【145】帝都奪還作戦
大魔王のクソ野郎の手によって、帝都が陥落してから数日…。
俺と商南、暗殺美の三人はひっそりと帝都まで戻ってきていた。無職は邪魔だから置いてきた。
最短距離を突っ切ってきたため色々と大変だったが…説明は面倒なので割愛する。
この荒んだ城下町の光景を見るに、俺らが遊園地で遊んでいた間に帝都は結構ヤバいことになっているようだ。この俺としたことが迂闊だった…が、今さら嘆いても仕方ない。
まぁ取られた物は取り返せばいいんだ。いや、むしろメジ大陸まで行く手間が省けたと言えよう。
「だが困ったことに、俺は秋まで動けない…。だから仕方なく貴様ら雑魚に任せてやるんだ光栄に思え。当然、異論は無いよな?」
そこは妙に薄暗く小汚い、とある一室。
勇者は、どう見ても異論アリアリな二人を無駄に挑発した。
「大アリさ!なんでこんな戦力で敵の根城に乗り込まなきゃなんないのさ!」
「俺が決めたからだ。」
「どんだけ暴君やねん!?いくらなんでもウチら二人とかありえへんやろ!」
「フッ、安心しろ。今ごろ土男流が戦仕、宿敵、賢二を捜し…うん、無茶だな。」
無茶だな…。
無茶だった。
土男流や暗殺美らから聞いた話をまとめると、先の遊園地での戦い…その戦果はこちらの方が圧倒的に悪かった。
倒せた敵幹部は央遠ら三つ子だけ。一方、こっちは冥符に拳造に山賊ども、激臭ワキガ軍人と、暗殺美の助っ人に現れたという詐欺師集団とド変態爺さん、あとは…謎のお助け女仮面か。ったくボロ負けじゃねーか。
「つーわけで、手は早めに打たんと手遅れになる。遊園地に行ってた敵どもが、今の俺らみたく帝都に戻ってきたら…さらに攻略の難易度が上がっちまう。」
「まぁ言わんとすることはわかるさ。でも難易度うんぬんって言うなら、現状がすでに難易度MAXな気がするのは私だけじゃないはずさ。」
「もちろんウチもや!」
「オイうるさいぞ、囚人ども!」
そこはとても薄暗く小汚い、牢獄の一室。
世界一の牢獄であるこの帝牢から自力で脱獄できた者は、これまで一人しかいないという。
「ったく…いいかガキども、大人しくしてろよ。すぐに上の人間を呼んでくる。」
投獄されている割に妙に元気そうな勇者らを残し、看守は立ち去った。
逃げるなら今のうちだと言わんばかりのタイミングだ。
「…さて、これからどうする気なのか言うがいいさ勇者。何が目的なのさ?」
「フッ、大誤算だ。」
「えぇっ!?いやいやいや!無策でこの状況作り出したゆーんかいアホかワレ!」
「フン、冗談が通じない奴め。これを見るがいい。」
勇者は一枚の紙きれを取り出した。
「あん?なんやねんこれ?」
「暗黒神との戦い…あの時に俺に一杯食わせやがった奴がいてな。そいつがここに収監されてるって情報を手に入れた。」
「あ~、なんや途中でチョイチョイ酒場とか寄ってたんはそれが目的やったん?」
「もちろん一番の目的は姫ちゃんの捜索だったわけだが…まぁ結果は言わずもがなだ。しかし、ついでに捜してた奴が見つかったってわけよ。」
「ふーん。じゃあそいつを仲間に引き入れようってな作戦なわけやな?」
「ま、会えばわかるさ。さて…」
勇者は部屋の隅の、何も無い一点に目を向けた。
「さぁ出て来いよ、そこにいるんだろう?」
「えっ!?だ、誰かおるん!?まさか…」
だが誰も出てこなかった。
「いや、流れ的にワンチャンあるかなって。」
「無いわ!確かにありがちな展開ではあるけども!」
「いくらなんでも同じ牢獄に人がいるのに気づかないわけないさ。」
「つーわけで、俺は鉄格子をスリ抜けて普通に帰ろうと思う。」
「どういうわけやねん!?この状況で仲間見捨てて逃げるとかアンタ頭イカれてるんちゃう!?」
「フッ、いたって平常心だが?」
「確かにいつも通りやけども!容易に予想できるけども!」
「予想だぁ?ならば貴様、俺がこのためだけに捕まったとは思っちゃいまい?」
「な、なんやねん?なんか他にある言うんか?」
「当然だろ?ただ脱獄するだけでなく、この先の戦いを有利に進める…とっておきのアイデアを考えてやる!」
「って今からかい!そない行きあたりばったりでうまくいくなら苦労は無いわボケェ!」
「まったくさ!そもそも世界一の牢からそう簡単に脱獄できたらそれはそれで駄目さ!」
「まぁ貴様らはのんびり死を待つがいい。暇なら壁のシミでも数えてろ。」
「誰が数えるかさ!こんな薄気味悪い牢獄の壁なんて、見るだけで吐き気が…」
『新星暦523年 祝!初脱獄記念トンネル☆』
「えぇっ!?な、何さこのふざけた落書きは…!?新手の罠かさ…?」
「なっ!こ、この字は…!」
「いや、もうええから勇者。見覚えあるわけないやろ?世界一の牢獄やで?」
「あぁ…うむ、まぁ…そうだな。」
これは…親父の字だな…。
勇者は気づかなかったことにした。
なんと、牢獄の隅の壁にかつて親父が開けたと見られる抜け穴を発見した。
いくら穴は巧妙に隠してあったとはいえ、この落書きに気づかんとか看守は全員アホなのか?
「にしても狭い穴だな…。まぁ脱獄用なんだから当たり前か。むしろよくここまで掘り進めたと言える。」
父が残した横穴へと入り、出口を目指す三人。
かなり暗くはあるが、光る苔が生えており完全な暗闇では無かった。
「ゆ、勇者?絶っっ対に前見たらアカンで?四つん這いなんやから前見たら…」
「フン、安心しろ。誰も貴様のクソの付いた縞パンなんぞに興味は無い。」
「付いとらへんわっ!!って、なんで縞パン限定やねん!?見ーたーなーー!!」
「というかアンタはスリ抜けられるんだから四つん這いする必要は無いのさ。」
「まぁ気分の問題だ。…お?なんか明かりが見えるぞ、出口は近そうだな。」
「あ、チョイ待ち!あんな、この際やし…その…お宝探し、していかへん?」
商南のいつもの病気が発症した。
「アンタ前回失敗したのを忘れたのかさ?今回はスケープゴート盗子はいないんだからやめとけさ。勇者も何か言ってやれさ。」
「ほぉ、宝か…興味深いな。」
『勇者』の腕が鳴るぜ。
鳴らすな。
というわけで、敵のもとへ乗り込む前に宝探しに行くことになった俺達。
戦力が乏しいだけに、強い武器でも手に入らんと全く勝ち目が見えてこない。
「ゼェ、ゼェ、多分、この部屋やな…お宝のニオイが、プンプンするでぇ♪」
「ハァ、ハァ、いや、私には“死”のニオイの方が濃厚な気がするさ…」
「おっ、この扉が怪しない?」
「だな。」
「聞けさ!」
横穴を抜け、看守に見つからないよう全力で駆け回り、一行は帝牢の最下層まで辿り着いていた。
商南の言うとおり、何かしら大事なものを守っていそうな気配が漂っている。
「ふむ。確かに何かありそうだがしかし、この手のパターンだと大概…」
ウォーーン!ウォーーン!
けたたましく警報音が鳴り響いた。
「ま、こうなるわなぁ。」
「だ、だから言わんこっちゃ無いのさ!さっさと逃げてりゃこんなことには…」
カチャッ
「開いたで☆」
「だから聞けやっ!!」
「だがまぁ暗殺美、ここまで来て成果無しもアホだろ?とりあえず取るものは取って去るぞ。」
「せやで?確か…オロチやったっけ?因縁のある敵さんがおる言うてたやんか。次に会うまでに対策練っとかんと。」
「絶妙なタイミングで変なフラグ立ててんじゃないさ。これ扉を開けたらいる流れじゃ…」
暗殺美の制止は間に合わず、ゆっくりと扉が開いた。
「…お?」
中にいたのは、オロチではなく太った丸眼鏡の男。
なぜかブラジャーを身に着け、頭からは女性用のパンティーを被った、どう見ても変態な男…そう、『変態:Y窃』だ。
「きっ、貴様…!そうか、やはりここにいやがったか。噂は正しかったようだ。」
「えっ、アンタが捜してたんコイツなん!?これを仲間にとか正気なん!?」
「え、えっと…誰だっけキミ達?俺に何か用…?」
「フン、忘れたとは言わさんぞ?貴様のせいであの時は散々な目に遭った。なるべく痛い思いをして死ね!」
「捜してた理由てそれなん!?」
かつて暗黒神戦で宇宙船を盗んで逃げたY窃。
おかげで死にかけた勇者は、いつか仕返ししてやろうと捜していたのだ。
「確かにコイツがいなきゃ先生死ななかったかもさ。でもこのためにこんな場所まで来たんだと知って脱力感が半端無いさ。」
「ちゅーかコイツ何者やねん?職業とか全然想像できひんのやけど…」
「え、俺?普通に『変態』だよ?」
「いやどこが普通やねん!?その驚きの表情にこっちが驚いたわ!なぁ暗殺美?」
「つい最近その上位職『ド変態』に会った私には、前よりはちょっと普通に見えちゃって困ったもんさ。」
「それだいぶヤバない!?それに『ド変態』を“上位職”言うんは抵抗あるんやけどどうなん!?」
“人として”で言うなら確かに。
「…ま、落ち着け商南。暗殺美も諦めるのはまだ早いぞ。」
苦労して辿り着いた先にいたのが変態という想定外の状況に困惑する女性陣。
だが勇者には何か思うところがあるようだ。
「もしや…と思っていたんだが、この帝牢の最下層に収監されながらもこの余裕…なるほどな。確信したよ。」
「確信?何をさ勇者?有罪をかさ?」
「ふむ、まぁ恐らくそれも揺るがんのだろうが…そうじゃない。コイツには貴様らの知らん、可能性があるんだ。」
「いや、どう考えても“危険性”しかないさ。」
「せやで!余罪がある可能性しかないっちゅーねん!」
「なんか散々な言われようだね。まぁ気持ちはわかるけども。」
Y窃は意外と自己分析ができていた。
「で?勇者、アンタ結局何が言いたいのさ?」
「ふむ…その昔、聞いたことがあるんだ。“成長して姿を変える”…そんな職があるとな。」
「ん?あ~、確かにそないな職業があるてウチも聞いたことあるけど、こないな変態ごときにそんな…って、ハッ!まさか…“変態”って…!?」
「そう。それはまるで蝶のごとく、“変態する能力者”…それが、貴様だ!!」
「え…違うけど?」
ゴスッ!!
違ったのでグーでいった。
変態を一撃でのした後、俺達は室内の物色を開始。
仲間が増えないとなれば、あとは武器やアイテムに賭けるしかない。
するとなにやら、妙な本が鎖に縛られて置いてあるのを発見した。これは…当たりか…?
「むぅ、なんだこの本は?『魔契約教本』…授業で習った気がせんでもないな。」
「ちょっと待つさ。それってまさか『拷問大全集』、『列島破壊書』と並ぶ『三大魔本』の一つの…!?」
「が、ガッカリやわ…。お宝どころか、“封印されし呪物”やったなんて…」
「ふむ、ワクワクが止まらないな。」
「とりあえず持っといて、後でアンタにごっつ高い値段で売りつけたるわ…」
「まったくとんだ無駄足だったさ…。さ、もう用は無いからこんなとこさっさと逃げるさ。」
「ま、まさかここまで徹底的に無視されようとは…」
部屋の入口でオロチが呆然と立ち尽くしている。
「…チッ、なんでアンタがここにいんのさ?いくらなんでも再会が早すぎなのさ空気読めさ。」
「いや、看守からお前に似た奴を捕えたと聞いて…」
「なんだ、暗殺美の知り合いだったのか。誰だコイツ?」
「知らないのによくあんな自然に無視できたな。お前こそ誰なんだ少年…?」
「ウチは空気読んだだけやから恨まんといてな。で、ホンマ誰やねん兄さん?暗殺美のファンか何かか?」
「もはやストーカーと言ってもいいさ。」
「ち、違う!それに僕は女だ!」
「アンタが生きてここにいるってことは、あの不死身のド変態爺さんは死んだってことかさ?それはつまり、なんというか…心中お察しするさ。」
「やめろお察しするな!もし気を遣う気があるなら全力でスルーしてくれ!」
揉まれた件は無かったことにしたかった。
「なるほど、変態ジジイうんぬんってことは…貴様が『十字禍:オロチ』ってわけだ。道中で暗殺美に聞いたよ。つまり…まぁ、元気出せよな。」
「ぐぉあああ…!」
オロチに精神的な大ダメージ。
「やれやれ、やはり敵側も集まってきたか…うかうかしてると手遅れになるな。ここはお前らだけでもやれるか?」
「フン、まぁやるしかないさ。」
「ウチは初見やからわからんねやけど、勝算はどないねん暗殺美?」
「正直絶望的さ。奴は三神獣にも数えられる『パジリスキュ』を従え、前の戦いでは詐欺師集団『大ボラ兄弟』を壊滅させた上に『大魔導士』の『ド変態』に生乳を揉まれたほどの実力者さ。」
「あかん絶望的に意味わからへん!特に最後のが!」
「まぁどのみち狩らねばならぬ敵だ、全力でなんとかしろ暗殺美!その安い命と引き換えに、敵を討ち取るのだ!」
「偉そうに言うなさこの役立たずめ!戦えないならせめて黙ってろ見てろさ!」
「いい気迫だ、全力で来るがいい暗殺美よ。今度こそ決着といこう。」
どうやらオロチは落ち着きを取り戻したようだ。
「この前は邪魔が入った。いや本当…本当に邪魔が…ふぉおおお…!」
やっぱりまだ駄目みたいだ。
「爺さんの件は敵ながら同情するけど、負けてやる気は無いさ。」
「その意気や良し。いくぞ暗殺美、今度は誰の邪魔も入らぬうちに終わらせよう。パジリスキュ、“装備化”!」
オロチは『蛇王の鎧』を装備した。
「私も今回は最初から、『風神の靴』のパワー全開でいくさ!」
「ほなウチは呪符で援護を!」
「ならば俺はとっておきのポーズを!」
「失せろやっ!!」
勇者は渋々立ち去った。