にはしないだろう。お前にはまだ役目があるんだ、無駄に時間を使うな。」
「え…ゆ、勇者君…(らしくない…)」
なにやら勇者の様子がおかしい。
「『魔道石』もあるぞ、使っとけ。MPが無きゃ貴様なんぞ糞の役にも立たんのだからな。」
「い、いつの間にそんなアイテムまで…?」
「オイオイ、ここは『城』で俺は『勇者』…となれば、宝箱を漁るのが当然の礼儀だろう?」
「えっ、いつそんな余裕が!?そして礼儀ではないと…」
「あとは治癒石が残り三つ…皆で使うぞ。万全で挑まねば話になるまい。」
「治癒石…魔道石…からのぉ~?」
「すまん姫ちゃん。宝箱に食い物は無いし、あっても食っちゃ駄目だ。」
「ぷぅー。」
「この状況で食べ物を欲するとかさすがだね姫さん。僕なんか『墓石』しか浮かばないや…」
ある意味賢二もさすがだ。
「さて…じゃあ行くか賢二、姫ちゃん。中の親父さえ生きてりゃ、少しは希望が見えるんだが…」
「ま…待っ…うぐっ、行かないで…勇者ぁ…!」
治癒石の効果が早速出たのか、盗子が目を覚まし、勇者の袖を掴んだ。
「だ、駄目だよ盗子さん喋っちゃ…!」
賢二が止めても盗子は手を放そうとしない。
するとその時、盗子には目を向けず勇者は言った。
「…お前はこれまで、俺の前で二度死んだ。二度も死んだんだ、盗子。」
「……え…?」
勇者が何を言っているのか、盗子にはわからなかった。
「最初はカクリ島で黄錬邪に血を抜かれすぎて、次は『狂戦士』のオトコ女に首を飛ばされ…まぁそれはロボだったわけだが。」
「あ…え…それが…?」
「あんな…あんな醜いモノを、三度も俺に見せるなんて許さん!!」
「え…ええぇっ!?」
あんまりな理由だった。
「…ま、のんびり寝てろ役立たず。俺は絶対に勝って、絶対生きて帰って来る。」
「だ、駄目だよ行っちゃ…!この世に“絶対”なんて無いもん!もし…もし死んじゃったら…!」
「ん?あるさ、“絶対”は…ある。」
「無いもん!!」
「いや、だからあると…」
「無いってば!!」
「絶対にか?」
「絶対にだよっ!!あっ…」
「フッ、一つあるなら…いくつあっても不思議じゃあるまい?」
「い、今のは言葉の」
「もう喋るな盗子、それ以上喋ると…」
「そ、そうだよ盗子さん!喋ると傷口が…!」
「俺は、“三度目”を見ることになる。」
盗子は一切の抵抗をやめた。
ウザい盗子を黙らせ、体力も完全に回復した俺と賢二、そして姫ちゃん。あとはもう…先に進むしかない。
「さて…じゃあ行くか。『終焉の間』…この扉を開けたら、そこは地獄だ。無事に帰れる当ては無いが、平気か?」
「ハンバーグセットで…手を打つよ。」
「生きて帰る気マンマンだね姫さん。さすがだなぁ…」
ギィイイイ…
勇者は扉を開けた。
すると遠くに、父の背中が見えた。
「お、親父…貴様まさか…」
「ん?」
「元気か!やっぱり元気かよ化け物め!たまには死にかけてみせろよ!」
“生きてるかと思いきや血を噴いて倒れる”みたいなよくあるパターンかと思いきや、特にそうでもなかった。
「フッ、いやぁ~…さすがの私も、ぼちぼち…限界だよ…うぐっ!」
「ま、まさか…!」
父は限界が近そうだ(シリアスモードの)。
「アチャ~、来ちゃったかぁ~。やっと色々と慣れてきたのにな~。」
「おっと、どうやらお困りのようだな大魔王。貴様の命もここまでだぜ!」
「ま、アリが何匹増えようと…何の影響も無いけどね。」
どうやら大魔王はまだまだ元気そうだ。
「あ゛ん!?なんだと貴様!そりゃ女王アリか働きアリかどっちだ!?」
「お、落ち着いて勇者君!アリの時点で大差ないから!」
「気を付けろ勇者。特に、我が『三つ首の矛』を砕いたあの剣は…侮れんぞ。」
「あ~、まるで僕のために創られた感じだよね、この剣…『闘神の剣』って。」
大魔王の剣は見るからに攻撃力が高そうだが、勇者は見た目よりもその名前に反応した。
「む?闘神の…なぁっ!?それがさっき絞死が言ってた“神の創った剣”だって言うのか!?」
「そ、そんなぁ…!見つからないころか、敵が持ってるとか…」
「ああ。あんな感じで名前が出たのは、後で手に入ることの伏線だと思ってたんだがな…やれやれだ。」
勝ち目がさらに無くなった感が。
「あ、絶望しちゃった?そうだよね~、キミ達は確かに虫レベルだもんね~。だけど、そっちのお父さんは別格…。ちょっと、邪魔だねぇ。」
「邪魔か…確かにそれは同感だな。」
「気のせいか、父さん意味が違うように聞こえるぞ息子よ。」
ちっとも気のせいじゃなかった。
「とゆーわけで!邪魔な大人には…退場してもらうとしようかなっ!」
父が軽くショックを受けている隙をついて、大魔王は巨大な魔法陣を展開した。
「なっ!?しまっ…勇…」
カッ!!
大魔王は〔永劫楽園〕を唱えた。
〔永劫楽園〕
大魔王:LEVEL50の魔法(消費MP9999)
子供だけしか入れない超強力な魔法結界。心が子供でもオッサンならアウトだ。
「くぅ、眩し…あれ!?勇者君、お父さんはどこに!?凱空さんは!?」
「なっ…いない!まさか死んだのか親父!?くそっ、まだ遺産の手続きが…!」
「えっ、まずそこなの!?」
「いや~、ちょっと追い出しただけだよ。僕が生み出したこの領域には、子供しか入れない。」
なんと、最大戦力である勇者父が戦力外となってしまった。
マジーンも子供ではないので、仮に復活しても参戦できない。
「チッ、さっき結界張られた腹いせに張り返したってわけか?フザけやがって。」
「ど…」
「“どうしよう勇者君”禁止な賢二?どうしようも何も、こうなったら俺らだけでやるしかないだろう。」
「ド…」
「『ドーナツ』も後にしてくれ姫ちゃん。」
「さーて、じゃあさっさと終わらそうか。もうキミらみたいな虫には、何の興味も無いしね。」
「ほぉ…斬新な冗談だ。冗談にしては死ぬほど笑えんがな。」
大魔王がゆっくりと近づいてくる。
勇者は剣を構えた。
「え?なに、まさか抵抗しようっての?無駄だよ?」
「かもな。だが…黙って殺されてやるほど、お人よしじゃなくてなぁ!賢二っ!」
「わ、わかってる!援護は任せて!」
「姫ちゃんっ!」
「わかってるよ!団子は任せて!」
「いや、韻を踏んでる場合じゃ…」
キィイイイン!
大魔王の攻撃。
賢二は〔超防御〕で攻撃を防いだ。
「ま、間に合った…!良かったぁ…!」
「へぇ、よく受けたね。おフザけだけが取り得の雑魚達じゃなかったんだ?」
「フン、舐めるなよ?かつて『深緑の泣きチワワ』と蔑まれたこの賢二を!」
「かえって舐められるからやめてくれる!?というか発信源キミだよね絶対!?」
キン!チュィイン!
「ひ、ひぃいいい…!もうやめてぇー!」
「ったく、なんだよヤケにせっかちじゃないか大魔王。前までの余裕はどこへいった?」
「遊ぶのやめたんだよね。なんか…誰かを殺したくて、ウズウズしてるんだ。」
「フッ、なるほどな。まぁわからんでもないが。」
「わかっちゃ駄目だからね立場上!?冗談だよね勇者君!?」
「やれやれ、どうやら『断末魔』のせいで完全に覚醒しちまったっぽいな。このままだと…」
ガキン!ガガガキィイン!
「チッ、防戦一方だとMPが尽きて終わりだぞ賢二!わかってるのかオイ!?」
「わ、わかったよ!じゃあ今度は僕が…!」
賢二は〔氷点下〕を唱えた。
だが効果が無かった。
「僕が…何だって?」
「諦める番かなぁと…」
賢二は一足先に諦めた。
「ん~、防御魔法はまあまあだったけど、攻撃は無印さん…かつての大賢者に比べるとだいぶ落ちるねぇ。ま、当たり前かぁ。」
珍しくもったいぶらずに放った賢二の攻撃魔法を、余裕で弾いた大魔王。
このままの調子で続けても勝てそうにない。
「ふむ、やはり普通にやっても勝ち目は無さそうだ。こうなったらやはり…“あの技”しかないな。」
勇者は、かつて海を割った強力な合成魔法剣『断海』を放つ気だ。
本来なら魔法使いが三人必要な大技だが大丈夫か。
「あ、あの技って勇者君…でもそれじゃあ…!」
「諦めるな!人数が足りないくらいで…」
「いや、姫さんに通じてないかと。」
「大丈夫、まだまだ食べれるよ。」
1ミリも通じてなかった。
「ひ、姫ちゃんは“炎系”を頼む!賢二は“氷系”と“風系”、両方こなせ!俺は剣技に集中する!」
「えー。まーだ何かやる気なの~?もう遊ばないってさっき…」
「フン!貴様の敗因は、俺を…いや、“俺達”を…舐めすぎたことだ!」
勇者は剣を構えた。
剣は“炎”“氷”“風”の魔法を纏っている。
「うわっ…!?そ、その強烈な波動は…!?」
「や…やれと言った俺が言うのもなんだが、一発で発動するとか…!オイ賢二、お前姫ちゃんに何を言った…!?」
「えっと、トウモロコシを持たせてみたんだ。」
「ふぁいやー!」
焼ける前に消滅するが大丈夫か。
「さぁいくぜ!食らえ大魔王!海を…いや、未来をも斬り開く究極の魔法剣…『断海』」!!」
勇者、賢二、姫による必殺の一撃!
ズゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!
灼熱の暴風が駆け抜けた。
凍てつく吹雪が駆け抜けた。
シュゥウウウウウ~~…
「ハァ、ハァ、当たった…よな?アレが効いてないようなら、もう後が無いぜ。」
「そ、そんな不吉なこと言わないでよ勇者君。いくらなんでもそんな…」
「ッ!!」
「さすがの僕も、ちょ~っと効いちゃったかなぁ…ムカつく。」
残念ながら、大魔王は生きていた。
さすがにダメージは負ったようだが、上手く避けたらしく致命傷には至っていないようだ。
「フッ、やれやれ参ったぜ…。来る前にちゃんとセーブしてくるんだったな…」
「ぼ、僕は嫌かな…同じ悪夢何度も見るの…」
絶望的な状況。
勇者は少し考え、そして賢二に尋ねた。
「…オイ賢二、一つだけだが名案があるぞ。乗るか?」
「えっ!ホントに!?も、もちろん乗るよ!あっ、“死ね”とか無しね!?」
「姫ちゃんを連れて…逃げろ。」
勇者は死ぬ気だ。