【013】二号生:地獄の雪山登山
加減を知らない校長のせいで、危うく霊界に旅立ちかけた体育祭。
霊魅が言ってたのはこういうことか。
そんな危ないところだった秋が過ぎ、冬。明日は冬の行事『地獄の雪山登山』がある。
去年は雪が降らず中止になったのだが、今年はちゃんと降ったので大丈夫だろう。
いや、まぁ実施される方が大丈夫じゃないのだが。
「明日はお待ちかねの雪山登山です。みなさん張り切って遭難しましょうね!」
相変わらず無茶を言う先公。
挑発に乗るのは思う壺だとわかっているが、言い返さないのも腹が立つ。
「誰がするか!そもそも遭難なんて狙ってするもんじゃねーよ!」
「そこを狙うのがプロの腕ってやつですよ。」
「プロって何のだよ!?」
思わず壺にはまってしまった勇者を横目に、賢二は大事なことを質問した。
「と、ところで今回の目的…いや、むしろ敵は?」
そう、やはり今回も絶対に何かしらと戦うことになるとしか思えない。
そのため一同は、ただの雪山登山ではなく“雪山関連の魔物”を想像し始めた。
雪で攻撃するタイプの魔物なのか、もしかしたら『ユキダルマン』のような雪の化身的な魔物なのか…どちらにしろなんとなく厄介そうな印象。やはり油断すべきではない。
「敵は『スイカ割り魔人』です。」
夏にやれ。
そして翌日。学校から発った俺達は、とりあえず雪山のふもとに到着した。
これまで親父やチョメ太郎に荷物を荒らされ苦労してきた俺だが、今回ばかりは抜かりはない。
奴らは鎖で縛り上げ、最強のリュックを準備し、そして…豪快に忘れてきた。
うむ、もうダメかもしれん。
いや…諦めるのはまだ早いか。
もしかしたら敵が雑魚という可能性も、わずかだが残されているしな。
「ところでさ先生、今回の魔人はどんな奴なのさ?せめて倒さなきゃなんない理由くらいは教えてよ。」
盗子の問いに、教師は溜め息混じりに答えた。
「なんか暑苦しいんですよね。折角の冬なのに。」
「そんなあんまりな理由で!?」
どうやら秋に引き続き、教師の方が悪いかもしれない状況。
だが考えても仕方ないので盗子は軽く突っ込むだけに留めた。同様に勇者も深く考えるのはやめ、早速行動に移ろうとしている。もはやみんな慣れたものだ。
「さーて、じゃあ行くぞ賢二。こんな極寒の雪山、馬鹿正直に登ってたら凍えちまう。何か一気に行けるような魔法は無いのか?」
「んー…あ、あるにはあるけど問題が…」
「よし、ならば使うがいい!」
「いや、何をもって“よし”なのかはこれっぽっちもわからないけど…大事なことはわかったよ。“ノーは許されない”ってことは。」
賢二もまた慣れたものだった。
「楽しみだね勇者君。私はスイカも好きだよ?」
姫は手頃な棒を装備している。明らかに割る気だ。
「偶然にも最終目標は合ってるっぽいけど、それ絵的にはアウトだからね姫…?」
盗子が姫を諭す中、諦めて覚悟を決める賢二は震えながら呪文を唱え始めた。
果たしてその震えは寒さからくるものなのか、それとも不安からなのか。
「ハァ…うまくいけばいいな…ひ、〔飛翔〕!」
賢二は〔飛翔〕を唱えた。
〔飛翔〕
魔法士:LEVEL5の魔法(消費MP3)
味方1グループを垂直上昇させる魔法。飛んで飛んで飛んで回って回って回る。
「うっわー!凄いよ早っ!やるじゃん賢二!」
その想像以上のスピードに驚く盗子。
しかし次の賢二の言葉でさらに驚くことになる。
「でも…止まり方知らないんだ…」
「えっ!?どどどどーしよ勇者!?」
「賢二、お前のことは忘れない!」
勇者は一瞬で割り切った。
そして賢二を見捨て、姫と盗子をかかえて飛び降りた。
「いや、少しくらい躊躇っ…わぁあああああ!?お助けぇえええええええ!!」
キラン
賢二は星になった。
「賢二…いい奴だったの…か?」
「せめて“に”にしてあげて!!まぁ見捨てたのはアタシも同罪だし言えた義理じゃないけ」
「シッ!喋るな盗子!」
盗子がツッコミ終えるのを待たず、勇者は盗子を制止した。
周囲に緊張が走る。
「ハッ…!も、もう敵が近くに…!?」
「いや、うるさいから。」
「配慮を!もう少しでいいからアタシにも配慮を!」
だが、盗子は無駄に傷ついたわけではないようだった。
なぜなら背後から、本当に敵が現れたからだ。
「ほぉ、こんな季節に客か…珍しいこともあるものだ。」
現れたのは、身長190cmはあると思われる筋肉質の男。
だが最も大きな特徴はその肉体ではなく頭部。なんと、目の周りをくり抜いたスイカをスッポリと被っているのだ。
頭がスイカの化け物でもまぁそれはそれで怖いが、スイカを被ったオッサンとなると“怖い”の意味が変わってくる。
「フン、貴様こそ珍しい出で立ちしやがって。どう見てもスイカのくせに『スイカ割り魔人』とはややこしい奴め。」
「つ、強いのかどうかはさておき、どう見ても普通じゃないよね…」
勇者も盗子も警戒は緩めないが、“魔人”としてか“変態”としてか、どちらの意味で警戒したものか悩ましかった。
珍しく姫も真剣な眼差しで見つめている。
「盗子ちゃん…目隠しを。」
「いや、まだそんな正規の手順で割るつもりなの!?この状況見ても頑なに初心を忘れないのはなんで!?」
人数比こそ三対一とはいえ幼児と魔人…どう考えても敵にとって有利な状況なのだが、少しも油断しているようには見えないスイカ割り魔人。悪く言えば大人げない敵だ。
「よく来たな青きスイカども。四方を断崖に囲まれたこの地…逃げ場は無いぞ?」
威嚇するスイカの人。
しかし勇者もやる気満々だった。
「フッ、俺は逃げも隠れもせん!賢二のカタキは俺が討つ!」
「ちょ、賢二はアンタが見捨てたんじゃん!なにその流れるような責任転嫁!?」
そしてそのまま、戦闘が開始しそうな流れに突入した。
どうやらスイカ割り魔人は戦闘狂らしく、とにかく早く戦いたい様子。
そして、やはり見た目だけでなく性格にも難のある困った奴だった。
「よし、勝負だ小僧!ルールは単純、どちらかのスイカが割れるまで戦うのみ!」
「いや、一緒にするなよ。俺の頭はスイカじゃないぞ。」
「じゃあお互いの…心のスイカを?」
「だから持ってねーよ!なんだよそのチョイチョイ固有名詞を“スイカ”に変換する謎仕様!?」
敵の妙な設定のせいで話がなかなか進まない。
しかし、それに一番焦らされていたのはその原因たる本人だった。
「ええい、もう始めるぞ!とりあえずワシが先攻で、目隠しを…」
「いや、どう見てもアンタ一方的に割られる側じゃん!なに言っ」
「もういい黙れ盗子!いいだろうスイカ野郎、俺は動かん!かかって来い!!」
ツッコミの途中で何かに気付いたっぽい勇者は盗子を制止し、スイカを挑発。
すると自ら目隠しをしたスイカ頭のオッサンは、高めのテンションで高らかに叫んだ。
「ガッハッハ!ならば参ろう!ギャラリー達よ、スイカの位置を教えるがいい!」
どうあってもスイカ割りの一環という流れは譲れないらしいスイカ割り魔人。
だがそれこそが勇者の狙いだった。
「ハハハッ!敵前で自ら視覚を奪うとは自殺行為よ!死ねぇーーーー!!」
勇者は勢い良く斬りかかった。
ミス!スイカ割り魔人は攻撃を避けた。
「なっ!今の攻撃を避けただと!?」
「フッ、舐めるでない!その程度の企みが見抜けぬワシではないわ!!」
そう勝ち誇りながら、スイカ割り魔人は…鮮やかに谷底へと落ちていった。
「まだまだ甘いな若造!ガッハッハーーー……」
ダイナミックに避けすぎた。
そんな感じで、勝手に自爆しやがったスイカ割り魔人。
結局強いのか弱いのかもわからなかったが、とりあえずインパクトだけは無駄に強かった。
おかげで今後、純粋な気持ちでスイカ割りを楽しめそうな気がしない。
「いや~、みなさんお疲れ様でした。さすがですね~。」
勇者達が振り返ると、そこには教師と他の生徒達が到着していた。
「チッ、片付いた頃に悠々と…。役立たずの分際で偉そうだな貴様ら?」
自分で勝手に先陣を切っただけに文句の言いようは無い勇者だが、何事もなく平和に登ってきただろうクラスメートの姿はなんとなく癪に障った。
「まぁいいじゃないですか勇者君。みなさんが無事で先生一安心ですよ。」
「私は…割りたかったよ。」
「まだ言ってんの姫!?まぁいいじゃん、今回は誰も死ななかったんだし…ね?」
ふむ、やれやれ…まぁそれもそうか。いいだろう。
誰も賢二には触れない。
そして季節は巡り、気付けば冬も終わりを告げようとしていた。
思い返してみると、様々なことがあった一年間。短かったようで…長かった…。
もうじき春が来る。
そして俺は三号生になる。