【177】最後の聖戦(9)
盗子の功績により世の幼女達の未来が守られた頃…ところ変わって、しばらく音沙汰が無かった死体(暗黒神)と死霊(教師)のドス黒い戦いもまた、クライマックスを迎えようとしていた。
~大魔王城三階:暗黒の間~
「ハッハッハ!どうした死神、てんで話にならねぇじゃねーか!あぁん?」
「ふぅ…まったくですねぇ。帰っていいですか?」
「帰んじゃねぇよ!いや、引き止めるのもおかしいが!」
戦闘面では暗黒神に分があるようだが、心理面では教師が翻弄しているようだ。
「まぁ…ただでさえ厳しい相手だったのが、今は邪神と二人分ですし。さすがに…ねぇ?」
「それに、もともとテメェは戦闘タイプじゃねぇしなぁ。勝負にならねぇわ。」
「でも、よく考えたら共に死人同士…とても不毛な一戦だとは思いませんか?」
「それを言っちゃあお前…」
確かに未来の無い話だ。
「にしても困りましたねぇ。こちらにも、あともう一人くらいなんとかなりませんか霊魅さん?」
「ウフフ…無茶言うとキレますよ…」
どうやら霊魅も限界のようだ。
「まぁ仕方ないですねぇ、じゃあそろそろ本気を出すとしましょうか。」
「あ゛?なんだテメェ、まるで今までは手を抜いてたみたく…」
「さて…じゃあいきますか。剣と鈍器、どちらがお好みです?」
「フッ、そうだなぁ…ってちょっと待て!お前どっちも違う系統だろうが!」
「え?イヤですねぇ、私が幻魔術だけの人とでも?」
「ケッ、ハッタリかよ面倒くせぇ。とことん人を煙に巻くのが好きな野郎だな。」
「本当ですよ?あらゆる科目を究めていないと、先生なんてできませんから。」
「ほほぉ…言うじゃねぇか。いいだろう、ならば俺も剣で相手してやるよ。」
教師はバズーカを構えた。
「話が違っ…!」
「“人はむやみに信じない”…ここ、テストに出ますよ?」
ドガァアアアアアアアン!!
勇者しか満点は取れない。
その後しばらく、お得意の非道な攻撃全開で、暗黒神を攻めまくった教師。
地獄で悪の修行でもしたのか、手口が生前よりさらにエグい。
「ハァ、ハァ、テメェ…!好き放題やってくれやがって…!」
「死んでるのに息切れとか…意外と演出に気を使える人なんですね。」
「ち、違ぇよ!長年体に染み付いたモンが出ちまった~みてぇな感じだよ!」
「なるほど、生前は年中ハァハァしていたと。」
「そういう意味じゃねぇよ!変態みたいに言うなよ人聞き悪ぃな!」
「お変態様…」
「いや、無理して人聞き良くしようとしてんじゃねぇよ嬢ちゃん!しかも全然なってねぇし!」
霊魅もイジる側に回っていた。
「やれやれ、口での時間稼ぎも…そろそろ限界のようですねぇ。はてさて、どうしましょうか…」
「どうにもならねぇよ!さぁ今度は俺からいくぜぇ!技名は…そうだなぁ、『暗黒暴風葬』どでも付けようか!」
「…プフッ。」
「わ、笑うなぁああああああああああ!!」
ズゴォオオオオオオオオ!!
暗黒神の攻撃。
ミス!教師は霞んで消えた。
「ハァ…まったく学習能力の無い人ですねぇ。」
「ってのは、まぁ予想の範疇だわなぁ。」
「…ハッ!しまっ…」
逸れた竜巻が霊魅を襲う!
「ハハハッ!悪いな死神!術師がブッ飛んで、テメェもジ・エンドだ!」
「ウフフ…甘いですね…。全然…問題無いですよ…」
「なっ!?小娘、まさか避け…」
「今日は…スカートじゃないから…」
霊魅は豪快に宙を舞った。
「だ、大丈夫ですか霊魅さん?先生ちょっと油断しちゃいまして…」
「先生…気が散るから…一人に減ってください…」
「完全に目が回ってますね…」
「ハハハッ!ざまぁねーな。心なしか姿が揺らめいてるぜ?大丈夫か死神ぃ?」
「霊魅さんの周りには魔法壁を張ります。もう同じ手は通じませんよ。」
「まぁいいさ、だったら…こっちを狙うまでだ。」
暗黒神の攻撃。
「なっ…絞死…!?」
暗黒の波動が、なぜか扉の陰にいた絞死を襲う。
「くっ…!」
教師は絞死をかばった。
教師は右肩から下が消滅した。
「こ、絞死…アナタ、勇者君に連れられて上に行ったはずでは…?」
「道端に…投げ捨てられてて…」
「勇者君に、今度会ったらじっくりコトコト話しましょうと伝えてください。」
明らかに煮る気だ。
「やれやれだなぁオイ、ダメダメじゃねぇか死神。もう帰っちまえよあの世に。」
「いやいや、お陰さまでだいぶ…思い出してきましたよ。本気の、出し方を。」
「へぇ~。じゃあどうするよ?片手じゃ剣も握れねぇだろ?」
「ですねぇ…。では次はお待ちかねの、魔法をお見せしましょうか。」
教師はサッと後ろに飛び退き、印を結んだ。
「馬鹿がっ!遅ぇええええええ!!」
「フッ…」
カチッ
「なっ…地雷…だぁ…!?」
ドッガァアアアアアアアアン!!
手口がほぼ勇者だ。
「くっ、この期に及んで…卑怯な野郎だ…!」
「フフフ。要は勝てばいいんです…が、良い子は真似しちゃ駄目ですよ?」
「なら実の子に見せないでください。」
まぁ今さら手遅れだが。
「さて、炎系・氷系・風系・雷系・絶命系…何系の魔法で消えたいですか?」
「魔法ならなんでもござれってか?なんだよテメェ『賢者』か?」
「さあ?まぁアナタが“愚者”なら、そうなるでしょうかねぇ。」
「ブッ殺す…!!」
「フフフ…残念、手遅れですよ。」
二人から邪悪なオーラがほとばしる。
絞死と霊魅は近づくことすらできない。
「す、凄い…!父上が、こんなに凄かったなんて…!」
「よーく…見ておくべきですよ息子さん…。もう…二度と見れないから…」
「ええ、そう…ですね…」
「こんなに…ドス黒いのは…」
ちょっとした“魔界大戦”だった。
そして、拮抗した戦いがしばらく続いた。
だが…突然、終わりが見え始めた。
「ハァ、ハァ、ふぅ…おかしいですね。先ほどの暗黒神でもないですが…なぜ死者である私の…息が切れるのでしょう…?」
「ウフフ…。それは…私に限界が…近いからですよ…」
霊魅は熱々の料理に乗せたカツオ節くらいフラフラしている。
「ハハハッ!そうか、ついに差が出てきやがったか!終わりだなぁオイ!」
「ち、父上…」
「大丈夫ですよ絞死。ちゃんと私が…全てを終わらせますから。」
「いや、“全て”の範囲によっては逆に心配なんですが。」
“地球規模”の可能性も捨てきれない。
「フン、ハッタリこくなよ死神…いや違うな、『死神の目』も無ぇしただの雑魚魔導士か。」
「…ハァ、やれやれ。アナタはやはり、『幻魔導士』を誤解してますねぇ。愚かなことこの上ない。」
「あん?なんだよ、今までの全てが幻だった~とでも言うのかよ?」
「そんな無茶ばかりしてたら物語が破綻しますよ。“どうせ幻なんだろ?”と思われるようになったら最後ですね。」
「誰目線なんだ。それ誰目線の意見だよ。」
「なので、次でキメますよ。とっておきの…幻魔術でね。」
言っちゃって良いのか。
「さて…ではよく見て、胸に刻んでくださいね絞死。この私の…最後の戦いを。」
「父上…」
「毎晩うなされる程に。」
「何をする気ですか。一体どんなトラウマを刻み付ける気ですか。」
悪質な嫌がらせでしかない。
「おっと、大魔法唱える時間なんぞ与えるかよぉ!テメェこそ食らいやがれ、邪神との融合技…そうだなぁ、『暗黒旋風葬』とでも名付けようか!」
「フフフ…こちらこそ撃たせませんよ。幻魔奥義、『幻想逆転世界』…!」
ピカァアアアアア…!
教師は謎の呪文を唱えた。
凄まじく邪悪な扉が現われた。
「なっ!?早っ…まさかあらかじめ…」
「いや~、こっそりと魔法陣を描くのは、やはり時間がかかりますねぇ~。」
「ば、馬鹿な…!この扉はまさか、『邪教』の経典に描かれてる…!?いや、しかし…!」
「おや、ご存知ですか?なら要りませんよね、この…『魔界の扉』の説明は。」
どう見ても悪側の秘奥義だが大丈夫か。
「さぁ逝きましょうか暗黒神。殺せないなら、異界に放り込むまでです。」
「ケッ、だがどうせ幻だろ?『死神の目』でも無きゃ幻を現実に変えるなんて…」
「それが、できる手段があるのですよ。まぁ自由自在に…とはいかないんですがねぇ。」
「あん?どういう意味だよ?」
「さぁ早く飛び込んでください暗黒神。もちろん一度閉じたら二度と…ハッ!」
「うわっ!?」
「フハハ!馬鹿がっ、やっぱツメが甘ぇんだよ貴様は…いつまでもなぁ!」
暗黒神は絞死を扉に放り投げた。
絞死はかろうじて扉の縁を掴んだが、今にも吸い込まれそうだ。
「くぅ…!ち、父上…!」
「ハハハハ!ざまぁねぇな死神!俺をハメるどころか、自分のガキを…」
「サヨナラです、絞死。」
「ええぇっ!?」
絞死と暗黒神は見事にハモッた。
「ちょ、ちょっと待てよ死神!ガキが魔界に吸い込まれようとしてるってのに…」
「少ししか共にいられませんでしたが、私は幸せでしたよ…絞死。」
「私は不幸ですよ!実の親に見捨てられ…だ、駄目です…もう握力が…!」
「…ハ…ハハハ!やっぱ悪魔だわテメェ!戦闘に邪魔と見るや、実のガキまで…」
絶望する絞死。
歓喜する暗黒神。
そして、安堵する教師。
「ふぅ…良かったです。初めて使った割に、うまくいきそうでなによりですよ。」
「あ゛?テメェ、何が言いてぇ?」
「フフフ、だから言ったでしょう?ここは…『逆転世界』だと。」
「あん?だから何を…ハッ!まさか、既に…!?」
教師は絞死の手を蹴り飛ばした。
と同時に、扉はゆっくりと閉じていく。
「なぜ『魔界の扉』ほど邪悪なものが、意外と簡単に開くのか。それは、開いた時には自分が内側にいるから…命を賭した荒業だから…なのです。」
「ち、父上ぇええええええええ!?」
吸い込まれていく絞死。
その最愛の我が子に向かって、教師は笑顔で別れを告げた。
「またいつか会いましょう、絞死。怨念渦巻く…この魔界の地の果てで。」
「それはちょっとぉおおおおぉぉぉぉぉぉぉ…」
バタンッ!
脅威は去った(二重の意味で)。
絞死が飛び出ると当時に、『魔界の扉』はバタンと閉じた。
「…ハッ、こ、ここは…!?父上は!?」
「アナタだけですよ…。もう先生は…帰らない…」
霊魅は絞死の肩にそっと手を置いた。
「そんな…!で、でも!霊媒師さんが術を解いたら、少なくとも魔界からは…」
「どうでしょうね…。かえって呪縛されちゃうかも…しれないですね…」
「なんとかなりませんか!?試すだけでもいいんで、何か…!」
「ゲフッ!あ~…それは少し…無理そうですよ…」
「血っ!?だ、大丈夫ですか!?」
「『自爆交霊』…『偽魂』も無しに…霊を呼ぶのは…無茶だったから…。私には…もう…」
霊魅も既に限界を超えていた。
「ち、父を…召喚したから…?」
「アナタに一つ…勇者君達に会ったら…伝えてほしいことが…ぐふっ!」
「…わかりました、お伝えします。なんでしょうか?」
「寂しくなったら…振り返ってみてと…」
「どんな怪談ですか。死に際に冗談とかなんでそんなに余裕なんですか。」
「ウフフ…冗談…?」
「違うんですか!?って、いないっ!?」
「ウフフ…ウフフフフフフフ…フ……」
「こ、こわい!!」
死んだのか違うのか。