【176】最後の聖戦(8)
大魔王が最上階で想定外の事態に追いやられていた頃、父と帝雅によるもう一つの最強決定戦は―――
~タケブ大陸:ショムジ遺跡~
ドッガァアアアアアン!!
「ハァ、ハァ…フフッ、やはりさすがだな凱空君。だが、それでこそ我が宿敵に相応しい。」
「貴様もな。片腕でそこまでやられると、父さんちょっと立場が無いぞ。」
「フン、ほざくな。まだ…本気ではないのだろう?」
「ん~、解樹が死んでも一向に呪いが解ける気配が無くてなぁ。真面目にやると副作用が凄いんだ。」
「やれやれ甘く見られたものだ。そのような手抜きでこの私が倒せるとでも?」
「フッ、多くは望まんさ。勇者が大魔王を討つまでの時間さえ、稼げればいい。」
「ほぉ、随分と息子を信頼しているようだが…なぜだね?」
「む?おかしなことを聞く。血を分けた我が子を信じるのに、理由が必要か?」
「ハハッ、単なる親のひいき目か、あるいは…。面白い、私も興味が沸いた。ならば…」
「む?一体…」
「見届けに行くとしようか。来い、お前達!」
帝雅が合図を送ると、帝雅軍の兵士達が現れた。
だが―――
「うぎゃああああああ!!」
「ぎょへぇえええええ!!」
「ハッハー!その程度の腕前でこの父さんに挑もうとは傍ら痛し!超痛し!」
「な、なんて野郎だよ…!噂には聞いていたが、あまりにも想定外…ぐわぁあ!」
完全に父のペースだった。
「くっ!しかも、攻撃の大半が『カンチョー』とは…ギャーー!」
「おっと、舐めてもらっては困る。『デコピン』もあるぞ?」
「キミこそ舐めてもらっては困るのだが…まぁ、それもやむなしか。」
それなりの手練れを用意したつもりだった帝雅だが、凱空の常人離れした強さを再認識させられた。
「残念だが、彼らごときでは疲れさせることもできんよ帝雅。肛門を無駄に痛めるだけだ、やめさせなさい。」
「…確かに、そのようだな。ならば、最終手段に打って出るのみ!」
「ほほぉ、最終手段か…いいだろう!ジャン!」
「ケ…違う!!」
やっぱり父のペースだった。
「にしても…意外だな帝雅。お前のことだ、一騎打ちでの完全勝利を望むかと思ったが。」
「フン、戦闘で負けても笑って死にそうな相手じゃなければな。キミのような人間は、やはり何か“大切なものを奪う”に限る。」
「相変わらずの外道め。まぁ悪役の鑑といえばそうなのかもしれんが。」
勇者とは分かり合えそうな感じだ。
「さて…ではそろそろ死んでくれるかな凱空君?私には、大事な探し物があるのでね。」
「悪いがそれは無理だ。父さん、死ぬときは勇者の腕の中だと決めてるんだ。それに…貴様なんぞに渡すわけにはいかんしなぁ、かの古代兵器…『倍々菌』は。」
「ッ!!き、貴様…その情報、どこで…!?」
「これでも顔は広くてな。にしてもお前…そんなもの手に入れてどうする気だ?使えば自分も死ぬぞ?」
「ハッハッハ!………ん?」
「んんっ!?」
帝雅は意外とうっかりさんだった。
「まぁ既に手は打ってあるがな。アレはもう場所を移した、二度と貴様のような悪の手に渡ることは無い。」
凱空は息子も欲しがっていたことを知らない。
「…やれやれ、また邪魔されたというわけか。相も変わらず忌々しい男だ。」
「悪いな帝雅よ、これが『勇者』というものなのだ。」
「フン、そう余裕でいられるのも今のうちだ。さぁ見るがいい!我が」
「真の姿を!!とか言いつつ、おもむろに変身するのだけはやめてほしい。」
「真の…なんだとぉおおおおお!?」
「その手の展開はもう飽き飽きなんだ。もっと斬新な展開を望むぞ。」
「た、例えば…?」
「そうだなぁ…“さぁ見るがいい!我が健康的な五臓六腑を!!”みたいな?」
「死ぬわ!!なぜ意気揚々と切腹せねばならんのだ!?」
帝雅は意外と律儀に突っ込むタイプだった。
「おのれ…!ここまで…ここまで愚弄されるとは…!」
「なんだ不満か?同じ強さを持つ者同士しか、わかり合えんこともあるだろう?」
「急に何を言い出すかと思えば…。忘れたのかね?我々の間には様々な…」
「皇子も終も…もういないんだ。」
「ッ!!」
帝雅の動きが止まった。
「全ては過ぎ去ったことだ。囚われるのはもうヤメにしないか、帝雅よ。」
「…フッ、まさかそんな考え方が…あったとはな…」
「おぉ!わかってくれたのか!」
「ああ…話すだけ、無駄だということがね。」
ドスッ!
帝雅の剣が父の腹部を突き刺した。
だが、その姿は霞んで消えた。
「フッ、残像だ。」
「なっ!?馬鹿な…だが確かに手ごたえが…!」
「ああ。刺されてから動いたしな…ぐふっ。」
「じゃあ残像の意味は!?」
「やれやれ、ようやくわかりあえるかと思ったのだが…そううまくもいかんか…。まぁいい、殴り合って芽生える友情というものもある。」
「またヌルいことを…。なんだね、戦う理由が無いから駄目なのか?憎む理由が必要なのかね?」
「ま、そうなるな。特に理由が無いのなら、足止めさえできればそれでいい。」
「ハァ、そうかね…フハ…フハハハハ!ならば…くれてやろう。」
帝雅は凄まじい速さで突進した。
ガキィイイン!
「ぬぅ…!なんて力だ…!」
「皇子がなぜ死んだか…誰に殺されたか!貴様は知っているかぁ!?」
「ッ!!?確か春菜が裏で糸を引いて…ハッ!まさか…!」
「そう!貴様の旧友、春菜という女だぁ!!」
「おぉっ!?お、おぉ…。いや、てっきり“実は私だったのだ”的な展開かと…」
「酷い女だった。嫉妬心に駆られ、皇子を…そして多くの民を殺した極悪人!」
「ち、違う!春菜はそんな女じゃない!きっと誰か悪い奴に、騙されていたに違いない!」
「…だとしたら、どうするかね?彼女を悪に染めた者がいたとしたら?」
「む?そんなの決まってる。柄にもなく修羅と化し、ボッコボコにしてやるさ!」
「フッ、そうか…やっとできたな、戦う理由が。」
「…ん?」
肝心なところで察しが悪かった。
「だーかーらー!私が、彼女に吹き込んだのだよ!わかるだろう流れ的に!?」
「つまり、お前がそそのかしたせいで…春菜は帝都を襲ったというのか?」
「フッ…ああそうさ、全ては私が仕組んだのだよ!」
「いや、ちょっと待て。お前の扇動で春菜は皇子を…?え、お前…皇子を愛していたんじゃなかったのか…?」
「あ゛ぁ?もちろん愛していたさ!気が狂う程に愛していたさ!私はなぁ!!」
帝雅は次第にヒートアップしてきた。
「なぜだ、なぜなんだ!?終様、皇子、そして塔子…私の愛は、なぜ誰かに奪われる!?」
「なっ、奪われたのか!?それは酷い奴もいたもんだ!けしからん!」
「ど…どの口でほざく!?親子二代に渡って私の愛を奪う貴様らは、絶対に許せぬ忌むべき存在!だから殺すのだ!私から愛を奪った者、私を愛さなかった者…全てをなぁ!」
「ふむ、よくわからんのだが…皇子がお前と愛し合った末に、盗子が生まれたのではないのか?だったら別に奪われてなど…」
「…出会いは、帝都を滅ぼすべく下見に行った時…一目惚れだったよ。」
「あぁ、回想は短めで頼む。」
「ぬぐっ…!」
帝雅は攻撃を封じられた。
「まぁ確かに可愛い顔はしてたしな。好きになっちゃうのもわからんでもないが。それからそれから?」
「口説いたさ!必死になぁ!だが、彼女の心の中には、常に他の男がいた!」
「なっ…!」
「そうだ!!」
「ちっさいオッサン的な!?」
「比喩だよ比喩!!」
「ふむ…なかなか難しいな。」
「私は時間をかけ、何度もアタックした。だが彼女が心を開くことは無かった。」
「そのしつこさは昔からだったんだな、お前…」
「だがさすがの私にも限界がきた。だから私は…最後の手段に出たのだよ。」
「ッ!!まさか、貴様…!」
「そう…私は寝室に忍び込んだ。そして寝ている間に、奪ってやったのだよ!」
「なっ!?くっ、なんと卑劣な…!」
本当ならかなり酷い話だ。
「彼女の可憐な、唇をなぁああああああああああああ!!」
「…お?」
だがちょっと想定と違った。
「む…?ハッハッハ!衝撃のあまり声も出ないらしい。まぁ無理もないがね。」
「え…いや、ちょっと待とうか帝雅さん。え?唇…?あ、また比喩的な意味で?」
「何を訳のわからんことを…。言葉通りの意味だよ、混乱しているのかね?」
「えっと、じゃあ盗子は…どうやって…?」
「ハァ…キミはそこまで無知なのかね?コウノトリが運んで来たに決まっ」
「乙女か!基本ボケキャラの私が思わず突っ込んじゃう程に天然か貴様!?」
「ハァ?まったく、また意味不明なことを…」
「うぐっ…!」
なんと!ここにきて立場が逆転した。
「ふむ…ちょ、ちょっと待ってくれ帝雅よ。あ、そうか!その日を境にもっと色々と…」
「その晩を最後に、彼女の姿は見ていない。愛情は憎しみに変わったのだ。」
「違ったのか…」
「まぁさすがに自分で手を汚すのはためらわれ…人に任せたわけだがね。」
「くっ、まぁとにかく最低な男だな…。自分を愛さなかったからというだけで…それだけで…!」
「だが塔子はまだ間に合う!遺伝子を受け継ぎし愛娘…必ずわかり合える!」
「いや、受け継いでないと思うんだが…」
「今はまだ混乱しているようだが、いずれ私を…父を愛するようになるだろう。」
(ん、待てよ?ならば盗子の父は…?そういえば、皇子は生涯独身を貫いたと…)
「この前はつい喧嘩別れしてしまった。早く仲直りせねばなるまいな。」
(父親も無しに出産…まさかあの子は、“神の子”だとでもいうのか?皇子よ…)
まったくピンと来ないが。
といった感じで、人外の疑惑が飛び出した盗子は…勇者に殴られ最上階から落とされたにも関わらず、しぶとくもまだ生きていた。
ナンダに装備させられた怪しげなヘルメット的なモノが外れ、正気を取り戻した盗子は、その後…謎の薄暗い部屋に迷い込んだのだった。
~大魔王城:謎の部屋~
「ハァ、ハァ、魔法とか駆使して、なんとか生きて着地できたのはいいけど…」
「どこだ小娘ぇ!?捜せぇーー!捜して八つ裂きにしろーー!」
そう遠くない距離から追っ手の声がした。
「こ、殺される!見つかったら殺される…って、それにしても何だろこの部屋?」
「ぬっ?き、キミは…チッ、年増ではないか。どうやって僕の部屋へ?」
巨大なモニターにナンダの姿が現れた。
「うわっ、ロリコンだ!死してなお幼女の敵の人だ!」
「失敬な!手などは出さん、舐め回すように生暖かく見守っているだけだ!」
「それが怖いんだよ!全然正当化できる行いじゃないからね!?」
「ところで、何の用かね?今はこんな所で遊んでいる場合じゃないだろう?」
「単に迷子だよ!って、そういやアンタには、さっき機械で操られた恨みが…!」
「ちょっ、待ちたまえ。ここで暴れられたら僕の『マスター・サーバー』と…」
「う゛っ…いくら敵とはいえ、存在消しちゃうのはさすがに」
「秘蔵の『ロリ画像サーバー』が…!!」
盗子は派手に暴れた。
「ゼェ、ゼェ、やっちゃった…つい勢いで、やっちゃったよ…」
「(ガガッ)…くっ、ここまでか…(ガガガッ)…僕の…野望も…」
「なんか…ゴメンね?なにも壊すことはなかったかも…」
「世界中のロリっ娘を操り、僕だけのドリームランドを建設するという壮大な」
「アタシ、ある意味世界を救った気がする。」
確かに。
「フ…フフフ…だが心するがいい。僕が消えても、いずれ第二第三の僕が」
「既にたくさんいそうだから怖いんだよそのジャンル!滅んでよマジで!」
「口惜しいな…(ガガガッ)…一度でいいから、幼女と…結婚を…」
「でも確実に数年で離婚するよね!?いずれロリじゃなくなるし!」
「…かつて契りを結びかけた縁だ、一つだけ…(ガガッ)…教えてあげよう。」
「え…?」
「(ガガッ)…この城に今…一人だけ、可能性を秘めたロリっ娘(ズガンッ!!)
ナンダの野望は潰えた。