【162】旧魔王城の試練
絞死の用意した車に乗り、俺達はメジ大陸へと向かった…が、例の如く事故った。
車は衝突寸前に盗子が魔法で転送したため、どの地に被害が及んだかは謎だが、絞死が言った通り猛毒が燃料だとすると…まぁ考えるのはやめよう。
「やれやれ、まったく酷い目に遭った…が、どうやらナシ大陸は抜けたようで一安心だ。凍え死なずに済んだぜ。」
「多分アタシ、凄まじく環境に優しくない爆弾をどっかに落としたんだよね…」
「ところで絞死、メジ大陸ってどんな大陸なんだ?自慢じゃないが俺は全く知らんぞ。」
「殺戮・差別てんこ盛りです。逃げない人民はドMとしか言いようがないです。」
「なんだ、盗子の生まれ故郷か。」
「いや、アンタもだけどね…」
立場は真逆だが。
「さて、一応はメジ大陸に着いたわけだしあとは大魔王城に乗り込むだけだが…ぶっちゃけこのメンツで乗り込んでも勝てる気はせんな。」
「いや、でも賢二とか姫とかと合流し…ても勝てる気がしないね…確かに…」
出発前に気付けたことだった。
「ま、私は一人でもなんとかしますがね。」
「フン、それは“蛮勇”ってやつだぞ絞死。敵には大魔王、帝雅、暗黒神、竜神、女神、夜玄…少なく見積もっても六人は強敵がいるんだ。」
「そうだよ、どう考えても戦力不足だよ。こっち子供しかいないしさ…」
「では、とりあえず“コレ”でも上げておきますか?」
絞死は『招集玉』を取り出した。
<招集玉>
誰かを呼び集めたい時に使う花火のような感じのアイテム。
見るとなんとなく状況を察することができる。
「そうだな、盗子クサいし。」
「いや“消臭”と違っ…てゆーかクサくないからっ!!」
“盗子クサい”なのか単にクサいのか。
絞死の提案を受け、招集玉を打ち上げた後、一行は最寄りの街を目指した。
やってきたのは『シムソー国』の城下町。かつての『魔王:終』が城を構えたことで有名なその地で、勇者は玉の効果で誰かがやって来るのをしばらく待つことにした。
「ほぉ、悪が集う大陸なんて荒野のような地ばかりかと思っていたが、なかなかどうして栄えてる街もあるんじゃないか。いい飯が食えそうだ。」
「前の『魔王』が城を構えたという、いわく付きの地です。住民の気性は普通に荒いですよ。」
「やれやれ、困った支配者もいたもんだな。」
「いちいち突っ込むのもなんだけどアンタの親だよ…?」
(お、オイあれ…あれって、『勇者:凱空』だよな?)
(あっ、本当だ!あの蒼髪、間違い無ぇよ!だが全然老けて…むしろ若返ってないか…?)
少し離れた場所から、なにやらヒソヒソと話す声が聞こえた。
「ねぇ勇者、なんか噂されてない?親父の方と勘違いされてるっぽいけど…」
「ああ、気づいているさ。そして奴らが、何を考えてるのかってことも…な。シラを切り通すぞ。」
『勇者』にしてSS級の賞金首でもある父(罪状『食い逃げ』)のことなので、どうせろくな目には遭わないと判断した勇者は、無関係という線で押し通すことにした。
「よく聞け愚民ども!俺の名は勇者だ、親父…もとい凱空とは何の関係も無い!」
「いや、何そのあからさまな息子宣言!?」
「そうかい、やっぱり関係者か…」
先ほど噂話をしていた男達が近づいて来た。
だが勇者は逃げも隠れもする気はない。
「フン、バレちまっちゃ仕方ない。歯向かうならば…」
「た、頼む!お願いだ!この国を助けてくれ!」
なんと、歯向かうどころか助けを求められた。
「む…?なんだ、訴える系じゃなくまさかの正統派リアクションなのか?」
「奴らの…“あの二人”のせいで、ただでさえ悪かった治安が更に…!もう、限界なんだよ…!」
「限界…?違うな。人の語る“限界”の九割はただの“弱音”だ!まだやれる!」
「勇者、それ“搾取する側”の目線だよね…?」
「でも、私も似たような意見ですね。他人に頼ろうとか甘いんですよ。」
「気が合うな絞死。だがまぁいい、聞くだけ聞いてやろうじゃないか。貴様の奢りで、飯でも食いながらなオッサン!」
勇者は聞くだけのつもりだ。
街中で突然助けを求めてきたオッサンは、聞けばこの城下の護衛団の長なのだという。
食堂までの道すがら聞いた話によると、最近現れたある二人組に城を乗っ取られてしまい、そのドタバタをきっかけに治安が悪化し困っているらしい。
「ヘイらっしゃーーい!!」
護衛団長に連れられ、一行はとある食堂へと辿り着いた。
壁に貼られたメニューを見る限り、そこそこ斬新な創作料理が多い印象だ。
「では勇者殿、早速こちらのお願いを…」
「まぁ待て、まずはメシだろ。オイ店主、ここのオススメ料理は何なんだ?俺は味にはうるさいぞ。」
「あ、ハイ。人の…」
「えっ!人のっ!?」
「オイ、いちいち言い間違いに反応するなよ盗子。邪魔臭ぇ。」
「ハイ、『人の踊り食い』です。」
「全然言い間違ってなかったじゃん!人として間違ってはいるけども!何その邪悪極まりない料理!?」
治安が悪いとかの次元じゃなかった。
「人間か…フッ、未知の領域だ。」
「いやいや拒もうよ勇者!そこはもうさすがに拒んどこうよ倫理的に!」
だが、そうこうしているうちに店主は料理を運んできてしまった。
「さぁご賞味ください。どうぞ!」
「こ、こんばんわ…」
皿に乗った無職が現れた。
豪快にドレッシングをぶっかけられている。
「…よぉ無職。それは“私を食・べ・て☆”という捨て身の求愛行為の一種か?アイタタタだな。」
「いや、そんな赤っ恥さらすくらいならいっそ殺して欲しいです…」
「えっと…アンタ賢二と一緒に行ったはずだよね?やっぱ賢二もここにいんの?」
「あ、賢二さんはなんか優遇されてるですよ。たぶん今はお風呂に…」
「え、大丈夫?それ“下ゆで”じゃない…?」
勇者のジョークを真に受けて、アイスを買いに向かってしまった姫、土男流、忍美の三人を追っていたはずの二人だが、なぜかこの店に捕らわれてしまった様子。
「チッ、さすがは歴代の魔法が城を構える大陸だぜ…民間もなかなかに物騒じゃないか。姫ちゃん…無事ならいいが…」
「呼んだ?」
「呼んだ。まぁ呼んだくらいで出てきてりゃ苦労は…って、えっ!姫ちゃん!?」
「うん、姫だよ。」
なんと、何事も無かったかのように姫が現れた。
「さ、さすがだ姫ちゃん!逆にあっさり出てくるとか…相変わらず期待を裏切らない期待の裏切り方だな!ブラボー!」
「お久しぶりだね勇者君。約束のアイス…美味しかったよ。ハイ棒。」
「おぉありがとう。今度盗子が死んだら刺してみるわ、眼球に。」
「えっ!なに、死んでもなおイジめられるわけアタシ!?墓標にするって話じゃなかったの!?それはそれであんまりだけども!」
「うぉー!師匠だー!アイス見つけたのは私だから褒めてほしいんだー!」
「土男流までいたか。なんか仕組まれたみたいな状況だな。」
「しのみんもなのだ!しのみんもい」
「さて、じゃあそろそろ話だけでも聞いてやろうか。協力する義理は無いがな。」
思いがけず姫と再会できて気分が良くなった勇者は、ニコニコ顔で護衛団長に尋ねた。
「あ、ハイ。敵は、このシムソー国を乗っ取った悪の『暗殺者』夫婦…『暗殺死』と『麻音』です。」
若干身内の犯行っぽい。
護衛団長の口から出た二人の名は、かつて聞いたことのあるものだった。
そうか、暗殺美の…。協力する気はさらさら無かった俺だが、少し気が変わった。やってやろうじゃないか。
「伝説の暗殺者が相手か…フッ、肩慣らしにはちょうどいいかもしれんな。」
「ちょっ、アンタ本気!?相手は暗殺美の両親なんだよ!?」
「だからこそな。」
「それでこそ師匠だぜー!やっぱり絶対敵に回したくないんだー!」
「このことは賢二には言うなよ無職?アイツは絶対反対しやがるからなぁ。」
「いや、言うなもなにも…」
もうじきゆで上がる時間だ。
その後、なんとか生きていた賢二も合流し、俺達八人は敵のいる城へと向かうことにした。
かつての魔王城『シムソー城』か…なかなか興味深いな。
「ふむ、ここがシムソー城か。いかにも邪悪な造りだな、旧魔王城なだけある。」
「あ、あのさ勇者君、今回の敵ってどんな人達なの?やっぱ悪い人…?」
勇者は面倒なので本当に何も言わずに賢二を連れ出していた。
「ん?まぁ気にするなさ。これから死ぬ奴の名なんか知っても意味無いのさ。」
「ちょっ、勇者!?何そのさりげなくないヒント!?」
特に隠す気もなかった。
「まぁ安心しろ、一人は俺が片付けてやる。残りはお前がやるか?絞死。」
「ええ、一人は私がもらいますよ。強さの証明を…したいのでね。」
「じゃあ残りは私が食べるよ。」
「何と勘違いしてんの姫!?食べ物じゃないしそもそも残る計算でもないよ!?」
「気をつけろよお前ら?敵は殺し屋だ、どんな罠があるかぁぁぁぁぁぁぁ…」
勇者は鮮やかに落下していった。
「ハァ…やれやれですね。アナタ方は、なんというか…ボケなきゃいけない決まりとかあるんですか?」
「わざとじゃないんだろけど…随分前に同じような展開を見たような気がするから否定しきれないんだよね…」
呆れる絞死と、フォローしきれない盗子。
「ニューかくれんぼ…やるね、勇者君。」
「“鬼”が隠れるとか反則だよね…」
相変わらず受け止め方がおかしい姫と、しれっと毒を吐く賢二。
「にしても、兵隊さんが一切いないのだ!なんか逆に怖いのだ!」
「あ、確か敵さんはご夫婦だけみたいですよ。自信の表れですよね、それ…」
怯える忍美と、諦めのいい無職。
「び、ビビッたら負けだよみんな!きっとなんとかなるよ!」
「どうにかなっちゃうね。」
「おっかないこと言わないでよ姫!だだだ大丈夫、ウチら六人なら…ってまた一人減ってるぅーーー!?」
土男流はどうにかなってた。
勇者の次は土男流が消えた。
果たして誰かしら、無事に敵まで辿り着けるのだろうか。
そして、時が過ぎ―――
~城内:最上階~
「ハァ、ハァ、凄まじい、トラップの嵐、でしたね…」
息を切らしながらも、なんとか最上階まで辿り着いた絞死。
「返事…無し。」
だが絶望的な状況だった。
「…ん?あ、いらっしゃ~い♪待たせちゃったかな?」
「どうも初めまして。アナタが『麻音』さん…ですね?」
暗殺美の母『暗殺者:麻音』が現れた。
絞死は静かに拳を構えた。
「あ、ちょっと待ってね。お茶でも…」
「いえお構いなく。私はアナタ方お二人を、片付けに来ただけですから。」
「え、二人?ん~、それはチョ~ット難しいかなぁ。」
「…子供だからといって、甘く見ないでほしいものです。」
「いや、そうじゃなくてパパ…買い物に出たきり…」
その頃―――
「うぉおおおおおおおお!!」
「こ、この人が…!」
「伝説の…暗殺者…!」
無職と盗子の前に立ちはだかっていたのは、『暗殺者:暗殺死』。
なぜか雄叫びを上げている。
「やっと人に会えたぁあああああああ!!」
巧妙な罠が裏目に。
罠にかかった先で、盗子と無職は暗殺死に出会っていた。
どう足掻いても勝てる気がしない二人は、とりあえず説得から入ることにした。
「というわけで、国民さんは困ってるですよ。支配とかやめてもらえないです?」
「てゆーか、娘の友達に手ぇ上げたりしないよ…ね?」
「そうか、じゃあ死のうか。」
「ちょっ、聞いてぇええええええ!!」
暗殺死の攻撃。
二人は死に物狂いで避けた。
「オイオイ、そんな実力でこの俺を殺しに来たのか?あきれたものだな。」
「あきれたのはこっちだよ!娘の女友達に襲い掛かるとかありえないよ!」
「逆らうなら愛娘とて容赦はせんよ。『おヒゲすりすりの刑』とかしちゃう。」
「確かに地味にイヤな技ではありますが…!」
「まぁ安心しろ、お前達は普通に殺す。」
「それで安心しちゃうドMがいたら会ってみたいよ!死にたくないよっ!てゆーか暗殺美に嫌われてもいいっての!?」
「もう…手遅れさ…」
「そ、そっか…」
盗子はちょっと同情した。
というわけで戦い始めた盗子達だったが、やっぱり全然相手にならなかった。
「ハァ、ハァ、全然、当たんない…!動きが、早すぎるよっ…!」
「ふむ、『技盗士』か…。センスはともかく、熟練度が全然足りないなぁ。」
「ハァ、ハァ、ワチはこれでも、結構、鍛錬してるですが…!」
「お前はセンスが全く無い。」
「死にたい…」
無職は手の打ちようがなかった。
「まったく、もう一度言うが…こんな実力で俺に…いや、あの大魔王に挑む気だったのかお前達?自殺したいなら自分で死ね。」
「う、うっさいよ!それでも…それでもやんなきゃなんないんだから、しょーがないじゃん!」
「…フッ、ならば仕方ない。協力してやろう。」
「えっ!ホント…!?」
「俺が、殺してやる。」
盗子らが死にそうな感じになっていた頃、麻音と戦っていた絞死もまた、凄まじく苦労していた。
ドガァアアアアアアアアン!!
「ハァ、ハァ、さすがは『暗殺者』…素早さは尋常じゃないですねぇ。」
「ん~、キミもその歳にしてはなかなかだけど、チョ~ット荒いかなぁ。疲れちゃうよぉ?」
「フッ…ご忠告、感謝します。」
絞死は三人に増えた。
「だ~か~ら~、増えても無駄だってばぁ。『幻体』なんて疲れるだけ…ぐっ!」
麻音に50のダメージ。
「フフフ…まぁ幻ですからねぇ。見えないもう一人がいても、不思議じゃない。」
「…テメェ。」
麻音の雰囲気が変わった。
「やっと本気になってもらえたようで嬉しいです。これで腕試しになる。」
「フン。舐めてんじゃないさ、一人じゃ無理さ。…いるんだろしのみん?出て来きな!」
麻音は柱の方を睨みつけた。
陰から忍美が震えながら現れた。
「いっ!い、イヤなのだ!怒ったあさみんママは鬼みたく」
「鬼みたく…?」
「す、素敵なのだ…」
一応フォローしたが無理があった。
絞死に一撃もらってキレちゃった麻音。
その後、合流した土男流も含めた三人で挑んだが…事態は好転しなかった。
「オラオラァー!さっきまでの威勢はどこいったのさ!?」
「くっ…!まさかこれほどの実力とは…!」
「こんなのまだまだ序の口さ。これから更なる地獄を見ることになるのさ。」
「うわーん!ちっちゃい頃のトラウマが蘇るのだー!」
「今でも十分ちっさいくせにホザいてんじゃないのさクソガキがー!」
「うぉー!こんな状況だと知ってたら隠れてたんだー!迂闊だったぜー!」
「さぁ全員まとめてかかって来いさ。正々堂々、受けて立ってやるのさー!!」
基本的に“暗殺”はしない。