【017】三号生:五錬邪襲来(2)
油断したところに痛恨の一撃を食らい、腹に風穴を開けられてしまった勇者。
放っておいても死にそうな傷だが、それを待たずしてトドメを刺そうと群青錬邪はゆっくりと近づいていく。
そんな強敵の前に、今度は暗殺美と巫菜子の二人が立ちはだかった。
「あん?なんだ黒髪、テメェはコイツと仲悪そうだったろ?なぜ邪魔をする?」
確かに暗殺美と勇者は犬猿の仲。短時間で群青錬邪に気付かれるほど、見るからに二人の仲は悪かった。
「まったくもってその通りさ。でも私は暗殺専門の『暗殺者』…隠密行動とか声帯模写なんかはお手の物だけど、正面きっての戦闘はどうしても分が悪いのさ。生き残るには…不本意だけども仕方が無いのさ。」
「私も戦闘力は低いしね。勝つためには失えないよ…勇者君の戦闘力は。」
そう言って身構える少女二人に、面倒臭そうに溜め息をつく群青錬邪。
「フン、いいだろう…。ならまずは、テメェらから死ねよ。」
その頃、暗殺美達に守られる立場になってしまった勇者は、そんな二人の戦いを見る余裕も無いほどに既に死にかけていた。
「ぐはあああっ!!や、やべぇ…死ぬ…!」
腹部を貫通した傷からはおびただしい血が流れ、失血死まったなしの状況。
だがしかし、もう駄目かと思われたその時、予想だにしない展開が。
「大丈夫だよ勇者君、私が傷を治すよ。」
なんと、知らぬ間になぜか、まったく別の班にいるはずの姫が傍らに立っていたのである。
「ひ、姫…ちゃん?一体どうやって…ここに…?」
「送料は着払いだよ。」
「郵送で!?…いや、まぁいい。すまんが…治してもらえると助かる。」
突っ込みたい所はいくつかあったが、既に意識が朦朧としてきた勇者はもはや姫にすがるしか無かった。
ゴップリン戦であったように、うっかり絶命系魔法とか唱えられたらと思うと不安ではあったが、あれから成長したと信じるしか無い。
そんな勇者の期待が通じたかのように、いつもは何を考えているかわからない姫も、今回ばかりは珍しく真剣な表情。なんとなく期待できそうな感じだ。
「もちろんお任せだよ!むー、〔治療〕!」
姫は〔治療〕を唱えた。
〔治療〕
療法士:LEVEL5の魔法(消費MP15)
味方一人のHPをいくらか回復させる、痛いの痛いの飛んで系の魔法。
「お、おぉこの聖なる光は…!やったな姫ちゃ」
盗子の傷が治った。
「やった、大成功!」
「い、いや、俺を…俺を……」
運良く成功したはいいが、残念ながら回復したのは盗子だった。
勇者は相変わらずヤバい。
「う、う~ん…ハッ!勇者!?大丈夫!?」
急に目が覚めたにも関わらず、辺りを見回して一瞬で状況を理解したらしい察しのいい盗子。
勇者の方はもうじき走馬灯とか見え始めそうな虚ろな表情を浮かべていた。
「それにしても…姫ちゃん、知らぬ間に回復魔法…覚えたん…だな…」
「あ~、こんな日もあるんだね。」
そうか、まだそんなだったか…フッ、じゃあ俺はどうすれば…。
勇者は迂闊に頼めない。
そんな感じで勇者が生死の境を彷徨っていた頃、暗殺美と巫菜子もまた大ピンチを迎えていた。
「オラオラどうした小娘?さっきまでの威勢はどこにいきやがった?」
回避に全力を注いだため大きな怪我こそないものの、体力の消費は尋常ではなく既に暗殺美は疲弊しきっている様子。
「だ、大丈夫暗殺美ちゃん…?ゴメンね、矢面に立ってもらっちゃって…」
「ゼェ、ゼェ、も、問題無いさ。わ、私は華麗な暗殺者…蝶のように舞い、蜂のように…飛ぶ!」
「刺せやっ!!逃げてばっかじゃなくてかかって来いってんだよ!勝負んなんねぇだろうが!」
暗殺美が思いのほか素早く、思い通りに攻撃が当たらないことでイライラが限界に達した群青錬邪。
その様子を横目で見つつ暗殺美は小声で巫菜子に尋ねた。
「…で、準備はどうなのさ巫菜子?正直もう膝が笑っちゃって生まれたての小鹿のようさ。」
「ありがとう…もう、大丈夫。準備は整ったよ。」
そう言うと巫菜子は錫杖を水平に構え、周囲の何かに呼びかけるように唱えた。
「いでよ大地の精霊…『ゴーレム・モード』!!」
ゴゴゴ…ゴゴゴゴゴ…
地響きと共に、先ほどの老人のような壁画がさらに盛り上がり、中からムッキムキの爺さん型ゴーレムが現れた。
「ふむ…この姿も久々じゃな。体中が凝り固まっておるわい。」
腕をグルグル回し、首をコキコキ折りながら、戦闘の準備を整える爺さん。
「いや、“岩石の化身”が凝りだなんだ言ってんじゃないさ。むしろ凝りがほぐれたら多分アウトさ。」
暗殺美はとりあえず突っ込んだが、同時に自然と笑みがこぼれていた。
なぜなら老体を模しているとはいえ、明らかに群青錬邪よりも大きいその屈強なボディは、思わず何か油のようなものを塗りたくりたくなるほどキレッキレだったからだ。いやが上にも期待が高まる。
「が、頑張ってください精霊さん!私達を…助けてください!」
巫菜子の声を背に受け、無言で静かにうなずいたゴーレムは、一直線に群青錬邪に襲い掛かった。
「推して参る!我が主に成り代わり、汝を無に帰そう!」
「チッ、なんだテメェは…!?ぬぉおおおおおおおお!!」
ガッシリと左右それぞれの手を絡み合わせ、力比べの体勢に入った二人。
パワーでは群青錬邪も負けてはいないが、圧倒的に体格で勝るゴーレム爺さんの方が優勢に見える。
「フォフォフォ!なかなか力強いが所詮は人間…大地の力を舐めるでない!」
「ぬぐっ!?ぐぉおおお…無機物の分際で生意気な…!ぬぉおおおおあああ!!」
背骨が折れそうなくらい背後に反り返り、なんとか踏ん張る群青錬邪。
「な、なんかいけそうだよね!?これなら…」
巫菜子が手応えを感じたその時…思わぬセリフが聞こえてきた。
「…な~んてな。残念だったなぁ小娘、テメェと俺は…相性が良過ぎだわ。」
「えっ…?」
群青錬邪の声が急に余裕の色に変わったと同時に、一気に形勢が逆転した。
なぜか爺さんの方が力無く膝をつき、群青錬邪はそれを悠然と見下ろしている。
すると次第にほころび始め、なんと徐々に元の土に還り始めた爺さん。
全身に細かいヒビが入り土埃が舞い始めた。
「す…すまぬ主よ、この者…我が力を…」
そう途中まで言いかけて、ゴーレム爺さんは完全に崩れ落ちてしまった。
青ざめて暗殺美の方へと向き直る巫菜子。
「あ、暗殺美ちゃん…これって…」
「わかってるさ。つまり…凝りがほぐれたのさ。」
「いや、そういうんじゃなしに!」
状況が飲み込めず混乱する巫菜子と暗殺美。
そんな二人とは対照的にとても機嫌が良さそうな群青錬邪。
「なぁに、簡単なことさ。吸ってやったんだよ…あの精霊に充満してやがった、大地の“氣”ってやつをなぁ。」
その“氣”という単語で、二人は先ほど勇者が言っていたことを思い出した。
「氣を自由に操る職業…授業で聞いた通りなら、確か『氣功闘士』ってやつさ。生まれ持っての体質に依存する希少職って話さ。」
「でもまさか、私の…精霊の力を奪うことができるなんてね…」
「ま、本来なら氣は体内で練るんだがなぁ。さすがは精霊が持つ大自然の氣…随分と体に良さそうだったもんで食ってやったわ。うまくいってなによりだぜ。」
そう言って高笑いする群青錬邪からは、既に勝利したかのような余裕が感じられた。
「チッ…仕方ないさ、今回だけはアンタに…勝ちを譲ってやるさ…」
口調こそまだ若干強気な暗殺美だが、もはや体力は限界に達していた。
全力で呼び出した精霊を倒された巫菜子もまた、力尽き動けずにいる。
「ハハッ、次回なんて無ぇよクソガキ!最期に何か言いてぇことはあるか?聞く気は無ぇが言わせてやるよ!」
群青錬邪はゆっくりと腕を振り上げた。
暗殺美は焦点の定まらない瞳を群青錬邪の方に向けつつ声を振り絞った。
「…だから、とっととやっちまえさ…クソ勇者ぁ…!」
「あ…?なっ、後ろか!?」
ガキィイイイイイン!
勇者の攻撃。
ミス!群青錬邪は攻撃を防いだ。
「よぉ、待たせたな群青錬邪!俺の手柄になりたくて待ってたんだろ?褒めてやるよ!」
勇者が現れた。
盗子や姫も一緒だ。
「ケッ…そうかよ回復役がいやがったのかよ。命拾いしたようだなぁ小僧。」
「フッ、まぁ何度か生死の境を彷徨ったがな。」
姫の功績が大きい。
「フン、やっと来たのかさ待たせすぎさ…。でもまぁこれでなんとか…フリダシに戻ったさ。」
憎まれ口を叩きつつも、薄っすら安堵の表情がうかがえる暗殺美。
だが勇者は未だ険しい顔をしていた。
「フリダシ?馬鹿が、そんな生易しい状況じゃないだろ。」
むしろかなり悪い状況だと言わんばかりの勇者。
暗殺美だけでなく、巫菜子らも意味がわかっていない様子なのを見て、勇者は溜め息混じりに吐き捨てた。
「やれやれ、聞いてなかったのか?雑魚どもめ。さっき奴は…“食った”と言ったんだ。」
その勇者の言葉に、思わず笑みがこぼれる群青錬邪。
「ギャハハッ!やっぱり勘のいいガキは、邪魔くせぇなぁオイ!」
群青錬邪は右手のひらを上空に掲げた。
オーラの塊のような球体が出現した。
「そ、そんな…負けただけじゃなくて、さらに敵を強化しちゃったなんて…」
巫菜子はショックの色が隠しきれない。
「どどどどーしよ勇者!?このままじゃヤバいよね!今のうちに襲い掛かった方がいいんじゃない!?」
ナチュラルに他力本願な感じが全開な盗子。
確かにその方が良さそうではあるが、勇者にはそれができない事情があった。
「迂闊に動けば飛んで火に入るなんとやらだ。それに、まだ回復しきってないからな…。今の俺のスピードじゃ、恐らくかわしきれん。」
「じゃあ私が火に強い虫を呼ぶよ。勇者君、『水虫』って知ってる?」
「いや、すまんが色々と誤解があるぞ姫ちゃん。詳しい解説は…まぁ生きて帰れたら…な。」
そう、もはや誰の助けも見込めず死を待つのみ感が半端無い状況であり、生きて帰れる見込みが無かった。
群青錬邪の必殺技は完成間近といった様相を呈しているが、誰も打開策は思いつかない模様。
「オイオイどうした、来ねぇのか?もうじき出来上がるぜぇ?必殺、『群青大氣砲』がなぁ!!」
「チッ、なんてデカいオーラだクソ野郎…!これじゃ逃げようも防ぎようも……無い!!」
「う、うわーん!死にたくないよぉおおおお!!」
するとその時、泣き叫ぶ盗子の背後から勇者ではない少年の声がした。
「…やれやれ。ぼちぼち拙者の出番でござるかな?」
現れたのは先ほどから姿が見えなかったハッタリ忍者、法足だった。
今がかなり深刻な状況だというのがわかっていないのか、とてもいい笑顔だ。
「えっ、生きてたのアンタ!?見ないからてっきり死んじゃったかと…」
「フフッ。拙者もハッタリだけで生き抜いてきたわけではないでござる。うまくいったでござるよ…『忍法:死んだふり』。」
「そんなのだけは使えるのかよ!むしろハッタリだけの方がまだ潔いよ!」
うーむ…なにやら訳のわからん忍者っぽい奴が急に現れたが、盗子の反応を見るに明らかに使えそうもない。
ここは結局、この俺がどうにかするしかないようだ。
まともに動ける自信も無いがな…。
「チッ、仕方ない…やはりイチかバチか放つ前を狙うぞ!どのみち動かねば勝機は無い!」
「あいや待たれい!ならば拙者に任せるでござる!」
フラつく足で立ち上がる勇者を制止し、最前線に躍り出た法足。
だがどうせどうにかできる当ては無いだろうと察した盗子は、すぐにでも突っ込めるよう準備を整えた。
法足は自信に満ちた表情で、右手人差し指を天に向け叫んだ。
「さぁ、今こそ来たれ天空より舞い落ちる星の豪雨!究極奥義、『忍法:天翔る大流星群』!!」
「絶対嘘だー!そんな壮大な名前、絶対ハッタリだよぉーー!」
ゴゴッ…
ズゴゴゴゴゴゴゴ…
チュドォオオオオオオオオオオオオン!!
「ぐぇえええええええええええっ!?」
だがなんと、本当に何かが降ってきた。
群青錬邪はプチッと潰れた。
「えっ…ま…まさか、ホントに…?」
どう考えてもそうとは思えないが、タイミングがタイミングなだけに盗子は念のため法足に確認した。
「ハッタリでござる!えっへん!」
「わかってたけど!わかってたけども!」
なんと、雑魚だと思われた忍者小僧の発声に合わせて、本当に何かが降ってきて天井をブチ破った。
そして群青錬邪は下敷きに。
爆発の衝撃で土煙が立ちこめ視界はすこぶる悪いが、目を凝らすと少しだけ輪郭が見えてきた。
なにやら乗り物か何かのように見えるものの…形状や材質はこれまで見たことが無く、まるで地球上のものではないかのようだ。
「な、なんだこりゃ?宇宙…船?」
「ゲホッ、ゴホッ!うへー!死ぬかと思ったー!!」
勇者が近づこうとしたその時、土煙の中から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
まさかの展開に激しく動揺する暗殺美。
「うえぇっ!?ああああアンタは…!!」
「え…あっ!勇者君!?みんなー!会いたかったよー!!」
どうやら声の主は勇者の姿に気付いた様子。
そして次第に視界は晴れていき、ようやく勇者も相手を視認できた。
「お、お前…!生きていたのか…賢二!!」
賢二が帰ってきた。