【147】帝都奪還作戦(3)
意味がわからない。まったくもって意味がわからない。これは一体…何事なんだ?
盗子らしき物体の、先ほどまで小汚い頭部があった場所からは、何か妙な液体が噴き出している。新種の噴水だろうか。
その水の色は…色は…なんだか色が…色がわからん。何もかもが暗い…全てが、暗黒で満ちていく…。
「う、うわああああっ!そんなぁー!とっ、ととととっ、とっ…!!」
あまりの事態に、激しく取り乱す土男流。
対照的に、勇者は完全に沈黙している。
「おっと、悪ぃなぁいきなりで。ま、仲間割れしてたみてぇだし問題無いだろぉ?ギャハハハハッ!!」
二人の様子に機嫌を良くし、高笑いする葉沙香。
するとその声に気付き、周囲の索敵を終えた護衛軍の兵士達が駆け付けてきた。
「ハッ!そ、その倒れた少女は…まさか…!勇者殿、一体何が…!?勇者殿!!」
老兵士の呼びかけに一切反応しない勇者。
どこか一点を見つめながら動かない。
「くっ…仕方ない、どうやらワシらが…命を懸けるしかないようだ。」
「ハァアアアアッ!?オイオイオイ~!クソ雑魚が、なぁ~に調子こいたこと言ってんだぁ!?壁にもならねぇよ、死ぬならよそで死ねよ面倒くせぇ!」
勇者と土男流をかばうように立ちはだかった護衛軍の五十名。
葉沙香は歯牙にもかけていない様子だが、もう当たって砕けるしかない。
「ワシが先陣を切る。お前らも続いてくれ。」
「嫌です。」
「ありが…えっ!?」
「向こう見ずに突っ込むのは若者の特権っしょ?年寄りは…のんびり茶でも飲んでてくださいよ。」
「お、お前ら…」
「さ、行こうぜみんな!」
「え…嫌だよ?」
「えっ!?」
「えっ!?」
「何がしてぇんだテメェらぁ!ふざけてんのかぁ!?」
ザシュッ!ズババシュッ!!
「ぎゃああああああああああああ!!」
葉沙香は暴れ狂った。
このままでは五分ともたない。
「うぐっ、口惜しい…この老いた身では…足止めすらできんというのか…」
「ぐはぁああああ!」
「ぎょぇええええええ!!」
「誰か…頼む…誰か…助け……」
薄れゆく意識の中で、老兵士は見た。
同胞達の鮮血が乱れ飛ぶその視界に、割って入る影を。
「よく耐えたなぁオッサン、大したもんだ。あとは任せな。」
「あ、アナタは…!」
「あ゛ん?誰だよテメェは…?」
「俺の名は『怠四』。帝都守護隊…四番隊隊長だよ。」
現れたのは、“4”と書かれた額当てを付けた、細身で長髪の青年。
その後ろには部下と思われる屈強な兵士が二十名ほど立っている。
「帝都守護隊だぁ?確か五番隊だかがこの前、大魔王に軽くブッ潰されたんだろ?そのお仲間ごときクソ雑魚が何の用だよ?俺に勝とうってのかオイ!?」
「いや~、難しいだろうなぁ。“帝都最強”の呼び声も高い俺達守護隊だけど、所詮は飼い犬の範囲内の話さ。悔しいけどアンタらみたいな野良の方がどうしても…ねぇ?」
「じゃあなんで駆け付けたんだー?アンタらはバカンス中のはずなんだー!」
土男流はそう聞いていたので、急に現れたことに驚いていた。
「そりゃ帝都襲撃の話はすぐさま伝わってきたしね。そんなの聞いたら立場上、当然戻るっしょ?」
「いや、守護者のくせに長期休暇取ってる時点で十分舐めてるんだー!それにすぐ発ったにしては到着が遅すぎるぜー!」
「それはだって、まだ…乗ってないアトラクションが。」
「やっぱりアンタはクソ野郎だぜー!」
怠四は嘘がつけないタイプだった。
「気付けば守護隊もこの四番隊のみ…もはや滅びの流れの中にある。先が無いのなら、せめて代わりに…先に進める者を守護しよう。」
「ケッ、気取ってんじゃねぇよクソ雑魚が。来な!」
そして二人は、同時に駆け出した。
「休養で取り戻した我が全力…とくと味わえ!『四方八方拳』!!」
「死ねやぁああああああ!!『狂・乱・連・撃』!!」
ドッゴォオオオオオオオオオオン!!
「…ゼェ、ゼェ、やっと…くたばりやがったか…!」
戦闘開始から三十分。自信が無さそうだった割に善戦した怠四だったが、やはり勝つには及ばず…葉沙香の驚異的な戦闘力の前に儚く散った。
部下達も全て倒れ、残すは土男流ただ一人となっていた。
「う、うわー!結局全員やられちゃったんだー!」
「ったく…雑魚のくせに手こずらせやがって。おかげでこの前の傷が開いちまったわ。だがまぁ…あと一息だなぁ。」
葉沙香は土男流を見てニヤリと笑った。
さすがの土男流も身の危険を感じ始めた。
「前にインタビュー受けた仲だ、ジッとしてりゃ痛くねぇように殺してやるよ。」
「そ、そこをなんとか生かす方向で検討してほしいんだー!」
「ハハッ!残念だがそりゃ無理だ。諦めて死…」
ゾクッ!
「ッ!!!」
背後からの異様な気配に強烈な寒気が走り、弾けるように飛びのく葉沙香。
振り返ると、先ほどまで抜け殻のようにへたり込んでいた勇者が、いつの間にか立ち上がっていた。
「……て………った…?」
「あ゛ぁ?」
「…テメェ、何をして…くれやがった…?」
ゆっくりと葉沙香に歩み寄る勇者。
顔を伏せているため表情はよく見えない。
「んだぁ?聞こえねぇよクソガキ。もっと声張って喋れやぁ!」
「テメェはさっき“アイツ”に、何をしやがったんだと聞いている。」
「アイツ…?ハァ~?オイオイちょっと待てよ、お前も殺したがってたろ?手伝ってやったんだからむしろ感謝してくれよ!ギャハハハ!」
静かに、だが確実にキレている勇者をあからさまに煽る葉沙香。
そんな屈辱的な状況…勇者が耐えられるわけがなかった。
「コイツは…コイツはぁーーー!!」
ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォ…!!
「なっ…なんだ…ありゃあ…!?」
「う、うぉー!師匠ぉーーーー!!」
勇者からドス黒い波動がほとばしった。
時を同じくして、『断末魔』を手に入れるべく試練に挑んでいた勇者の“本体”にもまた、大きな変化が起きていた。
「ぐぁああああああっ!ぐふっ!げはぁ!ぬぉおおおおおおおっ…!!」
激痛に襲われ転げまわる勇者。
この想定外の変化にはさすがの妃后も戸惑っていた。
「え…ど、どうしたんだろ急に?落ち着かせなきゃ…とりあえず鈍器でゴンッ…かなぁ?」
多分だが正解じゃない。
「ゼェ、ゼェ、さて…行くとするか。凄まじい憎悪が、この俺を呼んでいる。」
苦痛に顔を歪めながら、ヨロヨロと立ち上がる勇者。
「えっ!?か、体が透けて…まさか…!!」
「女よ、どくがいい。邪魔立てすれば殺す。」
なぜか本体の方までどんどん透明になっていく勇者。
しかも妃后に対する態度がこれまでと違う。
まるで『断末魔』に乗っ取られてしまったかのようだ。
「さらばだ女。この俺を呼び起こしたこと、世界の破滅と共に後悔するガフッ!」
妃后は鈍器でいった。
そしてまた場面は帝城へと戻り―――
「…ふぅ、予定の半年より少々早いが…ま、さすがは俺といったところか。イカすぜ。」
暗黒のオーラに包まれる勇者の体は、すでに半透明ではなくなっていた。
どういう理屈か、激しい怒りに導かれ、霊体と本体が入れ替わったようだ。
「久々の実体だけに違和感はあるが…まぁじきに慣れるだろ。俺だし。」
言動を見るに、中身は『断末魔』ではなく勇者本人のように見える。
「て、テメェ…何しやがったクソガキ?急に変わりやがって…!」
「うぉー!気づけば師匠が透けてないんだー!手品か!?手品なのか!?」
「オトコ女…貴様は絶対許さねぇ。メッタ刺しだ!」
「更に串刺し系マジックまで!?さっすが師匠は芸達者なんだー!」
種も仕掛けも無い。
「ったく、みっともなくキレやがって…。んだよ惚れた女の一人や二人…」
「だぁああああれが惚れてるかぁああああああ!!」
「えぇっ!?」
葉沙香の勘違い発言にブチ切れる勇者。
そのあまりの剣幕に、葉沙香も土男流もビックリした。
「俺は…俺はずっと考えていたんだ。俺は、アイツが…」
「やっぱり好きだったのかー!?覚悟はしてたけどやっぱりショックなんだー!」
「俺はアイツが最も恐怖し!もがき!苦しみ!地獄に堕ちる方法を…ずっとずっと考えていたのにっ!!」
「ええぇっ!?」
二人は改めてビックリした。
「貴様は俺を怒らせた。俺はショートケーキの苺は…最後に食うタイプなんだ!」
怒りのベクトルが違った。
長年の努力を無にされた怒りに導かれ、どういうわけか本体の方がこっちにやって来たらしい俺。
呪いの方は…ふむ、よくわからん。体の変化も心の変化も特に無い気がする。
もしや失敗したのか?予想の半分しか経ってないし、その可能性もありそうだ。
そうだとするとかなりマズい。この状況で力が無いとか、もはや死の宣告と言っても過言ではない。
チクショウ、なんてことだ…!悪魔に魂を売るつもりで、力を望んだってのに…!
「くっ、クソガキが…!なんて強大で…ドス黒いオーラだ…!!」
自覚が無いだけだった。
「む…?ふむ、そのリアクション…どうやら俺が気付いてないだけで、それなりに力は戻っているのか。ならば腕試しといこうじゃないか。」
「ケッ!ケッ!ちっとぐれぇ強くなったからって調子ん乗りやがって…!」
「フン、憐れだなぁオトコ女よ。見たとこ手負い…前の遊園地戦で深手を負ってるだろ?そんな体では話にもならん。」
「は、話になんねぇだとぉ!?舐めてんじゃねーぞゴルァ!!」
「△☆□☆○○!!」
「うぉー!ホントに話になってないんだー!キレながらもフザけるとかさすがだぜ師匠ー!」
「さぁ名乗るがいいオトコ女よ。その名、貴様の墓石に刻んでくれよう。」
落ちていた剣を拾い、切っ先を葉沙香に向ける勇者。
葉沙香も再び臨戦態勢に入った。
「チッ…!ああいいぜ、聞けよ!俺の名は」
「死ねぇええええええ!!」
ズバシュ!ドシュッ!ズババババシュッ!!
「ぎゃああああああああああああああ!!」
勇者は言わせといて聞かない。
「ふぅ~~…ふむ、まぁこんなもんか。」
腕試しの結果、どうやら力は戻ってるっぽい。まだ若干慣れんが悪くはない。
「コイツは絞死の城で会ったな…ってことは『十字禍』か。つまり、また一人敵幹部が減ったわけだ。」
「うぉー!凄いんだ師匠ー!怒り狂った時はビビッたけど…大丈夫か?」
足元に転がる葉沙香を静かに見下ろす勇者。
見たところ落ち着きを取り戻したように見える。
「フン、済んだことをアレコレ悔やんでも仕方ない。別の方法を考えるまでだ。」
「べ、別の方法…?」
「いつの日か、どんな手を使ってでも必ず奴を蘇らせ…」
「おおっ!幻の魔法〔死者蘇生〕を探すとかか!?そこまでしてってことはやっぱり…」
「そして、殺す!!」
「えええぇっ!?そ、そんな究極のイジメは初めて聞いたんだー!地獄の鬼もビビるぜー!」
「まぁ俺には基本的に不可能など無い。きっと俺なら…って、マズいっ…!!」
突如、背後に凄まじい殺気を感じ勇者は振り返った。
「遅ぇよ…!ぐふっ…死ねやぁあああああ!!」
葉沙香の不意打ち攻撃!
反応の遅れた勇者は避け切れない。
ドシュッ!!
葉沙香の拳が深々と突き刺さった。
だがなんと、その相手は勇者ではなく…勇者を庇った首無し盗子だった。
「え゛ぇえええええええええっ!?」
あまりの光景に、全員がビックリした。
「なっ…なんで…こうなん…だ…よ……ぐふぅ!」
葉沙香はやっと動かなくなった。
勇者は勇者で、驚きのあまり動けないでいたが…改めて盗子を見た勇者は、あることに気付いた。
ショックのあまり色を失っていた先ほどの視界では気付かなかったが、盗子の体から流れるその液体は…実は血ではなかったのだ。
「と、盗子…ハッ!その体…お前は、まさか…」
「ロボ盗子!!」
「ロボ…チガ……」
最期まで認めなかった。
盗子だと思われていたモノは、なんとロボ盗子だった。
人工知能をアップグレードしたとは聞いていたが、まさかこの俺を騙すほど見た目も精巧になっていたとは…!
「うわーんゴメンなんだトーコちゃーん!私が呼んだばっかりにー!」
「そうか、お前の“奥の手”ってのはコレのことだったのか…悪趣味な奴め。」
「グスン。もしまともに…新兵器『十五連オッパイミサイル』を出せてたら…!」
「そ、そんな怖ろしい精神攻撃が…!つーかなぜ奇数だ!?」
「でも…きっとトーコちゃんも本望だったんだ。だって…」
「俺を助けて死ねたから…ってか?フン、くだらんな。」
「だってこれで、お兄ちゃんの所に…」
「そういやそういう難儀な設計だったな。いや、ロボには行けんと思うが。」
「で、これからどうするんだ師匠?他の人を待ったりするのかー?」
「フッ、待つわけないだろう?力が戻ったんだ、ここからは俺の…独壇場だ!」
勇者は活き活きしている。