【169】最後の聖戦(3)
勇者が頭を使ってなんとか勝利した頃、同じ部屋で暗黒神と戦っていた絞死は…まだ幼児にも関わらず、思いのほか善戦していた。
「くっ、ば…馬鹿な…!嗟嘆様の力を手に入れた私が…押されるだと…!?」
「ハァ…拍子抜けですねぇ。怪物と聞いた暗黒神も、実際はこの程度ですか。」
苦しそうに悶える暗黒神を、絞死は偉そうに見下ろしている。
「お、おのれ…!小僧の分際で、舐めおって…ぬぐっ!?」
「つまらないのでもう死んでくだ…あぁ、死んでるんでしたね。じゃあ粉々に…」
「うぐぉ…ぐふっ!や、やめ…!」
「今さら命乞いですか?もう死んでるのに…」
「お、おやめを…う、うひぃいいいいいい!!」
全力で命乞いをする暗黒神。
どこか様子がおかしい。
「ん…?一体…」
「あっ、あっ、あぁああああああ!!」」
暗黒神の目は、絞死を見てはいなかった。
「ぐわぁあああ!おやめくださいぃぃぃぃ“嗟嘆様”!!」
「なっ…!?」
ズッガァアアアアアアアアン!!
痛恨の一撃!
蹴り飛ばされた絞死は、激しく壁に叩きつけられた。
「ぐ…はっ…!な、なんで…!?」
不意打ちをまともに食らい、重傷を負った絞死。
恨みがましい目で…勇者を睨んだ。
「ふぅ~…間に合ったか。」
まさかの身内からの攻撃だった。
「ゆ、勇者さん…これは一体、どういう…おフザけですか…?」
対戦中の絞死を激しく蹴り飛ばした勇者。
いつも通りと言えばいつも通りだが、一体どうしたのか。
「フッ、“ハットトリック”だ。」
「他の二点はどこへ…!?」
絞死は意識が朦朧としており、ツッコミの論点がおかしい。
「…なんてな。助けてやったんだ、感謝こそすれ…恨むとはお門違いだぜ?」
「え…?」
なんと!絞死がいた場所が凄まじいことになっていた。
見るからに邪悪な黒い瘴気が渦巻いている。
「勉強不足だな絞死。味方を救うために蹴り飛ばす…よくあるパターンだぞ?」
「そ、そんな…何も…見えなかった…」
「ったく、常識外れにも程があるぜ。なんでもアリかよ…。まさか『死体使い』のジジイを、内側から乗っ取りやがるとはなぁ。」
「なっ…そ、それじゃあ…彼が正真正銘の…」
「よぉ、久しぶりだな本物…『暗黒神:嗟嘆』よ。」
勇者は暗黒神を睨みつけた。
「ケッ…元気そうだなぁ、クソガキ。」
暗黒神が完全復活したっぽい。
「…おいガキ、テメェいつから気づいてた?意識してなきゃ間に合わねぇタイミングだったろ?」
「ん?まぁ薄々…な。邪神の奴には普通に意識があった時点で、貴様ほどの男がなぜ大人しくしてるのかと気になってたんだよ。さすがに操り手には勝てんのかとも考えたが…案の定、機をうかがってやがったなぁオイ。」
勇者は勘が冴えていた。
「にしても、貴様のしつこさにはほとほと呆れたぜ。いい加減にしろよ。」
「あ゛ぁ?何度も俺の邪魔しやがるテメェら親子だって似たようなモンだろ?」
「ま、待ってください勇者さん。敵が暗黒神なら、相手は私が…!」
「下がってろ絞死。あんな奴にそこまでやられるようじゃ、話にならん。」
「いや、これはアナタが…」
「テメェこそボロボロじゃねぇか勇者ぁ。あの日みてぇにやれんのかよ?」
「フッ、問題ない。それにしても貴様、いつの間に分身なんて覚えた?」
「完全に目の焦点が合ってないじゃないですか!アナタ、そんな状態で…」
「フン、まぁ黙って見ているがいい。ピンチになるほど、俺よ強くなれ!」
勇者は願いを込めた。
邪神との戦いで実はかなり限界な俺だが、勢いで暗黒神まで引き受けてしまった。
しかし、男の意地は貫き通すことに意義がある。やってやろうじゃないか。
「さぁかかってこい暗黒神!情報保護の観点から、粉微塵に裁断してやる!」
「訳わからねぇこと言ってんじゃねぇぞゴルァアアアアア!!」
「はぁあああああああっ!」
ジャッキィイイイン!
「チッ…!その体でまだそこまでやれるのか、やっぱフザけたガキだわ!」
「貴様のように死んでも元気な奴もいるしなぁ!死など怖がっていられるかぁ!」
ガキィン!
「だが、時が経つほどに流れは俺に傾くだろう!テメェも終わりだなぁ!」
「そうかもしれんなぁ!」
チュィン!
「おぉっと隙アリィイイ!」
「隙じゃない!限界なだけだ!」
ガッキィイイン!
「死ねぇええええ!!」
「言われんでも死ぬわぁあああ!!」
勇者は強気に弱気だ。
それから更に打ち合うこと十数分。
負けるのはとっても不本意だがもう限界だ。いくらなんでも神と連戦はきっつい。
そろそろ「だ、誰だ!?」「久しぶりだな」「お、お前は…!」な展開が無いと死ねる。
「やれやれ、仕方ねぇ…たった今思いついた奥の手を見せてやるかぁ!」
暗黒神は嫌な笑みを浮かべた。
「ってお前が動くのかよ!ただでさえピンチだってのに容赦無さすぎだろ!」
「ハハッ、忘れたか?俺はなぁ、勝つためなら…手段は選ばねぇんだよ。」
暗黒神は邪神の首根っこを掴んだ。
「むっ!?な、何をする貴様…!?わらわに…」
「ちょっ、待てコラ!まさか…そこまでなんでもアリなのか!?」
「昔はアレだったが今は同じ死体同士…仲良くやろうぜ邪神よぉ!」
「ぐっ、放し…ぬぐぅううう…!」
「これが我が暗黒魔法の秘奥義…『暗黒合身』だぁあああああ!」
ピカァアアアアアアア…!
まばゆい光が暗黒神と邪神を包んだ。
なんと!暗黒神は邪神を吸収した。
「ハハハハッ!スゲェ、この湧き上がるパワー…素晴らしいぜぇ!」
「お、オイオイ…さすがにそれは反則だろオイ…?」
暗黒神の体からは、目に見えるほどのオーラが噴き出している。
見た目は暗黒神がベースだが、所々に邪神の面影も見て取れた。
「おっと、どうした小僧?さすがに強がる気にもなれねぇかぁ?ハッハー!」
「くっ…!仕方ない絞死、こっちも負けじと変形合体だ!」
「一人でやってください。」
「くっ、駄目か…!」
できてもやっちゃ駄目だ。
「ふむ…すまないが少し待ってくれ暗黒神。賢二に遺書の書き方を習ってくる。」
「あ?オイオイ、ついに諦めちまったのか?まぁ気持ちはわかるがなぁ。」
「ったく…邪神が、そして貴様が蘇り、更には合体だぁ?やりすぎ…だろうが…」
あんまりな状況に、さすがの勇者も心が折れたっぽい。
「ハハッ、知らなかったのか?時として悪夢ってのは、続くんだよぉ!死ねぇ!」
暗黒神、必殺の攻撃!
勇者は避ける気力も無い。
「勝ったぁああああああ!!」
ミス!勇者は幻のように消えた。
「…な…なぁっ!?お、オイオイ…この先の読める展開は…まさか…!」
暗黒神の背筋を嫌な予感が駆け抜けた。
「いや~、たまにはいいこと言いますねぇアナタも。」
どこからか、聞こえるはずの無い声が聞こえてきた。
「ば、馬鹿な!その声…貴様はあの日、あの城で…確かに死んだはず…!」
勇者もまた、嫌な予感で背筋が凍った。
「でも惜しい、続くのは“悪夢”じゃない…“奇跡”なんですよ。」
“コツッ、コツッ…”と背後から、誰かが近づいてくる音が聞こえた。
「まさか…あ、アナタは…!」
振り返った絞死が見たのは、なんと…死んだはずの父の姿だった。
「さぁ、授業の…始まりです。」
“悪夢”で合ってる気が。