【117】魔神を討つ者達(6)
「ハァ~、やってらんなんわ~。卒業してもコキ使われるとか、ブラック学園にも程があるんじゃなーい?」
波止場にへたり込み悪態をつくのは、口元にホクロ、妖艶な目元…一言で言うならエロい感じの少女。名前は『美風』で、勇者達の三期前の卒業生だった。
「でもまぁ、あの校長先生に呼ばれて来ないのもね…」
答えた少年の名は『白』。白い肌に白い髪、何やら豆らしきものが先端に付いたサンタ帽のようなものをかぶっている。美風と同期の十六歳だが、大人びた美風とは逆に年齢よりも幼く見えた。
「てかアンタ、声ちっちゃいんだからもっと近く来てくれない?聞こえないんだけど~?」
「いや、あんまり日に当たると死んじゃうし。」
「ホント意味わかんないわよねアンタ。なんなの?職業が『もやし』って。」
とんでもない逸材がいたようだ。
「まさかこの島での“あの事件”に、ちゃんとした理由があったなんてね…。美風さんは転入生だから知らないだろうけど、あの件はしばらく背ひれ尾ひれ付いて噂になったっけ。」
「言っとくけどアンタが卒業できたことも似たような伝説になってるからね?あと余一さん。」
確かに解けそうにない謎だった。
「でも本当に良かったわけ?今まさにカクリ島が大ピンチだって話なのに、この西の小島に卒業生みんな集めちゃって…」
美風が言うように、先ほどまで勇者らがいた西の小島には、数十名もの卒業生が集められていた。あの学校の性質から考えると、もしかするとこれでほぼ全員と考えてもいいのかもしれない。
「みんなー!今日はカレンちゃんに会いに来てくれてありがとー♪」
「うぉーーー!カレンちゃーーーーん!!」
集まった卒業生達を従えているのは、学年は勇者達と同期だったが、あまり学校に来なかったせいで接点は無かった謎の美少女『歌憐』。ブロンドの髪をなびかせ、大きな瞳でウィンクする度に会場は大いに沸いた。
「あの子、確か職業は『歌姫』だったよね?あんな年齢層バラバラなオジさん達を熱狂させるとか…凄いよね。」
「ハァ?ウザッ。あ~んな小娘ちゃんの何がいいのかわかんないんだどー?脳内お花畑なんじゃないのー?」
「まぁそう言うな。これからやることを考えれば、意思の統一が図れるに越したことはないのだ。」
校長が現れた。
「え…?うわっ!こ、校ちょ…校長先生じゃない。お久しぶりね。」
「うむ、遠路はるばるご苦労だな。すまんがこれからもう少し、骨を折ってもらうぞ。」
「ハァ~…骨折り損よね~絶対。」
“物理的に”という可能性も捨てきれない。
「ところで先生、いいんですか?この島で何をするのかはさっき聞きましたけど…でも美風さんが言ったように、兵力を集めるなら今はカクリ島なんじゃ…?」
白もまた、なぜ皆がカクリ島を守りに行かないのかがわからなかった。
「とある“予言”を懸念してのことだ。“地獄の扉が開く”…そんな内容のな。」
「予言…?その予言ってなんなのよ?」
「ある『占い師』が遺した予言だ。あれには、なにやら避けられぬ運命のようなものが感じられた。恐らくどれだけ戦力を注ごうとも覆せんだろう、呪いじみた何かがな。ゆえに下手に予言を変えようとするよりも、予言通りに進むことを前提として動くべき…我々はそう考えたのだ。」
「それって要約すると、魔神の復活は避けられないから復活後に叩く方に全力を注ぐ~ってことよね?」
「ああ。この計画を盤石なものとするため、学園の警備は手薄にせざるを得なかった。卵が先か鶏が先か…それはわからんがな。」
一通りの説明を終えると、校長は二人の肩に手を置いた。
「さぁ、わかったなら持ち場に戻りなさい。今は一人でも多くの力が必要なのだ。この時のためだけに開発した、究極魔法…〔超巨大化〕にはな。」
昆虫巨大化の原因が明らかに。
ドッゴォオオオオン!ズドォオオオオオオン!!
「おいコラ逃げんじゃねぇよこのアマァ!」
「ハァ…。超ウザいってゆーかー?マジストーカーみたいな?」
大量の爆弾を手に襲い掛かる二代目黄緑錬邪こと爆弾魔の墓夢と、その攻撃を紙一重でかわし続ける勇者義母。
学園校で戦っていたはずの二人だったが、なぜか今はだいぶ離れた場所で戦いを続けていた。というか、黄緑錬邪が一方的に攻撃し勇者義母が逃げるという一方的な状況だった。
「チッ…だからなぜ逃げるよ?それほどの差があるとは思っちゃいねぇぜ俺は?」
「や、用も済んだしマジ家に帰りたいだけってゆーか?」
「フン、フザけた口調だがその身のこなし…テメェがタダ者じゃねぇのはさっき嫌ってほど見せつけられたんだ、今さら誤魔化せるわけねぇじゃん?この俺様の兵隊どもを全滅させやがってよぉ…!」
「でもやっぱ心配ってゆーかー?」
「心配…?そうか、何か守りたいモンがあるってことかよ?」
「あの雨雲…取り込まないとヤバげじゃん?」
「いや、洗濯物の心配してんじゃねーよ!無駄に主婦感出しやがって状況わかってねぇのかテメェ!?」
「あとー、スーパーの週末セールがー?」
「だからやってねーよ!“週末”どころかもはや“終末”なんだよ!安く買い物してお得な状況じゃねーんだってば!一刻も早く逃げろっつー話!」
「だから逃げてるってゆーかー?」
「うぐっ…そ、それは…」
黄緑錬邪は痛い所を突かれた。
「と、とにかく!黙って相手しやがれこのアマァ!逃げたってどこまでも追い続けるからな!?」
「しつこいにも程があるんですけどー。マジ死ぬほどウザいーみたいなー。」
「俺は、ブッ壊すことしか興味は無ぇ。特に強ぇ奴を粉々にするのが最高の悦びでなぁ!悪ぃが諦めな!」
「だったら魔神壊せば良くなーい?今なら爆弾仕掛け放題じゃなーい?」
「い、いや…さすがにこの規模を壊せる爆弾なんて…」
「超カッコ悪いんですけどー。」
「うぐっ…!」
壊すどころかプライドを粉々にされた。
「ぐっ、おのれ…だが俺は…俺はまだ…!」
うなだれつつも、まだ諦めるつもりは無さそうな黄緑錬邪。
その様子を見て、なんと義母の方が先に諦めた。
「…ハァ~。ま、いいけどね~。チャチャッと済ませちゃう?」
「えっ…い、いいのか!?これでやっぱ嘘ってのは無しだぜ!?」
「なんかー、このまま付きまとわれたらもっと疲れそうだしぃ~。それに…」
すこぶる面倒臭そうに溜め息をつく勇者義母。
「な~んかパパちゃんも、珍しく頑張ってるみたいだし~?」
そんな義母の目線の先には、巨大化した父の姿があった。
「ふんぬっ…!ぬぉおおおおおおおおお!!」
ついに魔神が動き出し、さぁどうしようというタイミングで現れたのは、魔神と同じく島ほどの巨体になった親父だった。どんな嫌がらせだ。
だがまぁこれで少しは時間が稼げそうだ。今のうちになんとかするしかない。
「むぅ…まさか三十路を過ぎてから成長期に入るとはな。我が父ながら恐ろしい奴め。」
「いや、そんな生き物がいたら魔神並みに驚異かと。まさか…こんなことが…」
まさかの事態に驚愕する勇者。
春菜は平静を装ってはいたが、さすがに動揺を隠しきれていない。
「まぁいい。原理はわからんが、親父がいるなら大丈夫だろう…と思いたい。」
「ハァ、参りましたね…」
「さーて、親父が倒れるのが先か俺らが将を倒すのが先か…勝負だな。」
いつまでもつかはわからんが、親父が踏ん張ってる間は猶予がありそうな展開に。
というわけで、これまで疑問だったことを今のうちに聞いておこうかと思う。
「黄錬邪よ、ときに貴様…なぜ世界滅亡なんぞ企んだ?くだらん色恋の怨恨ってわけでもあるまい。どんな高尚な理由か教えてくれよ。」
「え…?そ、それは…」
春菜の顔色が変わった。
「全部…全部“あの女”が悪いんだ…あの女が、私から先輩を奪ったから…!」
「って図星かよっ!えっ…そんなんで世界を滅ぼすってアホかオイ!?」
「あの皇女が!凱空先輩を大陸に連れて…!だから、殺してやったんだ!!」
「あの女…そうか、かつての帝都襲撃事件で盗子の母親を殺したのは、貴様だったってわけだ。」
「まぁ本当の泥棒猫は…殺し損ねてしまいましたがね。」
「『勇者』に惚れて『天帝』と『魔王』と対立とか、お前もなかなか大変だな。」
スケールがデカすぎる話だった。
「だから世界を滅ぼすの。もうこれ以上、私の想いが邪魔されないように…」
「ちょっと待て!だったら親父を殺せば済む話だろうが!そうすりゃもう誰も…」
「す、好きだから…無理。」
父は罪な男だった。
聞けば、黄錬邪の悪行の動機はなんともお粗末なものだった。なんだよ全ては親父のせいかよ。
こんなことなら聞くんじゃなかった。命懸けで頑張るのが若干バカらしくなってきた感じだ。
「とはいえ放っときゃ俺もヤバいし…仕方ない。まずは貴様を始末するか。」
「魔神に気を張っている今、私は無力…そんな無抵抗な者に手を上げると?」
「フッ、得意分野だ。」
「ふぅ…困りましたね。また少し、力を割かなければなりませんか。」
「おっと、そうはさせん。もう一瞬たりとも気を抜くつもりは…むっ!?」
勇者はとっさに飛びのいた。
なんと!背後に黒錬邪が現れた。
「なっ、新黒錬邪…!?チッ!そういや戦果を聞き忘れてたが、あのクソ賢二…やっぱりしくじってやがったか!あとでブッた斬る!!」
「生きていましたか黒錬邪…フフ、それは良かった。さぁ、彼をお願いします。」
ドスッ!
「へっくし!な、なんだろ…なんか寒気が…」
勇者の殺意が届いたのか、急な悪寒に襲われた賢二。
足を怪我していたにも関わらず、誰よりも全力で走り抜けた賢二は、学校からはだいぶ離れた場所まで逃げ延びていた。
だがそんな賢二を次に襲ったのは、先ほどの寒気よりもっと凄まじい“臭気”だった。
「ぐっ…ぐへぇ!こ、この尋常じゃないニオイって…まさか…!」
「おぉ…やっと会えたか…人に…」
「あ、アナタはオナ…クサッ!」
オナラ魔人が現れた。
だが敵軍に襲われたのか、既に瀕死状態のようだ。
「一体どうし…ブハッ!い、痛い!鼻がもげる…!勇者君は…こんな地獄の苦しみを何度も…!?」
「さ、探していたよ…学園校の少年だろう?校長殿は今…動けないのでね、私が用件を…伝えに…」
「えっ、校長先生…!?って、オナラ魔人さん血が…!しかも相当の深手じゃ…」
「もう…長くは無いでしょう…気にしないでいい。」
「いや、いろんな意味で気にしないのは難しいんですが…」
主にニオイ的な意味で。
「で、そんな瀕死のオナラ魔人さんが伝えに来た用件はやっぱり超クサい。」
「あぁ…五将の場所…だよ。一体は学校地下、残りは学校から…北に…東に…」
「えっ、五将って魔神の!?いや、でもこんなに形が変わっちゃった今の状況じゃ北も東も…」
「大丈夫…感覚が覚えているさ…。それが“学校行事”の真の目的…うぐぅ!」
「学校行事…?じゃあもしかして、僕達はこの日のためにいろんな場所に…!?」
「さぁ、行くがいい少年。私の『イモ園』、『六本森』、『地獄の雪山』、『六つ子洞窟』、そして『学園校』…そこ…に……」
「…お、オナラ魔人さん…?オナラ魔人さ…クサッ!!」
返事が無い。
ただの汚物のようだ。
ブォーーン!ブォーーン!
「オイいたか!?奴は見つかったのか!?」
「だ、駄目です!まったくもって…何の痕跡も残されていません!」
けたたましく鳴り響く警報音。大慌てで走り回る兵士達。
そこは帝牢…この世で最も守りの堅いはずのその牢獄に、またしても轟いた脱獄警報だったが、ソボーが盗子を人質に逃亡した時とはまた状況が違うようだ。
「な、なんてこった!この帝牢が何の手引きもなしに脱獄を許すなんて…!は、早く追うんだ!追跡隊を組織しろ!」
「いや、ですが看守長…。追うもなにも、“いつからいなかったのか”すらわからず…」
「ぬぐぅ…!」
想定外の深刻な事態に地団太を踏む看守長。
だが消え方があまりに見事すぎて、その後はもう感心するしかなかった。
「クソッ…さすがはかつて、あの凱空氏と並び称された程の実力者なだけあるぜ…『黒騎士:冬樹』!」
ドスッ!
「えっ…なん…で……?」
春菜の胸を、黒錬邪の槍が貫いていた。
この頃実施された『第四回キャラクター人気投票』の結果はこちら。
https://yusha.pupu.jp/yusha/souko/04ninnki.htm