【144】外伝
*** 外伝:盗子が行くⅡ ***
アタシは永遠のヒロイン盗子ちゃん♪そう、ここからはしばらくアタシのターン!
今はね、魔法〔武者修行〕で飛ばされた後、なんか知んないけどソボーが修行つけてくれる話になって…。
もうね、想像はしてたけど、想像を遥かに超えた鬼のシゴキにもう死ぬ寸前!もう絶対死んじゃうっ!
「ゼェ、ゼェ、ね、ねぇソボー、お願い!休憩!ちょっとでいいから、あの、休憩を…!」
「あ゛ぁ?じゃあ“死刑”。」
「いや、“求刑”じゃなしに!」
ジョークのようなやりとりだがソボーの目は笑っていない。
「ったくなんて根性の無ぇジャリだ。まだ『初級技盗』しか覚えてねぇだろぉ?」
「そ、そんなこと言ったってしょーがないじゃん!フンだ、どうせセンス無いよアタシは!」
「あん…?アホか、俺様ぁこれでも…テメェを買ってんだぜぇ?」
「え…ほ、ホントに…?」
「二束三文で。」
「誰から!?ねぇ誰から買ったのそれどこの勇者!?」
「嘘に決まってんだろうがぁ!んな高ぇわけねぇだろ!!」
「む、ムッキィー!死ねぇーーー!!」
こんなのが連日続いた。
んで、夏。春に飛ばされてきてから今日まで、どうにかこうにか生き抜いてこれたアタシ。うん、頑張ったアタシ!
でも…無理!もう無理!これ以上アイツと一緒にいたら、絶対秋までには死ぬっ!
「てなわけで、記念すべき百回目の脱走を敢行するよ!今日こそは…!」
「今日こそはぁ?」
背後からソボーの声が聞こえた。
「ひぃいいいいい!!えっ、えっ、なんで!?なんでアンタがいんの!?」
「ったく…手間ぁかけさせんじゃねぇクソジャリ。強くなるまで逃がさねぇっつったろ?」
「い、イヤだよもう限界だよ!アタシもう帰りたいんだよっ!」
「帰るだぁ?無理だなぁ、もはやテメェにゃ帰る場所なんざぁねぇんだよ。」
「だから何度も言ってんじゃん!アタシはホントは『皇女』なの!お姫様なん…」
「オイオイ、なに古ぃこと言ってやがるよ?帝城は大魔王の奇襲を受けて崩壊…今や帝都は、奴らの本拠地だぜぇ?」
夜玄と二人で攻め込んだ大魔王だったが、その後仲間を呼び集め、たった数日で帝都を攻め落としてしまったのだ。
「そ、そんな…!じゃ、じゃあ尚更、帝都戻ってなんとかしないと…!」
「無駄だなぁ。今のテメェじゃ犬死にだ、まぁ死ぬのが趣味なら止めねぇが。」
「こんな時にも、なんにもできない…。アタシ…やっぱ駄目な子なんだ…」
その時、泣きべそをかく盗子に向かって歩み寄る小さな影が。
「そーゆーことならノープロブレム!アナタには、アナタだけが得られる力があるわ。」
「えっ、なんでアンタが…!?それに、アタシだけの力…って…?」
想定外の来客に、盗子は目を丸くした。
「行くわよ盗子先輩。『天帝の試練』…それを乗り越えられれば、芋食いたい。」
なんと!芋子は生きていた。
「えっ、芋子…!?いや、でもさっきの話の感じじゃ…てっきりアンタも死んじゃったものかと…」
「やられたのはワタイの側近…『そっくりさん』の『ポテ子』よ。かわいそうだけど、よく役目を果たしてくれたわ…。他の細かい話は後回し。さ、行くわよ。」
「いや、えっと、出て行きたいのは山々なんだけど…ちょっと今は簡単に出て行ける状況じゃなくて…」
ソボーをチラチラ見ながら答えに詰まる盗子。
だがなんと、ソボーは想定外の反応を見せた。
「…いやぁ~、俺様は構わねぇぜぇ?それでテメェが強くなるんならなぁ。」
「えっ、なにその物分りの良さ!?何かおっかないこと企んでる!?」
「死んでも結果ぁ残せやクソジャリ。それがテメェが生き残る、唯一の道だぁ。」
そう言い残すとソボーは去って行った。
どうやらソボーは、先ほどの芋子の『天帝の試練』というセリフから、これから何が起きるのかを察したようだ。
「決まりね。ホントは試練は十五歳で挑むんだけど…この際芋食いたい。」
「どの際も食ってんじゃん!って、アタシってばどこに連れてかれちゃうわけ?だけど交通手段は…?」
「それはワタクシにィ~お任せ~いただきまァす。」
ここで新たな訪問者が登場。
なんと、学園校の先輩である案奈が現れた。
「うげっ!なんか超イヤな予感が…!でもなんでアンタが…!?」
「古来より~『案内人』は~、天帝を死…試練へと導く~者なのでェす。」
「今さりげなく“死”って言わなかった!?噛んだだけだと思って大丈夫!?」
「…目的地はァ~、『試練のほこら』で~ございまァす。」
盗子は一瞬の間が気になった。
芋子の誘いのおかげで、なんとかソボーの魔の手から逃れられたアタシ。
でも…なんかこの先の試練ってやつの方が危険な気がして…全然気が抜けない…。
「え~、無事に着いたコチラがその~、『試練のほこら』で~、ございまァす。」
ソボーの隠れ家からしばらく行った山奥にあったのは、謎のほこら。
いかにも何か凄いものがありそうな雰囲気を醸し出している。
道中の芋子の説明によると、天帝の血族は十五の時に試練に挑み、それを乗り越えた者のみが“世界にただ一つの能力”を獲得できるのだという。
「いや、ちっとも無事じゃなかったよ!もう試練は始まってるのかってほどに!」
やっぱり移動で軽く死にかけていた。
だがこれからもっと壮絶な展開になることを、盗子は知らない。
「まぁ敵対するもんじゃないわ盗子先輩。彼女もアナタの大事な…“三人の従者”の一人なんだし。」
「へ?なにさ芋子、その従者って…?それに三人って…アンタもそうだとしても、あと一人足りないんじゃ…って痛い゛っ!!」
盗子の尻に矢が突き刺さった。
振り返るとそこには、弓を構えた弓絵が立っていた。
「い゛ったたた…って、弓絵!?アンタが最後の一人なわけ!?」
「納得いかないですぅー!私が盗子先輩の従者とか、ありえないですぅー!」
暗黒神の天空城から落下して以降、行方知れずだった弓絵だが、しぶとくも生きていたようだ。
盗子へのいつも通りの態度を見る限り、今の状況には納得がいっていない様子。
そしてそれは盗子としても同じだった。
「ありえないはアタシのセリフだよ!ご主人様のお尻を射抜くとか何様!?」
「はぁ?先輩こそ何様ですかぁ?弓絵のご主人様は勇者先輩だけでーす!」
「アタシとしても大反対だよ!なんでこんな奴…!」
「どうにも使えない雑魚ばっか揃えるよりはマシでしょ?諦めて芋食いねぇ。」
「食えるかー!!」
だが食糧は芋しか無い。
「でもさぁ、自慢じゃないけどアタシってばクソ弱いし、とてもじゃないけど試練とか無理な気が…。てなわけで、やっぱやめようかと思うんだけど…駄目?」
「却下ね。この先に待つ大戦に、希望を見出すには絶対に芋。それ以外無い。」
「芋に希望を見出すのはアンタだけで十分だよ!」
「なんですかぁあの四つの扉~?見るからに胡散臭いですよ盗子先輩は~。」
「言い方おかしいよ!なんかアタシが胡散臭いみたく聞こえるし!」
「そーゆー意味で言ったんですぅー!」
「だよね!やっぱりね!ムッキィー!!」
目の前には見るからに怪しげな四つの扉。
だがさすが案内人だけあって、案奈はこれが何かを知っているようだ。
「というわけでェ~、アチラに見えますのが~、第一の試練~『試練の扉』で~ございまァす。」
「な、なんか見栄えだけじゃなく名前もヤバそうだね…。今度こそ死んじゃうのかなぁアタシ…」
「安心していいわ。今までこの試練で皇女が死んだことはないとかそうでもないとか。」
「なんか曖昧で怖いけど…そ、そだよね。もし死んでたら天帝の血は途絶えてるはずだし…うん。」
「まぁもしもの時は末代まで呪ってくれていいわ。」
「いや、もしもの時はアタシらで末代じゃん!」
盗子ならやらかしかねない。
「これまでの経験から考えると、最低一つ…最悪三つがハズレって展開かなぁ?勇者なら四つ全部にしそうだけど…」
「ハズレは一つで~ございまァす。」
「やっぱりね!やっぱりあるよねハズレ!イヤだぁ~アタシ絶対それ引くー!」
「弓絵だってイヤですぅー!弓絵には勇者先輩との幸せな結婚生活がぁ~!」
「とか言いながら律儀に扉の前に行くとか、大した芸人魂だわ二人とも。」
尺が足りないので巻きでお送りします。
「ど、どーせ逃げても逃げ切れないしね、いっつも!ならもうヤケだよぉー!」
「四人が同時に開けなきゃ開かないわ。“いーも”で開けるわよ、いーもっ!!」
「えっ、早くない!?もうちょい心の準備が…」
「あ、ちなみに~ハズレの扉はァ~…」
「えっ、知ってんの案奈!?じゃあ早く言っ…」
「…この扉で~…ございまァす♪」
「え…!?」
ドガァアアアアアアアアアン!!
案奈の一帯は跡形も無く消し飛んだ。
「ど…どどどどーゆーこと!?なんで…なんで案奈は…!?」
「…さすがは『案内人』…見事役目を果たしたわね。アッパレだわ。」
冷たく言い放った芋子だが、よく見ると肩が震えている。
「芋子…アンタこうなること知ってたの!?知ってて犠牲に…い、イヤだよ!こんなのもう…!」
「フン、舐めてんじゃないわ。上に立つ者は、時として民の屍の上に立つものなのよ。」
「そんなっ…!!」
「悲しいんですかぁ先輩~?弓絵は盗子先輩が死んだら嬉しいですよぉ~?」
「アタシもアンタの時だけは高笑いできそうな気がするよっ!」
「強大な力を得るためだもの、ある程度の犠牲は…やむなしよ。」
「じゃ、じゃあもしアンタだったら、芋を犠牲に先に進める!?」
「それは死んでもノー。でもワタイは皇女じゃないから関係無いわ。」
「なにその自分勝手な回答!?」
「自分勝手はどっち!!?」
「ッ!!?」
芋子はこれまで見せたことの無い剣幕で、盗子の胸倉を掴んだ。
歯を食いしばって怒りに震えている。
「い、芋子…?」
「ワタイだって…ワタイだってねぇ!芋、食いたいのよっ!!」
「反省しづらいから真面目にやってくんない!?」
盗子は正解がわからない。
案奈が吹っ飛んで、年下の芋子にこっぴどく怒られて、なんかちょっとどうしたらいいかわかんない状況。でもまぁとりあえず、逃げ切れないことはわかったよ。
てゆーわけで、気を取り直して先へ進んだアタシ達。
ほこらは地下に続いてて、そんでとっても…深かった。
~試練のほこら:地下十階~
「ゼェ、ゼェ、一体、どんだけ、下に行けば、終着地点なわけ…?」
「もう息切れたんですかぁ?そんなすぐ切れる息ならいっそそのまま止まっちゃえばいいのにぃ~。」
「なんで隙あらば死を望むの!?息より何よりアタシがキレるよ!」
「もうここは地下十階…ってことは、ぼちぼちあるわね。第二の試練。」
「あっ…!なにアレ!?なんか道の奥にでっかい天秤みたいのが…!」
盗子は謎の巨大天秤を見つけた。
「これが第二の試練…『試練の天秤』ね。分かれて乗って、重い方だけが下に行ける仕組みらしいわ。あ、もちろん全員で片方に載るのはNGね。」
「へ…?なにそれ、そんな簡単なの?試練ってくらいだからもっと頭使う感じのやつかと…」
「じゃあここから先は先輩一人ですね~。頑張ってくださぁーい!」
「どんだけデブなんだよアタシ!?どう考えても二人が乗った方が沈むでしょ!ねぇ芋子!?」
「芋、食いたい…」
「フォローしてよ!!」
絶対にするはずがなかった
…かと思われたが、芋子の口から思わぬセリフが飛び出した。
「さて、と。じゃあここはワタイが残るわ。お二人はさっさとあっちに乗ってちょうだい。」
なんと、芋子は二人とは反対側の天秤に片足を乗せている。
「えっ!な、なんでアンタが!?この中で一番要らないのは弓絵じゃん!」
「え~?弓絵が一番って、勇者先輩からの伝言ですかぁ~?照れますぅ~☆」
「言ってないよそんなこと!なにその無理矢理なポジティブシンキング!?」
「ま、ワタイは戦闘力無いからこの先で役に立てる保証無いしね。妥当でしょ?」
「あ…アタシが残るよイヤだけど!超イヤだけど、でもやっぱアタシよりかはアンタの方が向いて…」
「悔しいけどワタイじゃ意味無いのよね。アナタなのよ、選ばれたのは。」
芋子は若干投げやりな感じで芋を食っている。
「で、でも死んじゃうんでしょ!?どうせ残った方がドカーンな流れでしょ!?」
「いいから乗って。ガタガタ言ってると芋食うわよ?」
「うわっ、ちょっ!押さな…」
三人は同時に天秤に乗った。
天秤は次第に傾いていく。
「い、芋子!早くこっちに飛び移って!それならもしかしたら…」
「ハァ、まったく…。一人でいいとこ取りとか困っちゃうわよね、権力も…そして恋も…」
「え…アンタ今なんて…?」
「フンッ、“芋”って言ったのよ!あ~あ、芋…食いた」
ズッガァアアアアアアアアン!!
「うわぁーーー!芋子ぉーーーーー!!」
今度は芋子が犠牲になって…残るは二人。
しかも弓絵とだなんて、いろんな意味でキツすぎる…。
~試練のほこら:地下十五階~
「ハァ、ハァ、だいぶ走ったけど…まだ先は長そうだね…」
第二の試練の地から、さらに地下へ潜ること五階。
無言で走るのが辛くなってきた盗子は、まともな答えは期待できないと思いつつも弓絵に話しかけた。
「ところでさぁ弓絵、アンタさ…なんで来たの?アンタってばアタシのこと嫌いでしょ?なのにこんな危険な試練に…」
「ハァ~?別に盗子先輩のためじゃないですよぉ~。もっちろん勇者先輩のためですぅー☆」
「いや、勇者関係無いし!何が勇者のためになるってのさ!?」
「だってぇ邪魔なストーカーを排除する、絶好のチャンスじゃないですかぁ~♪」
「だからそれアンタの望みじゃん!あとストーカーってのもアンタの方だし!」
「弓絵はストーカーなんかじゃありませーん!相思相愛の恋人ですぅー!」
「それこそ末期の発想じゃん!精神鑑定が必要なやつじゃん!」
「盗子先輩こそストーカーじゃないですかぁ!一緒に旅とかしてますぅー!」
「べ、別にわざとじゃないもん!たまたまそーゆー流れになっただけだもん!」
「ですよねぇ~☆」
「あっ、違っ…!」
盗子は口論じゃ勝てない。
それからずっと言い争いしながら、なんとか辿り着いた地下二十階。
色々疲れた…主に精神的に疲れた…。
~試練のほこら:地下二十階~
「てゆーかさ、前から思ってたけどアンタ憎む相手間違ってるって!姫の方が邪魔でしょ!?」
「あの人はいいんですぅー。姫ちゃん先輩なんか敵じゃないですぅ~。」
「いや、最大の敵じゃん!勇者本人があんだけ好きだって公言してんだから!」
「…ハァ~、やっぱりお馬鹿な人の相手はできませーん。もういいでーす。」
弓絵は溜め息を漏らしながら、虫を見るような目で盗子を見ている。
「な、なんだよ!言いたいことがあるならハッキリ言いなよ!」
「じゃあ死んでくださーい!」
「だからってそれは言い過ぎだよ!」
「…姫ちゃん先輩と話す時の勇者先輩って…勇者先輩らしく見えますかぁ?」
「へ…?」
いつもは会話のキャッチボールをする気が無く、一方的に攻撃してくるだけの弓絵。そんな弓絵が今回、初めてまともに目を見て話しかけてきた。
だがその瞳には、いつも以上に怒りの色が見て取れる。
「え、えっと…まぁ確かに、普段邪悪な勇者が姫の前だけはデレッデレでなんか違うけど…」
「盗子先輩はズルいですぅ!勇者先輩らしい勇者先輩に、イッパイ構われて!」
「そうくるの!?でもいっつも死と隣り合わせだよ!?絶対そこに好意は…」
「先輩は…なんで勇者先輩が、暗黒神の城に乗り込んだか知ってますかぁ!?」
「へ…?なにそれ…何の話…?」
「それは暗黒神が狙うシジャンの方に…さらわれた盗子先輩が向かってるって知ったからですぅー!」
「えぇっ!?いやいや、無いし!なんで勇者がそんなこと知りえたのさ!?」
「盗聴してたからですぅ!勇者先輩が!」
「盗聴!?そ、そーいえば前にそんなこと言ってたような…って、でもなんでアンタまで知って…?」
「盗聴してたからですぅ!勇者先輩をっ!」
「なんて大それたことを…!」
「他にも盗子先輩は、イッパイイッパイ構われて…!弓絵と…違って…」
「ゆ、弓絵…」
「弓絵は、そんな盗子先輩が憎いです…。だから、死んでください。」
結局死んでください。
「ちょっ、待っ、やめてってば弓絵!そんな矢が当たったらシャレになんないよ!そりゃアンタよりは近くにいるけどさ、誰よりも辛い目に遭わされてきたわけで…うわ危なっ!だから射らないでってば!」
「ここで戦う運命なんですぅー!あっちの看板に書いてありますぅー!」
けん制でもなんでもなく、普通に当てる気で矢を射る弓絵。
彼女の指す方を見ると、そこには第三の試練を示す看板があった。
「し、『試練の決闘』!?なんで皇女が手下と決闘しなきゃなんないの!?」
「弓絵は手下じゃありませーん!先輩を殺して勇者先輩の目を覚ましまーす!」
「アンタこそ目ぇ覚ませよ!勇者はアタシを嫌っ…自分で言うと泣けるよ!」
「ハァ…鈍すぎとか最悪ですぅ~。目障りなんで一瞬で消えてもらいますぅー!」
「も…もういいよやってやるよ!これ以上話しても無駄みたいだしね!」
「食らっちゃってくださーい!必殺、『十連魔弓』!!」
「フッ…今までのアタシと思ってもらっちゃあ、困るよっ!!」
盗子は全部食らった。
「うわーん痛いよー!全身にまんべんなく打ち込まれたよぉー!修行で強くなったはずなのにぃー!」
「ハァ、もう…矢が…。こんなことなら…もっと持ってくるべきでしたぁ~…」
「えっ、マジで弾切れ!?やった!これでなんとか…あ、あれ…?なんかアンタ…やられてるアタシより参ってない?どしたの…?」
「ハァ、ハァ…気づかないとか…やっぱ鈍すぎて…ヤんなっちゃいますぅ~…」
「へ…?ひ、ヒィイイイイイイイイ!!」
なんと!盗子の全身には無数のヒルが引っ付いている。
「な、なんなのさコイツら!?いつの間に…って、アンタにもたくさん…!」
「さぁ?試練の演出…とかじゃないですかぁ?“毒”とか…ウザいですぅ…」
「ど、毒!?で、でもアタシには効いてな…」
盗子は弓絵に射られた箇所を見た。
矢はうっすらと回復系の光を放っている。
「ハッ!まさかこの矢で解毒を!?アンタが…!?」
「…弓絵にここまでさせといて…この先で死ぬとか無しですよぉ雑魚先輩…?」
「な、なんで…?なんでアンタがアタシを助けんのさ!?アンタは勇者のこと…」
「ハァ、ハァ、ゆ、勇者先輩…弓絵…先輩が幸せになるなら…弓絵…」
「あっ、そっち行っちゃ駄目だよ落ちちゃうよ!なんかいかにもって感じの裂け目が…!」
弓絵は制止を聞かず、フラフラと歩き出した。
そして―――
「ねぇ…盗子…先輩…?」
「弓絵ぇーーー!!」
谷底へと舞い落ちる弓絵は、これまで盗子に向けたことの無い…とても穏やかな目を向けた。
これはいがみ合ってきた敵が最期に認めてくれる例のよくある流れだろうか。
「死ね…」
「弓絵ぇーーー!?」
そんなわけがなかった。
ずっとずーっと敵だったはずの弓絵に助けられて、そして独りになっちゃったアタシ。
そしたら後ろで物音がして…振り返ったら変な扉が開いてたの。これは、行くしかないよね…みんなのためにも!
~試練のほこら:伝承の間~
「お、おじゃましまーす…。できれば誰も出て来ないでほしいけど…」
恐怖に震えながら、薄暗い部屋の奥へと進む盗子。
すると闇の中から、女の声が聞こえてきた。
「『導く者』『血を引く者』『仇なす者』…その屍を越え、よく来ましたの。」
「だ、誰!?かかかか隠れてないで出て…出て…来ないでほしいけども…」
「さすがは私の娘、『塔子』ですの。」
なんと!かつての『天帝:皇子』が現れた。
盗子は全然“さすが”な感じじゃないが大丈夫か。
「えっ!娘って…じゃあアンタがアタシのホントの…?で、でも随分前に死んじゃったはずじゃ…」
「私がこの天帝の試練を越えて得た特殊能力『降臨』…その力で、一日だけこの世に戻ってきたの。」
「う、嘘だよ!死んだ人間が生き返るとか、そんなのあるわけが…!」
「それが『天帝』なの。アナタには、それだけの可能性が眠っていますの。」
「あ、アタシに…眠る力…!?」
それはもうグッスリと。
変な部屋の中にいたのは、なんかアタシのホントのお母ちゃんみたい。
マジで…?でも顔とかも似てるっぽいし、アタシと同じく高貴なオーラが漂ってるし…なんかマジっぽい。
今ってばホントなら感動の再会って状況なんだろうけど、これといって思い出とか無いし超微妙。
今日しか話せないんなら色々聞きたいこととかあるんだけど…よーし!こーなったらチャッチャと試練なんかやっつけて、親子の語らいってのをしてやろうじゃいないのっ!
「さぁ始めよっか、マジお母ちゃん!試練って三時間くらい?それとも三日?」
「三年なの。」
盗子のリタイアが決まった。