【158】メジ大陸へ
帝都を発ち、数日が経った。
今のメンバーは俺と賢二、盗子、無職、土男流、忍美の六人。手負いの暗殺美は置いてきた。
目指すは『メジ大陸』。最短ルートでいくには極寒の『ナシ大陸』を経由する必要がある…が、あんな寒い思いはもう二度としたくない。決戦の前に凍死しかねん。
よし、そうと決まれば船を探そう。海路ならば直接メジ大陸に乗り込める。
きっと沈むんだろうが…。
結局死ぬかもしれない。
というわけで、ナシ大陸を迂回してメジ大陸へ向かうべく、俺達は船を探しに港へやってきた。
~タケブ大陸:ラミィ港~
「よし、じゃあ恒例の乗り物強奪ターイムのお時間だ。楽しみだな!なぁ盗子?」
「楽しめるかっ!懲りずに言うけどなんで“強奪”が前提なんだよ!」
「そ、そうだよ勇者君。先に大きな戦いが控えてるんだし、それまでは大人しく…ねぇ?」
「オーケー、二人で行って来い。」
「話を聞いてーー!!」
「…というのがお約束の流れなんですが、どなたかご質問のある方は?」
「も一回やろうか?」
「そ、その妙に慣れきった対応でわかったです。“拒んでも無意味”だと。」
悟りきった賢二と盗子を見て、無職は抵抗を諦めた。
「ならば話が早い、行って来い我がしもべ達よ!」
「し、しのみんはしもべじゃないのだ!言うこと聞くいわれは無いのだ!」
「よっしゃー!頑張るぜ師匠ー!勝負だぜしのみん!」
「えっ?ま、負けないのだっ!」
「いや、勝つとか負けるとかの前に…」
「フッ…皆まで言うな、無職。」
船…無ぇな…。
港は焼け野原だった。
「チッ、大魔王軍が各地で大暴れっつー噂は前からあったが、よもや船が全滅とはな…やれやれだ。というわけで賢二、魔法で船を出すがいい。」
「ごめん勇者君、魔法使いってそんなに便利な存在じゃないんだよ。」
「じゃあ盗子、尻から…」
「出せるかっ!!出したら出したでアンタそれに乗る気!?」
想像したくもなかった。
「にしても、どうするです?この状況…ワチにはもうお手上げとしか思えないですが…」
「いやいや、残った船はあるよ。ま、少々いわく付きじゃがなぁ。」
船の残骸の陰から謎の老人が現れた。
なにやら情報を持っているようだ。
「む?なんだジジイ、情報アリか?よし、死にたくなくば話して死ぬがいい。」
「さっすが師匠!素直に教えそうな人をわざわざ脅すあたりが最高だぜー!」
「駄目なのだ怖いのだ!いわく付きとか絶対変なことが起きるのだ!」
「フン、いわく付きがなんだってんだ。そんなのもう慣れッ子だぞ。」
勇者は人生がいわくまみれだった。
「狼煙でも上げてみるがいいよ。ほれ、よく見るとあそこに見えるじゃろう?」
爺さんの指す方向を見ると、確かに遠くに一隻の船が見える。
そして、見るからに怪しい雰囲気を醸し出している。
「ふむ…ジジイの話が確かなら普通の船ではなさそうだが…まぁこの際贅沢は言ってられん。というわけで賢二、魔法で呼び寄せるがいい。」
「ごめん勇者君、僕…基本的に防御魔法以外は時の運なんだ。」
「じゃあ盗子、尻から…」
「だから呼べないからっ!!アンタはアタシのお尻を何だと思ってんの!?」
もちろんただの悪ふざけだった。
「よーし野郎ども!じゃあ喉が裂けるまで呼びまくれ!」
「オーイ!船さぁーん!聞こえたら来てほしいんだー!」
「しのみんも負けてはいられないのだ!オーイ!オーイお船さーん!」
「おい無職、お前も土男流他を見習え!声出せよ声!」
「いや、対岸から呼ぶとか無茶にも程が…」
「そうだよ勇者、そこそこ距離あるのに…」
「呼んだかーーい!?」
「って、ホントにキタですーー!?」
「てゆーか返事したーーー!!」
謎の船が陽気に現れた。
呼んだらホントにやってきた謎の船。
まぁ船が返事するはずが無いので、中に誰かいるんだろうが…一体何者だろう?
「ま、そんなこと気にしてる場合じゃない…か。やっぱ大魔王の手の者か…?」
「そんな最悪な予感がしても乗るんだね…。まぁそうなるよね…」
「諦めよ賢二…」
勇者一行が乗り込んだ途端、エンジン全開で沖へと走り出した謎の船。
それもそのはず。島の陰から悪そうな装飾の漁船が現れ、追いかけてきたのだ。
どうやらこの漁船は大魔王側ではないらしい。
「オイ盗子、状況はどうだ?邪魔な奴らはどうなった?」
船首にいた勇者は、船尾で敵の様子を見ていた盗子に尋ねた。
「あ、うん。さっき賢二が一撃かましたから、今は随分向こうで止まってるよ。」
「いや、お前のことなんだが。」
「なんで未だ邪魔者扱い!?」
その時、船内を探っていた土男流と忍美が甲板に出てきた。
「師匠ー!なんかおかしいんだー!船内のどこにも人がいないんだー!」
「そうなのだ!ロッカーにも引き出しにも茶筒の中にも!」
「いや、お前じゃあるまいし。」
「え、でも誰もいないって…じゃあなんで動いてるんだろ?」
「フン、馬鹿盗子め。そんなこと気にしてる場合じゃないだろ。武器とか積んでないのか?爆弾とかミサイルとか化学兵器とか…」
「あるわけないじゃん!どうみても漁船だよね!?」
「にしても解せんな…。さっきの賢二の魔法はそれなりの火力に見えたが、追ってはまだ…やはり妙だな。というわけで、なんか気になるから誰か聞いて来い。」
「えぇっ!?いや、なんでそんな無謀なことすんの!?わざわざ敵にとか…!」
「まずは一人か。盗子の他にはいないかー?」
「えっ!立候補じゃないよ今の!?」
「じゃあ私が行くんだー!師匠の期待には絶対に応えてみせるぜー!」
「しのみんも!しのみんも負けられないのだ!」
「し、仕事ならワチも逃げないですよ!チャンスは掴みにいくものです!」
「まぁ、言い出したら聞かないしね…。行けと言うなら泣きながら行くよ…僕…」
「えっ、意外にも賢二まで!?そ、そんな流れならアタシだって…!」
「どうぞどうぞ。」
「ええぇっ!?」
伝統芸をパクッた。
「さぁ行ってこい盗子。安心しろ、骨も残らん。」
「せめて拾って!?せめて“骨は拾ってやる”と…!」
「ハァ…やれやれ仕方ないな。じゃあ俺が見てくるとするか。」
「えっ、マジで!?いいの!?」
「フッ、追う側だと思って油断してる奴らをビビらせるのもまた一興だ。」
「なにその感じ悪い動機!?」
「よし賢二、ちょっくら俺を〔砲撃〕で敵船に撃ち込んでくれ。軽く見てくる。」
「いや、その魔法はそんな使い方する魔法じゃ…」
「フッ安心しろ、経験済みだ。」
勇者はかつて戦仕との一戦において、技の風圧で海を渡り海軍の船に乗り込んだ実績があった。
「え、じゃあホントにやっちゃうよ?後で怒らないでよ…ね?」
ズドォオオオオオン!
賢二は〔砲撃〕を唱えた。
〔砲撃〕
魔法士:LEVEL5の魔法(消費MP8)
砲弾等を撃ちっ放す魔法。反動や着地の問題上、人間に使うとかそんな馬鹿な。
ヒュゥウウウウ~…
「お、オイ!なんだアレ…!?」
「ん…?ひ、人だ!人が飛んで…」
ズダンッ!
追っ手の船の甲板に、見事着地した勇者。
だが、かなりのスピードで突っ込んだため足へのダメージは避けられなかった。
「ぬぐぐっ…!クソッ!この俺に、これ程の痛みを…許さんぞ貴様らぁ!!」
「す、凄ぇ…こんな壮絶な八つ当たり、初めて見たぜ…!」
「うるさい黙りやがれ雑魚ど…む?オイお前ら、内臓がコンニチハしてるじゃないか。斬新なファッションにも程があるだろ。」
船上の敵兵達は、どう見ても“動く死体”だった。
「フッ、驚いたか?そう、これは嗟嘆様の力を得て進化した、黒猫様の奥義!」
「そうか、『死体使い』の…。ってことは腹話術なんだろ?自分に“様”とか痛すぎるなオイ。」
「フッフッフ…違うさ!黒猫様はついに、『死体マスター』に昇格されたのだ!」
<死体マスター>
『死体使い』の上級職。
死体への憑依のみならず、複数の死体を遠隔操作することまで可能。
遠隔操作された死体は、その脳の記憶を元に勝手に動く。
「やれやれ、悪趣味なことしやがる…。だがまぁ、不死身なだけで雑魚は雑魚…俺の敵ではないな。一瞬で倒し…」
「うふ☆相変わらず甘いのですね勇者様♪」
「やっぱりケーキみたいに甘いのですね勇者様☆」
「むっ、お前達は…!」
どこかで聞いたことのある少女達の声に、勇者は振り返った。
そこにいたのは…見たことのある顔だった。
「ワルツと♪」
「ポルカが♪」
「AVデビュー。」
「し、しないですぅーーー!!」
懐かしの双子が現れた。
死体の群れの中から現れたのは、なんと帝都の武術会で会った双子だった。
一緒に天空城へと向かった兄丸や女闘は天空城でゾンビ化し、死体使いの手下になっていたのを斬った記憶があるが…この二人は見た感じ普通に生きてるように見える。一体どういうことだ?
「お前ら生きてたのか。確かに兄丸らの死体と戦った時には見なかったが。」
「あっ、それには秘密があるのです♪」
「あるのです☆」
「なるほど、殺される前に完全服従して難を逃れたというわけだな。雑魚め。」
「こ、困りました!この人勘が良すぎます!」
「見せ場泥棒は相変わらずです!」
「別に仲間と思ってたわけじゃないが…裏切られた感は否めんな。ムカつくぞ。」
不機嫌そうな勇者。
一方、ワルツとポルカは楽しそうだ。
「ウフフ☆生きるためなら♪」
「手段は問わない♪」
「それがこの俺!勇者様だーー!!」
「どうしましょう!やっぱり勝てる気がしません!」
「どうしましょう!どうしましょう!」
「…まったく、討伐しに行った相手側に寝返るとはクソみたいな奴らだな。」
「し、仕方ないのです!生きるためでした!」
「そうです!生き残るためでした!」
「だが、天空城を降りた今…逃げればいいんじゃないか?」
「ハッ!そういえばっ!」
二人は揃ってお馬鹿だった。
「くっ、でも…一度外した人の道!」
「今さら戻れぬ人の道!」
「そうか?」
「なんてズ太い…!」
「さて…どうやら悪の道に堕ちたというよりただのアホのようだが、退く気無し…か。容赦する気はさらさら無い。貴様らも死ぬ気でかかってくるがいい!」
勇者は短剣を構えた。
「ハイ!望むところです!」
「では、参りますっ!ワルツと♪」
「勇者が♪」
「ポルカを…えっ!?」
「死ねぇえええええええ!!」
勇者の先制攻撃。
ミス!船が大きく揺れて攻撃が逸れた。
「はわわ!揺れます揺れます~!」
「うわわ!化け物がぁ~~!!」
「こ、コイツは…!」
「グォオオオオオオオ!!」
海中から海竜が現れた。
かつて学園校時代に一戦交えた奴に似ている。
「チッ…!オイ、お前らでやれるか『バリン』と『ボリン』?」
「そんな咀嚼音みたく呼ばれても!」
「なんだか美味しくいただかれそう!」
「いいか、奴が口を開いたら危険だからな。あの『水流弾』…あんなの食らったら船ごとブッ飛ぶぞ。」
「その丁寧な前振りはまさか…!?」
「はうわー!やっぱり開こうとしてますー!」
海竜はパックリと口を開けた。
「チッ、来るぞ…!」
だが中から出てきたのは―――
「ぐぉーーー!」
「う…うぉおおおおおおおおお!?」
「あー、勇者君お元気?」
なんと!なぜか口の中から姫が現れた。
例の如く読めないタイミングで現れた姫ちゃん。帝都で知らぬ間に別れて以来だからもういつぶりかもわからんが、相変わらず可愛いくてたまらない。
ふむ、こうなったら遊んでる暇は無い。すぐに戻って昼飯にしよう。大晩餐会だ!
「よし、じゃあ戻ろうか姫ちゃん。昼食には好きなものを用意する。何がいい?」
「とにかく丸焼きがいいよ。」
「オーケー任せろ、目の前に手配した!」
「ッ!!?」
海竜は逃げないと危険だ。
「そ、そうはいかないのです勇者様!」
「お待ちください勇者様!」
「今の俺は上機嫌だ。見逃してやるから邪魔するなよ『バッド』と『エンド』。」
「ワルツです!」
「ポルカです!」
「さて、味付けはどうしたものか…」
勇者はもう心ここにあらずだが、残念ながら双子は空気を読めていなかった。
「ピンチの次はチャンスあり♪」
「ですから今からこちらのターン♪」
「…あ゛ぁ?」
ワルツは石化した。
ポルカは石化した。
勇者は悠然と立ち去った。