【150】帝都奪還作戦(5)
勇者を追い出した暗殺美と商南が、オロチと戦闘を始めてから、なんだかんだで二時間以上が経過していた。
だが…戦力差は明らかにも関わらず、なんと二人はまだ生きていた。
~帝牢:最下層~
「ハァアアアアアア!食らうさ『風神流:風林火山』…『神風の舞』!!」
暗殺美の攻撃。
オロチは正面から受け止めた。
「フッ、さすがは風神…速いな。だがこの鎧を通すには、まだまだ力が弱い。」
「おっとぉ!よそ見してたら痛い目みるでぇ!?『爆撃符』!!」
「またその呪符か。悪くはないが所詮は『商人』…それでは僕は討てんよ。」
稀に見る緊迫した戦いだった。
「フフッ、だが実に楽しい時間だ。もう少し、このまま遊ぶのも悪くない。」
「まったく化けモンやで。二人がかりでも全然勝てる気がせーへん。」
「ふぅ~、まぁ聞くさ商南。戦い始めて半刻…私は気づいたことがあるさ。」
「ん?あぁ、アンタもか。奇遇やなぁウチもやわ。」
「ボケ役が、いないさ…」
「あぁ…間がもたへんな…」
深刻な問題だった。
「ハァ~…。にしても、まさか“アイツ”の存在にありがたみ感じる時が来るとは思わへんかったわ。」
部屋の隅には、変わり果てた姿のY窃が転がっている。
勇者に一撃でのされたはずだが、今は更に見るに堪えない姿となっていた。
まぁ元々が見るに堪えない感じではあったが。
「やれやれさ。アレがしばらく“魔除け”になってたおかげで今がある…ってのが情けないさ。」
ド変態爺さんに生乳を揉まれたことがトラウマになっているオロチは、同属性であるY窃を過剰に嫌悪し、迂闊に近づけないでいた。
そんなY窃を文字通り盾にし、暗殺美達はなんとか生き延びていたのだ。
「せやったら、このままってわけにはいかへんなぁ。」
「まったくさ。今後この戦いを思い返す度に、アイツの存在がフラッシュバックするとか…苦痛でしかないさ。」
二人はギアを入れ替えた。
「どぉおおりゃああ!食らえやぁ!風林火山…『神風の乱舞』!!」
暗殺美の攻撃。
オロチは防御しきれず200のダメージ。
「ぐっ、早い…!それに、この鎧を通すほどの威力…だと…!?」
「オラァアア!よそ見でけへんくらいに痛い目みせたるわぁ!『爆撃符』!!」
「またその呪符…を、その量で!?恐るべし『商人』、なんたる仕入れ量…!」
徐々に二人はオロチを圧倒し始めた。
「フフン、なんや意外とやれそうやん?たまにはヤケになってみるもんやなぁ。」
「いや待つさ、そう調子に乗った途端に敵が本気を出すのが世の常なのさ。」
「さて、では僕も…本気でいくとしようか。」
「ハイきたさー!言わんこっちゃないのさー!」
「これで“真の姿を見せてやろう”がきたら最悪やな。」
「この姿を見せるのは、暗殺美…お前の兄以来だ。」
オロチは演出が古い。
ベッタベタな流れで、さーて本番はこれからだぞって感じを出したオロチ。
その姿は、みるみる大変なことになってしまってさぁ大変。
「…この姿はあまり好きではない。自分が人であることを忘れさせる。」
オロチは全身にウロコを纏った異形の戦闘形態と化した。
「いや、見るからに化けモンやんか…!『蛇使い』どころか『蛇女』やん…!」
「…ぐすん。」
「って泣くなや!!なんやねんそのギャップ萌え!?」
「この姿になると、少々情緒不安定になるから困る。主に涙で前が見えん。」
「それちっとも少々じゃないさ。元に戻ってクールに戦うことをお勧めするさ。」
「まぁ…安心するがいい。これは兆し…これから僕は、更なる変化を遂げる。」
ピカァアアアアアッ…!
オロチの全身から激しい光がほとばしった。
なんと!オロチは八頭の大蛇に変化した。
「これが僕の真の姿。パジリスキュとの融合体…僕が、『オロチ』たる所以。」
「…フッ、予想以上に…面白い展開さ。」
「あぁ…せやな。」
暗殺美は逃げ出した。
商南は逃げ出した。
だが周りを囲まれてしまった。
暗殺美と商南がお先真っ暗になった頃、戦仕vs苦怨の戦いは…そこそこいい感じに進んでいた。
~帝城十階:舞踏の間~
「…ふむ、見事だ。衰えたとはいえ、この拙者の胸を…撃ち抜くとは……」
またまた呼び出されていた那金の胸に、戦仕の拳が突き刺さっている。
那金はニヤリと笑うとポヒュッと消えた。
「ハァ、ハァ、ハァ…ど、どうよっ!?」
「へぇ…やるじゃないですか。あの武術会の時の、無様な姿が嘘のようだ。」
「じゃあさっさと本気出せよ!オイラの敵は、テメェだけじゃねぇんぜよ!」
「フフッ…いいでしょう。来るがいい、我が最強のしもべ…!」
「ハァーーーイなのだー!!」
「いや、忍美は呼んでない。」
忍美は空気が読めない。
「どうやらキミは彼と戦うに相応しい力を持っているようだ。楽しみですねぇ。」
「て、照れるのだ苦怨様…☆」
「わざわざ“彼”と明言したことに気づこうか忍美。」
「あのよぉ、悪ぃけど急いでくんねぇか?オイラも暇じゃねぇんぜよ。」
「いや~すみませんねぇウチの子が。まぁ、その分楽しませてあげますから。」
「楽しいこと!?うわーい楽しみなのだー!しのみんね、しの」
「さぁ、今度こそ来るがいい我が最強のしもべよ!!」
苦怨は高らかに叫んだ。
そして、何かが現れた。
「ウホッホーーー!!」
「連れて来たんだぁ~~!!」
土男流がロリコングを連れて来た。
苦怨はガックリ膝をついた。
「ハァ~…いいですか二人とも、邪魔にならないようにあっちで遊んでなさい。」
忍美の次は土男流に邪魔され、もはや台無しな空気。
頑張れ苦怨、負けるな苦怨。
「ハァーーイ!わかったのだ苦怨様ぁー!」
「わかったぜー!さっ、ロリコちゃんも一緒に行くんだー!」
「ウッホォーー☆」
「うっぎゃーー!なんなのだこのゴリラ、恐いのだぁーー!!」
「さぁ、今度こそ…今度こそホントに来てほしいな我が最強のしもべよ!!」
ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴォ…!!
邪悪なオーラが辺りを包んだ。
やっと本命の『破壊神:レーン』が現れた。
「…また…呼ばれたのか。」
「良かった…来てくれて本当に良かった…!」
「こ、コイツが破壊神…!なんておっかねぇ面構えぜよ…!」
現れた破壊神は、全長三メートルはあろうかという巨体。目は四つあり、口は裂け、長い舌、とがった耳…見るからに化け物だった。
「う…うぉーん!僕ちゃん傷ついたぁーー!!」
なんと!破壊神は顔をディスられたのが効いていた。
しかも一人称が“僕ちゃん”だ。
「え゛ええぇっ!?な、なんぜよその予想外のキャラ!?」
「彼はとてもナイーブなんですよ、あまりイジめないであげてくださいね。」
「なんか…スッゲーやりづれぇぜよ…!」
「さぁ来るがいい人間!僕ちゃんは…全力で、逃げる!」
賢二の祖先か何かか。
「んだよ、威厳も何もあったもんじゃねぇなオイ。なんだかワクワクしづれぇキャラぜよ。」
「うぉーん!帰りたーーい!」
「オイラの儚い期待感を返してくれよ!ヤル気が根こそぎどっか行ったぜよ!あんまし舐めてんと…」
「…というわけで、お前を倒して僕ちゃん帰る。」
急に雰囲気が変わった。
「ヘェ…なんだよアンタ、意外とヤル気じゃんか。だったらよぉ、これならどうぜよ!?」
戦仕、渾身の一撃!
ミス!攻撃は当たらなかった。
「な、なんぜよ今の…!?オイラの攻撃が…跳ね返された…!?」
「僕ちゃんは『磁界師』…世のどんな攻撃も、僕ちゃんには届かない。」
宿敵の祖先かもしれない。
というわけで、次はその宿敵のお話。
~帝城一階:守りの広間~
「ハァ…ゼハァ…!ど、どうだ!?僕だって、意外と、やれるだろう!?」
「ふむ、まずまずだわな。まさか我輩がここまで手こずるとは驚きだわな。」
『好敵手』の職を捨て、『魔獣使い』へと戻った宿敵。
すぐにやられると思われたが、意外にも健闘していた。
「フッ…だが、この程度だと思ってもらっちゃ困る。僕の作戦は、これからだ!」
「けどどうするね?頼みの『水曜獣』も、もはや残っていない…違うか?」
「ああ。確かにこの『圧縮檻』には、魔獣一種につき五体までしか入らない…が、まだ他がいる!」
ピカァアアアアアッ!
「むっ、『金曜獣』…!?目くらましかっ!」
「さぁ行ってくれ、『火曜獣』に『日曜獣』!奴を、焼き尽くせっ!」
「フハハッ!この我輩相手に炎系獣だとぉ?フン、舐められたものだわな!」
ズゴォオオオオオオ!
太陽神は激しい炎で対抗した。
「くっ、まずい…!た、立ちふさがれ、『木曜獣』!」
ズッゴォオオオオオオオオオオオオ!!
とってもよく燃えた。
「やれやれ、燃料投下とは笑えるわな。熱でやられてしまったかね?」
「………」
「おやおや、もう喋る元気も無いかね?職を捨てたりするからだわな。」
「…………」
「では…もう死ぬわな。先の健闘を称え一瞬で消してくれよう…燃えろっ!」
太陽神は両手に力を込めた。
だが何も起こらなかった。
「な…に…?な、なぜだ!?なぜ炎が出ない!?」
「…さすがは神だ、この状況で生きていられるとは…やはり人間じゃないね。」
「むっ!?なんだねその口元の魔獣は…!?」
宿敵は口にガスマスクのような魔獣を、そして全身になんだか涼しそうな魔獣を纏っている。
「この『酸素獣』と、『冷却獣』がいなければ…僕はもうとっくに死んでる。」
「この熱気の中でなぜ生きてるかと思えば、そんな小細工を…!」
「あと、キミの視界が狭まってくれたおかげで助かった。いくら太陽神だからってちょっと熱くなりすぎかな。」
「なっ、なんだと…ハッ!」
二人の四方を謎の土壁が取り囲んでいる。
「知らぬ間に…!これは『土曜獣』か…?では先ほど炎が出んかった理由は…!」
「さっきのが燃料投下?フッ、逆だよ逆。この“密室”でこれだけ火を焚いたら…わかるだろう?」
「き、貴様…!最初からこれが狙いだったか…!」
「炎を失ったキミに、反撃の術は無い。さぁ三日月の切り刻め、『月曜獣』!!」
返事が無い。酸欠で死んだっぽい。
「くっ、キミの酸欠を狙ってたくせに、身内の被害に気づかなかったとは…!」
「いやはや惜しかったわなぁ。元は遠い星の出身でな、酸素は無くてもいい体なんだわ。」
「参ったな…自慢じゃないけど腕力には自信は無いんだよね、僕。」
「フッフッフ…フハハハハッ!」
「な、なんだ…?呆れたのかい?」
「我輩もだわなっ!!」
「じ、自慢げに言うことじゃないがちょっと安心したよ。さて…どうしようか?」
「ふむ…ここは男らしく、殴り合いというのはどうだね?」
「へぇ、面白いが…その前に聞きたい。キミみたいな男が、なぜ悪の道へ?」
宿敵は何か壮大な理由がありそうな問いを投げかけた。
だが太陽神はサラッと答えた。
「こんな能力があったら、全てを燃やしたくなるわな。ま、わかるまいがね。」
「いや、そうでもないよ。手にした力を使いたくなるのは、誰もが持つ欲望だ。」
「それが悪なら悪で結構!我輩はやりたいようにやり、そして散るわな!」
「フッ…潔いね、嫌いじゃないよ。でもまぁ、もう今さら歩み寄れないけどね。」
「舐めるなよ?老いたとはいえ大人の男…小童に力負けなどありえんわな。」
「ぐふっ…あぁ、そうだろうね…。僕にはもう、生きることすら…難しい…」
宿敵はよろけて片膝をついた。
もう限界なのか、今にも死にそうな顔をしている。
「あぁ、『酸素獣』と『冷却獣』がもう限界かね。やれやれここにきて…残念だわな。」
「ゼェ、ゼェ、察しが良くて助かるよ。じゃあさ、僕が最後にしようとしていることも…わかるよね?」
「む?『土曜獣』の口を開い…ハッ!やめるわな、そんなことをすれば…!」
「そう…不完全燃焼により溜まったガスが引き起こす化学反応、その名も…」
「こ、ここまでが本当の作戦…だとぉ…!?」
「ハァ…やっぱ一度くらい…勝ちたかったな…。できれば、“彼”に…」
「や、やめろぉおおおおおおおおお!!」
『土曜獣』の口が完全に開いた。
「『バック……ドラフト』。」
カッ!
閃光が大陸全土を駆け抜けた。
ズガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!
最後まで引き分けだった。