【014】三号生:武具玉を探せ
春。六歳になった俺は、今日から三号生として学校に通うことになる。
今年も始業式の時点で多くの雑魚どもが旅立ったが、そもそも昨年度時点でだいぶ減っていた。
そのため今年も大量の転入生で補った模様。
俺は今年もA組。他の奴らも大体一緒だが、中には去年B組だった奴も何人かいるようだ。
「オリジナルもだいぶ減ったな…。一体最後には何人が残っ…痛ぇ!」
画鋲の攻撃。
勇者はお尻に2のダメージ。
「くっ、誰だ!?一見地味だが、なにげに痛いこの攻撃の主は…!?」
「私は『暗殺者』の『暗殺美』。アンタだけは絶対に許さないのさ!」
『暗殺者』の割に堂々と姿を現したのは、性格がキツそうな目をした黒髪ポニーテールの少女。明らかに勇者を敵視している。
「ほぉ…『暗殺者』とは物騒だな。一体誰の依頼なんだ?お前と一緒にそいつもブッた斬る!」
「フン!依頼者なんていないさ。た、ただ私はカタキを…賢二君の…」
最後の方は若干聞こえづらかったが、確かに“賢二”と口にした暗殺美。
よく見ると薄っすら頬が赤らんでおり、その様子を見て勇者はピンときた。
「む?なんだお前…まさか賢二ごときに惚れてたのか?」
会心の一撃!
勇者は図星をついた。
暗殺美は激しく取り乱した。
「べ、べべべ別にそんなんじゃないさ!あんな男はミジンコ以下さ!」
「で、どこら辺が好きなんだ?」
「んとね、優しいところかな…って、何言わせるさ!!」
どうやらこの女はチョロそうだ。そう判断した勇者は臨戦態勢を解除した。
「ふぅ、やれやれ…まぁいい座れ暗殺美。賢二のとっておきの話を教えてやる。」
「え、ホントに!?って、べべ別にそんなの聞きたくな…ギャッ!」
画鋲(×5)の攻撃。
暗殺美はお尻に痛恨の一撃。
そんな感じで始まった新学期…まぁ言わずと知れた春の遠足の時期だ。
しかし今年のは今までとは少し違うらしい。
というのも、今年は学年ごとではなく全学年を混ぜて班分けするようなのだ。
そういったわけで、放課後は各班ごとの作戦会議ということになった。
「やれやれ、ウチのクラスからは俺と盗子だけか…。ま、よかったよ。」
「え、ホントに!?ホントに良かった!?じ、実はアタシもその…えっと…」
そう言うと盗子は頬を赤らめ顔を伏せた。
実はなんと昨年の秋以来、事あるごとに勇者にまとわりつく弓絵に対して感じる不快感から、盗子は勇者への想いに気付いたらしい。
もちろん、これまでの二人のやりとりのどこにそんな要素があったのかは甚だ疑問であり、もはや単に盗子がドMだとしか言いようがない。
「ああ。心底どうでもよかった。」
「そーゆー“よかった”かよ!死ねっ!」
ガキィイイイイン!!
盗子の怒声と同時に響き渡る、剣と剣が激しく交差する音。
だがそれは盗子からの攻撃ではなく、重厚な鎧で武装した上級生と思しき少年によるものだった。
「くっ、危ねぇじゃねーかテメェ!何しやが…つーか誰だよ!?」
危うく斬られるところだった勇者は当然ブチ切れた。
だが相手に悪びれる様子は無い。
「フン、貴様が盗子に無礼なことを言うのが悪いんだ。俺は六号A組、『武士』の『武史』…盗子は俺が守る!」
「…へ?えええええええっ!?」
初対面の上級生にいきなりそんなことを言われ、意味がわからず動揺する盗子。
「変わった趣味だな…なんか大変だな。」
意味がわからず同情する勇者。
「盗子、いい女になったな。写真で見た…お母さんの若い頃に、よく似てる。転校してきたばかりだが兄ちゃん一目でわかったぜ!」
「え!なになにアタシってばお兄ちゃんとかいたの!?し、知らないよ?聞いてないよー!?」
武史の口から飛び出した、盗子の知らない衝撃の真実。
いきなり現れた自称兄を前にし、彼女の動揺はピークに達した。
だが確かに二人は顔の造りや髪色など、全体的に似たものを感じる。
「そういえばお母ちゃん…“アンタは盗んできた子だけどね”とかたまに言ってたけど…」
よくある“橋の下で拾ってきた”的な冗談だと思って聞き流してきた話が、普通にガチだったかもしれないと知り衝撃を受ける盗子。もし本当なら養母の盗賊スキルはなかなかのものだ。
今のところまだ武史の妄言という線も捨てがたいものの、内容が内容なだけに盗子のショックは大きい。
そんな打ちひしがれる盗子を、遠巻きに眺めている影が一つ。
腰ぐらいまである髪を首元で二つ結びにし、眠たそうな目をしたとても小柄な少女。この小ささは恐らく一号生に違いない。
頭にはなぜか高価そうなティアラが乗っているが、その理由は本人から自己紹介として語られた。
「ワタイは一号B組の『皇女』、『芋子』。みんな敬うべき。」
なんと、自らを『皇女』だと名乗る芋子。
皇女が何者かについては後に語られるとして、とにかく気高い立場でありこんな僻地の学校に来るような存在ではない。
「フン、貴様が皇女?ありえんな、なぜならオーラが無い。お前のような奴は芋でも食ってろ。」
「芋、食いたい…」
「って食いたいのかよ!今のは勇者にキレていい流れだよ!?高貴な者としてのプライドとか無いの!?」
勇者と盗子、重度のシスコンらしい武史と、とにかく芋が好きらしいことしかわからない芋子…今回の班は四人一組なので、これで全員揃ったことになる。
「そうか、これで…全員か…」
遠い目で他の三人を眺める勇者の頬を、一筋の汗が伝う。
「大丈夫だ、心配いらないぞ盗子。兄ちゃんがお前を守ってみせる!そう…お前だけをな!」
「い、いいよやめてよ!なんか重くて怖いよ!」
「芋、食いたい…」
ふむ…死ぬかもしれん。
勇者は生き残れる気がしない。
というわけで、なんとも不安なメンバーと行くことになった春の遠足。
今度こそ死ぬかもしれない…と思っていたら、今回は敵がどうこうではなく、各班対抗の『宝探し』らしい。
それだけ聞くと普通の遠足っぽい気もするわけだが、恐らく見つけられなかった班員は…まぁ、うん。やはり命懸けってのはきっと変わらんのだろう。
つまり結局は死ぬかもしれない。
そしていよいよ遠足当日。
探索の舞台はここ『ゴップリン島』。この地なら他の敵はもういないはずなので気は楽だ。
「ではみなさん、これからチーム対抗の宝探し合戦を始めてもらいます。よーーーい…」
ズダァーーーーン!
教師の発砲を合図に、生徒達は一斉に走り出した。
何かの拍子に銃口が自分達の方へ向く前に逃げないと危険だ。
「ゼェ、ゼェ…と、とりあえずここまで来れば一安心だよね?ねっ?」
全力疾走と極度の恐怖により既に汗だくの盗子。
途中、背後から悲鳴が聞こえた気がしたが、みんな深く考えるのはやめた。
「大丈夫だ盗子、何があってもお前は俺が守る!兄ちゃんである俺がな!!」
今日も引き続き武史はストーカー感満載だが、盗子はその点についてもあまり考えないことにした。
なお、今回探すべき宝は校章付きの『武具玉』。島のどこかに隠されているのだという。
<武具玉>
「変化」と唱えると、何かの武器に変わる魔法の玉。
どんな武器に変わるかは使うまでわからない。
色は赤色で、他にも青色の『防具玉』、黄色の『道具玉』などがある。
一度変化させてしまったら、もう玉には戻せない。
「にしても、武具玉か…そんな便利なアイテムがあるとは知らなかったな。中身がランダムって時点で扱いづらいが、いざという時に切り札になる。」
将来的に冒険の旅に出ようとしている勇者としては、旅のお役立ちアイテム的なものに関する情報は興味深く、今回の宝探しは実は意外とノリ気だった。
「ま、とりあえず最初は島民に聞き込みでもして回るか。」
そう決めた勇者が再び歩き出そうとすると、一人の老人が引き止めるように声をかけてきた。
「おぉ、これはこれは…!我が島の英雄、勇者殿ではありませんか!」
以前の遠足でゴップリンを倒した勇者は、その後この島では英雄として敬われていた。そのため、うまいこと島民ネットワークを駆使すれば、もしかしたら武具玉の情報も手に入るかもしれない感じだった。
「いいところに来たな島民。実は今、学校指定の武具玉を探してるんだが…」
「おや、これですか?ハイどうぞ。」
駆使するまでもなかった。
「早っ!えっ、もう終わり!?こんなんでいいの!?」
「まぁいいだろ盗子、お前が無事ならそれに越したことはねぇさ…って、そういやこの玉ってどんな玉なんだっけか?説明の時あんまし聞いてなかったわ。」
武史は今さらな疑問を口にした。
彼の目的は盗子の護衛のみであり、武具玉なんて最初からどうでも良かったのだろう。
「ワタイ知ってるわ。確か“変身”って言えば武器になるって、前に爺やが言ってた。」
「“爺や”だぁ…?芋っ子のくせにそんなお付きの者がいるってのか?生意気な嘘をつくんじゃない。」
武具玉の話よりも、途中に出てきた思わぬ単語の方が引っ掛かった勇者。
「ワタイは『皇女』だもの。爺やくらいいるわよ…女だけど。」
「なら“婆や”じゃん!」
「放っとけ盗子。こんな奴の妄言…ん?変身”?“変化”じゃなかったか?」
武具玉は槍に変化した。
チッ、やれやれ参ったぜ…中途半端に間違えやがった芋っ子のせいで、うっかり唱えてしまった“変化”。
もう玉には戻らないという話なので、一からやり直しになっちまったわけだ。
この俺としたことが大失態だ。
しかも困ったことに、その後は全く見つからず気づけばもう夕方。これはヤバい。
「仕方ない…作戦変更だ。港付近に陣を張り、宝を持ってきたチームを討つ!」
「えっ、そんな卑怯な!仮にもアンタ『勇者』なんだからもっと正々堂々と…」
勇者の物騒な作戦に盗子はもっともらしい異を唱えたが、綺麗事で切り抜けられる状況ではないため、勇者が聞く耳を持つはずがない。
「フン、俺は『次世代型勇者』だ。そんな古臭い定義を俺に押し付けるな。」
「ワタイは『次世代型皇女』。芋がとことん好き。」
「アンタにゃ聞いてないよ芋子!てゆーかなんなのその、事あるごとに芋を絡ませてくるスタイル?アンタもしかして親戚にスイカ被った変人とかいない?」
言われてみれば確かに互換性があった。
「盗子、お前が望むなら…俺は『次世代型お兄ちゃん』にもなるぜ?」
「望まないから!次世代とかどうでもいいから、みんなもうちょっと今を大事に生きてよ!」
終いには武史まで参戦してきそうな感じになり、盗子はついにキレた。
このまま無策だと教師に始末されかねない。
だがそんな中で、偶然にも遠くの何かが目に留まった。
「あっ、誰かいるよ勇者!しかも武具玉も持ってる!」
盗子の指差す方向には、確かに他の班員と思われる姿が見えた。
こちらには気付いてないようで、余裕の笑みで玉を放り投げて喜んでいる。
このチャンスを逃す手は無い。
すぐさま全速力で、それでいて気付かれぬよう音も無く駆け寄った勇者は、剣を構えつつ背後から威嚇した。
「よーし、オイ貴様らちょっと待て。その武具玉は俺達がいただく!」
そのセリフや表情はどう考えても『野盗』のそれだったが、まったく違和感が無いほどに似合っていた。
そんな勇者に対し、なぜか敵意を剥き出しにする武史。
「いただくだぁ!?そうはさせねぇ!お前なんかに盗子は渡さない!」
「今はそんな話してないよ!てゆーかなんなら貰ってほしいよ!」
繰り広げられるやりとりはくだらないが、既に校内でも悪名が轟きつつある勇者が相手なだけに、狙われたメンバーはもはや諦めムード。
結局、苦虫を噛み潰したような顔で渋々武具玉を手放した負け組は、捨て台詞を残して去っていった。
「な、なんか不吉なこと言い残してったけど…さすがにないよね?先生が見てるとか…」
盗子は気にしないよう努めたが、そんなことを言われると煽ってやりたくなるのが勇者の性。
実際は課題も片付いて余裕たっぷりの心境だったが、いたって真剣な感じを装いつつ声を潜めた。
「いいや、甘いな盗子。奴は変幻自在…どこに隠れているかわからんぞ?」
武具玉は斧に変化した。