【166】外伝
*** 外伝:勇者凱空Ⅵ ***
それは、凱空達が終を封じてから、五年が経過したある日のことだった。
「あれから、もう五年か…」
封印してから随分と経つが、我が未来の妻は未だ氷柱の中で眠り続けている。外から見つめるのもそれはそれで良いのだが、やはり切ないものだ。
気付けば俺も二十歳…元々は年上だったろう終の歳も、とうに追い抜いてしまったことだろう。
だが、蘇らせるわけにもいかん。やれやれ、思い通りにいかない女ってのはまったく…最高だな!
「お前もそうは思わんかカルロス?」
凱空がそう尋ねた少年の名は『カルロス』。またの名を『剣次』といった。
「でもさ凱空さん、振り回され好きってのは大抵報われないんだぜ?」
「確かに…そうかもな。だから念のため、『縦横無尽流』をお前に託すのだよ。」
「彼女と結ばれる日が来なかった場合に備えて…か。意外と用意周到だなぁ。」
「だが俺に子が生まれたら返してくれ。」
「いや、“技術”ってそんなもんじゃねぇだろ。習得より難しいよそれ。」
「とにかく、色々頼むぞカルロス。なんだか最近少し…嫌な予感がするのだ。」
「ヘッ、任せとけよ。墜落した宇宙船から救ってもらった恩は、必ず返すぜ!」
撃墜したのは凱空だ。
木になった柿を落とそうと石を投げたら宇宙船が落ちてきたのが、ちょうど一年程前。俺はその時拾った少年に、自分の持てる技術の一端を授けることにしたのだった。
「という、言うに言えない事情があるんだ。すまんなカルロス。」
「言ってる言ってる!アンタ全部言っちゃってるよズバリと!え、マジで!?アンタの犯行…!?」
「本当にすまん。だが、動揺している場合じゃないぞ?」
「…ああ、気づいてるぜ?腕試しには、ちょうど良さそうな状況じゃんか!」
剣次の攻撃!
ミス!謎の男は素手で止めた。
「チッ、気づかれていたか…生意気な小僧よ。」
「なっ、剣を素手で…だとぉ!?何モンだよアンタ!?」
「我が名は『途冥人』。残念だが俺には、いかなる物理攻撃も効かん。」
音も無く現れたのは、赤いマントを羽織った男。
後の二代目赤錬邪である。
だが、凱空が目を向けたのは…途冥人とは反対側にある木陰だった。
「ふぅ…やれやれ、やはり来てしまったか。いつか来るとは思っていたよ。」
「久しいなぁ『勇者』よ。返してもらいに来たぞ…我が主をなぁ。」
かつての強敵『帝雅』が現れた。
凱空の嫌な予感の正体は恐らくコイツだ。
「ふむ…すまんが帰ってくれストーカー。我が妻はとても嫌がっているぞ。」
「いや、その言葉はそのまま返そうこの誘拐犯め。」
悪い意味でいい勝負だった。
「だが、この俺の熱視線でも溶けない氷だ、貴様とてどうしようもあるまい?」
「フッ、この私が無策でやってくるほど愚かだと思うのかね?」
「なにぃ?これだけの魔法を解除できる魔導士なんて、聞いたことが…」
「あん?舐めんなよ?魔法も呪いも突き詰めれば根源は同じ。『呪術師』に、不可能は無ぇのさ。」
今度は成長した解樹が現れた。
「じゅ…じゅじゅちゅ師?」
凱空もやっぱり言えなかった。
「やれやれ、仕方ないな…。カルロス、まずは優先してじゅじゅちゅ師をなんとかするぞ。」
「ん?なんでだよ?嫁さんが目覚めるなら願ったりじゃねぇの?」
「だ、だってお前…そんな急に起きられても、心の準備が…」
「ウブだなオイ!ま、嫌いじゃねぇけどな。オーケー任せてくれ!修行の成果を見せてやるぜ!」
「おっと、そうはさせんよ小僧。貴様の相手はこの俺がしよう。」
「もちろんキミの相手は私だよ、凱空君。術式の邪魔は絶対にさせん。」
剣次の前に途冥人が、凱空の前に帝雅が立ちはだかった。
「フン、ダブルデートか…。だが男同士じゃ楽しめそうにないなぁ、残念だっ!」
凱空の攻撃!
ミス!帝雅は攻撃を防いだ。
「シムソー城では不覚をとったが、今の私に死角は無い。」
「マズいな…やはり手ぶらで倒せる敵ではないか。」
「なぁ凱空さん、俺の双剣を片方貸そうか?俺は片方でもなんとか…」
「いいや、油断はすべきじゃない。俺はまぁ…そうだなぁ、これでなんとかなるだろう。」
「なっ…貴様、そんなもので私の相手をするだと!?なんたる屈辱…!」
「フッ、安心しろ帝雅。コイツで戦うのは、初めてってわけじゃない。」
凱空は『ゴボウ』を構えた。
チュイン!
「ふぅ、まさかそれ程の腕前だったとはなぁ帝雅よ。あの時は風邪でも引いていたか?」
「氷と共に主が砕けでもしたら大変だからな、力をセーブしていたまでだよ。」
チュイン!チュィーーン!
「想像以上だぞ帝雅。互角とまではいかんが、この俺と戦える力を持つ者がまだいたとはな。」
「というか待て!なぜゴボウでそのような強度と金属音が出せるのだ!?」
「ハハッ、ちょっとした魔術の応用だ。ある程度の強度まで上げるくらい造作も無いよ。」
「なっ…それ程の芸当、誰に仕込まれた!?」
「フッ、“通信教育”だ。」
「やることなすこと規格外…やはり、“今のまま”で勝てる相手ではないか…!」
帝雅はマントを脱いだ。
なんと、その首には『呪縛錠』が付いていた。
「なっ…!貴様、そんな枷をつけたまま戦っていたというのか…!?」
「我が主に付けられたものだ。忠誠の証にと思っていたのだが…仕方ない。ハァアアアアアアアア!!」
なんと!帝雅は呪縛錠を引きちぎった。
力ずくで外すなど、本来ありえないことだ。
「…さて、ではそろそろ茶番はヤメにしようか凱空君。」
「確かに見違えたな。これは俺と互角…下手するとそれ以上か。」
「なかなかの洞察力だ。ならば抵抗が無駄なのもわかるだろう?」
「やれやれ…仕方ない、ではこの俺も奥の手を出すとしよう。さぁ現れるがいい、ゴボウの精霊達よ!」
凱空はゴボウを勢いよくバラ撒いた。
「ご、ゴボウの精霊…だと…?また私の知らぬ謎の秘術を…!?」
「フッ、勢いでやってみただけだとは言いづらい空気だな。」
「き、貴様ぁ…!」
ガッキィイイイイン!!
「ハッハッハ!やるなぁ帝雅よ!久々に血湧き肉踊る楽しい戦いだ、彼女との戦い以来だな!」
「フフッ、強がりも大概にしたまえ。豪快に血を撒き散らしながら何を言う?」
帝雅が本気モードに移行して数十分が経過。
楽しそうに振る舞う凱空だが、どう見ても劣勢だった。
「お、オイ凱空さん大丈夫か!?その血の量は…待ってろ、俺が加勢に…!」
「ッ!!来るなカルロス…!!」
「フハハハハ!そうか貴様にも枷があったか、ならば私が消してくれよう!」
帝雅の攻撃!
ミス!剣次には当たらなかった。
だが代わりに、凱空の顔面を斬り裂いた。
「ぐぉあああああああああああっ!こ、この俺の顔にぃいいいいいいいい」
「す、すまねぇ凱空さん…!俺のせいで…」
「ダンディーな傷跡がああああああっ☆」
「お、俺の…おかげで?」
剣次は混乱している。
「この実力差にその傷…終わりだな。大人しく死んでもらおうか凱空君。」
「…ふぅ、やれやれ…少し、間に合わなかったか。だが…死ぬ前で良かったよ。」
「何の話だ…?ハッ、この模様は…!」
帝雅は地面を見る凱空の目線に気付いた。
なんと!さっきのゴボウが『五芒星』を描いている。
「こ、これは…まさか…!」
「そう、ダジャレだっ!!」
「そんな馬鹿なっ!違うだろう、この手の模様は何かしら魔除けの…」
「フッ、勘がいいな。今の俺なら大丈夫とは思うんだが、“奴”を出すのは久しぶりなんでなぁ。」
凱空はおもむろに『守護神の兜』を脱いだ。
「む?一体何を…な、なんだその…邪悪なオーラは…!?」
「フッ、よぉ久しぶりだなぁ『断末魔』。少しでいい…俺に力を貸しやがれ。」
本気の凱空のお出ましだ。
ズバシュッ!!
「ぐわぁああああああ!!」
「ふむ…」
五芒星のおかげか俺の実力か、今のところ『断末魔』は制御できている。
前に乗っ取られかけたこともあるし油断は禁物だが、とりあえずはやれそうだ。
「ぐふっ、なんという力だ…!まさかあの状況から形勢が逆転しようとは…!」
「ならば俺に任せてもらおう!名高き『勇者』を討ったとあれば名も上がる!」
空気の読めない途冥人が割って入った。
どう考えてもこれからコテンパンにされる流れだが大丈夫か。
「退くがいい雑魚よ。お前なんぞ、推理モノなら最初の晩に死んでるレベルだ。俺の敵じゃない。」
「フン、聞いていなかったのか?俺は『魔欠戦士』だ、いかなる物理攻撃も」
次の瞬間、途冥人の左腕がフッ飛んだ。
「え…う、うぎゃあああああああ!う、腕が!俺の腕がぁあああああ!?」
「いかなる物理攻撃も…?フン、そんなの所詮、“人間レベル”での話だろう?」
「す、スゲェ…!こんなに強かったのかよ…!あと、いつになくシリアスだし!」
「下がっていろカルロス。周りに気を使う余裕は、ナッスィーーーン!だよん♪」
「ええぇっ!?」
凱空は突然壊れた。
「うぐっ、ど、どういうことだ…?性格が…真面目を保て…な…イェーイ!」
「いや~、どういうことだはこっちの話だよ。その程度で済むとか化け物かよアンタ?」
終の解呪の術式を中断し、解樹が合流してきた。
「じゅじゅちゅ師…そうか、貴様の仕業だな?貴様の、“呪い”の一種か。」
「ああ。『シリアス限界』…真面目な思考を抑制され、やがて精神崩壊に至る。」
「フッ…効かんなぁ全く効かんよ効かん。残念だが、この俺に呪いの類はちっとも機関銃。ズダダダダダンッ!」
「ヤベェめちゃくちゃ効いてやがるぜ凱空さん…!いや、いつも変な人ではあるけども!」
「ぐっ、貴様の…目的は何だ?呪いの押し売りが趣味ってだけの、ゲス野郎か?」
「…アンタさっき、『断末魔』って言ったろ?俺その呪い欲しいんだわ、くれねぇか?」
厄介なのは帝雅だけではなかった。
「うぐっ、に、逃げろカルロス…!もしくは、禿げろ…!」
「いや、禿げねーけど!でも逃げもできねーよ、アンタが死んじまう!」
「殺す!この腕の恨み、絶対に晴らしてくれるっ!」
「どうやら再度、形勢は逆転したようだな。今度こそ終わりにしてくれよう。」
意識を保つだけで精一杯の凱空、腕を斬られて逆上する途冥人、勝利を確信した様子の帝雅。
まだ実力が足りない剣次では、どうしようもない状況だった。
「ば、万事休すかよ…!」
剣が絶望しかけた、その時―――
「なっ、なんだこりゃ…!?まだ俺の術式は終わってないってのに…これは…!」
突如、邪悪なオーラが辺りを包み込んだ。
なんと!終を封じた氷がパリンと砕けた。
「……………」
「おぉ!ついに目覚めたか我が主よ!この日を心待ちにしていたぞ!」
「………」
ズッガァアアアアアアアアアン!!
「ギャアアアアアアアアアアア!!」
帝雅はボッコボコにされた。
つまり終は寝起きが悪かった。
「ふぅ…で、なんなんだいアンタらは?状況をわかりやすく説明してもらおうじゃないか。」
解樹の術で封印が弱まっていたようで、終は内側から自力で破って出てきてしまった。
尋常ではなく邪悪なオーラが周囲を包み込む。
「ひ、久しぶりだな終…さん。お…俺だぜ?俺が封印を解いてやっ」
ドッガアアアアアン!!
解樹は岩山にメリ込んだ。
「な…なん…で……」
「いや、なんとなく。」
「ひ、酷ぇ…!これが…『魔王』かよ…!」
終のあまりの非道さに、剣次はドン引きした。
「用も無いのに寄ってくるのが悪いんだよ、さっさと消えな。特にアンタ、顔が暑苦しい。」
「なっ…なんて無礼な女だ!いくら以前の『魔王』とて」
ズガンッ!
「ぶべらっ!!」
キラーーン☆
途冥人は星になった。
「ぐふっ!さ、さすがは我が主よ!味方にさえもその残虐な振る舞い…実に素晴らしい!」
なんと、最初に死ぬほどボコられたはずの帝雅が起き上がってきた。
嬉しそうなのでもしかしたらドMなのかもしれない。
「味方…?アタイは、あんなの仲間にした覚えは無いんだけどねぇ。」
「いや、彼らはアナタのために私が用意した『新魔王軍』の…」
「ん?あ~~~…やめたよ、それ。もういいんだよ。」
露骨に興味無さそうな感じの終。
その様子を見て、帝雅の雰囲気が変わった。
「な…なんだと…?」
「マオが半分抜けたからかねぇ、そういう欲求は全然無くなっちまったんだよ。だからもう…」
「ま、『魔王』を…やめるだとぉ?裏切りだ…これは、とんでもない裏切りだ!」
わなわなと肩を震わせる帝雅。
「あっそ。だったらなんだってんだい?」
「………す。」
「ハァ?何を言っ…」
「殺ぉおおおおおおおおおおす!!」
ズガンッ!
「ぶべらっ!!」
キラーーン☆
帝雅も星になった。
終の寝起きの悪さは凄まじく、帝雅も蹴り飛ばされて遥か彼方に消えた。
その後、解樹も岩壁から引き抜かれ、同じく蹴り飛ばされて星になった。
「ふむ、やっと会えたな魔王…いや、終よ。この五年、会えるのを待ちわびていたぞ。」
解樹が離れたからか慣れたからか、凱空は正気を取り戻していた。
まぁ『魔王』に恋い焦がれている時点で正気かどうかは怪しいが。
「五年…ハァ、アンタのしつこさはゴキブリ並みだねぇ。さすがのアタイも参ったよ。」
「そうか、じゃあ結婚しよう。」
「って早っ!敵同士からいきなり結婚て凱空さんアンタ…」
剣次はツッコミを入れかけたが、なんとなく無粋と思い直し、その場を離れた。
「…フン、そんな簡単な口説き文句じゃねぇ。こう見えてアタイ、意外にもロマンチストなんだよ。」
「ぐっ、ならば…夜空に輝く幾千の星たちよりも…」
「えっ…☆」
「キミの方が近い。」
「いや、そりゃそうだけども!不覚にも一瞬キュンとしかけたアタイの乙女心を返しとくれ!」
意外とチョロいのかもしれない。
「絶対に、幸せにする。」
「えっ…☆」
「この俺の、“四つ葉のクローバー”が!」
「アンタがしろっ!!」
「俺で…いいのか?」
「ハッ…!い、今のは単なる言葉のアヤで…!」
「フッ、まぁいいだろう。時間は腐るほどあるんだ。これからじっくり落としてやる…覚悟しておけ。」
「へぇ~、言うじゃないか。このアタイに勝てるとでも思うのかい?」
「まあな。なにしろ俺は…これまで一度も、負けたことが無いんだ。」
凱空は自信満々で言った。
だが想定に反し、凄まじく苦戦することになる。
結局、口説き落とすまでに…三年もかかったという。
そして、更にその翌年―――
「ぎゃああああ!もうダメェーー!死ぬぅううううう!」
「そんなこと言わずにほら奥さん!頑張って!ハイ呼吸法!」
「ヒッ、ヒッ、フォオオオオオオ!!」
「いや、旦那さんは黙っててください!」
「ヒッ、ヒッ、うっふぅ~~ん☆」
「奥さんは妙な色気出さないで!」
「ハーイ、生まれましたよー。」
「うぉおおおおおお!ラブリィイイイイイ!!」
勇者が生まれた。