【129】いざ魔の国へ
帝都を旅立ってから、それなりの時が経ち…冬も明けて季節は春に。
陸路を辿り、なんとかナシ大陸に着いた俺は、気づけば十四歳になっていた。
にしても、もう春だってのにこの大陸…クソ寒い。“氷の大陸”の名はダテじゃないな。
「う゛う゛ぅ~…さささ寒い、寒すぎる!俺は寒いのと盗子が大嫌いなんだっ!」
季節外れの吹雪にさらされ、今にも芯から凍り付きそうな勇者。
同行する賢二と盗子も、勇者ほどでは無いが限界は遠くない。
「ねぇ賢二、もう名前出るだけでも…幸せなのかな…」
「人間の防衛本能って凄いね…」
盗子は精神的にも結構やられていた。
だがやはり勇者の方が限界らしく、ただどこか一点を見つめながら静かに震えている。
「だ、大丈夫勇者?まだ頑張れそう…?」
「もももう無理かもしれん。いい今なら暖かいならある程度のことは我慢する。」
「そんなに弱ってるの!?あっ、じゃあアタシが抱き着い」
「お前は我慢できない。」
盗子も我慢できず泣いた。
「さ、寒いもう駄目だ…。賢二、俺が凍ったらレンジで五分ほどチンしてくれ。」
「え、レンジは温風出るわけじゃなくて分子を振動させるんだから…死ぬよ?」
「あ、ちょっと待って!なんか明かり見えない?人がいるっぽくないあの家?」
盗子の言う通り、確かに人がいそうな民家が見えた。
「おぉ、よよよよしきた!ここれで防寒具を奪えるな賢二!」
「いや、毎度ながらその発想はどうかと…」
「よし、開けるぞ!」
ダッシュで駆け寄った勇者は、急いで扉を開けた。
「…ん?」
なんと!貧乏神が現れた。
とりあえず金目の物は無さそうだ。
「あーーっ!アンタは前に会った貧乏神!なんでアンタがここにいんの!?」
家主を見た盗子が大声を上げると、貧乏神の方も以前のことを思い出した様子。
「お?なんや懐かしい面々やなぁ。蒼髪の坊はちょいと雰囲気が前よりアレやけども。」
「ん?あぁ、猿魔の奴が会ったのか。だが悪いが初対面だ、興味も無い。死ね。」
「いや勇者君、何もそこまで…」
勇者は屋内に入ってやっと元気が出てきた。
「にしても、偶然の再会やね。確か前に会うたんはもっとアレがアレの場所やったと思うけども。」
「オイ賢二、結局なんなんだよこの見るからに人外な感じのジジイは?害になるなら今すぐ外に埋めてくるが?」
「あ、この人は…えっと、前にギマイ大陸のパンシティから北に行った辺りで出会った…貧乏神さんです。」
「よし埋めよう。」
「ちょ、ちょっと待って勇者!気持ちはわかるけど、勝手に家に押し入って追い出して埋めるとか鬼畜にも程があるから!とりあえず一旦落ち着こ!ね?」
「やれやれ、随分とまぁ物騒なアレやね。なんやあのアレを思い出したわ、ちょうど最近…よう似たアレの気配をアレしたしなぁ。」
「いや、全然わかんねーよ。いつ誰が何をどうしたんだ。」
相変わらず情報量が少ない。
「まぁワシの勘違いやもしれんがね。ワシがこの星に来たのも、もう五百年も前のアレやし。」
「だから勘違いも何もそもそもが1ミリも伝わってねーんだよ!相手の想像力に頼るにも程が…って、ちょっと待てジジイ!五百年前がなんだって!?」
勇者は“五百年”という単語が引っ掛かった。
「も、もしや貴様…仮にも“神”の名を持つだけに、他の古代神達と一緒に…誰かに招集されたクチだったりするのか…?」
「ん?いやいや、呼ばれちゃないわ。密航して来よったアレよ。まぁつまりはアレやね。」
「だからどれだ!?って、その言い回しだと“呼ばれてはいないが一緒には来た”と受け取れるが…まさか貴様、首謀者を知ってるんじゃ…!?」
「首謀者?あ~、まぁそういう意味ならアレやね。」
そう言うと貧乏神は暖炉の火に目を移し、いかにも大事なことを言いそうな感じで言い放った。
「アレの名は『救世主』…アレがアレして、アレやったアレやで。」
やっぱり情報量が少ない。
その後、時間はかかったがなんとかある程度の情報は聞き出せた。
貧乏神が言うには、かつて世界を救ったという『勇者:救世主』が諸悪の根源なのだという。
「くっ、馬鹿な…!この俺と同じ…『勇者』ともあろう者が、そんな悪事を働くはずが…!」
(疑う余地を感じないのはなぜだろう…)
賢二と盗子はすんなりと腑に落ちた。
「ところでお爺ちゃん、アンタ密航してきたってことはその救世主って人とは面識は無いってこと?」
「いや、そんなアレは無いで嬢ちゃん。結局途中でアレしてもうてな…でも降りるわけにもいかんっちゅーアレで仕方なくアレに任命されたんよ。」
「だからアレじゃわかんないってば!まぁどうせ雑用係とかだろうけどさ!」
「いや、“会計係”に。」
尋常じゃない人選ミスだった。
「それ絶対ダメなやつじゃん!頼んだ方も頼んだ方だけどアンタも断れよ!」
「な、なんとなくどんな悲劇が起きたのか読めたけど…それは一旦置いといて、つまり貧乏神さんは、救世主さんと十二神の計十四人で攻めてきた…ってことで合ってますか?」
「あ~、全員とちゃうよ。サイズが島ほどあるアレなんかは現地集合やったわ。」
「島サイズ…魔神のことだな。確かに奴は宇宙船とか乗れんわなぁ。」
「でも現地集合って…何か暗号通信とか広まってたんですか?宇宙全体に…?」
「そない大層なもんちゃうよ。広告やね、“強者急募!異星を襲うだけの簡単なお仕事です♪”ゆーて。」
「いや、なにその怪しげなバイトみたいな募集!?それにノリ軽っ!」
「違うな盗子、だからこそ宇宙警察に冗談と思われたのかもしれん。もし狙ってのことだったとしたら…侮れん敵だって可能性もある。というか、そうであれ。」
「“あれ”て!まぁ確かに“黒幕がアホ”って事態は避けたいとこだけども。」
モチベーションに関わる問題だった。
「ま、結局は食料切れて、燃料切れて、全員キレて…大変やったけどね。」
「そこはどう考えても貴様の功績じゃないか。そのメンツ相手によく殺されなかったなオイ。」
「絶対味方にしたくない凄さですね…。で、それをどう乗り切ったんですか?」
「ん?そこはまぁアレよ、不時着したんよ。ちょうどええ感じにアレやった星…この地球にやね。」
貧乏神はサラッと聞き捨てならないことを言った。
「ちょっと待て!じゃあなにか?敵は最初から地球目当てで来たわけじゃ…」
「あ~、目指しとったアレは『桃源星』…地球よりも豊かな、楽園のようなアレやで。」
「なっ…!?」
「そ、それって…じゃあ勇者君…!」
「ああ、埋めよう。」
その後、彼の姿を見た者はいない。
「チッ、やれやれ…。有益な情報だったといえばそうだが、聞きたくなかった話でもあるよな。」
「まぁ僕はたった今、見たくなかった光景を見たけどね…」
どういうわけか貧乏神を見かけない。
「で、どうする勇者君?今日はもう遅いし、この家で一泊してく感じかな?」
「当然だ、凍え死ぬからな。とりあえず賢二は風呂でも沸かして来いよ。盗子は二階に寝床が何組あるか見て…むっ、誰かいる…!」
勇者の言う通り、階段から誰かが下りてくる音が聞こえる。
(ど、どうしよう勇者君?もしかして別の古代神だったり…!?)
(じゃあ賢二が扉を開けて、盗子が攻撃を食らってる間に俺が仕留める。異論は無いな?)
(いや、アンタ“異論”の意味知ってる…?)
(も、もうそこまで来てるよ!ノブが回っ…えっ…!?)
「へ?けけけっ、賢二…先輩?」
なんと!学園校の後輩だった栗子が現れた。
「な、なんで栗子さんがここに…?」
「よぉ栗っこ、久しぶりだな。俺じゃない俺ならどこかで会ったかもしれんが。」
勇者母の故郷であるケンド村から猿魔や盗子らを逃がすべく、一人残った栗子だったが、どうやら無事に生き残っていたようだ。
「えっ、えっ、ゆゆゆ勇者先輩も…!?あ、あと…その…ねぇ?」
「盗子だから!前回ケンド村で会ったよね!?むしろこの中で会ったのアタシだけだよ!?勇者は偽者だったし!」
「にしても、久しぶりだね栗子さん。こんな所で会えるなんてビックリだけど、とりあえず元気そうで良かったよ。」
「けけけ賢二先輩!わわ私もその、また会えるなん…会えて良かっ、良しっ!」
「で?なんでお前はここにいんだよ?生きるにも難儀する土地だろ?」
「あ、ハイ、そそその、クッソ寒い地域なんで、暖房を売り付けに、おおお爺ちゃんと…」
「あ~、確かにバカ売れしそうだもんね~。じゃあ今あのお爺ちゃんと行商中ってわけ?」
盗子の問いに、栗子はなぜか表情を曇らせた。
「え…ちょ、ちょっと待って。まさかお爺ちゃんってば…誰かに殺され…」
「グスン…その…あ、新しい暖房の開発中に、失敗して…島ごと…」
「島ごと何!?」
破壊力が暖房のそれじゃない。
その後、何かの間違いかと改めて事情を聞いたが、特に何の間違いも無く栗子の祖父は爆死したのだという。
で、途方に暮れてるところを貧乏神に拾われたらしい。そうか、アイツ…いい所もあったんだな…。
「で、あの…そそそういえば貧乏神さんはどこへ…?」
栗子は痛い所を突いてきた。
「ん?まぁ…春になれば会えるさ。会うのが正解かどうかはさておき。」
「えっ?あっ、旅立っちゃったですか?そうですか…ずず随分長旅なんですね…まだお礼もちゃんとできてないのに…」
「ああ、行き先は相当遠いぞ。まぁ行くのは簡単だが。」
(ちょっ、勇者!隠す気あんのか無いのかハッキリして!)
(でも勇者君にしては珍しくない?いつもならもっと直球で傷つけるのに…)
「生きるためだ。快適な移動手段が無ければ、俺は死ぬ。」
「かかか、快適がどうしやがったのでしょう?みなさんヒソヒソと何か…?」
「ふむ…実は頼みがあるんだ。暖房完備の車を作ってくれないか?三人乗りの。」
(ホッ…今回は勘定に入ってる…)
盗子は胸を撫で下ろした。
栗子も…放ってはおけんしな。
盗子は考えが甘かった。
その後、ろくな設備も無かったはずなのに、なんと三日で車を完成させた栗子。
このままここにいたら食料も底をつく…早急に出発せねばなるまい。
「じゃあ行くか…そうだ栗子、一番近い街か村はどこかわかるか?」
「え、え、えと、チチチーキユ村だったかと。」
「む?『エエエトチチチーキユ村』…長い名だな。」
「いや、あの、えと、そういう意味では…!」
「大丈夫だよ栗子さん、わかっててやってる目だから。」
「ところで、信用していいんだよな?ただでさえ乗り物運の無い俺が、たった三日で作られた車に乗るとか…」
「だだ大丈夫ですの!こう見えて経験豊富ッスよ!お、お爺ちゃんと…暖房作ったり…」
「急に不安になったぞ。誰も爆発の経験は聞いてない。」
「アタシは乗せてもらえるかどうかがまず心配なんだけどね…」
車は注文通りの三人乗りに見える。
「ちなみに栗子、もちろん自動操縦は付いてるんだよな?」
「あっ!そ、それはもう…頑張りまっす!!」
“児童操縦”搭載だった。
そしてそのまま出発。
もはや事故るのは恒例と諦めていたのだが、なんと超意外にも今回の乗り物は順調に走った。
思えば幼少期から、乗り物だけは相性が…ん?いや、他にも悪い相性ばっかりか。盗子、両親、先公、ペット、師匠、装備、あと盗子…恵まれてないにも程がある。
唯一姫ちゃんだけ別格だが他は全滅だ。なんだ、乗り物だけじゃないじゃないか。そんな中を生き抜いてきた俺が、乗り物ごときに苦手意識とは…恥ずかしいぜ。
破片と共に宙を舞いながら、俺は自分を恥じた。
やっぱり事故った。