【119】魔神を討つ者達(7)
賢二が倒し損ねた新黒錬邪が現れ、さぁどうしたものか…と考える間もなく、どういうわけか敵のはずの黒錬邪が黄錬邪の胸をブッ刺した。ドッキリの類か?
するとその時、黒錬邪が覆面を取った。この顔…コイツは前に終末の丘で会った、初代の黒錬邪…冬樹じゃないか。
「な…なぜ…兄さん…が…ぐふっ!」
春菜は苦しそうに倒れ込んだ。
どう見ても演技には見えない。
「そ、そうだぞ黒錬邪!貴様は確かにあの日、帝牢に送ったはず…!」
「起きたら外にいた。」
「いや、どんだけ末期の夢遊病患者だよ!寝ながら脱獄ってオイ!」
感心していた看守長の立場が無い。
「復讐…ですか…?かつてアナタを操り、悪の道へと導いた…私への…」
仰向けに横たわり、既に目の焦点が合っていない様子の春菜。もう長くはなさそうだ。
そんな妹を、冬樹はただ静かに見下ろしていた。
「どうだ黒錬邪?壮大な馬鹿をやらかした妹に、最後にかける言葉はあるか?」
「…もう終わりにしよう。兄として、お前の野望の幕を切るために…俺は来た。」
「いや、そこは“引く”だろ!もしくは“下ろす”か“閉じる”か!」
やっぱり喋らすべきじゃなかった。
「ハァ、ハァ…なんだかやっと…目が覚めたような…そんな気分…」
春菜はまるで憑き物が落ちたような、死に際とは思えぬ穏やかな顔をしている。
「フン…だったらついでに兄貴も目覚めさせてやれよ。コイツの方がよっぽど夢の中だぞ。」
「うん…無理…」
「親父のこともそのくらいスパッと割り切れてりゃ、結末も違っただろうにな…。まぁ今さら何を言っても報われんが。」
「ねぇお兄ちゃん…あとは…お願いしていいかな…?」
「ああ、任せておけ。先に逝ったアイツらにヨロシクな。秋花と…あと…うん、アイツ。」
もっと報われない奴がいた。
「ご…ごめんね…お兄…ちゃん…みんな…。ごめん…なさい…センパ……」
黒幕は途中退場した。
「…と、いうわけだ。そっちの状況はどうだ賢二?」
「あ、うん。僕もオナラ魔人さんから少し聞けたよ。おかげで嗅覚はお亡くなりになったけども。」
春菜が倒れしばらく経った頃、勇者は山道を駆け抜けながら、例のごとくこっそり仕込んでおいた無線器を通じて賢二と状況を共有していた。相変わらず賢二に人権は無いようだ。
「そうか、オナラ魔人がそんなことを…。学園行事にそんな理由があったとは驚きだな。」
「まぁ確かに本能に刻み込まれた感はあるよね…それぞれ危険な場所だと。」
「だがどうする?イモ園に六本森、あと地獄の雪山と六つ子洞窟か…。どこもここからだとそこそこかかるぞ。黄錬邪の話が確かなら、他の将達も時間差で復活してくるはずだ。時間が無い。」
「勇者君は学校なんだよね?」
「さっきまではな。だが無駄に戦力を割ける状況でもないしな、あっちは黒錬邪に任せてとりあえず適当に東に向かって走ってる。」
「黒錬邪って…あっ、もう一人の?さっき助けてもらったんだよ!そっかやっぱり味方だったんだね!」
「なにぃ?なんだやはりお前の手柄じゃなかったのかこの先天性役立たずめ。」
「病気扱いって酷いな…しかも生まれつきの…」
「ったく、んなこったろうと思ったぜ。つまり二代目黒錬邪を倒したのはアイツだったってことか。まぁ…結果だけ見ると味方と言っていいのかは微妙だがな。」
「えっ、それってどういう…」
ゴゴゴ…ズゴゴゴゴ…!
「ギャッ!ぬぉおおお…!?ぐぉおおおおおおおおお!!」
あまりにデカすぎて逆に意識の外にいた、巨大化した勇者父の苦しそうな唸り声声が聞こえてきた。
「ぬぐぉおお!い、急げ…急ぐんだ勇者…!もう駄目だ、父さん…父さん…」
「なっ、親父…!どうかしたのか!?まさかもう限界が…!?」
「鼻の頭が痒い!」
「我慢しろ!床屋に行ったらよくあることだ!」
「僕から見るとちょっと遠いけど…なんか親父さん、さっきまでより辛そうじゃない…?」
「ある程度黄錬邪が制御していた状態と、野放しになっちまった今…どっちがヤバいかはわかるだろ?明らかに黒錬邪の失着と言っていい。」
「あぁ、さっき言ってた“結果だけ見ると”ってそういう…でも操られてないんなら、もう帝都を破壊する気とか無いかも…」
「甘いな、俺なら行くぞ。」
「じゃあ…行くんだろうね…」
尋常じゃない説得力だった。
「むぐぅ…!き、聞こえているか勇者よ!?早く五将のもとへと向かうのだ!倒せとは言わん、とりあえず五将達の気をそらしてくれ…!」
「気を…そうか、島本体は五つの脳で操るわけだから、そいつらが戦闘中なら…」
「その隙に私は鼻を…!」
「ってそっちかよ!まだ諦めてなかったのか!」
「で、どうしよう勇者君?五将を抑えるにしても手が足りないし、他の人に伝えようにも方法が…って、あれ?そういえばなんで勇者君は親父さんと普通に会話できてるの?今の声で聞こえる距離じゃないよね…?」
「ん?まぁさっき投げつけたからな、無線機。気付かなかったか?」
「まさかさっきの“ギャッ!”の原因はそれ!?」
眼球にクリーンヒットしていた。
「あっ、じゃあさ!親父さんに言ってもらったら島全域に伝わるんじゃない?」
「そうか、その手があったか…!」
そして―――
「安らかに眠れ、春菜。お前の不始末は…この『学園校』で兄が責任を持って…なんとかなれ。」
「ハァ~、超めんどいけど~『六つ子洞窟』近すぎ~みたいな~?」
「ちょっ、また逃げる気かテメェ!?いいから大人しく爆破されやがれ!」
「ここからだと…『六本森』か。感じるぜ…きっと盗子は、そこにいる!」
「『イモ園』はまぁ…僕なんだよね…。近いどころか、もう既にいるしね…」
「ならば仕方ない。誰も向かってない『地獄の雪山』には、主役であるこの俺が向かおうか!」
―――戦士たちは、死地へと赴く。
「…やっと来たか、魔神の欠片よ。」
勇者父を通じて五将の場所が伝えられ、数分が経過。学園校にて座して待っていた冬樹の前に現れたのは、勇者が『将一』と名付けた五将の一人だった。
返り血にまみれたその姿には、若干の疲労の色も垣間見えた。
「群青マントの男に博打の小僧…どいつもこいつも思いのほか粘りやがった。そして次が貴様だとはなぁ…黒錬邪。」
「フッ、久しぶりだな。」
「いや、初対面だぞ。勇者の記憶で知ってるだけだ。」
早くも苦労しそうな予感が。
「俺は久々のお出掛けで気分がいい。のんびりと…遊ばせてもらうぞ、魔神よ。」
「人間風情が一人で俺と…?フッ、面白い。その自慢の腕、見せてもらおうか。」
「ん。」
冬樹は両腕を前に出した。
「いや、比喩的な意味で。」
やっぱり苦労しそうな予感が。
そして時と場所は移り、六つ子洞窟に辿り着いた勇者義母は、二体目の将…勇者流に名付けるなら『将二』となるだろう強敵と対峙していた。
見た目は将一とほぼ同じで、2.5メートルほどもある巨大な化け物。
「ハァ~…なんか連戦とか超ダルいんだけどぉ~?」
一方の義母は、全身ススと血で汚れ表情も疲れ切っていた。
その原因であろう黄緑錬邪は、アニメ化の際にはモザイク処理が必要だろう状態で地面に転がっている。
「フッ。先ほどの戦い、見ていたぞ女…いや、男か?変わった生き物め。」
「アンタに言われたくないしぃ~。」
義母は地面に刺した『三日月の鎌』にもたれ、ダルそうにしている。
「にしても、どう見ても厄介そうだなぁその大鎌…。その体格でよくそんなのを振り回せるもんだ。」
「べっつにぃ~?」
「勇者には隠していたようだが、相当の実力者と見える。」
「だ~からぁ~?」
「その調子でずっとやられると結構傷つくんだが。」
「てゆーかアンタ超ウザいんだけど~。あとマジでダルいしぃ~。」
「…フッ、余裕ありげに振る舞ってはいるが…貴様、相当消耗してるだろ?」
「さっき爆風でバリ空飛んだってゆーかぁ~?超ハイなんだけど~。」
「認めてる割に余裕に聞こえるのは何故なんだ…」
「ハァ~超めんどいけどぉ~、今回はアタシも…負けられないってゆーかぁ~?」
義母から少し真剣な空気が伝わってきた。
「ほぉ、母代わりのカマ野郎の分際で、いっちょまえに親心か?」
「急がないと…」
「なにやら…訳ありのようだな。」
「ドラマの再放送がぁ~。」
あればいいってもんじゃなかった。
その頃、黒錬邪が将一と、勇者義母が将二と遭遇していたように、六本森の武史もまた三体目の将である『将三』と相対していた。
「フフッ、どうしたシスコン?随分息が上がってるようだがもうお疲れか?」
「悪いな…少し、遅れそうだぜ盗子…」
「いい加減相手してくれないとスネるぞコラ。」
まさかこの状況で自分を眼中に入れない者がいるとは思っていなかった将三は、攻め勝っている割に複雑な表情。
逆に武史は、ピンチな割に相変わらずな感じだった。
「…ま、安心しろよ魔神。本気でやっても厳しい相手だってのはわかってるつもりだ。」
「厳しい…?全然わかってないじゃないか。お前じゃ“勝てない”…だ。」
「待ってろよ、盗子…!」
「だからこっち見ろよオイ。」
心理戦なら勝てそうだ。
「ったく…なんだよオイ、貴様ごときが一人で来たのか?アホなのか?」
武史らの戦闘が開始されて少し経った頃、悪臭渦巻くイモ園において、ついに賢二も四体目の将『将四』と出会ってしまっていた。
「ですよね…」
そして早くも諦めきっていた。
「……ハァ。なぁ賢二よ、お前…ずっとそんな感じじゃないか。勇者の中からずっと見ていたが、そんな終始逃げ腰な感じでお前…一体何がしたいんだ?」
「生きたい…」
「こ、この俺が罪悪感を覚えるとは…ある意味恐ろしい奴よ。」
まさに天賦の才だった。
「なんとか…なんとか時間を稼げば、勝った人が助けに来てくれるかも…。だからそれまでは…」
「フッ、甘い考えだ。どれだけ待っても助けは来ない。悪は…必ず勝つのだ。」
「だ、だったら…!」
「だったら…?」
「へっくし!」
勇者はクシャミが出た。
「ふむ…誰かが噂でもしてやがるのか?フッ、これだから色男は困る。とか言ってられん状況だな…参ったぜ。」
将の担当を振り分けて颯爽と飛び出したはいいものの、豪快に迷った俺。地獄の雪山はどこだ?
あっちに明らかに怪しい白い山の頂が見えるが、あからさま過ぎて逆に怪しい。目的地は敵の体の一部でもあるわけで、つまり罠を張る気なら簡単にできると俺は思うのだ。ということにしておこう。
それに、よくよく考えたら俺は寒いのが苦手だった。ただでさえ魔力が尽きて弱体化した俺が、あんな万年雪の残る雪山で満足に戦えるとは思えない。
「というわけで、急遽予定を変更してこの『六つ子洞窟』へと来てみたわけだが…カマハハはどうした?奴はこっち方面、シスコンは『六本森』方面に向かうと狼煙が上がったはず…」
眼前に立ちはだかる将二に対し、勇者は臆することなく尋ねた。
将二は不敵な笑みを浮かべながらその問いに答えた。
「あぁアイツか…フッ、アレは死んだよ。そこそこいい線いってたんだがなぁ。」
「そうか。」
「えっ、いや、軽っ。」
「相手が魔神じゃ死んでも意外じゃない。そもそも奴が強いって方が意外だしな。まぁ個性だけは無駄に強かったが。」
「いや、だがしかし…いつ~とかどうやって~とか、色々聞きたくなるのが人情だろう?」
「そうか?」
「なんて非情な…いや違うか、どうやらバレているようだな。フッ、そうさ奴は死んじゃいない。」
「そうなのか?」
「本心だったのか…」
「む?死んでないのにこの場にいないってことは、まさか貴様が負けたってことなのか?」
「そうではない。いや…だがある意味ではそうなのかもしれん。」
「んー、イマイチ要領を得んが…結局のところ奴は今どこに?」
「家に…」
将二はドラマの再放送に負けた。
「さて…てなわけで、貴様の義母のせいで退屈していたんだ。せいぜい遊ばせてもらうぞ勇者。」
「フン、この遊び人め。」
「いや、印象悪い言い方するなよ。」
「ふぅ…。困った状況だが、しばらく待てば勝った誰かが加勢に…と信じたい。」
「フッフッフ、そうのんびりと…していられるかな?」
その時、再び大きな地震が起きた。
ズゴゴゴゴゴゴゴ…!
「なっ!?こ、この揺れは…まさか…!」
「ぬぉおおお!?し、しまった…!駄目だ、もはや押さえきれん…!」
遠くから父の声がこだましてきた。
「そ、そうか!〔超巨大化〕を維持するだけの魔法力が切れちまったのか!」
「いや、シリアスモードが…!」
「死ねっ!!」
「す、すまん勇者…!あとは、頼んだぞぉー!ぃやっほぉおおおぉぉぉぃ…!」
そして魔神は動き出した。