【122】魔神を討つ者達(10)
イモ園を発ち、六本森を抜け、息も絶え絶えになりながらもなんとか地獄の雪山に辿り着いた俺が見たのは、今まさにくたばろうとしているシスコンの姿。
そして、その傍らに将の姿も見えることを考えると、生意気にもアイツらが最後の将を始末したと考えていいのだろう。
まぁとりあえず、シスコンが息絶えるまでは遠目から見ていよう。変に絡まれてもウザいからな。
「ガッ…ガフッブハッ!…フッ、ど、どうやら俺も、ここまでのよう…だな…」
命懸けで将五を打ち倒した武史。
だがその代償は大きく、本人の言う通りもうここまでのようだ。
「い、イヤ…イヤだよお兄ちゃん…死んじゃイヤだよ…!」
「なぁに…死んでもサヨナラってわけじゃない。俺はいつでも、そばにいるさ…」
「そ、そんな悲しいこと言わないでよ!死んだら…死んじゃったら…!」
「“背後霊”として…」
「そーゆーことなら尚のことイヤだよぉー!」
いろんな意味で死んでほしくなかった。
「…なぁ盗子、お前…“アイツ”のこと…まだ好きなのか…?」
「え…あ…うん、好き…大好きだよ。でもお兄ちゃんのことだって…」
「ったく…チクショウ…。許しがてぇ…許しがてぇが…見たかったなぁ…お前の…ウェディングドレス姿…」
「そ、そうだよ!アタシお父ちゃんいないんだから、お兄ちゃんが…!」
盗子は武史の手を強く握った。
だがその手が握り返されることはなかった。
「見たかったな…誰よりも……誰よりも…近く…で………」
「お…お兄ちゃん…?お兄ちゃあああああああん!!」
愛だったのか、恋だったのか。
しばらく見ていると、やがてシスコンは動かなくなった。
同じく盗子の養母ももう事切れているようだが、観理の方は眠ってるだけっぽい。
こんな三人で将を倒したというのは驚きだが…いや、違うか。我らが守護天使である姫ちゃんがいるんだ、驚きだ不思議だと言っていてもキリは無いのだろう。
「というわけで、姫ちゃんと三つの屍どもよ…よく頑張ったな、褒めてつかわす。おっと、観理はまだ生きてるか。」
「って、やっぱアタシは無視なの!?今回ばかりは結構なインパクトを残したはずなんだけども!」
学園校の地下で失血死したと思われた盗子がなぜ生きているのか…普通なら気になるところだが、勇者が尋ねることはなかった。
「…フン、どうやら死に損なったようだな盗子。地獄にも居場所が無いとか嫌われ者も大変だな。」
「なんで素直におかえりって言ってくんないの!?いい加減切ないよもう!」
「じゃあおかえりやがれ。」
「えっ、どこへ!?」
多分良くない所へ。
「無事だったんだね盗子さん、良かった…。武史さん達は…残念だったけど…」
将五が復活する可能性も視野に入れ、少し遠くで様子を見ていたヘタレな賢二が合流。それに気づいた勇者は寝ている観理を指差した。
「賢二、コイツを担いでやれ。まだ利用価値はあるやもしれん。急いで学園校に向かうぞ。」
「えっ、でもここからだと結構な距離が…」
「あら、じゃあちょうどいい時に来たかもね。」
木陰から女医が現れた。
「ふむ、生きていたのか女医よ。学園校地下で死にかけの盗子を見て豪快にサジを投げて以来か。で?その“ちょうどいい時”ってのはどういう意味だ?」
「学校まではすぐ行けるわ。こういう島だからね、この時のために…色々と準備はあるのよ。」
女医は大岩の裏の謎のスイッチを押した。
ロープの付いた矢が発射され、学園校の方へと消えた。
「なるほど…あとはこれを伝って滑り降りるだけってわけか。良かったじゃないか賢二、人一人背負って下山する手間が省けたぞ。」
「す、凄い…!これで学園校と繋がったってことですね女医先生!?」
「だといいわね~。」
「勇者君、僕…歩いて行こうと思うんだ。ほら、観理さんを背負わなきゃだし。」
「そんなキリッとした顔で言われてもな…。まぁ諦めろ賢二、ここで逃げても死期が少し延びるだけだぞ。」
「だよね…」
「ところで女医よ、ロープはいいんだが…これでどう滑るんだ?」
「あーーー…じゃあ素手で?」
“じゃあ”じゃない。
「チッ、やれやれ。あと一歩だってのに…」
「大丈夫だよ勇者君、私に考えがあるよ。」
「おぉ、マジか!さっすが姫ちゃん頼りになるぜ!それでいこう!」
姫は人数分の『ハンガー』を取り出した。
お、おぅ…マジか。
今さらノーとは言えない空気だ。
六つ子洞窟、イモ園、六本森、地獄の雪山…それぞれで五体中、四体の将の末路を確認した。あとは学園校跡にいる将一のみ…。冬樹が倒していればこれで完了だ。
ちなみに、ハンガーで全員が無事に滑りきれたのか、ブレーキも無いのにどうやって止まったのか、それについては放心状態の賢二と盗子の表情から察してほしい。
「オーイ黒錬邪、首尾はどうだー?将一ごとき軽く料理してやったかー?」
「…ん、凱空の子か。まぁ見ての通りだ、あと一時間も煮込んだら完成さ。」
冬樹は何かをグツグツ煮込んでいる。
「ってそういう意味の“料理”じゃないから!なにそれ食べる気なのマジで!?」
巻き込まれたくないため後ずさりする盗子。
だが逆に姫は興味津々のようだ。
「じゃあ隠し味に、このドクロの小瓶を…」
「いや、隠れないから姫!そいつ絶対隠れない奴だから!むしろ凄まじく主張するよ!?」
「ギャーギャー騒ぐなよ盗子、ホントに敵を煮込むとかそんな猟奇的な奴がいるわけ…無いよな?」
勇者は念のため尋ねたが冬樹は答えなかった。
「ふぃ~、にしてもアレれすね、やっと終わったって感じで一安心れすよ~。」
「ん?あぁ起きたのか観理。だが残念ながら…まだ、終わりじゃないようだぜ?二つ…不可解な点が二つもあるからな。」
「えぇっ、どどどどーゆーこと!?」
勇者の不穏な発言に、盗子は不安に襲われた。
「まず一つ目。脳にあたる将が全滅した割に、島は高度を落としていない。」
「ハッ!そ、そういえば…!」
「そして二つ目。俺が前に錬樹の…危ないっ、雑魚ども避けろぉーーー!!」
ピカァッ!
「あら危ない…!」
盗子らの真横を閃光が駆け抜けた。
かばった女医は跡形も無く消えた。
「え…なに…?ウソ…う、うわーん女医先生ぇー!!」
「人が…一瞬で…。こ、こんなことって…!」
盗子と賢二は言葉を失った。
観理は勇者の話の続きが気になって仕方がない様子。
「で!で!二つ目は何なんれすか!?もしかし今の攻撃と関係アリアリ!?」
「…ああ。前に夢の中で見た魔神は、もっと巨大な…そう、まさに貴様みたいな奴だったよ。」
勇者達の前に、巨大な影が立ちふさがった。
「待たせたな雑魚ども…さぁ、始めようか。」
十メートルを超す巨人が現れた。
最大のピンチが訪れた。
嫌な予感が的中し、現れたのは巨大な化け物…コイツが魔神の正体に違いない。いや、真の正体は島自体なわけだが、その力の集合体だと確信できるほどに…強い!
将との違いは見た目が二倍ほどあるところと、頭部の角が多いという点だ。
将の角は一本だったがコイツには六本も生えており、うち一本は折れ、残り五本にはヒビが入っている。折れた角は錬樹の功績のはずだが、ヒビの五本は…?
「やれやれ、随分とまぁ遅いお出ましだなぁオイ。そういや黄錬邪の奴が言っていたっけっな…魔神は大戦の折に『勇者:救世主』により核を五つに分断されたのだと。だから五体すべてを破壊すれば終わりと考えていたが、実は…」
「ああ。分断されたこの俺が再び元の一つに戻る方法…それが、五つに分断された核…それらを閉じ込めていた入れ物を、全て破壊することだったってわけだ。」
「そ、そんな…あんなに強かった将が…が“入れ物”扱いだなんて…!」
賢二は膝から崩れ落ちた。
「まぁ安心しろ小僧ども。この俺が最後の将…いや、魔神そのものと言っていい。俺を殺せば全てが終わるぞ?」
「ほぉ、なるほど…。じゃあ正真正銘、これが最後の決戦というわけだな。」
「ああそうだ。残るは六匹か…。フッフッフ、さーてどう遊んでやろうかなぁ。」
こうして、真の魔神と相対することになったのは勇者、賢二、盗子、姫、観理、そして冬樹の六人。
人数的には勝っているが、戦力として見込めそうなのは冬樹のみであり、どう考えても分が悪かった。
「こ、怖いよぉ勇者ぁ~…!で、でも!勇者なら!勇者なら勝てる…よね?」
「…チッ、さすがの俺も今回ばかりは余裕無いぜ。勝ち目が見つからん。」
「そ、そんなぁ~!」
珍しく弱音を漏らした勇者に、盗子は事態の深刻さを改めて痛感した。
だが姫はもちろん平常運転だった。
「勇者君アンパン食べる?」
「ひ、姫ちゃん…その余裕がどこから来るのか、今度遊園地で教えてくれ。」
「この状況でデートに誘う勇者君もやっぱさすがだよ…」
賢二は遺書を書きながら感心した。
「『Death忍ランド』がいいよ。」
「ちょっ、姫!なに勝手にオーケーし…」
「うぉおおおお!よっしゃぁーー!!ノッてきたぜっ!!」
勇者は気力が回復した。
「さてと…じゃあ、いくか。ぜ、全力で…ブッた斬ってやる!」
勇者は若干プルプル震えているように見える。
「ん…?フハハハハ!なんだ貴様、怖いのか?『勇者』のくせに情けない。」
「び、ビビッてるだと…?フッ、かつて『学園校の蒼き俺』と恐れられた俺が?」
「いや、思っきし動揺してるよ勇者!?緊張しまくりバレまくりだよ!?」
「敵はカボチャと思えばいいよ。」
「そ、そうだよ勇者!珍しく姫の言う通りだよ!」
「そうか、俺はカボチャと戦うのか。煮物が…いいかな…」
「気をつけてね勇者君…もってかれるよ、水分。」
「やっぱ言う通りじゃなかったよ!って、うわーー!なんかゆっくり向かって来てるぅーー!!」
「さて…最後のじゃれ合いだと見守ってやったが、もういいだろう。死ね勇者。」
魔神は拳を振り上げた。
「勇者ぁーーーーーー!!」
ガキィイイイイイン!
勇者のカウンター攻撃!
魔神は知っていたかのように余裕で受けた。
「…チッ!」
「ハハッ!甘いな勇者、ビビッた芝居だったんだろ?つい先日まで一緒に過ごしてきたんだ、お前の考えなんてお見通しだぞ。」
「フン、そう余裕ぶってる奴に限って熟年離婚とか切り出されるんだぞ?気を付けるがいい。」
「ああ、肝に銘じておこう。ときに貴様…その剣は?」
「フッ、さっきイモ園で偶然拾った名刀…『乙女桜』だ。理由はあえて言わんが…もう、後戻りはできん。」
後で麗華に殺されるかもしれない。
「ほぉ、いいだろう。ならばもう油断はしない…全力でいく。他の雑魚どもも全力でかかってくるがいい。」
魔神は両腕を大きく広げた。
十メートルを超える巨体だけに威圧感が半端ない。
「ど、どーしよう勇者…?もう逃げも隠れもできない感じだけど勝算は…どう?」
「勝機はある!カマハハらが繰り広げた、あれだけの死闘が無駄だったなんてことが…あろうはずがない!安心しろ、奴は今…確実に消耗しているぞ!」
「で、でもまさに“完全体”って感じだし…!」
「完全体だぁ?フン、雑魚め。役に立たんならその目、本当にただの節穴にしてやろうか?」
「えっ!ちょ、やめ…」
勇者は剣を抜いた。
だが切っ先は、盗子ではなく魔神の頭部を向いている。
「さぁ野郎ども!手段は選ばん、全力でヘシ折れ!頭にある五本の角…各自ノルマ一本だ!!」
「ッ!!?」
勇者の言葉に、魔神はわずかに動揺を見せた。
「えっ、なんでそんなことが言えちゃうの勇者!?」
「六本森、六つ子洞…そういや校長の兜も六本角だなぁ。まぁあれは関係なかろうが。」
「ゆ、勇者…?アンタ何言って…?」
「かつて錬樹の夢に出てきた過去の魔神の角は六本あった。うち一本を錬樹が破壊し、魔神の剣へと姿を変えた。残る角は五本…今回の将は五体…その全てが倒れ、今のコイツは五本の角にヒビが入っている。俺には偶然とは思えん。きっと“力の源”的なやつに違いない。そうだろ魔神?」
「は…ハァ?お、お前何を言っ…ハァ!?オイオイ、笑っちまうぜ。」
どうやら図星のようだ。
「相変わらず抜け目無いね勇者君…怖いなぁ…」
「先陣切るのは俺達だ黒錬邪。真ん中のは俺が折る、お前は向かって右から一本目を頼めるか?」
「わかった、頼んでおく。」
「いや、お前がやれよ!んで賢二…お前はその隣だ、たまには意地見せろ?」
「わ、わかったよ。角の前に心が折れたらゴメンね…?」
「お前の実力は知らんのだが…新桃錬邪だった程だ、やれるな観理?一番左だ。」
「ここでデキねっちゅー観理さんじゃねーれすよ?任せんしゃい!」
「で、残った一本は…盗子、お前は俺が殺す。」
「えっ、何その奇抜な文法!?残った一本の話はどこへ!?」
「…正直、貴様ごときに任せられるとは到底思えん。だが、やれ盗子。奇跡を呼び起こせ。」
「う、うん!やってやるよっ!こう見えても強くなったんだかんね!?」
「そして最後に、姫ちゃん…好きだ!!」
「ってそうくるの!?確かに一人余るな~って思ってたけどそうきた!?」
「まぁ、いないけどね…」
賢二は見渡すことなく言った。
「うぉーー!やっぱりかぁーー!!」
結局一人も余らない。
そして最後の肉弾戦が始まった。
人数的に勝っちゃいるが、それでもやはり厳しい。
さっさと何本か角をブチ折って戦力を削ぎたいところだが、如何せん敵の攻撃力が高すぎる。
ズドォオオオオン!!
「ハッハッハ!いつまで避けられるかな?食らえ、壱の咆哮『ハヒフヘ咆』!」
ドガァアアアアアン!!
「チッ…!今のをかわせるのは俺達くらいだ、とりあえず二人で引き付けるぞ黒錬邪!」
「ああ、任せる。」
「だから頼むから任されてくれ…ぬおっ!?」
ドドォオオオオオン!!
黒錬邪に惑わされつつも勇者はなんとか避けた。
その様子を見た魔神は考えを変えたようだ。
「ふむ…やはり貴様ら二人は手強そうだ。ならば、まずはゴミどもから…」
「くっ、ヤバいっ!!賢…」
勇者は魔神の狙いに気付いたが、どう考えても間に合わない。
ズゴォオオオオオオオオオオオオオオオン!!
魔神の攻撃。
なんと!賢二の〔金城鉄壁〕が攻撃を防いだ。
予期していなかった事態にさすがの魔神も驚いた。
「なにっ!?その魔法は『賢者』の…!」
「き、『禁詠呪法』…読むのが大変な呪文さえ詠み切れれば、僕にも高位魔法は…使えるんだ!」
「賢二の分際で生意気だがその調子で頑張れ!攻撃が無理ならせめて防御で役に立て!」
「あ、や、でも、失敗したら大惨事だしそれにMPとか…!」
「根性で切り抜けろ!言い訳は、勝負の後に口が動いたら飽きるほど言え!」
「フッ…少々驚いたがなんてことはない。禁詠呪法は諸刃の剣…連発できる術式ではないしなぁ。」
魔神は気を取り直して力を溜め始めた。
「また来るぞっ!盗子、避けられんのなら左右どちらかに飛べ、運試しだ!」
「わ、わかった!一か八かやってみるよ!」
「他の奴らはその逆へ!」
「どーゆー意味!?なにそれアタシの運の無さに賭ける感じ!?」
「さぁ轟け弐の咆哮、『ヤッ咆』!!」
魔神の攻撃。
盗子は死を覚悟した
…が、なぜか簡単に避けられた。
なぜなら、光線のはずなのにとても遅かったからだ。
「えっ、なに!?何がどうしてこんな…誰か何かやってくれたの!?」
「ハァ、ハァ、プッハァ~!あんなに速くちゃ、これが、精一杯れすけどねっ!」
観理が力を抜くと、光線は本来の取り戻して突き抜けていった。
どうやら観理が何かやったようだ。
「ほぉ、時を歪める能力…『時魔導士』か。なかなかに面白い者を連れているじゃないか勇者。」
「時魔導士…?なるほど、赤は止まれ青は進め…左右で違うその瞳の色はそういう意味か!」
「ちっとも関係ねぇとは言いづらい雰囲気れす。」
観理の実力はイマイチ読み切れないが、引き続き期待が持てる黒錬邪と、少しはやりそうな賢二、そして爆弾娘の姫…。勇者は意外となんとかなる気がしてきた。
「フッ、どうやらみんな少しはやるらしい。僅かだが…希望が見えてきたな。」
もちろん盗子は計算外だ。