【157】外伝
*** 外伝:勇者凱空Ⅳ ***
時は新星暦523年。『兵士監督官』として帝都護衛軍しばらく帝都で過ごしていた『勇者:凱空』十二歳。
しかし、『魔王』の出現を知らされた凱空は、皇子に別れを告げ帝都を後にしたのだった。
「ふむ…平和なのはいいことだが、あまりに平和すぎるな…」
『魔王』が現れたというので、俺はそれを討つべく旅に出た。
だが帝都の老紳士の話とは違い、世間はその事実を知らないようだ。なぜだろう。
情報はデマなのか、それとも独自ルートから秘密の情報を入手したのだろうか。
真相は不明だが、とりあえず今のままじゃどうにもテンションが上がらんな。自分なりに気持ちを盛り上げていくか。
まずは『新星暦523年、突如現れた『魔王』により、世界は絶望の闇に包まれた』
ふむ、こんな感じか。そしたら次は当然『大陸は瞬く間に魔物に支配された』となるな。
そうなると世界はヤバい。『破壊、殺人…人々は皆絶望し、そして死を覚悟した』
んー、ちょっと怖いな。『破壊、殺人、ピンポンダッシュ』…ふむ、これくらいが素敵だ。
そしてそこからが俺のターン!『しかし、希望の灯はまだ消えてはいなかった』
で、『その三年後、世界を救う者…そう、『勇者』が現れたのである』で完璧だ。
よし、これでいこう。いずれ出版しよう。タイトルは、そうだなぁ…『歴史全書』にしよう。
歴史はこうして創られる。
執筆の勢いで三年後に世界を救うと決めた俺だが、さすがに一人でというのは難しい。
そしてなにより、一人でやっても盛り上がらない。仲間…パーティーが必要だ。
「というわけで、パーティーを探しにきた。心当たりがあったら教えてほしい。」
ギマイ大陸のとある酒場で、凱空は店主に尋ねた。
「ん…?あぁ、ちょうど今日やるよ。」
“パーティー”違いだった。
仲間を探しにきたはずが、違った意味のパーティーで盛り上がってしまった俺。
途中、奇妙な婆さんに絡まれ大変ではあったが…盛大に酔っぱらったので詳しいことは覚えていない。まぁ楽しい夜だったから良しとしよう。
「…って、なぜお前がここにいるんだ婆さん?ここは俺の宿のはずなんだが。」
翌朝。凱空が目を覚ますと、隣にはなぜかネグリジェに身を包んだ謎の老婆の姿があった。
「ウフフ、イヤですよぉ。昨晩あんなに愛し合っておきながら…」
「こちらこそイヤなので是非ともやめてほしい。」
凱空は真顔で拒否った。
「ま、お前さんを気に入ってもうてな。こっそり忍び込んでみた次第よ。」
「ふむ…まぁ細かいことはいいか。ところで婆さん、お前は何者なんだ?一見ただの婆さんと見せかけて、実は…」
「…フッ、なかなかに良い目をしとる。この『無印』…久々に、胸が躍ったわ。」
「垂れてるがな。」
凱空はデリカシーが足りない。
その後いろいろ話してみると、婆さんは魔導士の類らしいことがわかった。そういえば帝都を出る前、老紳士が言ってた名前と似てる気もする。
もしかしたら有能な弟子とか紹介してもらえるかもしれないので、事情を話してみた。
「オーケーわかったわい、行っちゃる。」
「ふむ…まさかの不本意な返答に驚きが止まらない。」
「あ~、まぁ諦めなよ兄ちゃん。ムーちゃんは無駄に積極的な変人なんだわ。」
無印の相棒『亀吉』は、一足先に諦めの目をしている。
「すまんが弟子はとらんでなぁ。まぁ安心せい、ワシは歳ぢゃが…強いぞぃ?」
「んー…そうか、じゃあ頼む。」
「お、お前…それは考えた末なのか考えてないのかどっちなんだ兄ちゃん?」
「ま、細かいことは気にしない主義でな。」
「いや、魔王討伐の仲間探しとかスッゲー重要だろ…?」
「その通りぢゃ。『魔王』を討つとなれば力は必要…。お前さん、他に仲間はおるんかね?」
「当ては無い。まぁ行けばなんとかなるだろう、行き当たりポックリだ。」
「お前それ死んでるじゃねぇかオイ。老人を前に縁起でもねぇな。」
「そうかね。ならば南へ向かってみんかえ?面白い男の噂を、聞いたことがあるんぢゃ。」
「ほぉ、面白い男…か。」
それは楽しそうだ。
多分そういう意味じゃない。
無印が知る噂話を頼りに、仲間を増やすべく俺達は南に向かってみることにした。
なんでも凄腕の剣士がいるらしいが、果たしてどんな奴なのか。
「ふむ、まだまだか…歩きとなると随分遠いな。」
「そうぢゃのぉ。ぢゃがこの街は世界有数の近代都市…ここなら良い乗り物があるやもしれんのぉ。」
一行が立ち寄ったのは、ギマイ大陸屈指の大都市である『パンシティ』。
移動手段に限らず、様々なアイテムが手に入りそうだ。
「うわぁー山賊だー!山賊が出たぞぉー!」
だがそう簡単にはいかないようだ。
「おや山賊かい。そういや最近多いと聞くねぇ、街中だってのに…。物騒な世の中じゃて。どうするね?」
「山賊か…放ってはおけんな。よし、とりあえず朝飯だ!」
「言ったそばから放っとくってお前…」
「そうは言うが亀吉、もう腹ペコが限界で…」
「オイオイ、“山賊なんざ朝飯前”だぁ?言ってくれるでねぇのぉオメェ!」
「フン、甘く見られだもんだで。」
山賊Aが現れた。
山賊Bが現れた。
「む?なんだお前達が山賊か。面倒だな…見なかったことにしてほしい。」
「ば、馬鹿言うでねぇ!舐めだごど言っでっどオメェ…あ゛っ、『族長』…!」
山賊Bの目線の先には、熊のような毛むくじゃらの大男が立っていた。
「あ゛ぁ?このオラ達を面倒扱いだぁ?面白ぇじゃねぇかぁ、ブッ殺すぞぁ!!」
山賊の長が現れた。
「やれやれ…夜通し歩き続けて腹が減ったんだがなぁ。眠気も凄まじいし。」
「オメェ、あくまで舐めるかよ…ふざけやがって!オイ野郎ども、やっちまえ!」
凱空の余裕の態度に苛立つ族長。
だがなぜか山賊Bが止めに入った。
「や、やめるだ族長!あんま街で暴れるのは良ぐねぇごどだど…!」
「あ゛ぁ?オイ『山塞』オメェ…このオラに意見するだか?」
「や、オデは…悪ぃごどばっがししでねぇで、皆ど共存しでぐべきと思っで…」
山賊にしては人が良さそうなこの山賊Bこそ、後に勇者らがババン山で出会う次代の『族長』なのだが、それはまだ少し先の話。
「…フン、甘いな。」
「なっ、オメェ…オデはオメェのためさ思っで…!」
「俺には少し甘すぎる。別のまんじゅうをくれ。」
「っで飯を食うなっ!そっぢの話がよオイ!」
「と、とことんフザけやがって…!オイ砲撃隊、大砲持って来いやぁ!!」
「ヘイ族長!!」
山賊達がわらわらと集まってきた。
「やめておけ、俺は『勇者』…無益な殺生は好まん。というか基本的にめんどくさい。」
「撃てぇええええええい!!」
ズドォーーーン!!
山賊は大砲をブッ放した。
ズガァーーーン!!
見事、凱空の頭に命中した。
「えっ…えぇーーーーーっ!?」
流れ的に、てっきり華麗に避けるものと踏んでいた無印と亀吉は、想定外の展開に豪快に茶を噴いた。
「な、なんともアッサリと…!?そんな…!亀吉、診てみとくれ!」
「ムーちゃん!こ、この小僧…駄目だ…!」
「なっ…!?」
「寝てる…!」
確かに駄目な子だった。
「ま、マジかよ兄ちゃん…。大砲で撃たれてただ寝てるだけってのもある意味凄ぇけどよぉ…」
「ぐわははは!フン、口ほどにもねぇ小僧だ情けねぇ!さ~て野郎どもぉ、次は街を襲うぞぉーー!!」
「チッ、どーするムーちゃん?あんまし目立つとろくなことねぇが…」
「ふむ…まぁ仕方あるまいて。やらねばやられ…」
「ぎゃ…うぎゃあああああああああ!!」
無印が渋々立ち上がろうとしたその時、なぜか山賊達の叫び声が響き渡った。
「ぎょへぇえええええええええ!!」
「ぐわぁああああああああああああああああ!!」
「ふぅ~…やっと出てこられたか。“コイツ”が熟睡とは、珍しいこともあるものだ。」
宙を舞う“山賊だった物”の下…返り血にまみれて立っているのは、いつの間にか目を覚ましていた凱空。
だが少し様子が…いつもと違った意味で様子がおかしい。
「い、生きてんじゃねぇか!あの直撃食らって兜が飛ぶだけとは…って、何か変じゃね?」
「ふむ…下がっとれ亀吉。この邪悪なオーラ、ただごとじゃないねぇ。お前さん、何者ぢゃ?」
「フザけやがってテメェエエ!死ねやぁあああああああ…ああああああっ!?」
無印の問いと同時に、族長が凱空に飛び掛かった。
グチャッ!
族長はグチャッとやられた。
「ば、馬鹿な…!あの族長を、一撃で…だど…!?」
「ひ、ひぃいいい!化け物…あ、悪魔だぁああああああ!!」
「コイツは完全に乗っ取った。我が名は『断末魔』…この世を、滅する悪夢だ。」
『蒼い悪魔』が降臨した。
「俺は…俺は自由だー!貴様ら、今日から俺のことは『魔王』と呼ぶがいい!ハッハッハーー!!」
頭の『守護神の兜』が外れ、ひょっこり出てきた『断末魔』。
勇者と並んだら双子のような振る舞いだった。
「いや、ミイラ盗りにも程が…なぁムーちゃん、なんとかなんねぇのかよ?」
「難しいねぇ…。並みの魔法じゃ止められんが、あまり強力だとダーリンが…!」
「なんで今のタイミングで呼び方変えたのかは置いといて、なんとか頑張れ!」
凱空の身を案じ、下手に攻撃に移れない無印。
するとその時、何者かが凱空の腕を掴んだ。
「オイオイ、物騒なガキだな~ったく。いい男は女にゃ手ぇ上げねぇもんだぜ?」
「…何者だ、貴様は?」
「あ?あ~、俺は『拳造』だ。そっから先は…まぁ、拳で語ってやんよ。」
長くなるので語らせません。
目が覚めると、俺は見知らぬ部屋に寝かされていた。またもや隣で寝ている無印がとてもウザい。
「ここは…どこだ?そしてなぜ隣にいる無印?お線香クサいからどいてくれ。」
「む?おぉ起きたかダーリンよ。覚えてないぢゃろうがワシが人肌で温めて治」
「ごめんなさい。」
「んにゃ、いいんぢゃ…迷惑ぢゃないし、そもそも嘘ぢゃし…」
「いやムーちゃん、今のは“お断り”の意味じゃ…?」
凱空は歯に衣は着せない。
「う~む…確か俺は戦闘中に…ふむ、よく寝た。妙に清々しい気分だ。」
「す、清々しいって兄ちゃん、あんだけのことやっといてお前…」
「あれだけの…?あぁ、“例のアレ”か…ならよく無事だったなお前達。」
凱空は記憶は無いが心当たりはあるようだ。
「お?起きたのか小僧。俺とタメ張るとかオメェやるじゃねぇか。強ぇなオイ。」
話し声に気付いた拳造が部屋に入ってきた。
見た感じ凱空と同じくらいの重傷を負っている。
「そうか、お前が止めてくれたのか。なんとも頼もしいじゃないか。」
「あぁ?一体何の話だよそりゃ?」
「よろしく、新しい仲間よ。」
凱空は勝手に決めた。
こうして拳造を強引に仲間に加えた一行は、仲間探しの旅を続け…そしてエリン大陸の最北端『サブロ岬』へと辿り着いた。
凱空が帝都を出てから既に一年以上が経過していた。
「ふぅ、やっとエリンか…随分かかったなぁ。とても計算外だ。」
「いや、それ食い逃げしては追われてを繰り返してんからだろ。お前のせいだよ兄ちゃん。」
「まぁ亀にはわからんだろうが…人は支え合って生きるものなんだ。だから金なんて払わない。なぁ拳造?」
「巻き込まねぇでくれ。」
「まずは村を探して一休みし、凄腕剣士の捜索はその後…でいいか無印?」
「ワシはダーリンに任せるよ。全てを…ワシの、全てを…☆」
「で、お前はどう思う?」
「ん~、ご飯かなぁ?」
ふむ…この子は誰だ?
謎の少女が勝手について来てた。
知らぬ間について来ていた『妃后』とかいう子を、知らぬ間に仲間に加えていた俺達。
まぁいいか。聞けば『退魔導士』だというし、いて困るということもないだろう。
「ふむ、女が一人いるだけでなんだか華やぐな。紅一点というやつだな。」
「なっ、何を言うダーリン!?最初っからいたぢゃないかワシという紅色が!」
「いや、賞味期限が。」
「ひでぇ…!!」
亀吉はドン引きした。
「ねぇ凱空君、お目当ての人はこの上にいるのかなぁ?迷惑もいいとこだね。」
「うむ、噂じゃこの『ババン山』とかいう山らしいぞ。なんでも見るからに普通じゃない達人らしい。」
「へぇ、そりゃ面白そうじゃねぇの。腕が鳴りまくるぜ。」
「駄目だぞ拳造、手荒な真似はするなよ。あくまで平和的にいくんだ。この通り素敵な手土産も用意したしな。」
「いや、真冬に“スイカ”のどこが素敵なんだよ。季節外れにも程があんだろ。」
拳造はもっともなことを言った…かと思われた。
「ほほぉ…よもやこの時期に、それほど見事なスイカを拝めるとはなぁ。」
「むっ、誰だ貴様!?貴様がこの山に住むという剣豪かっ!?」
凱空が振り返ると、そこには…頭がスイカの変人が立っていた。
「去るがいい幼きスイカよ。さもなくばヌシのスイカ…スイカでは済まんぞ?」
つまりどうなるんだ。
「ふむ…言ってることはよくわからんが、流れ的にお前が俺が求めていた男なのだろう。よし、仲間になってくれ。」
「フン、断る。ワシは孤高のスイカ…ヌシのようなスイカと交わる気は無い。」
「や、やべぇなコイツ…仲間どころかまず会話が通じねぇじゃんか。どう思うよ妃后ちゃん?」
「なんか邪魔臭い人だね。殴っていい?」
妃后は意外と好戦的なタイプだった。
「そこをなんとか頼む。俺の…俺の熱きスイカは、お前のスイカにも負けちゃいない。」
「ほざくなスイカよ。ワシのスイカと同じ?貴様ごとき早熟なスイカなど…」
「スイカは、スイカだろうがっ!!」
「ッ!!!」
「スイカには無限のスイカがある。そのスイカは…スイカなんじゃないのか!?」
凱空は真剣な顔で訳のわからないことを叫んだ。
(ど…どういう意味なんだ兄ちゃん…?)
(いや、なんとなくだ。)
やっぱりただの勢いだった。
「…そうだったな。このワシが、そんな簡単なスイカも忘れていたとはな…」
だがなぜか通じたっぽい。
「じゃあ仲間に…いや、スイカに…なってくれるか?」
「うむ、いいだろう!」
もう何がなんだか。
勢いに任せてみたら、意外にもアッサリ仲間になってくれたスイカの人。
名は『秋臼』らしいが、それ以外は基本的に意味不明。でもまぁいいや。
これでそれっぽいメンツも集まったことだし、準備としては…あと一つだけだな。
「というわけで、戻ってきたぜパンシティ!さぁハイテクな車、ゲットだぜっ!」
「急げよな兄ちゃん。早めになんとかしねぇと間に合わねぇぞ世界の危機に。」
「世界の危機…?それはまた物騒な話だ、詳しく聞かせてもらえんかね?」
謎の眼鏡の青年が声をかけてきた。
「む?なんぢゃお前さん?車でもくれるってのかい?」
「ま、それはキミらの答え次第だね。僕の名は『ナンダ』、職業は略して『ロリコン』だよ。」
「お前の存在も十分物騒じゃねぇか。なんなんだその職業は。」
またしても現れた変人に、亀吉は少しげんなりしてきた。
「電力車を無償で提供しよう。礼は不要だ。その代わり…力を貸して欲しい。」
「力を貸せときたかい…ま、話によるかねぇ。どんな事情があるんぢゃ?」
「とある情報が入ってね。不穏な影が動いている…世界の幼女が危険だ。」
「その影ってお前のことじゃねぇのか…?」
「キミ達の強さは前に見た。その力で幼女達を…悪の手から守ってほしい。」
ナンダの真剣な眼差しに、凱空は静かにうなずいた。
「…わかった、任せてくれ。」
凱空は通報した。
そして、時は流れ―――
色々ありつつも三年の月日が流れた頃、世界の状況は一変していた。
随分と遅刻して現れた『魔王』だったが、そこからの勢いが凄まじかった。
想像を絶するスピードで…なんと、わずか数日で世界を征服したのである。
どうやら誰かが裏で築いていた下地を力づくで乗っ取ったらしい。なんとも鬼のような奴だ。
ふむ、これは敵として申し分無い。
まさしく『勇者』の出番だが…やっぱり基本的にやる気はない。
「やっと着いたなメジ大陸…!ここに“奴”がいるのか…。無印、拳造、秋臼、妃后、準備はいいか?」
「フッ、もちろんぢゃよダーリン。ワシはいつでも準備オーケーぢゃ、カモン☆」
「いや、だからそういう意味じゃねぇよムーちゃん…」
「ま、せーぜー楽しませてもらいてぇもんだな。拳が疼いて仕方ねぇ。」
「ワシのスイカも問題なくスイカだ。まぁスイカの方のスイカは実は」
「ねぇこの人殴っていい?」
ちっとも“勇者パーティー”っぽくない。
「よし、じゃあ行くぞお前達!そして世界を、面白おかしく変えるんだ!!」
「オォッ!!」
こうして凱空の真の戦いが始まった。
そして彼は、運命の出会いを果たすことになる。