【178】最後の聖戦(10)
勇者とマジーン、そしてなぜか夜玄が大魔王に斬りかかり、なんとなく状況が好転したっぽい大魔王戦。
まずは夜玄の真意について知りたいところ。
~大魔王城最上階:終焉の間~
「うぐぅ…!ま、参ったなぁ…ここにきて、こんな裏切りが…あるとはねぇ…」
「裏切り者とは失敬ですね大魔王。私は最初から忠実なるしもべですよ、『天帝』の…ね。」
「ハァ…?何それ…」
意味がわからない様子の大魔王。
それは勇者も同じだった。
「チッ、もう何がなんだかわからん!オイ裏切り執事、わかりやすく一息で説明しやがれ!」
「今日この日の危機を予知した私に先々代天帝は命じました“未来を守れ”と。」
夜玄は本当に一息で説明した。
「それで二重スパイか…。随分とまた気の長い…そして残酷な…作戦だねぇ…」
不意打ちが意外と効いたらしく、大魔王は片膝をついた。
「いや、だがジジイ貴様…身内も何人か手にかけてただろ?こっちの味方だってんなら、もうちょっとうまくやれたんじゃ…」
「すべての事象は未来に繋がっています。そのためには残念ながら…消えなくてはならない命もあったのです。」
「ふむ…なるほど、『バタフライ効果』ってやつか。わからんでもないな。」
「大義のためには犠牲はつきものです。洗馬巣さんも…理解の上でしたよ。」
「まぁアイツほど惜しくない命は他に無いだろ。だが無職はまだ若かっ…」
「そうです!まだまだ人生、これからですよ!!」
なんと!死んだはずの無職が元気に現れた。
「なっ…!?馬鹿な、お前は確かに脈が止まっていたはず…!」
「えと、私の特殊能力“何でも働かなくする能力”で一時的に脈を…敵を騙すにはまず味方から…ごめんなさいです!」
「フッ、何を謝る?騙される奴が悪いんだ、貴様の味方とやらが雑魚なんだ。」
「あ、え…あれれっ!?」
無職は未だアウェイだった。
「ふむ…フハハハ!なにはともあれ素敵な展開じゃないか!これで3対1だなぁ大魔王!」
「へ?いや、ワチを入れれば…」
「3対1だな、大魔王!!」
「なんですそのさりげなくも大胆な戦力外通告!?」
強気に煽る勇者。
だが大魔王は簡単にキレるタイプではなかった。
「ハァ~…参ったね。五百年前もだけど、うまくいかないもんだねぇ何かと。」
「へぇ、テメェでも弱気になることあんだなぁクソガキ。」
「そりゃあるさ欧剣さん。でも、何が一番参ったって…キミらの甘すぎる考えに、心底参ったよ。」
「あん?テメェ何が言いた…」
「キミらごときがたった四人で、この僕に勝てるとでも…思ってるの?」
暗黒神から邪悪なオーラがほとばしった。
優勢かと思われた空気が一瞬で吹き飛んだ。
「ひ、ひぃいいい!この人数差で全然勝てる気がしないですけど…!?」
「ところで裏切り占い師、お前の予知じゃどっちが勝つことになってやがる?」
「この戦いは渦巻く邪気が多すぎる…。もはや私にも、結末は見切れません。」
「使えんな…まぁいい。じゃあ行くぞお前達!敵は一人だが気を抜くなよ!?」
「もちろんです。亡き主の名にかけて、全力で彼を葬ります。」
「まぁ安心しろや勇者、そんな余裕かませる程の自信も無ぇしなぁ。」
「えと、その“達”にワチは入ってるです…?」
最初の脱落者は誰だ。
ズッガァアアアアアアアン!
「…みなさん、右です!」
ドッガァアアアアアアアン!
「ひぃいいい!ぎ、ギリギリです!一瞬でも遅れたら死ぬですよ…!」
戦闘が再開し、三十分ほどが経過。
大魔王の戦闘力は凄まじかったが、夜玄の予知能力のおかげで全員まだ生きていた。
「ハァ~…やっぱ邪魔だよね、その予知能力。一番困っ…」
「オイオイ、マジでそれが一番かぁ!?」
ガキィイイン!
「くっ…!キミも、随分と邪魔だよ…覇王!」
「オメェの好きにゃさせねぇよ。勇者の野郎が起きるまで、粘ってやらぁ。」
「ええ。我らが力を合わせれば、足止めくらいは造作も無いです。」
なんと知らぬ間に勇者はお昼寝中らしく、マジーンと夜玄が踏ん張っていた。
「い、居づらい…」
無職だけ何もしていない。
「ふぅ~…あのさぁ欧剣さん。まだ喋れるうちに、一つだけいいかなぁ?」
「あ?なんだよオイ、命乞いでもしようってか?」
「いや、確か前は“終末が見たい”とか言ってたのに、なんでそっち側に?」
「フン、オメェじゃ役者不足なんだよ。お前が勝っても、世界は終わらねぇ。」
「僕じゃ力が足りないとでも?」
「力じゃねぇんだ。オメェは絶対、途中で飽きてヤメちまうタイプだ。」
「ん~?あ~、確かにそうかも。」
「だが、コイツは違う!コイツならきっと…俺の願いを叶えてくれる!」
「えっ!?なんですその負の期待!?」
無職は驚いたが納得はできた。
「俺はコイツを王にする。そして世界の、終わりを見るんだ。」
否定できないから怖い。
「ん~…まぁキミら強いし楽しいは楽しいんだけど、ちょっと飽きてきたかなぁ。とりあえず、なんか人数多いし…そろそろ一人、消えてもらおうか。」
「ったく、やっぱり飽きっぽいじゃねぇか。いいぜ、来いよ。」
「いやいや、欧剣さんは不死身みたいじゃん?だから…」
「まずは私…ということですね。」
夜玄は覚悟を決めた目をしている。
「えっ、でも先が見える人を倒すとか無理じゃないです?」
「そうでもないですよ?たとえ私がどんなに的確な予知をしても、意味の無い広範囲の攻撃…とかねぇ?」
「そういうこと。説明が早くて助かるよ。じゃあおいでよ、『ユッキー』!」
大魔王は呪文らしきものと唱えた。
あらかじめ地面に刻まれていた魔法陣が輝いた。
「ゆ、ユッキー!?だだだ誰です…!?」
「さぁ来ますよ…彼のしもべ、呪われし双竜の片割れ『豪雪竜』が。」
ズゴォ…ズゴゴゴゴゴォ…!
「ブフォォ…ブフォォオオ…」
豪雪竜が現れた。
部屋の温度が一気に下がった。
「こ、コイツが悪名高い…。やれやれ、こんなの飼ってやがったのかよ。」
「まぁ『業火竜』の方は、この前やられちゃったんだけどねぇ~。」
「ど、どどどどうするです!?これからワチらはどうなるです!?」
「…フフ、放っておいても未来は勝手にやってきます。無理して先に知る必要は無いのです。」
夜玄はマジーンにメモを手渡した。
「あん?なんだよコレは…?」
「アナタはそれの通りに。そうすれば、望む未来は訪れますよ。」
「オメェ、死ぬ気か…?いいのかよそれで?」
「私は生きるために生きてきたわけじゃない。目的を、果たすためですから。」
「わ、ワチには?ワチには何かできることないです…?」
「…後で、話しましょう。」
「つまり“じきに死ぬ”と!?」
残酷な予言だった。
「へぇ~、まだ諦めないんだ。死なない未来でも見えたってわけ?」
「いえいえ、私は死にますよ。避けられない運命というものはあるものです。」
「その割には絶望感が感じられないじゃん。なんでなのさ?」
「先のことは私にもわかりません。ですがこれで未来に、一筋の光明は残る!」
「まぁいいや。やっちゃいなよ、ユッキー!」
「ブフォォオオオオオオオ!!」
豪雪竜は凍える吹雪を吐いた。
だが夜玄は魔法で食い止めた。
「へぇ、そんな魔法も使えちゃうんだ。やっぱ長生きはするものなんだねぇ。」
「お嬢さん、私の後ろにいなさい。そうすれば、まだ死にはしない。」
「で、でも…!」
「まだ大丈夫、安心していい。」
「しきりに“まだ”を連呼するのはなぜです!?」
無職は安心できない。
「ん~、結構頑張るねぇ。でも本職じゃないんだから、もう限界だよね?」
「だ、大丈夫です!?随分辛そうですが大丈夫です!?」
「し、心配は要りませんよ。アナタはまだ…」
「アナタ実はドSさんです!?」
「でもまだ本気じゃないんだよね~。さぁ、そろそろ本気でやりなユッキー!」
「ブフォッ!ブッフォオオオオオオオ!!」
「…今です!!」
「ッ!!?」
「ラジャー!」
夜玄の合図にマジーンが反応した。
ザシュッ!
マジーン、会心の一撃!
背後から竜の首をハネた。
「ハハハッ、マジで決まったわ!あらかじめあんなメモ用意できるとか、やっぱスゲェな爺さん!」
「フ…フフ…。注意さえ引いてしまえば、背後を取るなんて造作も…グハッ!」
「あ~…確かに、そうだねぇ。」
「なっ!?テメェいつの間」
ザシュッ!
夜玄は腹部を貫かれ、マジーンは首が飛んだ。
「くっ、なんてこった…油断しちまったわ…」
「う、うわー!聞いてたですけど首だけで生きてるとかトラウマ級ですー!」
「ハハハ!残念だったね~。予知は無理でも予想くらいできるんだよ僕も。」
「グフッ…まぁ、これも予知通り…。ここから先は、私にもわかりませんがね…」
致命傷を負いながらも、なぜか落ち着いた様子の夜玄。
「ハァ?いやいや、死にかけといて予知通りとか強がりも大概に…」
「私に見えるのは、ここまで…。私は希望を守った…後は…お任せします……」
「ッ!!?」
「ああ、よくやったなジジイ。」
「なっ!?しまっ…」
音も無く勇者が現れた。
大魔王は避け切れない。
ザシュッ!
なぜか夜玄が斬られた。
「ちょっ、なんでお爺さんを斬っちゃったです!?アナタどこの鬼さんです!?」
「フッ、せめてもの情けだ。腹に風穴を開けられ、凍てついた体でジワジワ死ぬのは苦痛だろう。」
「…ホントは?」
「勢いで。」
「やっぱ鬼です!」
「…で、調子はどうなの?睡眠取って体調は万全!って感じかな?」
想定外の事態に一瞬動揺した大魔王だったが、すぐに落ち着きを取り戻した。
「フン、馬鹿か貴様は?眠ったくらいで傷が癒えたら医者なんぞ要らんわ。」
「ふ~ん。冗談っぽく言ってるけど本心でしょ?わかるよ。」
「…チッ、出し抜けんか…ガハッ!」
勇者はドバッと血を吐いた。
「えぇっ!?ゆ、勇者さん!?じゃあさっき、開始早々に倒れたのは…もう体が限界で…?」
「あーあ…やっぱり限界だったみたいだね。待った甲斐が無くて残念だよ。」
「ゼェ、ゼェ、負けるというのか…?この俺が…負けると…?ありえん、こんなことは…あってはならん…!ちくしょう…!」
「ゆ、勇者さん…」
「ハァ~~…参ったなぁ、ガッカリだなぁ…。僕、何のために今日まで待ったんだろ…」
「く、クソがっ!この俺に…この俺にガッカリするなぁ…!」
勇者を憐れみの目で見下ろす大魔王。
だが勇者は立ち上がることすらできない。
「だ、大丈夫です勇者さん!きっと助けが来るですよ!」
「お…おぉ、そうか。確かにこの手のパターンだと誰かが…」
「誰がぁ?僕の相手になりそうな人って、キミの父親くらいなもんじゃない?」
「そ、そうだ親父だ!あのクソ親父なら、いつヒョッコリ現れても不思議では…」
「それは無いね。帝雅班からさっき通信が入ったよ、遠くで戦闘中だって。」
「なっ…!?じゃ、じゃあ…じゃあ他には…!まだ誰か…」
「諦めなよ、もうわかってるでしょ?」
「…ふ、ふざけるな!俺は…俺は、諦めるのと盗子が、大っ嫌いなんだ!!」
もはや強がることしかできない勇者を、まるで壊れた玩具を見るような目で見ていた大魔王は…静かに剣を振り上げた。
「さぁ…死のうか。」
「くっ、ここまで…かよ…!」
勇者が諦めかけた、その時―――
「待ぁーーーーてぇーーーーー!!」
なんと!意外な人物が現れた。
「ッ!!?」
「えっ…!?ちょっ、どういうことです…!?」
“もしかしたら誰かが”と誰もが思っていた展開だが、現れたのは誰も想像だにしていない人物。
大魔王よりも無職よりも、勇者が一番困惑していた。
「お、お前は…まさか…!」
「俺かっ!?」
「俺だっ!!」
勇者Bが現れた。
もう何がなんだか。