【185】最後の聖戦(16)
強力な魔法によって大魔王は一時封印され、そしてお義母様は光の中に消えた。
姫ちゃんは悲しいだろうが…状況的に仕方ない。尊い犠牲だった。
「な、なんとかなった…みたいだね…。良かったよぉ…!ありがとー姫ママ…!」
「だが“封印”というより“結界”だな…果たしていつまでもつか。ま、閉じ込められただけ上出来か。」
「…逃げても無駄だよ。こんな結界、すぐに壊して殺しに…ぐっ…!」
鋭い眼光で睨みつける大魔王。
だが聖なる力に縛られ、うまく動けないようだ。
「フン、無理するな雑魚め。さて…行くぞ盗子。絞死は俺が担ぐ、お前は姫ちゃんを頼む。」
「う、うん任せて。あんなことの後だもんね…。とりあえず口にカステラ突っ込んどいたから、今は落ち着いてるけど。」
姫はひたすらモグモグしている。
こうして…動けん大魔王を残し、俺達は階下へと急いだ。早いとこ遠くへ逃げんと殺される。
「ちょっ、待ってよ勇者ー!置いてかないでぇーー!」
「ふむ、さすが賢二…逃げ足だけは異常に成長してやがる。ちっとも追いつけやしな…なにぃ!?」
なんと!道端に先発隊(賢二、暗殺美、土男流)が転がっていた。
「チッ、オイどうした賢二!このヤケにお似合いの光景はなんだ!?」
「ゆ、勇者君…逃げ…て…」
「あらら…生きてたのねアンタも。みんな結構しぶといんだねぇ~。」
現れたのは、勇者らよりも小さい十歳くらいの少女。
どこかで見た気がしないでもない、おてんばそうな少女だ。
「ほぉ、貴様がやったのかロリっ子?って、俺は貴様なんぞ知らんぞ、馴れ馴れしくするなよ。」
「うわ酷っ!忘れちゃったわけ~?この、め・が・み・さ・ま☆をぉ~?」
「なっ…貴様が…!?」
「め、めが…ハァ!?その顔のどこがブサイクなの!?普通に可愛いじゃん!期待して損したよっ!」
“醜いから嫌い”的な流れで変身した割に、そんなこともない真・女神。
さすがに初見(鰤子)は超えないまでも、自分が余裕で勝てるレベルまでは落ちると踏んでいた盗子は騙された気持ちでイッパイだ。
「えぇ~。私なんて全然可愛くなんかないよぉ~☆」
「女子かっ!言葉とは裏腹に自信が透けて見えまくるタイプの女子かっ!」
「だってほら、さっきまでバインバインだったオッパイが、こんな無の境地に…」
「フッ、安心しろ。そっちの方が好きって層もいる。」
「いや勇者、それ世間的には“安心できない層”じゃない…?」
「まぁなんにせよ、その気配…どうやら本人らしいな。それが真の姿だったってことか?」
「ま、そーなるね~。私としては前の大人っぽい姿の方が好きなんだけどさ。」
「キャラまで変わるとは面倒な…いや、それ以上に面倒なのは…その強さか。」
勇者には、彼女に秘められた強大な力が見えているようだ。
「ん~~~~っ!体が軽いっ!あの美しすぎる姿だと、必死に戦うのって似合わないじゃない?だから思いっきり戦えなくてさ~。」
「ふぅ、やれやれ。こっちは魔力も消え失せたってのに…どうしたもんだかな。階下に残ってるのは雑魚だけだとばかり…」
「あれぇ~泣き言ぉ~?ププッ☆なんか情けない奴ぅ~。」
「まぁ『断末魔』の魔力で、怪我と体力だけは回復したしな。可能性はある。」
「ハァ~?武器も無しでこの女神様に勝とうとか…」
「フッ、安心しろ。そういや俺…“体術”の方も、かなりの腕前だったわ。」
勇者は拳を構えた。
ハッタリかと思いきやマジのようだ。
「さぁ、下がってろ盗子。勢い余ってまずお前から殴っちまいそうだ。よし、そうしよう!」
「そうするなよ!なんで勢い余るんだよ!てゆーかなぜアタシが先!?」
「まぁ安心しろ、体術もかつて麗華の糞アマに死ぬほど仕込まれた。」
「えっ、じゃあなんで普段あんま使わないの…?」
「そりゃお前、剣技の方がカッコイイし。」
「子供かっ!」
「な、なにをぉ~!?」
「アンタにゃ言ってないよ女神!まぁ確かに今の見た目は一番子供だけども!」
「え、私…?」
「姫でもないからっ!ねぇなんでボケしかいないの!?ツッコミはー!?」
盗子は徐々に精神力が削られていく。
「なんか心外だな~。チビッ子だから弱いって思ってるんでしょ?」
「こっちこそ心外だな。この俺が、この状況で敵を侮るような雑魚だと?俺は敵が強かろうが弱かろうが同じ強さで殴るぞ。」
「フン、まぁいいもんね~。死んで後悔しちゃいなよ!」
女神の攻撃。
ミス!逆に勇者のカウンターが炸裂した。
「うぎゃふっ!!」
「す、凄い…!何が凄いって、ためらいなく女子の顔面殴るあたりが…!」
「ふむ、意外とやれるもんだな。よし、時間が惜しい…本気で来やがれチビッ子女神!」
「ペッ…!ふぅ~ん…やるじゃん。じゃあこっちも、手加減やめるよ。」
壮絶な殴り合いが始まる。
そんなこんなで再び始まった対女神戦。
やはり、前に少しやり合った時より強くなってやがる。
ドガッドガドガドガシッ!!
「ハァ、ハァ、私の秘密の攻撃が当たらないなんて…!なんてフザけた奴…!」
「この俺の、勘に、不可能は、ない!先の戦いで、既に見切っているわっ!」
「フン、ハッタリ言っちゃってもぅ!」
「フッ、バレたか!」
「なにアンタら仲良し!?なんでちょっと清々しい感じなの!?」
殴り合って友情が芽生える、例のよくあるパターンか。
「ちなみに貴様、なぜ大魔王につく?共に奴を討つ側に回らんか?」
「え~?だって、“美しさは罪”だもん☆やっぱ罪人は、悪の側でしょ~?」
「そんなくだらない理由で!?」
「それに、むっか~しのご先祖様は、『勇者』の一族に狩られたって聞いたし。」
(あ゛…夢絵本のアイツか…!)
盗子は英羅・雄飛と共に倒した敵のことを思い出した。
「そうか…ならばもう誘わん。我が謎の秘奥義をもって、地獄へと送ってやる。」
「キャハ☆謎とか言っちゃって超ウケるし☆」
「いや、職業『秘密』が言うなよ。ま、どうでもいいがな。いくぞっ!」
勇者は煙り玉を地面に投げつけた。
濃い煙が女神の視界を奪う。
「ちょっ、見えな…」
「うぉおおおおお!食らえぇ!『回・数・拳』!!」
「ぎゃっ!」
「必殺!『常・連・脚』!!」
「はぶっ!!」
「奥義!『顎・関・節・掌』!!」
「うきゃああああああ!!」
ズッガァーーーーーン!!
「す、凄いよ勇者!技の名前はともかくすんごい破壊力だよ!」
「ハァ、ハァ、ま、まだだっ!」
「…やるじゃんアンタ。」
全て被弾したはずの女神だが、まだまだ元気そうだ。
「おっと、まさか“私の美しい顔に傷を…!”でパワーアップってパターンか?」
「べっつにぃ?傷の一つや二つで揺らぐほど私、脆い子じゃないしぃ~♪」
「チッ、ハートまで強いとは食えん奴め…やりづらいぜ。」
「さーて…んじゃまぁ、今度はこっちの番かにゃ☆」
「フッ、全力で断るっ!!」
勇者は断固拒否した。
だが当然そうもいかず…女神のターンが始まった。
「そぉおおおおりゃああああ!死ねぇええええええええい!!」
「チッ、クソが…!」
ガシッ!ドガッバキッ!
「が、頑張れ勇者ー!大丈夫、互角に渡り合えてるよー!」
「フン、その目は節穴かさ?目ん玉かっぽじって豪快にエグり出せさ。」
「誰が出すかっ!って、気づいたんだね暗殺美…って、節穴だとぉ!?」
「見ろさ、地味にやられ始めてるさ。やっぱ慣れない体術じゃそんな程度さ。」
「えっ…!」
「それに、正体不明の攻撃をかわし続けるのは…相当消耗するんだと思う。」
「賢二まで…。そ、そんなぁ…!」
その後も畳みかける女神。
もはや勇者は防戦一方の状況に。
「ゼェ、ゼェ、やはり武器が無いとキツいぜ…!」
「オラオラオラァーーー!」
「武器が…誰か武器を…!」
「トドメだよぉ~!!」
「武器をぉーーーーーーーーー!!」
キラン
勇者が高らかに叫んだ時、窓の外がキラリと光った。
そして―――
「ポピュッパーーー!!」
なんと!チョメ太郎が現れた。
ドガァアアアアアアアアン!!
全員に300のダメージ。
望んだ武器を大量に携え、久々に現れたチョメ太郎。ナイスなタイミングだ。
結果も望んだ通りになるかはわからん相手だが、この状況じゃ期待するしかない。
「来たかチョメ太郎…望んだ時に来るとは珍しい。どういう風の吹き回しだ?」
「ピポプパッポプ、ペポプ!プペ?」
「フッ、未だにちっともわからん…。まぁいい、何かオススメの武器はあるか?」
「ポッピュ!」
「オーケー、そのバズーカだな?わかったから銃口はこっちに向けるな。」
一歩間違えると殺されかねない。
「ちょ、アンタそんなのに頼っちゃうつもり?プライド無いわけぇ?」
「我がプライドを最も傷つけるのは“敗北”…その回避のためなら止むを得ん!」
「くっ、いくら三流武器でもその量はちょっとぉ…!」
「食らえ小娘ぇ!これは死んだ賢二の分だぁーーーー!!」
「えっ?いや僕まだ…」
チュドォーーーーーン!!
周囲は爆炎に包まれた。
賢二の死もそう遠くなさそうだ。
チョメ太郎持参のバズーカを豪快にブッ放し、その後はマシンガンで乱れ撃ち。
他にもロケットランチャーや手榴弾…これだけあれば勝つ可能性はゼロじゃない。
「ひぇーー!なんちゅーえげつない攻撃だよ!これじゃこっちまでヤバいよ!」
「でも盗子さん、彼女それを…避けてる…!」
女神は凄まじい身体能力を見せた。
「キャハハ☆甘いねっ、確かに銃弾は厳しいけど避けきれないほどじゃ…」
「だろうな!思っていたよ、この隙間を縫って来ると!」
「なっ!?しまっ…誘導され」
「今こそ死ぬがいい!刀神流操剣術、千の秘剣…うなれ千刀滅殺剣!!」
「うっきゃあああああああ!!」
ドガァアアアアアアアアン!
勇者、会心の一撃!!
女神は壁に叩きつけられた。
「ふむ、この剣…なかなかの業物じゃないか。いい目してるぜチョメ太郎、褒めてやる。」
「ポペッポプ!」
「フッ、そうか嬉しいか。だが銃口は向けるなと言ってるだろブチ殺すぞ?」
「ぐっ…信じらんない…!女の子相手に…こんな…」
女神はなんとか立ち上がったものの、ダメージは深刻そうだ。
「ほぉ、もう起きられるのか。タフさもなかなかじゃないか。」
「そ、そんな…完全体の私が、人間一人に…倒されるとか…ありえない…」
「一人?雑魚めが。四肢の“それ”に気づかんようだから、貴様は死ぬんだ。」
「なっ、こ、これは『死の刻印』…!?まさか前の戦いの時…あの子の絶命系呪文で…!?」
意外にも姫の功績がデカかった。
「あ、ありえない…こんなのありえない…!この私が…女の頂点…『女神』が…あんな子なんかに…!」
「フン、貴様なんぞが姫ちゃんを差し置いて頂点なわけないだろ?いいか女神よ、悪は正義には勝てん。そして…“可愛いは正義”だ。」
トドメを刺すべく、勇者は一歩踏み出した。
「ちょ、ちょっと待って!あの…その…あっ!い、いいの知りたくないの!?私の『秘密』って結局何だったのか…」
「知る必要は無い。」
「えぇっ!?いや、そういうのって普通、最後に明かされるもんじゃ…」
「どうでもいい女の秘密なんぞ、なんの興味も無いわぁーーーー!!」
「い、いやーーーーーん!!」
ズガガガガガガガンッ!!
そして無残な姿に。
姫ちゃんのおかげで弱っていたこともあり、なんとか女神を打ち倒すことができた俺。
とりあえず一難去って何よりだが、油断するとろくなことがない。気を引き締める必要がある。
「お疲れ勇者ー!凄かったね!あ、もしかして魔力が戻ったとか?」
「いいや、全くだ。むしろ『断末魔』を取り込む前より綺麗サッパリ感じない。」
「つまり、もうアンタにはこれっぽっちも力が残されてないって意味かさ?」
「ま、そうなるな。俺の腕力だけじゃ、まず女神には勝てなかっただろう。姫ちゃんに感謝しろよなお前ら。」
「えっ、じゃあ勇者…大魔王には…」
「難しいな。凄まじく強靭な剣でもない限り、奴には勝てまい。お手上げだよ。」
「そ、そんなぁ…!」
「…そうですか。ならば希望はまだ…ありますよ。」
一同が諦めかけた時、長らく眠っていた絞死がようやく口を開いた。
「なんだ、やっと起きたのか絞死。で?何があるって?」
「我が魔国城…あの城が大魔王軍に一時奪われた際、宝物庫から消えたものがあるのです。」
「消えたもの…それは一体なんだ?話の流れからして名のある剣か?」
「ええ。恐らく今はこの城にあるはずの、伝説の剣…真の神が創ったとされる、あの『闘神の剣』をもってすれば、あるいは…」
「ほぉ、なんともこの俺に相応しい剣じゃないか、気に入った。是非とも手に入れてやるぜ…と言いたいところだが、無謀だな。やはり…それでも奴には勝てんだろう。今は逃げるが勝ちだ。」
勇者は思いのほかあっさり諦めた。
「えっ…?ど、どーしたの勇者?ガラにもなく弱気じゃん?」
「む?当然だろ、死んだら終わりだ。生きてりゃいくらでもチャンスは来る。」
「いや、確かにその通りだけど…なんか勇者君っぽくなくて…ねぇ?」
「ここまで来て怖気づいたのかさ?まったく情けない奴めさ。」
「そうだぜ師匠ー!こうなったら死ぬ覚悟でいくだけなんだー!探そうぜその剣をさぁ!」
なんと、勇者一人が弱気という珍しい構図ができあがっていた。
「行こうよ勇者君!ぼ、僕も覚悟を決めたよ!」
「そうだよ勇者、行こうよ!宝箱探すのは得意じゃんアタシら?」
「お前ら…」
勇者は少し考え、そして―――
「よし、じゃあ勝手に逝ってこい。」
「ええぇっ!?」
「お前ら馬鹿だろ?状況考えてモノ言えよ雑魚どもめ。まだ危機感が足りんようだなクソどもが。脳天カチ割って畑に撒いて収穫量上げるぞコラ?」
“お、お前ら…チッ、わかったよ。やってやるよ!”みたいな流れになるかと思いきや、そんなこともなく勇者はブチ切れた。
「ま、まさか珍しく勇気を振り絞った結果、これほど罵倒されようとは思わなかったよ僕…」
「な…なんかさ、勇者のあの目…ヤバくない…?」
「よーし、じゃあ10数えてやる。その間に俺から逃げろ、捕まえたら…殺す!」
唐突に死のゲームが勃発した。
「ちょ、なんでいきなりそんな流れに…!?落ち着いて勇者君!」
「いぃーーーーーち!」
「ヤバいよ賢二、やっぱアイツ目がマジだよ殺され…あっ、姫は!?うん、やっぱりいないよチックショウ!」
「さっきお菓子がどうとか言いながら階下に消えたさ。まったく自由っ子めさ。」
「くっ…捕まえてほしいけど捕まったら殺される…うぉー!歯痒いぜー!」
「やれやれ…なんで私までこんな目に…」
「い、いいから逃げるよ絞死!みんなも!と、とりあえず逃げよっ!」
五人は走り去った。
「にぃーーい!さぁーーん!しぃーーーい……ふぅ~…」
「ゴォーーーー!!」
ガキィイイイン!
物陰に放った勇者の攻撃。
それを受けたのは、なんと…遠くで勇者父と交戦中のはずの帝雅だった。
「チッ…気づいていたのか、小僧。」
「出迎えは俺だけだが、まぁ安心しろ老害。たっぷりと…もてなしてやるよ。」
勇者は精一杯の強がりを見せた。