【135】動き始めた者達(3)
拳造は徒歩で戦仕を探し、無職は謎の化け物の到着を待つということで、俺と親父は二人で修行の地へと向かった。
そして辿り着いたのは、終の故郷だというケンド村の東にあるほこら。ここに俺の本来の力が眠っているのだという。
「さて、宝玉はこの中か…。確かに異様な空気が漂ってやがる。何かニオうぜ。」
「うむ、すまん。」
「そういう意味じゃねーよ!いや、そういう意味でも確かにクサいが!」
「落ち着け勇者、決して怒るな。邪悪な魂と戦うには冷静さが必要不可欠だプ~」
「ブッ殺す!!」
「ここから先は一人で行きなさい。父さんは母さんの墓でラブラブしてくる。」
「ケッ…まぁいい、勝手に消えろ。俺一人の方がうまくいく気がするしな。」
「勇者よ。」
「む?なんだ?」
「ふむ…すまん、特に浮かばなんだ。」
「帰ってきたら殺す!!」
怒りの形相で中に入ろうとする勇者。
だがやはり何か思うところがあったのか、父がそれを制止した。
「勇者よ、心して聞くがいい。」
「あん?なんだよガラにもねぇ真面目な顔しやがって。」
「拳造、帝雅…我々も敵側も、力ある者が動き始めている。きっとその動きは、これからますます活発になるだろう。決戦の日は…決してそう遠くない。」
「んなもんわかってる。だから帝雅が言ってた半年後に向けて…」
「そんなに先ではない。恐らくもっと早くに、事態は動くだろう。」
「ほぉ…その根拠は?」
「ま、経験からな。偶然か、はたまた運命か、強き者たちが動く時…それは大きな流れを生む。この先でお前を待つ者もまた、歴史に名を刻むほどの強者だ。」
「この先…?」
「勇者よ。」
「む?まだ何かあるのか?」
「ふむ…すまん、やっぱり浮かばなんだ。」
「絶対ブッ殺すからな!!」
勇者はほこらの中に入った。
「…さて、そろそろ出てきたらどうだ?私は覗かれると興奮するタイプだぞ。」
勇者を見送った父は、振り返らず背後の何者かに話しかけた。
「フン、さすがだなぁ。『十字禍』の一人である、この俺様の気配に気づくとはよぉ。」
物陰から現れたのは、男が二人と女が一人。
三人ともよく似た顔をしているが、中心に立つ自らを十字禍と名乗った男が一番強そうに見えた。
「十字禍…大魔王軍の幹部か。やはり既に流れの中か…。ちょうどいい、今のうちに少し減らしておくか。」
「フン、面白ぇ。さすがは元『勇者』…終ネェを倒しただけあるぜ。」
「“終ネェ”…?その呼び方、以前母さんから聞いたことがあるな。確か、かつてこの村で…」
「この『央遠』様が、ブチ殺してやんよ!!」
なんと!成長した悪ガキが現れた。
親父と別れ、一人ほこらの奥を目指すこと半刻。道中には罠とか色々あったが、時間の都合で割愛する。
なんだか迷路のようで目的地に近づいてるのかイマイチわからなかったが、段々とそれっぽい気配が漂ってきた。もうじき着くに違いない。
「へぇー、最短で来るとか勘はいいみたいだね。やっぱ凱空君の子は違うねー。」
「あん?なんだテメェ…は……」
謎の女が現れた。
なんと!勇者は一瞬目を奪われてしまった。
「…ハッ!!ば、馬鹿な!なぜこの俺がこんな年増に…!?」
「はじめましてだね勇者君。娘が…あ、姫が迷惑かけまくっちゃってごめんね。」
「お、お義母様ですか!なんだよだったら合点がいくわビビッたぜチクショウ!」
女の正体は姫の母親『退魔導士:妃后』だった。
確かに姫によく似た美しい容姿だが、どう見ても十代の娘がいるような歳には見えない。
「話は凱空君から聞いてるよ。例の力が…必要になったみたいだね。」
「ふむ、そうなんだ、です。まぁ俺の力をもってすれば余裕だろうがな、です!」
「アハハ☆頼もしいねー。でも舐めた口きいてたらブチ殺すよ?」
「え゛?」
「気を引き締めてね。もし飲み込まれちゃったら、私が全力で締め上げるよ♪」
え…?
キャラが想像と違った。
「と…ところでお義母様は、ずっと待ってたのか、ですか?こんな暗闇の中で。」
「あ~、だいぶ封印が弱まってきてたからね。ちょくちょく見に来てたの。」
「ちょうど頃合いだったってわけか…。まるで運命がこの俺を待っていたかのようだな。」
「調子こいてると引っ叩くけど大丈夫だよね?」
「さて…そろそろ試練に入ろうか、です。残された時間は、半年しかないんだ。」
「あ、最後にもう一度だけ確認するね。呪いに…『断末魔』に負けたとわかり次第殺すけど、良い?」
「ああ、問題無い。じゃあこちらからも条件…ひ、姫ちゃんを、俺にください!」
「まっぴらごめんだけど。」
「フッ…しょ、障害が大きい時ほど燃えるのが男!俺は負けないぜっ!」
「そう言うと思って、もう持ってきてあるよ♪後は私の言う通りにしてねー。」
妃后は拳サイズの宝玉を差し出した。
勇者は『魔封じの宝玉』を手に入れた。
「よーし、さぁドンと来い!この宝玉を割ればいいのか?中から封印された魔獣が出てくるとかそんな感じか!?」
「飲んで。」
「えぇっ!?」
想定外の難題だった。
「ふ、ふむ…ところでお義母様」
「イッキで。」
「…ちなみに、アゴをハメる魔法とかご存知だろうか?」
「私がネジ込むと私の拳の分もサイズ増えるけど、どうしたい?」
「是非とも一人前でお願いしたい。」
「さ、じゃあいこっか。思い切りのいい男の子ってカッコいいよね~♪」
「くっ…やるしかないのか…!仕方ない、うぉおおあぁああああ…あがっ!?」
勇者が地味に辛い試練に挑み始めた、その頃―――
「くっ、テメェ…なんで反撃してきやがらねぇ!?ヤル気が無ぇのか!?」
「フッ…すまんが、あまり頑張れん身でな。」
父は特に頑張ってなかった。
「ケッ!んだよ腰抜け野郎じゃねぇか!生ける伝説が聞いて呆れる。なぁ右遠?」
「いや、そうとも言い切れないよ。なにせ僕ら三兄妹の攻撃を紙一重で」
「グェエッ!」
「…全て食らってるのが逆に怖ろしい。」
「なんか…自信無くなっちゃうよね…」
右遠と左遠は心が折れかけている。
「ふぅ…だから言っているだろう?父さん難儀な体なんだ、無理強いは困るぞ。」
「ヘッ!じゃあ食らわせてやろうじゃねぇの。逃げなきゃ死ぬ一撃ってのをよ。」
「むっ…!?」
「そうね、見せてあげなきゃね!」
「ああ。僕ら三人の必殺奥義、トライアンギュルッ!?ぶへらぁあああ!!」
右遠は豪快にフッ飛んでいった。
「う、右遠!?えっ、なに今の速さ…アンタ何したの…!?」
「ふむ…だいぶ戻ったか。最近どうにも副作用がキツくてかなわんのだよ。」
いつの間にか敵の背後に回っていた父は、手の関節をポキポキさせながらダルそうにしている。
「テメェ…!やっとヤル気出しやがったかよ!の、望むところだよ!」
「覚悟するがいいお前達。私のしつけは…厳しいぞ?」
だが子育ては失敗した。
「さぁお仕置きタイムだ。勇者に出来なかった厳しい教育を、お前達に試してくれよう!シリアスモードの副作用がくる前にな!」
「ぐっ、なんつー威圧感…!さっきまでのおちゃらけが嘘みてぇだぜ…!」
「父さん女子に手を上げるのは嫌いだが、軽いセクハラはスキンシップの一環!」
「え゛、なにその都合のいい理屈!?よ、寄らないでよ変態親父!」
ジリジリとにじり寄る父。
左遠は足がすくんで動けない。
「おっと、“親父”とな?早速父と呼んでくれるとは父さん大感激!良かったな勇者ぁー!姉ができたぞー!」
「ちょっ、どうしよう央遠この人怖い…!」
「どうしたマイ・ラブリー名も知らぬ愛娘よ!?大丈夫、父さんが護ってやるニャン!」
父は早くもまた壊れた。
「ぐっ、馬鹿な…もう発作だと…!?まだ時間は…残さっひょーい!イェーイ☆」
「あぁ!?な、なんだよ急にブッ壊れた…!?それとも何かの作戦かぁ!?」
「よぉ、久しぶりだな凱空さん。“それ”をそこまで抑えるたぁ、アンタやっぱ強ぇなぁオイ。」
また敵側の新手が現れた。
「て、テメェは俺と同じ『十字禍』の…!確か名前は…」
「この『呪術師:解樹』の、とっておきの“呪い”だったんだがなぁ。」
なんと、父の病気は呪いだった。
「うぐっ、お…お前は解樹…!そうか、だから呪いが活発化して…ぬぐぐ…!」
どうやら父と解樹は面識があるようだが、父は深く考える余裕は無さそうだ。
「テメェ解樹…何しに来やがった?この央遠様がいつ助けてくれとか言ったよ?」
「あ~、邪魔したなら悪いな。ちょいとこっちの都合を優先させてもらったわ。」
「テメェの都合…だぁ?」
「この人には前に頼みを断られててな。いい研究材料…“究極の呪い”を持ってたもんだから、譲ってくれって頼み込んだんだがなぁ。」
「フハハハハ!舐めるな若造、貴様ごときに我が一族の『断末魔』は扱えニャンだほー!」
「だから腹いせにとっておきの呪いをくれてやったんだが、くたばるどころか…なんか楽しそうでさ…」
ムカつく気持ちはわからんでもなかった。
「つーかその『シリアス限界』、本来すぐに自我が崩壊するクソヤベェ呪いなんだぜ?それをそんな楽しそうに…」
「フッ、父さんには人一倍の精神力…む?一倍…?つまり父さんには人並みの精神力がっ!」
「ゲホッゴホッ!ふぅ…油断したよ、防御が一瞬遅かったらどうなってたか。」
父がフザけている間に、先ほど飛ばされていった右遠が帰ってきた。
「オゥ、大丈夫か右遠?じゃあ三人揃ったことだし、例のヤツいっちまうかぁ?」
「ハッハッハ!甘いぞ皆の衆!父さんは逆境になるほどいつも通り何もしない。」
「甘いのはアンタだよ凱空さん。俺にとっちゃ呪いを増幅させるなんざ…って何もしねぇのかよ!相変わらずフザけた野郎だなオイ!ったく、ちょっと黙らすか…」
「ぬぐっ!?ぬぉおおおお…!!」
解樹の両手から怪しげな光がほとばしった。
父は頭を抱えて苦しみだした。
そしてその隙に、三兄妹は合体攻撃の体勢に入っていた。
「じゃあいくよ央遠、左遠!改めて三位一体攻撃!必殺の奥義…『トライアングル・バインド』!!」
「ぐぉわああああああっほーーい!!」
痛恨の一撃!
なんと!父は捕まってしまった。
一方その頃、妃后の試練に挑んでいた勇者もまた、凄まじく苦戦していた。
宝玉はなんとか気合いで飲み込んだものの、更なる苦痛が待ち受けていたのだ。
「ぐぉおおおおお…!ぬ゛っ、ぐはぁあああああっ…!!」
「予想以上に…苦戦しそうだね。というか死んじゃう?」
「ぐっ…ハァ、ハァ、な、舐めるな…俺が…こんなことで、死ぬわけが…ない!」
「多分半年はかかるね。」
「姫ちゃんに伝えてくれ…墓参りには毎年来てくれと…!」
「あらら、ちょっと体の負担が大きいねー。しょうがないなぁ、じゃあこの手でいくよ。」
妃后は勇者の体に手を突っ込んだ。
なんと!中から半透明の勇者を抜き出した。
「ぬおっ!な、なんだこりゃ!?幽体離脱的な…?」
本体の勇者は未だ苦しそうだが、半透明の勇者は元気そうだ。
「邪悪な魂を少し追い出してみたんだけど、ちょっとは負担軽くなったかな?」
「フッ、何を馬鹿な。この俺に邪悪な部分があったとでも?」
「むしろまるごとゴッソリ抜けそうでビックリしたよ。途中で止めたけど。」
「うぐぅ…ぐむむむ……ふぅ~…」
妃后の見立て通り、勇者本体はだいぶ楽になったようだ。
「うん、落ち着いたみたいだね。霊体のキミはしばらくお散歩でもしてくれば?」
「う、嘘だ…!こんなの…こんなの何かの間違いだ…!」
「広く世界を回って、見定めておいでよ。一緒に世界を救う…仲間達のことを。」
半透明勇者の旅が始まる。