【125】魔神を討つ者達(13)
観理と黒錬邪の犠牲もあり、最後の角を残すのみとなった魔神。
だが俺は俺で、麗華からパクッた剣も折れてしまい再びマズい状況に陥っている。
つまり、今ならどう転ぶかわからんって感じだ。
「さぁ観念するがいい魔神よ。正真正銘、これが最後の決戦となるだろう。」
「…フン、さっきも似たようなセリフを聞いた気がするが?」
「だな。いい加減終わりにせんとなぁ…。ある程度はシーソーゲームの方が盛り上がるが、続きすぎると興ざめだ。」
「とかなんとか言いつつ、この状況でまだ、誰かが助けが来るとか思ってるんじゃないか?」
「ん?まぁさすがに…な。場合によっちゃ校長あたりがあるいは…とか思っていたんだが、この状況で来ないってことはもう無理なんだろう。つまりもはや、この場は俺と…」
「私と?」
「そう姫ちゃんと…って姫ちゃん!?」
空気を読まずに姫が現れた。
明らかに寝起きな感じで目をこすっている。
「おはよう勇者君。いい朝だね。」
「いや、もうじき夕方だし下手すりゃもう次の朝は来ないかもって状況だが…まぁやっぱり可愛いから許す。」
勇者は少し元気が出てきた。
「さぁいくぞ魔神。姫ちゃんが来て元気百倍!今なら何でもできる気がするぜ!」
「オイオイ、忘れたのか勇者?よそ見なんかしてるからまた…見失うんだ。」
ヒュン!
魔神の姿が消えた。
「ハッ!しまった見え…」
「勇者君、後ろだよっ!」
「むっ!?オーケーわかっ…」
「私は。」
「あ、うん…グエッ!」
勇者は大ダメージを受けた。
「うぐっ、なんだかさっき…黒錬邪とも…同じようなやりとりが…」
「相変わらずだなぁ勇者、そんなにこの小娘が大事か?ただの足手まといだろ。」
「守るさ、どんな時でもな!なぜなら俺は姫ちゃんを守る“ナイト”…貴様は彼女にとって何だ!?」
「む?まぁ…強いて言うなら“故郷”だが?」
「ち、チックショウなんか負けてる気がするぜ…!」
「あと八年以上、中にいた。」
「うぉおおお!やめてくれぇええええ!!」
勇者は精神的にも大ダメージ。
その後、姫ちゃんを守りつつ逃げ回ること数分。
これは予想以上にキツい。呼吸困難で死にそうだ。
「ゼェ、ゼェ…!なんとか、目は慣れて、きたが、息が…!」
「小娘一人抱えてそこまで動けるとは大したものよ。だがそれだけに惜しい。」
「美味しいの勇者君?何が美味しいの?」
「フッ、違うぞ姫ちゃん。“羨ましい”と言ってる。」
「どっちも違うぞ。特に後者が凄まじく。」
「ま、しばらく調子こいてろよクソ魔神。今は…“逃げながら作戦考えタイム”なんでな。」
「フン、甘いな。この広範囲からは…逃げられまい!ブフォォオオオオオオ!!」
「なっ、炎…だと…!?ヤバい…!」
魔神は燃えさかる火炎を噴いた。
勇者は逃げ切れない。
ミス!『血子の眼帯』が攻撃を防いだ。
眼帯は音も無く崩れ落ちた。
「なっ…!?ち、血子…!死してなおグッジョブだぜ根っこ!」
「ほぉ、氷の防壁とは変わった防具だ…フンッ、命拾いしたなぁ小僧。」
「えー、ズルいよ勇者君だけ。私も拾いたかったよ。」
「違うんだ姫ちゃん、“命拾い”は“栗拾い”とかのノリとは別なんだ…!」
「…私は、騙されないよ。」
姫は納得がいかない。
「ふむ…やれやれ、やはりその小娘がいると緊迫した空気が台無しになるな。先に
消すとするか。」
この期に及んで場に緊迫感が足りないことを問題視する魔神。
正直わからんでもない。
「フン、舐めるな!貴様ごときの攻撃が姫ちゃんに届くと思うなよ!?」
「ハハッ!やはり何もわかっちゃいないなぁ勇者…!ことごとく予想を裏切る…それが、姫だろうがぁ!!」
「キャフッ!!」
魔神の一撃!
なんと!定石を無視して姫に直撃した。
「なん…だとぉ…!?」
「あぅっ…う゛…!」
「ひ、姫ちゃん!?しっか、しっかりす…キャアアアアアアアアアアアア!!」
勇者は柄にもない悲鳴を上げた。
「えっ…そ、そこまで取り乱すとは…。なんか…すまん…」
「姫ちゅぁああああああああん!!」
勇者が大変だ。
「ハァ、ウァ、オゥッ、あ゛…くぁwせdrftgyふじこl」
姫が重傷を負うというこれまでにないパターンに、尋常じゃなく取り乱す勇者。
その姿に一度はうっかり反省してしまった魔神だったが、数分経っても変わらないのを見ると、イラつくのを通り越してもはや呆れ果ててしまった。
「ハァ…どうやらもう手の施しようが無い感じだな…。わかったよ、二人仲良く死なせてやる。」
魔神は右手に力を込めた。
手刀が剣のように鋭くなった。
「チクショウ…!俺にもっと、もっと力があれば…!チクショウがぁあああ!!」
「チカラガ ホシイカ…?みたいなテンプレ展開は無いぜ?お前の力の根源だったのは、いま目の前にいるこの俺なんだからなぁ!」
魔神は右手を振り上げた。
その時、勇者の左目に激痛が走った。
「ぐわっ!い、痛ぇ!左目が…焼ける…!こんな時に…!」
「フゥ、やれやれ…まったく手のかかる子ですねぇ~。」
「さらばだ、勇者!!」
魔神の攻撃!
ガキィイイン!
なんと!勇者は『魔神の剣』で攻撃を防いだ。
「ば、馬鹿なっ!今の貴様の魔力で、その剣が抜けるはずが…!」
「…チッ、やれやれ…こういうことかよ。あんにゃろう余計なマネを…」
「勇者…そ、その目はまさか、“奴”の…!?」
「俺は『勇者』…だが今だけは、貴様を地獄へといざなう…『死神』となろう!」
潰されたはずの勇者の左目は、金色に輝く『死神の目』と化していた。
それは亡き教師の置き土産だった。
「ふむ…久々に視界が開けたな。やっと遠近感が戻ってきたぜ。」
姫ちゃんを傷つけられ頂点に達した俺の怒りが、知らぬ間に埋め込まれていた『死神の目』を目覚めさせたようだ。
思えば暗黒神を倒した後、やけに左目に激痛が…。そうか全ては奴のせいだったってわけか。
だがまぁ、おかげで力が手に入ったのも事実。癪ではあるが感謝してやろう。
「オイ麗華、降りて来い!姫ちゃんを…って、うぉっ!?」
「既に診ている。だがワシの回復魔法では限界があるな…。ここからだとシジャン王国が近い、医者を探すとしよう。」
「任せたぞ、姫ちゃんを連れて遠くへ逃げろ!巻き込まれたら殺すぞ!?」
「ふむ、わかった。二度と貴様の手が届かぬ場所へと連れ去ろう!」
「いや、限度はわきまえろよ!」
「勇者よ…死ぬなよ。ワシはともかく、賢二が悲しむ。」
麗華は姫達を連れて去った。
「さて…邪魔者もいなくなったことだし、とっととキメるか。早く帰って寝たいしな。」
「フン、もう勝った気か…調子に乗るなよ小僧?」
「訂正する。姫ちゃんは邪魔者じゃない。」
「どうでもいいよ。頼むからもう少し集中してくれ。」
「姫ちゃんの魅力?それは…!」
「いや、こっちに。」
勇者は調子が出てきた。
「先公はこの目は危険と言っていた。長時間は御免だ、短期決戦といこうぜ!」
「いいだろう。貴様のヤワな剣なんぞ、この爪で全てさばいてくれよう。」
「姫ちゃんの安否が気がかりだ、早々に死にやがれクソ野郎がぁーー!!」
シャキィーーン!ガキンッ、バシュッ!
チュィン!キンッ、キィン!シュッ、ズバシュッ!
ズォオオオオオオオオオ!ササッ!シュンッ!ギィィン!ビシュッ!
ドスッ!ザシュッ!ズバシュッ!カキィン!ズババババッ!
ドガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!!
字だけじゃキツいので想像でカバーしてください。
「ゼェ、ゼェ、やはり、強いな…クソ魔神…!よってたかって、痛めつけたってのに…まだそれだけの力が…!」
「ゼェ、ゼェ、フッ…お前も…成長したじゃないか勇者。この戦い…もう少し時間がかかるか。」
「いいや?もう終わりだよ。慣れない力だ…残念だがもう…限界でなぁ。」
勇者は力が抜けたように片膝をついた。
「ハハハッ!確かに限界のようだなぁ勇者…と、安易に近づくと思うか?お前の性格は知り尽くしている。」
「フッ、いいのか?そこまで見越してただ休んでるだけかもしれんぞ?貴様は既に我が秘策の中にいる。必殺魔法…〔疑心暗鬼〕のなぁ!」
「ま、そうだな。裏を考え始めたらキリが無いか。」
「いや待て、もうちょっと考えることをお勧めする。」
「今度は焦った演技か?やはりキリが無いな。」
「いやいや待て待て!俺が罠を仕掛けたとか考えんのか!?」
「舐めるな小僧!そんなもの仕掛けてる余裕なんぞ(カチッ)
ズッドォーーーン!!
魔神の足元で何かが爆発した。
魔神は足に大ダメージを受けた。
「うぐっ…!なっ、地雷だと…!?まさか本当に俺の目を盗んで…いや、そうじゃない…!」
「そうだ、ここはあの学園校だぜ?わざわざ用意なんぞせんでも、いくらでも散らばってるのさ…この脱走禁止用の“地雷原”にはなぁ!」
パチンッ!
勇者が指を弾くと、周囲の景色が地雷原に変わった。
「チッ、そうか『幻術』か…!先ほどの乱打戦の最中、少しずつ景色を変えながら誘導しやがったってわけか…!」
「ああ。どうやらこの目は、死神だけでなく先公の怨念も宿してるようでなぁ。残念ながらもう使えそうにないが、今ので十分な効果はあったようだ。」
勇者はとても悪い笑顔を浮かべた。
どう見ても悪vs悪の、より悪の方が勇者だ。
「さぁ食らえぃ魔神!我が渾身の一撃をぉおおおおおおお!!」
「くっ、甘い!そんなハエの止まるようなスピードの剣を、食らうかぁーー!!」
魔神の攻撃!
ミス!勇者は幻のように消えた。
「って、まだ使えてんじゃねぇか…幻術…!」
「こっちだよクソ野郎!」
「チッ、後ろかっ…!」
「上だっ!!」
「なっ!?ってやっぱり後ろじゃ…」
「隙ありぃいいいいいい!!」
ズババババシュッ!!
「ぐぉわぁあああああああああ!!」
勇者、会心の一撃!!
そして残虐な追い討ちが続く。
「さぁ終わりだ魔神マオ!今から貴様に、倒れていった皆の想いを叩き込む!」
「あ、あり得ぬ…!この俺が…この俺が人間ごときにやられるなど…!」
「これは…壮絶なイメチェンの果てに死んでいった、カマハハの分!!」
「ガハァッ!!」
「意外に頑張ったらしいのが、なぜかムカつくシスコンの分!!」
「ぐわっ!!」
「知らぬ間に死んでた観理の分!!」
「ぬぐぅ!!」
「とってもアッサリ消された女医の分!!」
「ゲフッ!!」
「貴様のせいで左腕と愛刀を失った麗華の分!!」
「いや、刀はお前ガハッ!」
「終始逃げ腰だった賢二の分!!」
「なぜ俺にブホッ!?」
「気づいたらいなかったチョメ太郎の分!!」
「だから知らなバッ!!」
「最期まで意味不明だった黒錬邪の分!!」
「ぐはぁあああっ!!」
「なんだかんだで色々と迷惑を被った、この俺の分!!」
「うぎゃぁあああああああっ!!」
「そして、これが…!これが、貴様ごときに傷つけられた…我が天使…!」
「ま、待て!待っ…」
「姫ちゃんの分だぁーーーー!!」
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
もちろん盗子の分は無い。
完璧な手応え、そして完璧な演出…間違いなくこれで決着だろう。
そうでなきゃキレる。
「ハァ、ハァ…!フッ、どうだよ魔神、強かったろう俺は?」
最後の角も折れ、さらに全身に多くの致命傷を刻まれた魔神は、大の字に倒れ勇者に見下ろされていた。
「やれやれ…ここまでか…グフッ!ふぅ…まさかこんな矮小なガキどもに…追いやられるとはなぁ…」
「死ぬ前に聞かせろよ。お前は結局…何がしたかったんだ?貴様ほどの力があったなら、もっと色々と…やりようはあったと思えてならん。」
「何が…?フッ、何が…か…」
魔神は虚ろな目で空を見つめながら語り始めた。
「ずっと…ずっと退屈だったんだ。自分とは体の大きさが合わず、意思の疎通も叶わん生き物たちを、戯れに薙ぎ払うだけの日々…。どの星に行ってもそれは変わらなかった。」
「なっ、動機は退屈しのぎ…だと…?まぁ客観的に聞けば確かにわからん話でもないが…」
「それが『転魂の実』の出現で、状況は一変したんだよ。主に見てるだけではあったが、乗り移った先…人間の目で間近に見る愛憎劇…刺激的だった…」
「ならばなぜ本体に戻ったんだ?これまでのように霊体として漂ってりゃ、こうして死ぬことは…」
「フッ…飽きたんだよ、傍観者にもな。欲求ってのは枚挙に暇がない…。いつまでも同じじゃ…いられないのさ。」
「お前まさか、死ぬつもりで…!?」
「安心しろ、手は抜いていない。もっとも、俺の本領は巨大な本体が生み出す圧倒的な破壊力だからな…。今の人型の俺では…果たして本来の何割出せたのやら…」
「だろうな。邪神や暗黒神も、そうと知ってりゃ動き方も違っただろうよ。」
「ハハッ、アイツらか…。奴らとなら…あの強き者達とならば、あるいは…少しはわかり合えたのかもな…」
「いや無理だろ、やっぱデカすぎるしお前。」
「お前…まぁそういう奴だよな、お前は…」
勇者はわかり合う気が無かった。
「気付いてたか勇者?お前の親父…巨大化した奴が最初に破壊したのが、俺の咆哮の…言わば砲身にあたる部分でな。あれさえ生きてりゃ、最後に帝都に一撃…お見舞いしてやれたんだ…」
「そうか、役立たずに見えてやることはやってたんだなクソ親父…生意気な。」
「俺はお前一人に負けたんじゃない。お前の仲間だけでもない。全ては五百年もかけて周到に準備を重ねた、貴様ら人間どもの…気が狂いそうになるほど地道な積み重ね…執念に…負けたんだ…」
どうやら魔神はもう限界のようだ。
「サラバだ魔神。次に生まれてくる時は、人並みを望むがいい。まぁ俺は、そんな低い領域で待っててやる気はさらさら無いがな。」
「ハハッ…だったらその時は…お前が『魔神』…だな…。譲ってやるよ…この二つ名…」
今すぐにでも襲名できそうな気も。
「…なぁ魔神よ、結果的にはこうなっちまったが、お前には特に恨みはないんだ。まぁおかげで夜もグッスリ眠れんかったってのはあるが、力を失った今はよくわかるよ。世話になったと…そう言うべきなのかもな。」
「グフッ…フフッ、そういや俺も…。不思議だなぁ勇者よ…お前と過ごしたこの十余年…悪くは…なかっ…」
「んー、俺は特に。」
「ひ、酷ぇ……な………」
勇者は魔神を撃破した(精神的にも)。