【018】外伝
*** 外伝:賢二が行く ***
賢二が目覚めると、そこは見知らぬ乗り物の中だった。
「…う、う~ん……ハッ!こ、ここは!?」
「コーヒーじゃだめ?」
「あ、はい。それでも…って、『ココア』じゃなくて!」
そんなコテコテなボケを経て本当にコーヒーを入れ始めたのは、黄色い肌に尖った耳をした小柄なお兄さん。
その地球人とは違った風貌と、この宇宙船らしき乗り物も踏まえて考えると、どうやら俗に言う“宇宙人”の方っぽいです。
そういえば僕は、地獄の雪山に登ろうと魔法〔飛翔〕で…うぅ…そこから先は覚えてないです。
「あ、なんか助けていただいたようで…ありがとうございます。僕は賢二っていいます。」
「ん?あ~別にいいよ。僕は『ビブ』、略して『太郎』でいいから。」
「え、それ略せてます…?」
どうにも適当な感じの太郎。
ただ賢二の恩人であるのは確かなようだった。
「それにしても危なかったね。あのまま飛んでったら生身で大気圏突入だったよ?まぁ運良く通りすがりに捕獲…保護できたけども。」
「そ、そうですか…本当にありがとうございます。このご恩はいつか必ず…」
「ははは。別にいいさ。キミは大事なモルモッ…客人だからね。」
「あの…どうせ嘘つくならもう少し隠す努力を。」
そして進むこと数日。ついに太郎さんの帰る惑星が見えてきました。
星の名前は『ラッシャ星』。
たった数日で来た割に、地球からは随分と離れた星だそうです。
太郎さんは結構適当な人であまりまともな情報は入ってこず、どんな星なのかとか今後の展開とかはまったく読めませんが、とりあえず変な改造とかされるくらいならもう一撃で楽にしてもらいたいです。
「もうじきだね…ま、そんな緊張しなくていいよ。あ~、着いたら王様の所に挨拶行くからキミもついて来てね。ほら、モル…客人だし?」
「そんなにチョイチョイ間違えるならいっそ言い切ってもらえません…?」
そんなやりとりをしてる間に、気付けば船は謎の星に到着しちゃってました。
ちなみに国の名前は『サラス王国』だそうで、太郎さんの話ではそれなりに豊かで平和な国なんだとか。
まぁモルモット扱いされるのが目に見えてる時点で、僕にとってはきっと地獄なわけですが。
そして結局…逃げるタイミングも無いまま、王様の部屋まで連行された僕。
これはもう年貢の納め時ですね…。もう人生で何度年貢を納めたかわかりません。
多分この歳にして生涯納税額はかなりのものだと思います。
「あ~王様、地球からモルモッ…客人を捕ら…じゃなくて、招待したのですが…」
王の間に入ると、太郎は王座に座る王らしき老人に賢二を紹介した。
だが王の反応はそっけないものだった。
「あぁ客人、すまんが忙しいのだ。とりあえず名乗って、後は適当にクソして寝るがいい。」
何か気がかりなことでもあるのか、王は心ここにあらずな感じで適当にあしらおうとした。
歳は四十代後半くらいで背丈は小柄な王ではあるものの、その不遜な態度は賢二の恐怖心を増長されるには十分だった。
「えっと、賢二と申します。どうせ食べるならおいしく食べてください…」
さすがは本気を出せば0.5秒で遺書を遺せる男。賢二は一瞬で屈した。
しかし、ここから状況は一変する。
「なにぃ、『賢者』!?賢者と言えば魔法使いの中で最高位の…!だ、大臣!」
突如としてざわめき始める王室内。
賢二の背すじを嫌な予感が駆け抜ける。
「ハイ!賢者殿の力なら、奴を…あの悪魔『ユーザック』を倒せるかも知れませぬぞ!」
大臣と呼ばれたその男は、満面の笑みで物騒なことを口にした。
これはオチが容易に想像できる危険な流れだ。
「あ、ち、違いますよ?僕は『賢二』で“ゃ”が足りな…」
「頼んだぞ賢者殿!供をつけるゆえ、すぐにでも旅立つがいい!」
「これでこの国も安泰ですな王様!ワッハッハ!」
「い、いや違います!違いますってばー!」
もはや賢二が何を言っても聞いてはくれない状況に。
それどころか王を中心として全員のテンションは高まる一方だった。
「皆の者、宴じゃー!戦士の旅立ちじゃー!」
「ワァアアアアアアアアアア!!」
王の号令とともに周囲は大歓声に包まれた。
その中に賢二の悲鳴が混じっていたことは、誰にも知られていない。
そんな感じで、勘違いで『賢者』にされるという困った事態に陥っちゃった僕。
でもまぁ十中八九何かしらの実験とかで最期を迎えると思っていたので、それよりはまだマシと考えるべきなんでしょう。
もうこうなったら、このまま賢者ぶっていくしかありません。
もしバレたら今夜のメインディッシュとして食卓に並ぶ自信があります。
「ほぉ~、アンタが賢者殿か。なんだ、まだガキじゃねぇかよ。」
別室へと通された賢二に声をかけてきたのは、鍛え上げられた肉体を持つ強そうな青年。貧弱そうな太郎とは大違いだ。
「あの、アナタがお供の剣士さんですね?はじめまして賢二です。」
「はぁ?賢者の賢二?ハッハッハ!中途半端に“ゃ”が足りねぇでやんの!」
「そうなんです…。あ、そういえばアナタのお名前は?」
「ん?『剣次』。」
目クソが鼻クソを笑った。
こうして太郎さんに次いで剣次さんもお供に加えた僕は、宇宙的な『侵略者』である『ユーザック』という人の討伐に出発しました。
強そうな剣次さんはともかく、こんな僕とどう見てもインドア系の太郎さんでどうにかなる状況なのでしょうか。
簡単に聞いたところによると、その敵さんは残虐非道、目的達成のためなら手段も問わない悪党とのこと。
なんだか聞けば聞くほど勇者君っぽい人ですが、まぁさすがにあそこまでではないでしょう。
あんな人が二人もいたら僕は自殺します。
ちなみにその人は、獣か何かの骸骨を頭に被った赤い髪の少年で、目を縦断する感じで入ったタトゥーが特徴的だそうです。
そうそう、ちょうどあの人みたいな…
「あ゛ぁ?何をジロジロ見てやがる貴様ぁ!?」
賢二は獣か何かの骸骨を頭に被った赤い髪の少年と遭遇した。
目を縦断する感じで入ったタトゥーが特徴的だ。
「他人の…空似かな…」
賢二は思わず現実から目を背けた。
「大丈夫。大丈夫だよ賢者君、安心して。」
「た、太郎さん何か秘策でも…?」
「僕、逃げ足だけは早いんだ。」
「それ聞いてどう安心しろと…?」
もともと期待してもいなかったが、やはり太郎は頼りにならないようだ。
それに引き換え、どうやら敵はそれなりに切れ者らしい。
「その様子…どうやら俺を知る者のようだな。一体何しに来やがった?敵だとか抜かしたらブッた斬るぞ!?」
そう言うや否や剣を抜く少年。
こうなったらもはや、剣次に賭けるしかない。
「えっと…申し訳ありませんが、この剣次さんがアナタを倒しますよ!」
「あ?ほほぉ、上等じゃねぇか!どいつがその“ケンジ”だよ?」
「あ゛…いや、僕もですが僕じゃなく…」
「フン、まぁどっちでもいいさ。どのみち二人とも…この俺様が血祭りに上げてやる!」
震える賢二を見据えつつ、そして少年は…剣を天に掲げて名乗りを上げた。
「俺の名は『ユーザック・シャガ』!『ユーシャ様』と呼ぶがいい雑魚ども!!」
どうしよう…まるっきり勇者君です。
賢二は自殺するかもしれない。
というわけで、とんとん拍子に始まってしまったユーシャさんとのバトル。
その早さはまるで打ち切り漫画のようです。
それにしても、若いとは聞いてましたがどう見ても十歳とかそのくらい。
そんな若さで国中の人に恐れられるとか末恐ろしい…どころか現在進行形で恐ろしいです。
でも、絶望の中にも一筋の光明が…。そう、剣次さんです。
「燃えさかる十字の火炎を身に纏え!『十字炎斬』!」
剣次が振るう二本の小太刀…その軌道を追うように、十字の炎が駆け抜ける。
「ぬるいわ!その程度で俺に勝とうとは笑止!秘奥義『暗黒乱舞』!」
ユーザックも負けてはいない。
漆黒のオーラを纏った怪しげな舞いで、紙一重のところで攻撃を避けている。
こんな感じの戦いが、先ほどからもう三十分ほど続いているのだ。
「くっ!ならば…虚空に鮮血をブチ撒けろ!『血染十字』!」
「フッ、なかなかやるな!では俺も本気を出そう!裏奥義『暗黒竜殺剣』!」
「うおおぉ!音速を越え、走れ九つの軌道!『3×3十字』!」
「もう茶番は終わりだ!食らうがいい、究極奥義『暗黒滅殺波動』!」
そしてさらに一時間が経過。
相変わらず激しい応酬が続いてはいるが、漂う空気は段々と変な方向に変わりつつあった。
「ボーイさん、華麗に引っこ抜け!『食卓十字』!」
「超絶究極裏の裏奥義『暗黒博覧会』!」
「今年はお人形さんが欲しいです!『白髭十字』!」
「超絶究極裏の裏のそのまた裏奥義、暗黒…あの…その…!」
えっと…いい加減、飽きてほしいです。
命の前にネタが尽きる。
こうして、結局二時間ほどブッ通しでネタ合戦に明け暮れたお二人は、現在ぐったり中。
今なら魔法で捕えられそうです。
たまにはこういうオイシイ役もいいですよね…?
「えっと、いいとこ取りでごめんなさい…〔束縛〕!」
賢二は〔束縛〕を唱えた。
〔束縛〕
魔法士:LEVEL3の魔法(消費MP10)
敵一体を縛り上げ、自由を奪う魔法。あんまり強いと恋人に嫌われる。
賢二はユーザックを捕まえた。
ユーザックは怒り狂った。
「くっ、この俺が貴様ごときに捕まるとは…許さん!絶対許さんぞぉーー!!」
賢二は束縛を解いた。
「え、早っ。僕もなかなかのもんだけどキミもよっぽどだね。」
そのあまりのヘタレっぷりに、誰よりも役立たずだった太郎にすら呆れられる始末。
だがしかしユーザックも体力的に限界だったようで、捨て台詞を吐いただけで去っていった。
「た、助かった…でも…」
僕が臆病なせいで、捕らえられたはずのユーシャさんをみすみす取り逃がしてしまいました。
せっかくのチャンスをふいに…今度は剣次さんに殺されるかもしれません。
「…な~るほどね。さすが賢者殿だ、俺とは頭のデキが違うぜ。」
「…へ?」
殺される!少なくともキレられる!と思っていたにも関わらず、逆に褒められているようなその空気に賢二は困惑した。
「もし捕えてたら、仲間が助けに来て戦争⇒国民に大被害…っつーことだろ?」
「え?あっ、いや…僕は別にそういうつもりじゃ…」
「謙遜すんなって~!まったく腰の低い英雄だぜアンタは。イカスよ!」
そしてその頃―――
「ユーシャ様、今後の侵略の方はいかがいたしましょうか?」
少し離れた場所にいた別働隊と、早くも合流していたユーザック。
戦力確保により早くも第2ラウンドか…とも思われたが、どうやらそうはならないようだった。
「もういい、次の星を探すぞ。ここはもう…飽きた。下がれ。宇宙船を呼んで来るがいい。」
「え?いや、しかし…この星にはまだまだ利用価値が…」
「下がれと言っている!それとも貴様…ブッた斬られたいのか!?」
「ハッ!し、失礼しました!」
叱責された兵士は逃げるように駆け出した。
そんな部下の背中越しに、賢二のいた方向を遠い目で見つめるユーザック。
「地球から来た賢者か…フッ、なかなかキレる男だったな。」
こうして誤解の連鎖が。
そんなわけで、捕らえることはできなかったものの一応敵を追い払うことができたので、城に帰った僕らは大いに歓迎されました。
そして出発前と同様に、王の間に案内されたのです。
「おぉ賢者よ、死んでしまうとは情けない。」
「王様、違いますぞ!パターンBです!“万が一、生きてたらバージョン”の!」
「よ…よくやった賢者殿、そして剣次よ。見ての通り心より褒めてつかわす。」
王は相変わらずろくでもない感じだった。
「フッ、俺は何もしてねぇさ。すべては賢者殿の功績ってやつだよ。」
賢二は王からの扱いの悪さに不満を感じたが、実際頑張った剣次にそう返されると何も言えなくなった。
「賢者君はまだいい方じゃん。僕なんか一緒に行ったのに名前すら呼ばれないんだよ?」
太郎なりのフォローのつもりかもしれないがそれは自業自得だった。
「では賢者よ、何でも好きな望みを聞いてやる。欲しい物を言うがいい。」
出だしの失敗は無かったかのように、王らしく偉そうに言い放つ王。
この手のイベントのテンプレ展開なので賢二も準備はできていた。
「えっと…物はいらないので、その代わりに地球に帰してください。」
謙虚というより普段からあまり高望みしないタイプの賢二は、変に欲を出すこともなく素直に一番の希望を口にした。
賢二がユーザックを退けたと思っている王としては、優秀な手駒を易々とは手放さないのではないかと思われたが、これまでのやり取りの後ろめたさからか、渋々その望みを聞き入れたのだった。
「う~む…そうか。残念だが引き止めるのは無理そうだな…。よし、帰れ!!」
えっ…ホントに聞いただけ…?
結局自力で帰った。