【124】魔神を討つ者達(12)
勇者、黒錬邪に続き観理もまた倒れ、残るは賢二のみとなってしまった。
かつてこれほどまでに頼りない状況があっただろうか。
「さて、残るは一人…。観理のおかげでMPはいくらか回復したようだが、防御ばかりの貴様では…もはや勝負にすらなるまい。」
勇者の中からずっと賢二を見てきた魔神には、賢二がこの状況で頼りにならないだろうことはわかっていた。
だが、今回の賢二は何かが違うようだ。
「…逃げないよ。防御魔法は、もう使わない。」
「ほぉ。なんだ、友の死によって何かに目覚めたか?」
「できるだけの治療はしたし…きっと後で勇者君が、アナタを倒してくれる!」
「って自分が勝つ気ゼロなのか。もう少しお前自分に自信を持てよ。」
「いや、僕ってそういう立ち位置じゃないんで…」
「貴様がやるしかないんだよ!現実を見ろ、今は貴様しかいないんだ!」
観理との戦いが悪からぬものだったこともあり、賢二の情けなさに苛立つ魔神。
そんな中、賢二は小声でなにやら呟き始めていた。
「ま、魔術師手術中…」
「魔術師…?なんだ、他に仲間がいるとでも言いたいのか?」
「手術室で手術集中する魔術師と…」
「チッ、その難しい術式…それもまた『禁読術法』か…!」
「坊主が屏風に上じゅにギャーー!!」
賢二は上手にできなかった。
「う゛…うぐぅ…!くはっ…!ま、まだだよ…!こんな攻撃なんて…!」
禁読術法が失敗したらしい賢二は、地面を転げ回りながら苦しそうに悶えつつ、魔神に八つ当たりした。
「いや、勝手に俺のせいっぽく言うなよ。見事な自爆じゃないか今の。」
「フン、知ったこっちゃ無いな。」
「あん…?貴様…何か隠しているな?禁術である禁読術法が失敗してその程度というのもおかしいし、なにより賢二ごときがそんな口をきくなど…」
賢二の賢二らしからぬ態度に、魔神は違和感を覚えた。
すると賢二は観念したように開き直った。
「フッ、やれやれバレちまったか。こんな貧弱な体で貴様と戦いたくは…なかったんだがなぁ。」
柄にもなく不敵な笑みを浮かべる賢二。
その表情は、まさに…
「き、貴様…!まさか勇」
ガキィイイイインン!!
魔神の角に強烈な一撃!
「なっ、背後から…だと…!?」
「ふむ…折れんか、堅いな。」
なんと!冬樹が斬り込んでいた。
「ハ、ハハ…良かった…。演技…騙されてくれて…」
ホッとしてへたり込む賢二。
その情けない顔はどう見ても賢二だった。
「くっ、演技…だとぉ…!?そうか!黒錬邪が目覚めたことに気付き、俺の注意を自分に向けるためか…!」
「よく粘った少年、お陰で力を練ることができた。そしてグッスリ寝ることも。」
戦闘不能になったと見せかけて、じっくりと機をうかがっていたらしい冬樹。
勝算があるのかどうかは、無表情なので全然読めない。
「ふむ、あと一撃…といったところか。」
「あ?調子に乗るなよ黒騎士!この人間風情がぁ…!」
「フッフッフ、何を勘違いしている?俺の寿命の話だ。」
「いや、だったらそれで得意げなアナタもよくわかりませんけど!?」
黒錬邪が意味不明で賢二はいつまで経っても気が抜けない。
結局どっちなのかはわからないが、魔神は言葉通りに受け取ったようだ。
「ならば望み通り一撃で始末してくれよう!食らうがいい、『ヤッ咆』!!」
魔神の攻撃!
チュイン!
ミス!黒錬邪は攻撃をいなした。
「黒騎士槍術、『アッ槍』…。その程度の技で俺を倒そうとは甘すぎる。」
「いや、槍で波動系の技を受けるってどんな原理だ!?擬音も変だし…!」
「意外となんとかなった。」
「というか今ので一撃終わってません!?寿命大丈夫です!?」
冬樹はその問いに答えることなく、魔神の方を見ながら言った。
「さて…次で終わりにしよう。魔神の攻撃は俺がなんとかする、だからお前達もどうにかなれ。」
「なんですかその曖昧な作戦!?って、お前…“達”…?あっ!」
その意味に気付いた賢二が振り返ると、気絶していた勇者が起き上がっていた。
傷の方は賢二の回復魔法でなんとか塞がったようだ。
「さて、役者も出揃ったことだし…ぼちぼちフィナーレといこうか魔神よ。次回、“さらば賢二、永遠に”の巻!」
「何そのフラグ!?」
お楽しみにっ!
目覚めてみると、魔神は角が一本無く、観理は倒れて…オーケー状況は察した。
残った黒錬邪も相当ヤバそうな傷だし、賢二の奴もMPは限界だろう。やるなら今しかない。
「さぁ行くぞ賢二!持てる全ての力をもって、華々しい最期を飾るがいい!」
「できれば死なない結末も用意してほしいなぁ…」
「うるせぇ!ボヤいてる暇があったらとっとと詠唱でも始めろやクソがぁ!!」
「わ、わかったよ。観理さんのおかげでMPも戻ったから、あとはうまく発動できれば…」
「おっと、ここで防御魔法とか許さんぞ?まぁお笑い的にはそうすべきかもしれんが。」
「大丈夫、ちゃんと攻撃魔法だよ。僕が知る最上級攻撃魔法の一つ…その名も〔獅子奮迅〕!」
〔獅子奮迅〕
賢者:LEVEL40の魔法(消費MP200)
獅子の姿をした魔法弾が、オハヨウからオヤスミまで暮らしを突き抜ける魔法。
「いくよ!えっと…獅子汁 獅子鍋 獅子丼 獅子シチュー 以上獅子食試食…」
かなり滑舌を求められそうなやつだ。
「さて、では全員まとめて消し去ってくれるとしようか。愚かなる人間どもよ。」
三対一になってしまったが、特に焦っているようには見えない魔神。
どうやらこの状況でもまだ勝つ自信があるようだ。
「フン、それはこっちのセリフだぜ魔神。その折れかけの角、俺達がまとめてブチ壊してやる。」
「新設診察室視察 瀕死の死者 生産者の申請書審査…」
「ってうるせぇぞ賢二!!」
(えぇっ!?)
だが中断したらペナルティで死ぬ。
「お前はやれそうか黒錬邪?もはや赤錬邪かってくらい血に染まってるが…」
「問題ない、乾けば黒くなる。」
「そういう問題でもないが…まぁいい、死力を尽くせ。」
こうして、その場の全員が戦闘態勢に入った。
「時は満ちた!さぁ受けるがいい我が必殺の咆哮を!!」
「フッ、今なら使える気がするぜ…刀神流操剣術、千の秘剣…!」
「黒騎士槍術、最終奥義…!」
「行政観察査察使 親切な先生 在社必死の失踪…」
全員が力を溜め、周囲は超高濃度のオーラに包まれた。
そして賢二の詠唱の終わりに合わせて、全員が一斉に攻撃を繰り出した。
「審査員試食済み 新案獅子食 七種中の四種…言えたぁ!〔獅子奮迅〕!!」
「『千刀滅殺剣』!!」
「『ヘイヘイ咆』!!」
「『なんか勝て槍』!!」
ズッドォオオオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアン!!
緊迫感に欠けるのはなぜか。
全員がフルパワーでドッカーンってな感じで、砂煙が晴れるまで随分と時間がかかった。
まだ油断すべきではないが、手ごたえはあった。勝ったかもしれない。
「お、終わった…のか?魔神の姿は見えんが…って、黒錬邪、お前…!」
「ふむ…やはり簡単に受け流せる攻撃じゃ…なかった…カフッ。半身を…持っていかれたよ…」
パッと見た感じ命に別状は無さそうな勇者とは対照的に、冬樹は上半身が三分の一ほどが吹き飛ばされていた。
どう見ても致命傷であり、それが勇者達を庇って受けた傷だというのは、状況から見て明らかだった。
「黒錬邪…お前…」
「も…問題ない…寝て起きれば治る。」
「いや、そこは素直に死んどいてくれ。今まだ生きてるのが不自然だって感じの傷だぞ。」
「どうやらこれで…俺も終わりのようだ。まぁ使命は果たした…満足だがな…」
「ま、いい仕事したよお前。おかげで俺は攻撃の直撃を免れた。安らかに死ね。」
傷が傷だけに冬樹もさすがに観念したようで、勇者に最期の言葉を託すことにしたようだ。
「凱空に…伝えてくれないか…。あの世でお前を…心待ちにしていると…」
「縁起でもない遺言だな。だがだからこそわかった、伝えておこう。」
終始無表情だった冬樹の顔が、僅かに微笑んだように見えた。
「俺は…死ぬ…。だが…覚えておけ勇者よ、いずれ第二第三の…俺が……」
冬樹はなぜか『魔王』っぽく逝った。
「ったく、最期まで意味不明な男だったぜ。にしても…」
黒錬邪は倒れ、魔神や賢二も見当たらない。
凄まじい轟音が響いたにも関わらず、姫ちゃんはまだ木陰で眠っているようだ。
この状況…もしやこれは、俺の一人勝ちってことだろうか?
「やれやれ参ったな、剣がイカれちまった…。かなりの業物だったはずだが…ま、この程度で済んで良かったか。」
「いや、それは極刑に値するぞ…小僧ぉ…!」
上空に般若(麗華)が現れた。
美咲の背には賢二と盗子も積まれている。
「覚悟しろ勇者ぁ!我が愛刀を奪っていったのも許せんが、それ以上に…」
「オ…オォ、二人トモ無事ダッタノカ!超良カッタ!」
「…ハァ。まったくお前って奴は…。間一髪だったぞ?少しは防御も気にしろバカ弟子。もし冬樹氏がいなしてなければ…」
どうやら麗華は、先ほどの一斉攻撃の中をかいくぐり、そのままでは命の危険のあった賢二と盗子を救い出していたようだ。
「無茶言うなクソ師匠。さすがの俺も、今回ばかりはかばう余裕は無くてなぁ。」
「余裕で見殺しにするタイプだろうに。大体お前は…!」
「おっと、説教なら後にしてくれ。お客を待たせちゃ、失礼だしなぁ。」
「…フン、そのようだな。」
「やれやれ…まさか、これほど手こずることになろうとはな。」
残念ながら魔神はまだ生きていた。
だが残っていた四本中の三本が砕け、角は残り一本となっていた。
「さっきので三本か…一人一本やれたってことか?まぁ上出来と考えるか。」
「任せるぞ勇者。手負いのワシは上空で待機している、見事仕留めてみせよ。」
「いいだろう、任せておけ。あぁそうだ…オイ麗華、新しい剣を。」
「あ゛?」
フッ、死ぬかもしれん。
勝っても負けても待つのは地獄だ。