【016】三号生:五錬邪襲来
親父によると、なにやら『五錬邪』とはそもそも親父が十歳の頃に作った組織なのだそうだ。
どう聞いても悪党のような名だが、一応正義の味方として活躍していたという。
「ふーん、そうなのか。で、ちなみにどんな正義の活動してたんだ親父?」
「ん?んー、主に『ゴミ掃除』とか?」
「ショボッ!そりゃ“正義”じゃなくて“善意”のレベルだろ!」
「時給とか結構渋かったですよね。」
「金は取るなよ!バイト感覚か!」
そんなふざけた活動をしていたという、“正義の味方(自称)”の五錬邪。
だが親父が脱退して二代目赤錬邪が現れたのをきっかけに、組織は悪の道へと走り始めたのだと黄錬邪は言った。
「ふーん、なるほどな。“五”錬邪なのに脱獄囚は四人ってのが気にはなっていたが…そういうことだったのか。」
「うむ。黄錬邪はむしろ、彼らの悪事を止めようとしていた側だからな。」
親父は少し寂しそうな目をしている。
黄錬邪も同じなのか俯いて何も語らず、しばし無言の時間が流れた。
「さて…では挨拶も済みましたし、私はそろそろ…」
そう言うと、黄錬邪は去っていった。
終始仮面とマントを取らなかったのは、何かの罰ゲームだろうか。
そして翌日、遠足当日。
黄錬邪の調べによると、敵は東の『六つ子洞窟』付近にいる可能性が高いとのことなので、俺は適当に仲間を募って襲撃することにしたのだった。
「ふぅ~、やれやれ。クジ引きだから仕方ないとはいえ、まさか貴様らなんぞとチームになるとはな…」
露骨に嫌そうに呟く勇者を、同じく露骨に嫌そうな顔で睨み付ける暗殺美。
「愚痴りたいのはこっちの方さ!アンタは私の敵なのにさ!」
三号生になってからのクラスメートである暗殺美は、密かに好意を寄せていた賢二を見殺しにした勇者を未だに恨んでおり、事あるごとに二人は敵対していた。
「ま、まあまあ!仲良くしようよ!ねっ?」
そう言って二人の間に割って入ってきたのは、おっとりとした目をした温和そうな少女。
肩に掛かるか掛からないかといった長さの黄緑色の髪に、金魚鉢をひっくり返したような半球状の水色の帽子がトレードマークだ。
「チッ、また別の意味で邪魔臭いな奴が…」
この協調性の高そうな奴は、同じ三号生でB組の『巫菜子』。職業は確か『巫女』だったか。
霊魅の『霊媒師』と被ってるような気もするがそうではなく、霊媒師が操るのは『死霊』で巫女は『精霊』なんだとか。
攻撃的な暗殺美はもちろん気に食わんが、コイツはコイツでこの優等生感がなんだか気に食わん。
この手の輩は心の中で何を考えてるかわからんからな。
結局、その他の奴らも含めると十人くらいのチームになったものの、見た感じどいつもこいつもパッとしない。
結局今回も俺が頑張るしかないのだろう。
「だがまぁ、行き止まりだけはどうにもなぁ…」
この六つ子洞窟は、その名の通り六つの洞窟でできている。
何かの魔法でもかかってやがるのか、その内部構造は時間が経つごとに変化するため地図が存在しない。
俺達もここに来るまでにはだいぶ歩いた。
もし本当にここに五錬邪がいるのなら、他の五つの穴のうちのどれかで恐らくもう戦闘は始まっているのだろう。
「やれやれ、どうやらここにはいなかったようだな。戻って他の穴に…」
「うっぎゃあああああああああ!!」
勇者が言い終える前に、どこかから少女のものらしき絶叫が木霊してきた。
「悲鳴…!?壁の向こうから聞こえるさ!きっと隣の穴に敵がいるのさ!」
「確かか暗殺美!?チッ、今の色気もへったくれも無い叫び声…盗子か!!」
その時、隣の洞窟では―――
「ケッ、逃げ足だきゃ一人前な小娘だぜ…。いい加減諦めやがれ!」
壁際に追い込んだ盗子に向かって凄むのは、巨漢の敵。
スイカ割り魔人と同じく身長は2メートル近いが、体格としてはさらに一回り大きく見える。
黄錬邪と同じような仮面と群青色のマントに身を包んでいることから、どう考えてもこの男が『群青錬邪』と思われた。
「い、イヤだー!死にたくないよー!!」
全力で泣いて嫌がる盗子。
だがそんな盗子を庇うように立ちはだかる影があった。
もちろん勇者ではない。
「大丈夫でござる!悪党の好きにはさせないでござるよ!」
「えっ!?やった、もう一人生きてたー!…って、誰だっけ??」
見覚えの無い少年。見るからに『忍者』っぽい格好をしている。
「拙者は二号A組の『法足』。歴代最強と呼ばれし『忍者』でござる!」
そう高らかに名乗りを上げると、ふんぞりかえる少年。
二号生ということは盗子よりも一つ下だが、小太りのその体は三号生の平均よりも大きかった。
「ほぉ、最強…?そうか、歯ごたえのある奴もいやがったのか!」
“最強”を名乗った少年の、その自信に満ち満ちた表情と言動に群青錬邪も食い付いた様子。
「フフッ…悪はただ潰えるのみ!我が伝説の秘奥義、『忍法:木の葉乱舞』を食らうがいいでござる!」
印を結ぶような感じで手を組み、奥義を唱えんとする法足。
先ほどまでとは打って変わって、なんとかなりそうな空気が漂い始めた。
死を覚悟していた盗子も期待が高まる。
「わーい、いいぞー!やっちゃえマッタリー!」
「ハッタリでござる!」
「あ、ご、ゴメン!やっちゃってよハッタリ君!」
すると忍者の少年は、どこか遠くの方を見つめながら改めて叫んだ。
「ハッタリでござる!!」
盗子は意味がわかった。
「ッ!!?」
「なっ、ど、どうしたのさ勇者…!?」
急にビクッと何かに反応した勇者に驚く暗殺美。
勇者は壁を軽く蹴飛ばしながら答えた。
「あぁ…いや、なんでもない。にしても…どうにかならんのか?この壁は力技じゃブチ抜けんぞ。かといって入り口まで戻ってちゃ間に合わん。」
「ふーん。なにさ、アンタ盗子なんかを助けたいのかさ?普段あんな扱いしといて意外と…」
「モタモタしていて敵が他の奴に倒されたらどうする!?『勇者』として手柄は譲れんのだ!!」
「いや、少しは考えてやんなきゃ死んだあの子も浮かばれないさ。」
「いやいや、二人とももうちょっと無事を祈ってあげない…?」
そう言うと巫菜子は、錫杖を手に何かを念じ始めた。
「大丈夫、ここは私に任せて!さぁ、いでよ…『大地の精霊』!」
巫菜子が唱えると、岩壁が盛り上がり、人型の老人の姿が浮かび上がった。
それはただの立体的な壁画のようにも見えたがそうではなく、ゆっくりとだが動いており、その動きに合わせて岩壁はまるで扉のように開いた。
「うわっ、凄いさ!アッと言う間に繋がっちゃったさ!これが『巫女』の力…!」
「さ、行こう勇者君、暗殺美ちゃん!みんなが危ない!」
こうして、巫菜子が呼んだ大地の精霊の力により一瞬で隣の穴に移動できた俺達。だがそれでも…どうやら少しばかり遅かったようだ。
辺りを見回すと、既にピクリともしない奴らが十人ほど転がっていた。
「ひ、酷い…こんなのって…」
「チッ、全滅…だと…!?」
あまりの惨状に、巫菜子だけでなく勇者まで絶句してしまった。
だが倒れていた盗子に駆け寄った暗殺美から朗報が。
「あっ!大丈夫さ、盗子は気を失ってるだけさ勇者!」
「なにっ!?おぉ、そうか!無事だったのか!! …チッ。」
(な、なんだろう今の舌打ちは…)
気を失いながらも、盗子は釈然としない何かを感じた。
「んー?なんだなんだ…まだ仲間がいやがったのかぁ?ひぃ…ふぅ…みぃ…ったく十人もいやがる。そのガキはひとまず命拾いしたようだなぁオイ。」
そうこうしているうちに、群青錬邪が戻ってきた。周囲に緊張が走る。
「そうか、貴様が逃走中の五錬邪か。許さんぞ…貴様の首を盗子の墓前に捧げてやる!!」
「だから違うよ勇者君!盗子ちゃんまだ生きてるってば!」
生真面目に突っ込む巫菜子を無視し、盗子のもとで跪き、頬に手を添えて顔をしかめる勇者。
「くっ、かわいそうに盗子…こんな顔にされちまって…!なんて酷い奴なんだ!」
「いや、酷ぇのはテメェだろ…?」
顔は無傷だった。
「フッ、さーて…ならばお遊びもこれくらいにしようか。今からこの勇者が、貴様を倒すぞ群青錬邪!」
「…あ~、さっきから勇者勇者と聞こえてたが、そうかテメェが“レッド”の…!おもしれぇ!かかって来いやぁあああああああ!!」
「いいだろう!その群青色の仮面を真紅に染めてくれる!正々堂々勝負しろ!!」
勇者は手榴弾(×2)を投げた。
“正々”かどうかはともかく堂々と投げた。
ズガァアアアアアアアアアアン!!
「ぎゃああああああああああ!!」
ミス!なぜか勇者の背後にいた仲間達が被弾した。
想定外の場所で爆発が起こり動揺する勇者。
「なっ…!?馬鹿なっ、今は狙ってないぞ…!?」
今以外も狙うな。
「チッ、ふふふざけたマネすんなさクソが!殺す気かさ!?」
「な、なんか空気中でなぜか軌道が変わって…!とにかく気をつけて勇者君!」
暗殺美と巫菜子は間一髪で避けられたようだ。
他のメンバーはまだうずくまっている。
「ふむ…巫菜子の言ったことが確かなら、何かしらのカラクリがあるようだ。よくわからんしもう一発投げとくか。」
「ちょ…ちょまっ…」
勇者は再び手榴弾を取り出した。
先ほどの爆撃を食らった仲間達は、ダメージが大きくて逃げるに逃げれない。
今や彼らにとっては群青錬邪よりも勇者の方が脅威だった。
「そーれ、食らいやがれー。」
勇者は本当に投げた。
だがやはり空中で何かに弾かれた。
ズガァアアアアアアアアアアン!!
「うぎゃああああああああ!!」
そして為す術もなくまた被害を受ける仲間達。仲間…達?
「ゲハハハ!残念だったなぁ、何度やっても無駄なんだよ小僧!ゲハハハッ!!」
一切の攻撃を受け付けず、余裕の高笑いを見せる群青錬邪。
だがそれは、決して油断ではなかった。
「あとそれも無駄だぜ小僧…?爆煙に紛れ…俺が気ぃ抜いた隙を突こうっていう、その浅い考えもなぁ!」
勇者の近接攻撃。
ミス!群青錬邪は余裕で避けた。
「チッ、気付いてやがったか…!やはりこのゴップリンの魔剣はデカすぎるな、不意打ちには向かん!」
手榴弾の爆発を囮に斬りかかった勇者だったが、敵の方が一枚上手だった模様。
「フン、剣のせいじゃねぇよ。いくら視界を誤魔化そうが、テメェは殺気が強過ぎる。」
その群青錬邪のそのセリフから、ふいに勇者はあることを思い出した。
「殺気…か。そういや以前、授業でこんなことを聞いたことがある。体内の“氣”とやらを自在に操る職業があると…な。」
ピクリと微かに、しかし確実に反応した群青錬邪。
その反応に手応えを感じた勇者はさらに続けた。
「あぁ…そういえば最初の手榴弾を投げた直後、貴様が指で何かを弾き出したように見えたよ。目に見えぬ…何かをなぁ!」
勇者はまた手榴弾を投げた。
どこに持ってたんだってくらい投げた。
「ケッ、勘がいい割に懲りねぇガキだなぁ!今度こそ返り討ちだ!!」
もはや隠す必要も無いため、群青錬邪は両手を前面に掲げてまた跳ね返す体勢をとった。
しかし同時に勇者は、後方にいた巫菜子に向かって叫んでいた。
「今だ巫菜子、“奴”を呼べ!!」
勇者の唐突な指示。
一瞬何のことだかわからなかったが、なんとかその意図に気付いた巫菜子。
「い、いでよ大地の精霊!そして…」
巫菜子は大地の精霊を呼んだ。
勇者と群青錬邪の間に岩壁が現れた。
「なっ!?しまっ…クソガキィイイイイイイ!!」
ドゴォオオオオオオオオオオン!!
怒声を掻き消す激しい爆音が轟いた。
勇者は勝利した
―――かに見えた。
「な…にぃ…!?」
口元から血を滴らせながら、何が起きたかわからず硬直する勇者。
なんと、レーザービームのような謎の閃光が勇者の腹部を貫いている。
「ぐはっ!馬鹿な、野郎…あの爆発で…生きてるだと…!?」
ゴゴゴ…ズゴゴゴゴ…
岩壁をこじ開けて、ゆっくりと群青錬邪が現れた。
「今度は俺が言ってやるよクソガキ…お遊びは、ここまでだ。」
大ピンチが訪れた。