【123】魔神を討つ者達(11)
賢二や観理も意外とやりそうで、一時は光が見えたかと思われたが、やはり残念ながら世の中そう甘くはなかった。
乱れ飛ぶ魔神の咆哮を紙一重でかわすのは、もう体力的にも気力的にも限界。
敵が巨体すぎるため口の向きがわかりやすいからなんとかなってるが、このまま続けられたらいつか食らっちまいそうだ。
「うっぎゃー!死ぬ死ぬもう絶対死ぬ!いい加減、避けきれない、よぉー!」
「チッ、きっついなオイ!新種のダイエット法として売り込みゃ流行りそうだ!」
「ぼ、僕はもうMPが…」
「観理さんもモチベーションが…」
なんとか避け続ける四人だが、見るからに限界は近そうだ。
「ふむ、白熱の鬼ごっこだな…悪くない。」
至って冷静にしか見えない冬樹も、単身で将一と戦っただけあって無事ではないようで、動くたびに鮮血が飛び散っている。
ちなみに姫は木陰でお昼寝中だ。
「う~む、どうにも捕まらんなぁ。やはりこう巨体では…」
圧倒的な巨体で恐怖心を煽り、勇者が絶望する様を眺めるつもりだったが、これ以上長引くのは命取りになりかねないと考えた魔神は、策を切り替えることにしたようだ。
「やれやれ、ド派手にやりたかったんだがなぁ…仕方ない。」
ピカァッ!
魔神は怪しく輝いた。
なんと!魔神は普通の人間サイズに縮んだ。
同時に、腰までかかる紫色の髪が生え、顔の感じもキリッとしたイケメンっぽく変化した。まさにラスボスといった容姿だ。
勇者は凄まじく嫌な予感に襲われた。
「縮んだ…!?ヤバいぞ、“格段に素早さが上がるフラグ”が立ったに違いな…」
ヒュッ!
案の定、魔神が高速で消えた。
勇者はかろうじて、視界の端にその姿を捉えた。
「危ない盗子ぉーーーー!!」
ズドォオオオオン!
間一髪、勇者は盗子を蹴り飛ばした。
盗子は壁にメリ込んだ。
「カフッ…!」
盗子は動かなくなった。
「と、盗子ぉーー!!貴様…よくぞ盗子を!!」
「そこ“よくも”じゃなしに!?それにやったのはアンタれすけれども頭大丈夫れす!?」
「フッ、安心しろ俺は至って冷静だ。」
「いや、それはそれでどうかと。」
ヒュッ!
「しまった!見失っ…」
観理とのやりとりに一瞬気を取られた隙に、勇者は魔神を見失ってしまった。
だが冬樹には見えているようだ。
「右へ避けろ凱空の子!」
「なっ…!?了解だ!」
ドスッ!
魔神の拳が勇者の右脇に突き刺さった。
「いや、俺から見て。」
「くっ、黒…テメェ…!」
「ゆ、勇者君っ!!」
勇者は自分から食らいにいってしまった。
賢二は慌てて駆け寄ったが、勇者は既に気を失っていた。
「一人ずつ殺していく。まずは弱った奴…勇者から仕留めるとしようか。」
そして、そんな勇者を見下ろしながら指をポキポキ鳴らす魔神。
賢二は恐怖で動けない。
だが両者の間に、颯爽と冬樹が割って入った。
「そうはさせない。最後くらいは俺も、本気を出そう。」
最初から出せ。
「安心しろ魔神。愚妹が起こした償いとして、兄であるこの俺が責任もって寝かしつけてやる。」
「ほぉ…言うじゃないか黒錬邪。だが、それなりに手傷を負った貴様に何ができるかな?」
「俺も知りたい。」
「駄目れす!やっぱこの黒い人なんかヤベェれす!」
「ぐっ、グハッ…!」
「ゆ、勇者君!たたた大変だ…!」
勇者は大量の血を吐いた。
このままじゃ危険な感じで賢二はテンパッている。
「うわっ結構な重傷ぉー!ちょっ、アンタ何かできないれすか魔法士の人!?」
「か、回復魔法は苦手なんだけど…出来る限りやってみるよ!今は僕しか…!」
賢二はつたない回復魔法をかけ始めた。
だが残念ながら、そんなのんびりやっていられる状況ではなかった。
ズゴォオオオオン!!
痛恨の一撃!
魔神の攻撃が炸裂し、冬樹は岩壁に叩きつけられた。
「えぇっ!?もうやられちまったれすか!?あんな強そうな感じだったのに!?」
「フン、素直に避けてりゃいいものを…動けぬ勇者をかばうとは愚かな奴め。そのくだらん甘さが死期を早めた。」
どうやら冬樹は、魔神の攻撃の射線上にいた勇者達を守るため、攻撃を避けられなかったようだ。
残るは賢二と観理のみ。
魔神はゆっくりと近づいてくる。
「はわわわ!来る、来ちゃうよ!もう駄目だ逃げ…ないけどっ!だけど…!」
「アンタは治療に専念するれす!こっちは観理さんが、なんとかしちゃるわぃ!」
賢二らをかばうように観理が立ち上がった。
観理は観理で将五戦で負傷しているはずだが、無駄に元気そうなので実際のところどうなのかはイマイチわからない。
「えっ!けど観理さん…そもそもキミには、そこまでする義理は…」
「義理もクソも!ここでやんなきゃ世界が滅ぶんなら、やるっきゃねぇっしょ!」
「ほぉ…そうか、次に死に急ぐのは貴様か小娘。逃げるなら今だぞ?」
「乗りかかった泥船!沈むのわかってても、降りられねぇ時はあるもんよー!」
賢二より男らしかった。
盗子はともかく勇者と冬樹が倒れるという絶望的な状況の中、勇者を治療する賢二を守ると言ってのけた男前な観理。
だがやはり、状況はかなり厳しかった。
「ゼェ、ゼェ…ノルマは…一本れすよね…。一番、左のぉ…!」
「も、もういいよ観理さん!それ以上頑張ったら…」
魔神の相手を引き受け、しばらく一人奮戦した観理だったが、やはり魔神の攻撃は全て避け切れるほど甘くはなく、既に満身創痍といった様子。
その姿はもはや、賢二だけでなく魔神までもが諦めを促すほどだった。
「そうだぞ、もう諦めろ小娘。どのみち逃げるだけでは意味は無いのだしなぁ。」
「と…時魔導士、舐めんにゃよ!?攻撃を、遅くするだけと…思ったら、大間違いよぅ!」
ヒュン
なんと!観理の姿が消えた。
「なっ!?消え…馬鹿な…!」
ガッキィイン!
観理の攻撃!
魔神の角にちょっとしたダメージ。
「貴様…何をした?“素早く動いた”とは次元の違う動きだ。」
攻撃を受けたことよりも、観理の消え方の異常さが気になって仕方ない魔神。
「ふっふっふー!気付いちゃった?時の秘奥義『一時停止』…ほんのちょびーっとだけ、止まった時の中を動ける的な!どうよこの究極の能力!?」
「だが攻撃力が足りない。」
「うぉおおおお言われてもうたぁーー!!」
「な、なぜ楽しそうに見えるんだろう…」
状況と空気感が合わず、賢二は混乱している。
「ふむ…だがやはりその特殊能力は侮れんな。アホな子キャラに惑わされんようにせねばなぁ。」
「そうれすよ舐めんじゃねぇれすよ!全力でかかってきんしゃい!!」
そして数分が経過。
「フフッ…見事だ小娘。この俺の攻撃に、そこまで耐えられるとはなぁ。」
「ゼェ、ゼェ、ま、まぁ…今日のところは…これくらいにして…やるれすよ…」
観理は精神的にも限界っぽい感じになってきた。
「だ、大丈夫観理さん!?やっぱり僕も援護した方が…」
「アンタは、ゼェ、回復に、ゼェ、集中、ゼェ、するれす!それに…もうMPも、無いっしょ?」
片膝をついていた観理だったが、気合いで立ち上がった。
「ま、まだれす!まだ、動けるうちは…諦めるわけにゃあ、いかんのれすよ!」
「観理さん…!」
「ま…前に、ある人と約束した…れすよ。次に会う時は敵か味方か…。ただどうであれ、“やる時は全力で”…ってね。」
「え、約束…?」
「あの時は断ったれすけど、今なら標的は同じ…。だから味方として待つれすよ、全力で…!」
「そ…そっか、そんな戦友っぽいお仲間がいるんですね…!今の五錬邪軍の誰かですか?」
「『邪神』のバッキーれす。」
「えぇっ!?じゃし…えぇっ!?」
想像以上のビッグネームだった。
だが、その約束が叶わないことを魔神は知っていた。
「邪神…?ハハッ、なら残念だったなぁ小娘!奴は死んだよ、魔王が…この俺が葬ってやったわ!ニュグラ島でなぁ!」
「えっ…」
観理は言葉を失った。
「ぶっちゃけ…言うほど長い付き合いじゃなかっただけに反応が難しいれす。」
「そういう意味での絶句だったの!?」
観理はいい感じに言いすぎたことを若干後悔した。
「ったく…やれやれ扱いが面倒な小娘だ。まぁとにかく、邪神に用ならもうじき地獄で再会できる。だから無駄な抵抗はせず、素直に死ぬがいい。」
魔神がゆっくりと歩み寄ってくる。
だが観理に逃げ出す気配はない。
「ほぉ、まだ逃げんか…。ではまた時でも止めてみるか?だが知ってるぜ?あれは失敗したら自分の時が止まるやつだ。」
「あ~無理はしない主義れすよ。やっぱどうせ攻撃するならド派手に…火炎魔法とかがいいれすね~。ねぇ?」
「えっ…いやゴメン観理さん、さっき言われた通り僕もうMPが…」
「MPが?」
「MPが…あれ…?」
「さぁ食らうれす魔神さん!観理さんプロデュースのイカした不意打ちを!」
「むっ、まだ何かやらかす気か…!?」
魔神は防御の構えをとった。
だが攻撃を繰り出したのは、観理ではなかった。
「えっ…あれれ…?!えっと…〔炎殺〕!!」
賢二は〔炎殺〕を唱えた。
激しい炎が魔神を包んだ。
「なっ!?馬鹿な…今の賢二にそんなMPが残ってるはずが…!また貴様か!?」
納得のいかない魔神は、炎の中から観理を睨みつけた。
「ゼェ、ゼェ…こ、今度は『巻き戻し』…!ぶっちゃけ死ぬほどしんどいから、もうできない技れすけど、ね…!」
「やはりか…!チッ、まさかそんな回復方法があったとは…って、じゃあ勇者か黒錬邪を治した方が良かっただろ?」
「…今の状況、ちょいと巻き戻せないれすかね?」
「いや、僕に言われても。」
痛恨過ぎるミスだった。
「ふぅ~…参った参った。まさかこの俺が、これほど見事に燃やされるとはな。」
賢二の火炎魔法を全身を焼かれたはずの魔神だったが、賢二の魔法が弱かったのか相性の問題か、直撃した割に致命傷にはなっていないようだ。
「これでも油断はしてないつもりだ。お前は意外と強かったよ観理、あの世で誇るといい。」
魔神は左手で観理の首根っこを掴み、軽々と持ち上げた。
「か、観理さん…!クソッ、は、放せ!手を…ぐわっ!!」
魔神は観理を助けようとする賢二を蹴り飛ばした。
「まぁ慌てるな賢二、貴様の番ももうじきだ。」
「うぐっ…こ…ここまで…れすかね…チクショウめぃ…」
ドスッ!!
痛恨の一撃!
魔神の右腕が観理の胸を貫いた。
「う、うわぁーー!観理さぁーーーーん!!」
今回は都合良く助けが来ることもなく、致命的な一撃を食らってしまった観理。
何か言おうとしているが、口をパクパクさせるだけで声になっていない。
「…った……れ……」
「あん…?何を言っている?もっと大きな声で…むっ!?」
迂闊にも気にしてしまった魔神が顔を近づけたその時、観理の両手が魔神の角を掴んだ。
だが、いくらヒビが入っているとはいえ、瀕死の少女の腕力で折れるものではなかった。
「チッ…無駄にあがくなよ。折角さっき褒めてやったんだ、晩節を汚すような真似をするんじゃない。」
無駄な抵抗をされ気分を害した様子の魔神。
だが反対に、観理の方はなぜか満足げな顔をしていた。
「きょ、今日は…最高に調子がいいんれすよ…。『一時停止』…とか『巻き戻し』とか…いつもなら成功しない…難しいやつれす…。だから…もしかしたらって…」
「だから素手でも折れるかもってか?フン、さすがにそこは運でどうこうなるもんじゃ…」
「もしかして…万が一…ホントにそれくらいの確率…。でも、成功して良かったれすよ…」
「あ?“成功”だと…?むっ、なんだ左の角が…!貴様、一体何を…!?」
魔神の左端の角に無数のヒビが走った。
魔神の顔から余裕の笑みが消えた。
「奇跡の技『超絶早送り』…!その角だけ時間…“一億年”、フッ飛ばした…」
「なっ…なにぃ…!?」
「か、観理さん!?観理さん大丈夫!?」
魔神に振り落とされた観理を慌てて抱き起した賢二だが、観理は虚空を見つめており既に目が合わない状況。
しかし観理は手探りで賢二の手を握り、そして最期の言葉を告げた。
「後は…任せたれすよ…。世界は…終わらせちゃ…駄目れす…」
「う、うん!わかったよ観理さん!わかったからもう喋らないで…!」
握られた手を両手で強く握り返した賢二だったが、その声はもう届いていないようだった。
「なんか静かれすね…。まるでなんか…あぁ…時が…時が……止まりゅ……」
魔神の角(×1)は朽ち果てた。
そして、観理の時間も止まった。