【161】外伝
*** 外伝:勇者凱空Ⅴ ***
俺の名は凱空。イケメン真っ盛り十五歳の『勇者』。帝都を離れ三年が経ち、今は『メジ大陸』にいる。
基本的にやる気は無いのだが、今回ばかりは仕方ない。『魔王』を…討つのだ!
「よし、じゃあ入るぞみんな。敵は顔すら知られていない猛者だ、油断するな?」
大魔王城の城門前に立ち、凱空は四勇将の四人(秋臼、妃后、拳造、無印)に注意を促した。
「フッ、何のスイカも無い。我がスイカの前ではな。」
「早く終わらせてご飯行こうよ、凱空君。」
「ま、雑兵の相手は任せろや。俺がまとめて吹き飛ばしてやらぁ。」
「敵は強大…ぢゃがワシらならば、打ち滅ぼせよう!」
「そうか、ならば行くぞ!なるべく死なずに…ついて来い!」
凱空は扉を開けた。
「…ん?」
『魔王:終』が現れた。
展開が急すぎる。
「ふむ、女一人…か。正直女に手を上げるのは本意ではないが、敵であるなら仕方ない諦めよう。」
当然、凱空は相手が『魔王』だとは知らない。
「敵は一人…まずは俺が行く。皆はネットリと見ていてくれ。」
ガコンッ!
凱空は華麗に罠を踏んだ。
ビリビリビリビリッ!
「なっ…ぐわぁああああああああ!!」
「ん…?アハハハ!おやおや、まさかこんな簡単に引っ掛かるとはねぇ!」
「こ、この痺れるような感覚…まさか、これが…!」
これが、恋!?
スタンガンの一種だった。
一目見た瞬間…の、ちょっと後に走った電流のような感覚…間違いない、恋だ。
よく見ればかなり好みな顔立ちのような気もする。年上の美女…悪くない。後は少々気が強ければ満点だ。
「やれやれ、なんだいアンタら?ここらじゃ見ない顔だねぇ…名乗りな。」
「フッ、俺か?よくぞ聞いてくれた。俺の名は」
「ゴチャゴチャ言ってると指とツメの間に爪楊枝差し込むよ?」
自分で聞いておいてあんまりな仕打ちだった。
だが―――
「ほ…惚れたっ!!」
凱空の方が普通じゃなかった。
「えっ…?」
「え゛えぇっ!?」
「…へ?」
妃后は驚いた。
無印は驚いた。
魔王は驚きあまり絶句した。
「俺の名は、『勇者:凱空』。お前を…嫁にもらいに来た男だ!!」
凱空は目的が変わった。
「なっ、『勇者』…だって…!?」
「というわけで、一目惚れした!すぐに嫁入りの準備をしてきてくれ!」
「なっ…ちょ、ちょっと待ちな。アンタ、自分が何言ってるかわかってるかい?こんな状況でプロポーズとか…」
「俺はとてもワクワクしている。もはや当初の目的も思い出せん。」
「ハァ、なんてこったい…。こんなのが、アタイが待ち焦がれた『勇者』だってのかい…」
「なっ…ま、待ち焦がれた!?まさか既に両想いフラグが立っていたとは!」
「いや、立ってないから!くっ、あんのクソ占い師…今度会ったらシバく…!」
終はかつて、占い師に“汝の生涯を左右する者が現れる”と告げられていた。
「よし、では質問タイムだ。まずはスリーサイズを真ん中から教えてくれ。」
「上から聞けっ!いや、教えないけどね!?なんで『魔王』であるアタイが…」
「ま、魔王…だとぉ!?」
「フフッ…そうさ、そうなのさ!何を隠そう、このアタイこそが」
「愛に障害は付き物だ。問題ない。」
「問題大アリだろ!?どこの世界に『魔王』を口説く『勇者』が…」
「そんな細かいことは気にせず、俺と結婚してくれ。絶対に、一生をかけて幸せにしてくれ!」
「いや、アンタがしろや!」
「ああ任せてくれっ!!」
「あ、違っ、ちょっ…!」
「…おっと待ちたまえ。我が主にこれ以上ちょっかいを出すのは、やめてもらおうか。」
現れたのは若き日の帝雅。
魔王はその隙に上へと逃げた。
「なっ…ま、待ってくれハニー!くっ、追ってくれ無印!」
「はいな!」
「おっと、悪いがキミは通さないよ。キミが『勇者』なんだろう?ならばここで、死んでもらうことにしよう。」
「フッ、それはありえん。俺は今、人生稀に見る程に…やる気に満ちている。」
ここから二人の因縁が始まる。
「おっとぉ、邪魔はさせねぇぜぇ?」
そして…もう一つの因縁もまた、この時に始まっていた。
「ん?なんだキミは?邪魔をしないでもらおう。」
「おぉ、拳造…頼めるか?」
「ああ、行って来いや。この貸しはまぁ、今度酒でも…な。」
「わかった。たらふく飲んで、一緒に走ろう!」
「いや、金払えよ。」
凱空は無視して走りだした。
拳造に後を任せ、俺はハニーを追って上の階を目指した。
無印らが先に行ったはずだが、道すがら多くの兵と遭遇…ということは、途中の分岐で俺は道を間違えたのだろう。
だがまぁ最上階で会えるだろうから気にせず進もう。
「ふむ、だいぶ上まで来たな…最上階はそろそろか?無駄な時間がかかるし、もうこれ以上敵に会いたくは…む?」
「ちょっとぉ~、こっちの道選ぶとか超迷惑ってゆーかぁ~?」
廊下の隅から男似が現れた。
「…む?お前は確かオカマバーの…。随分印象が変わったが、何があった?」
「説明とか超ダルいんですけどぉ~。」
「なんだオイ、あまり邪険に扱うと泣くぞオイ。」
「じゃあ死ねばぁ~?」
二人が以前に会ったのは十年近く前。
その頃は凱空に軽くあしらわれた男似だったが、すっかり様子が変わっていた。
「くっ…!前は握るのも躊躇していたその大鎌…それのせいか?どんな心境の変化だ?」
「…ま、事情が変わったってゆーかぁ?なりふり構ってらんない~みたいな?」
「なるほど、鎌だけにか。」
「マジ死ねばいいんじゃな~い?」
「フッ…面白い。枷が外れた貴様の実力…見せてもらおうか!」
「ハァ~?超ウザ~。」
フッ、ちょっともう辛い。
凱空は心が折れそうだ。
ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ…!
「この揺れ…無印達と彼女の戦いも、どうやら佳境のようだ。間に合うか…!?」
なんだかんだで男似を退けた凱空は、愛しの魔王が待つ最上階を目指して猛ダッシュしていた。
そして―――
~魔王城最上階:終焉の間~
「さぁやって来たぞこの俺が!何をしにって?それはもちろんお迎えにっ!」
「ん…?おや、やっと来たのかい。でも…少しばかり遅かったねぇ。」
なんと!先に行った無印、妃后、秋臼の三人は全員倒されていた。
「お、遅かった…?おぉ!そんなにも待ってくれていたのか!」
「いや、少しは仲間を案じてやりなよ!アンタ目ん玉ついてないのかい!?」
「心配したって傷は治らない。まぁ生きてるようだし、問題は無いさ。」
「ハァ~…。で、これからアンタはどうする気だい?まだ同じ茶番を続ける気じゃないだろうね?」
「…聞くが、お前の好みの男とはどんな奴だ?」
「フン!残念だけど無いのもねだりさ。このアタイより…強い男なんてのはね。」
「フッ…いやいや、俺は一人だけ知っているぞ?今から、会わせてやろう。」
凱空は珍しく本気だ。
そして、未来の妻との戦闘が始まった。
だがさすがは『魔王』…クソ強い。間違いなくこれまで出会った中で最強だ。
「ハァ、ハァ、まさかこの俺に、片ヒザをつかせる人間が、存在しようとはな。」
「ハァ、ハァ、アタイも、驚きだよ。アンタ…ホントに人間なのかい?」
「どうだ、惚れたか?」
「フン、気の早い男だねぇ。この程度でアタイに勝った気に…ぐっ!うぅ…!?」
なぜか急に魔王が苦しみ始めた。
「むっ、どうした!?まさか…“つわり”か!?お前の方こそなんて気の早い…」
「ぐふっ、ま、待ちな…!“アンタ”は…引っ込んで…うわぁああああああ!!」
魔王から邪悪な波動がほとばしる。
「そうか、どうやら噂の『魔神』がお出ましのようだな。まったく無粋な真似をしやがる。」
「…フッ、普段は隙の無い女なんだが…なぜか今日は珍しく動揺していてねぇ。うまいこと主導権も奪えたし…急遽だが、選手交代だ。」
「ま、構わんよ。無事に救い出せば株も上がるしなぁ。さて…だが、どう傷つけずに倒すか…」
凱空が辺りを見渡すと、秋臼、妃后、無印の三人が気が付いたらしく、ちょうど起き上がろうとしていた。
「さぁみんな、そろそろお目覚めの時間だ!秋臼、奴の動きを止めろ!」
「意味がわかりかねる。」
「スイカを…スイカするんだ!」
「ふむ、任された。」
「妃后、『退魔封印』の準備に入ってくれ!無印は援護を!」
「うん、オッケー凱空君!」
「任せんしゃい!して、ダーリンは?」
「俺には探し物があるんだ。絶対に見つけ出すよ…『四つ葉のクローバー』!」
「いや、なんでだよ兄ちゃん!?こんな城内にあるわけないし、仮にあっても今じゃねぇだろ!」
「さっきハニーが俺に“幸せにしてくれ”…とな。まぁ亀にはわかるまいが。」
「多分だが間違ってるのはお前だと思うぜ!?」
亀吉は釈然としなかった。
「ゼェ、ゼェ、こいつは…なかなかしんどい敵ぢゃぞい…!」
「ふむ、悪しきスイカの分際で、なかなかのスイカよ…!」
それからしばらく攻防戦が続き、そろそろ限界が近づいてきた。
「くっ、ここまでか…!準備はどうだ妃后!?いけそうか!?」
「い、いけるよっ!あんな邪悪なのを自分の体に入れるとかかなり抵抗あるけど、考えたら負けだよね!」
「妃后よ、お前は純血の退魔導士だから、多分耐えられる!と思いたい!」
「あ、うん!任せてよ凱空君!」
ピカァアアアアアア!!
「むぐっ!?な、なんだいこの光は…!?力が…失われていく…!」
妃后は『退魔封印術』を発動した。
マオは見るからに苦しんでいる。
「…けど、負けられないねぇええええええええ!!」
だが、マオのパワーは強大すぎた。
「…ギブ!」
なんと!先に妃后が音を上げた。
「ちょっ、マジか妃后!?チッ、やはり無理があったか…!仕方ない、じゃあ任せた無印!」
「えっ!家庭を!?」
「すまんが生涯独身を貫いてくれ!今はなんとか魔王を封印するんだっ!」
「気持ちはわかるが兄ちゃん、前半のえげつねぇのは要らねぇ気が…!」
「グスン…いいぢゃろう!永久に氷漬けにしてくれるっ!〔絶・対・零・度〕!」
無印は泣きながら〔絶対零度〕を唱えた。
〔絶対零度〕
賢者:LEVEL60の魔法(消費MP300)
氷系最上級魔法。独身・恋人無しのまま迎えるクリスマスくらいクソ寒い。
ヒュオォオオオオオオオオオ!!
「ぐわぁああああああああああ!!」
会心の一撃!
魔王は氷の柱に封じ込められた。
稀に見る見事な連携で、なんとか魔王を封印することに成功した俺達。
本当はマオだけ封印できれば良かったのだが、この際仕方ない。良しとしよう。
「厳しい…戦いだったな…」
「お前なんもしてねぇけどな。」
「フッ、オイオイ見くびらないでくれ亀吉。ちゃんと見つけたぞ?」
「いや、クローバーはどうでもいいよ!戦えってんだよ!…でもよく見つけたなオイ!」
「安心しろ。順番は変わったが、それはそれで…ちゃんとやるさ。なぁオイ?」
凱空は振り返らずに言った。
帝雅が現れた。
男似が現れた。
「き、貴様ら…よくも我が主を…!許せん!許せぇええええええん!!」
「ちょぉ~~~、ムカつくってゆーかぁ~?」
「さて、じゃあ後片付けといくか。ゴミ掃除は相変わらず…嫌いじゃないんだ。」
詳細は想像で補ってください。
そして、戦いは終わり―――
嫁の入った氷柱を担ぎ、俺は知り合いのいる島『カクリ島』へと移り住むことにした。
本当はマオだけ再封印を行いたかったのだが、失われた太古の退魔術をまとめた魔術書『天地封印術典』の解読が全くうまくいかず、諦めざるをえなかった。
ちょうどペルペロスを貸し出す約束もしていたし、しばらくはこの島で大人しく過ごすとしよう。
「お前達にも、随分と世話になったな。皆はこれからどうするんだ?」
「俺は宇宙に出るぜ。男なら、でっけぇ夢を語らねぇとなぁ。」
「じゃあワシも拳造についていこうかねぇ。次の恋を宇宙に求めるもまた一興ぢゃて。」
「ま、まだ諦めねぇんだなムーちゃん…」
「ワシはまた、新たなスイカを求めさすらおう。それがスイカのさだめだ。」
「私もしばらくフラフラするよ。素敵な出会いとか落ちてないかな~。」
どうやら四勇将はそれぞれ旅出つつもりのようだ。
「そうか…ならば、しばしの別れだな。まぁ、いずれ会うこともあるだろう。」
「その時は、戦いぢゃなくのんびり茶でも飲みたいもんだのぉ。」
「ヘッ、俺は酒がいいけどよぉ。」
「美味しいお菓子があるなら来るよ♪」
「ワシもスイカを持参しよう。」
「フッ…そうだな。世界が真の平和を手に入れた時…その時に、また会おう!」
こうして五人は再会を誓い合った。
だがこの全員が揃うことは、二度と無かった。