【163】旧魔王城の試練(2)
シムソー国の旧魔王城で、勇者一行を待ち受けていた暗殺美両親。
父が盗子、無職を、母が絞死、土男流、忍美を相手に奮闘していた。
そして、その他のメンバー…勇者、賢二、姫は姿を見せぬまま、数日が過ぎた。
「ゼェ、ゼェ、きっついです…!もう駄目、死んじゃうですよワチ…!」
「ハァ、ハァ、ちょっと盗子さん、邪魔なんで下がってもらっていいですか?」
「ハァ!?絞死が床ブチ抜いて落ちてきたんじゃん!邪魔なのはそっち!」
「うぉー!疲れてもう動けないんだー!自分の体じゃないみたいなんだー!」
「し、しのみんも!しの」
最初は離れていた二組だが、色々あって合流していた。
「ふむ、どうだママ?ぼちぼち…終わりにするというのは。」
「ま、それが良さそうだよねぇ。そろそろ限界みたいだしね。」
当然、敵側も二人揃っていた。
「限界?フッ、甘くみるなと言ったはずですよ?私はまだ限界では…」
「…いや、もうやめておけ絞死。そういう意味じゃないんだ。」
舐められていると思い不快感を露わにする絞死。
そんな絞死を止めるため現れたのは、行方が知れなかった勇者だった。
「ゆ、勇者さん!アナタ一体今までどこに…!?」
「ん?風呂とか。」
「えっ、なんですそのお客様気分…?」
勇者はツヤツヤしている。
「勇者…そうかお前が凱空氏の子か。面白い、お前もかかって来」
「茶番はそこまでだオッサン。もういい、ご苦労だったな。」
「ッ!!」
「あ、もしかしてキミ…何か聞いちゃったぁ?」
暗殺美両親はバツの悪そうな顔へと変わった。
「ああ。地下牢に幽閉されてた“前城主”に聞いたよ、全てをな。」
城に入るや否や、早々に地下へと消えた勇者だったが、なんと地下牢でキーマンと接触していたのだという。
「やれやれ、迂闊だったな…。地下深くの牢だし、見つからないと思っていたんだが…」
「やっぱり変に情けかけずに消しちゃうべきだったねぇ~。」
どうやら勇者は、二人が会ってほしくなかった人物と遭遇していたようだ。
「問題無い、やっといた。」
「さっすが師匠だぜー!事情は知らないけど多分偶然のたまものなんだー!」
「へぇ~…やるねぇキミ。ねぇ、ウチにお婿さんに来ない?」
「ま、ママ!?俺は許さんぞ絶対!あさみんにお嫁さんはまだ早い!」
「フッ、悪いが盗子との二択でもない限り断る。」
「そーゆー身近な例えはかなりショックだからやめてくれる!?って、あんだけ仲悪い暗殺美に負けんのアタシ!?」
勇者の登場により、それまでの戦闘ムードが一転、急に穏やかな空気に。
当然、絞死は納得がいかなかった。
「勇者さん、つまりどういう意味なんですか?」
「フン、全ては仕組まれていたのさ。お前達雑魚どもを…鍛え上げるためにな。」
勇者は得意げに話し始めた。
偶然発見した地下牢で勇者が遭遇したのは、暗殺美両親に城を奪われたという、つまり前の城主だった男。
その男が言うには、なんと二人は敵ではなく、むしろ実力不足のまま大魔王に挑もうとする勇者達を、こっそり鍛えようとしていたのだという。そして、その事実を偶然聞いてしまったために前城主は捕らえられてしまったのだとか。
「で、でもさ勇者!街の人達は酷い目に遭ったって…」
「大魔王の裏をかくため…そうなんだろオッサン?」
「…ああ。下手に動けば大魔王軍に勘付かれる…そう考えた俺達は、お前達の方から会いに来るよう仕向けたのだ。立ち寄った強者に、民が自然と救いを求めるように…それはもうボッコボコにな。」
「大立ち回りだったよねぇ~。」
「理由はわかったけど『暗殺者』のスタンスとしては違くない!?」
とにかく目立ちたい性分だった。
「つーわけだ。つまり、コイツらは最初っからお前らを殺す気なんか無かったってわけだよ。踊らされやがって雑魚どもめが。」
「だったらもっと優しく修行つけてくれれば良かったのだ!手加減無しとか酷いのだあさみんパパ!しのみんトラウマなのだ!」
「フン、甘えた状況では人は育たん。真剣勝負に勝る修行は無いのだよ。実際、たかが数日で随分伸びただろう?まぁ…忍美は違った意味で伸びてただけだが。」
「だから手加減無しは酷いって言ったのだ!」
つまり忍美は戦力外のままだった。
「だがオッサン、なぜ俺達を使おうと?“最強の暗殺者夫婦”っつー呼び声が確かなら、自分らで討った方が早いんじゃないのか?」
「ふむ…大魔王とやらと面識は無いが、その配下…帝雅氏とは浅からぬ縁でな。」
「えっ、アンタらお父ちゃ…その、帝雅って人と知り合いなの?一体何が…」
盗子に問われた暗殺死は、少し考えてから話し始めた。
「この国はかつて、帝雅氏に支配されていた時期があってな。我々は彼に雇われ、この城にいたことがあった。まぁ…一年足らずのわずかな天下だったがね。」
「…なるほど、『魔王』か。」
「ああ、お前さんの母親にな。そしてその後は父の方…凱空氏に開放されたというわけだ。まったく騒がしい両親だな。」
「フン!俺に言うな、親は選べん。で?結局何が言いたいんだ?」
「かつて、とある占い師に言われたことがあってな。巨悪が世界を滅ぼさんとする時、すでに我らはこの世にいないと。ならば後進に託す他ないだろう。」
「また夜玄か…アイツそこかしこで何かと吹聴しまくってるなぁオイ。噂好きのオバちゃんかよ。」
「それに、幾度か彼らと斬り結んで痛感した。所詮我々は影に生きる者…正面切っての戦いでは到底及ばない。分はわきまえんとな。」
「その割に今なお表舞台に立ちまくりなのはなぜだ。」
「てゆーかアンタらが勝てない相手にアタシらが勝てるわけなくない!?どう考えても荷が重いんだけど!」
「いいや、そうでもないさ。『暗殺者』を極めた俺達だが、“個”の力しか発揮できん。だがお前達ならば…たとえ一個人では力が乏しかろうと、協力し合うことでいくらでも強くなるはず。まぁ…想定より戦力外が多くてそこそこ絶望的だが。」
やっぱり絶望的だった。
「やれやれ、結局俺らが頑張るしかないってことか…」
「あのさ勇者、全然話違うけど…賢二と姫はどこか知らない?」
「あぁ、二人とも途中で会ったぞ。姫ちゃんはいつもの感じで行き先は不明だが、まぁ大丈夫だろ。賢二の奴は…」
バンッ!
大きな音を立てて扉が開いた。
「ゆ、勇者君おかしいよ勇者君!」
「おっと噂をすれば…って、まるで俺がおかしいみたいな言い方はやめろ賢二。」
「いや、あながち間違っグヘッ!」
「で?何がおかしいんだ?“おかしい”と“盗子の顔”を入れて十文字くらいで答えろ。」
「何その国語の問題みたいな感じ!?てかそれ“盗子の顔がおかしい”以外に選択肢ほぼ無くない!?」
「あ、えっと、実は…」
遅れて来た賢二が言うには、なにやら空に怪しい雲と魔法陣が見えたらしい。
というわけで仕方なく、俺達は城の屋上…空の見える場所まで移動したのだった。
ゴゴゴゴゴゴゴ…
「ふむ、あっちの空か。確かにそれっぽいのが見えるな。アレは何だ?」
「むっ、あれは『業火竜召喚の陣』…!大魔王軍め、厄介な奴を…!」
どうやら暗殺死は、それが何かを知っているらしい。
「業火竜…そういや授業で聞いたことがあるな。確かすんごい炎を吐くと。」
勇者も対抗したが、名前から想像がつく情報だった。
「あー、頭が出てきたねぇパパ。ちょっとでも近づかれたら、この辺りは完全に火の海…かなぁ?」
「ふむ…まぁ炎を吐くまでには少し時間がかかる。その前に動けば、まだ可能性はある。」
厄介な敵ではあるものの、まだ絶望的な状況ではないらしい。
「よし、そうとわかれば善は急げだ。みんなで行ってサクッとブチ殺すぞ!」
「いや、無理だよ勇者君!いま行ったら死んじゃうよ!」
「ハァ?やれやれ、また臆病虫が沸いたか…」
「じゃなくて…!」
「言い訳するな賢二!俺は盗子が大嫌いだっ!!」
「せめて何かと比較してくれる!?それだとアタシが無駄に傷つくだけじゃん!」
むしろそれが狙いだった。
「言い訳じゃなくて…見てよ勇者君!あの方角…見るからに邪悪な、“毒の瘴気”が…!」
「毒…だと…?なんだか最近、そんな話題に触れたような…絞死わかるか?」
「まぁわかりますが…私じゃないですよ?盗子さんです。」
「え?アタシ…?あっ!あの車!?だったら不可抗力じゃない!?」
「チッ、そうか…事故った際に盗子が魔法で飛ばした、あの…!」
状況的に、絞死が用意した“猛毒”を燃料とする車が原因のようだ。
「猛毒か…確かに行くに行けんな。だがまぁ、そういうことなら放っときゃ死ぬんじゃないかオッサン?」
「いずれはそうかもしれないが、その前に一発吐くだろうなぁデカいのを。」
「じゃあ盗子、責任取って来い。」
「い、嫌だよなんでアタシだけの責任なの!?ああしなきゃアンタだって、あの時に毒で…」
「盗子よ…経験が足りない分は、勘と運に頼れ。意外性はお前がトップだぞ。」
「へ?どしたのおっちゃん、いきなり何…?意外性とか言われても喜びづらいんだけど…」
「絞死ちゃんはちょっと独りよがりだよねぇ。あと幻術にも頼りすぎかなぁ。」
「言いたいことは、まぁ少しはわかりますよ。少しだけ…ですがね。」
暗殺死と麻音は、一人一人に声をかけはじめた。
死地に向かう前にやるお決まりのパターンだ。
「土男流は、もう一段階上へと行ける資質を秘めていると見た。頑張れ。」
「なんかありがたい話っぽいけど、漠然とし過ぎてて意味不明なんだー!」
「しのみんは素早いけど…もっとおっきくならないと力がねぇ。牛乳飲みな?」
「それはもう何年か前に聞きたかったのだ!今さらお手上げなのだ!」
「無職はセンスが無い。」
「オチに使わないでほしいですが…」
「最後に、お前は…お前は…誰だ?」
「私は姫だよ。私にも一言ほしいよ。」
「いや、なんというか…多分、そういうとこだぞ。」
知らぬ間に合流していた姫。
暗殺死はわからないながらも的確に突っ込んだ。
「お前達…死ぬ気か?最強の暗殺者といえど、毒の瘴気相手じゃ生きては…」
「フッ、心配」
「してないが。」
勇者のカウンター攻撃!
暗殺死は続きが言えない。
「まぁ行ってくれるなら好都合だ。暗殺美には適当に伝えとくよ。」
「えっ、勇者君それってどういうこと…?もしかしてお二人は暗殺美さんのお父さんと」
「誰がお義父さんだぁああああああ!!」
「あ、もしかしてキミが賢二きゅん?そっかぁ~、そぉなんだねぇ~♪」
「へ?へ?なんで僕のこと知って…?」
「暗殺美が依頼したんじゃないか?暗殺の。」
「やるせないな、それ…」
それは暗殺美のセリフだった。
「ここから大魔王城までの間に、拠点になりそうな場所は無い。ゆえに恐らく次の戦いが…お前達の最後の戦いとなるだろう。心してかかれ、後は任せたぞ…若き戦士達よ。」
「アナタ方は…死ぬのが怖ろしくはないのですか?他人なんかのために…」
「他人じゃないよぉ絞死ちゃん。それに、あさみんのためでもあるし…ね。」
「未来は託したぞお前達。絶対に、大魔王を倒し…この世界を守っておくれ。」
「お、お父さ」
「誰がお義父さんだぁああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ…!!」
暗殺死は引きずられて消えた。
暗殺美の両親が城を出てしばらくすると、魔法陣からは巨大な火竜が現れた。
だがその竜は炎を吐くことなく倒れ、姿を消した。
そして…二人が戻ることもなかった。
「さて…じゃあ、気持ちを切り替えてこれからのことを考えるとしようか。」
「そ、そだね…悲しんでても前に進めないしね…。無職は何か案ある?」
「えと、まだ指定された秋には早いですし、みんなでもっと修行でもするです?」
「修行か…悪くない案だが、一人はタケブ大陸へと戻ってもらう。」
「へ?なんでここまで来て戻んなきゃなんないのさ?」
「この城を散策していた時、気になる文献を見つけたんだ。だから忍美、調べてこい。」
「えぇっ!?な、なんでしのみんなのだ!?仲間外れは嫌なのだっ!」
「お前…いつから仲間になったんだ?」
「今さらそれは無いのだ!そこはもう、なし崩し的な感じで頼むのだ!」
「ま、悪いが頼まれてくれ。お前のような優秀な忍びにしか頼めん、重要な用件なんだ。フッ、嘘も方便だが。」
「本音が!本音が全然隠しきれてないのだ!嫌なのだ嫌なのだ絶対に」
「…なぁ忍美、苦怨のことは好きか?」
「へ…?も、もちろんなのだ!」
「そうか、ならば…会いに行くか?(地獄に)」
忍美は泣きながら出て行った。