【116】魔神を討つ者達(5)
黄錬邪の手を落とし、ダッシュで血のビンを奪おうと思った俺だったが、運悪くビンに直撃。
滴る血液…揺れる大地…うん、完全にフラグが立った。だが非を認めたら負けだ。
「チッ、貴様黄錬邪…!なんて卑劣なマネを!」
「いつもながら見事な責任転嫁だね勇者君…。もういっそ特許取ろうよ…」
「これで核は解放された。いずれ他の“将”達も目覚めることになるでしょう。私も早く向かわねば…」
「も、もう終わりなの勇者君…?もうどうしようも無いの…?」
「こうなったら前向きに考えろ。島ごと壊さんでもなんとかなると考えれば、まず将とやらを解き放つのは悪いことばかりじゃ…」
「五分でいい、眠りなさい。」
春菜の目から怪しい光がほとばしる。
「ぬぐっ!?き、貴様…この俺を操るとは…!覚えとけ…よ…!」
「目が覚めることはない。なぜなら将の一体は、この台座の下にいるので…ね。」
「フッ…雑魚が!熟睡を許されずに育ったこの俺を…舐めるるんじゃねぇ!!」
ザクッ!
勇者は拾った杭で太ももを刺した。
この手のパターンでよくあるやつだ。
「うっぎゃあああ!!」
賢二に50のダメージ。
「け、賢二…俺を担いで逃げろ…!今ここに眠る“将”が目覚めたら、死ぬ…!」
「それはわかるけど、なんで自分じゃなくて僕を刺したの!?」
「痛いから。」
「正直者は時に人を傷つけるよね…」
「俺は眠りに耐性がある、熟睡はせん。だがさすがに、まともには動けん…」
「だ、駄目だよ勇者君、僕には担げないよ…!足が…!」
「なにっ、ドクロの部屋で痛めたのか!?チッ、雑魚めが…!」
「いや、勇者君が刺したから…」
「言い訳は嫌いだ。」
まさに“悪魔の部屋”だった。
「チッ、ヤバいな…。なんとか意識を保っちゃいるが、手負いの賢二のせいで動くに動けん。他に足でもないと…!」
「なんか不本意だけど…まぁいつものことだよね…」
ズゴォオオオオン!
その時、轟音と共に壁に大穴が開いた。
武史と群青錬邪が飛び込んできた。
「ふぅ~…やるな武士の小僧。かつて幾多の戦場を回った俺だが、久しく見ぬ強者だ。」
新しい群青錬邪『伊予平』は、初代に勝るとも劣らないほどの巨漢。
懸賞金3500銀(約3500万円)の『傭兵』で、新黄緑錬邪の墓夢と同じS級首だった。
「テメェもS級ってだけあるよ。盗子の兄であるこの俺に一歩も譲らんとはな。」
「おぉ、いい所に来たシスコン!さぁ俺を担いで出口を目指して走るがいい!」
「あぁん!?なんでお前なんかを!俺が喜んで担ぐのは盗子…」
「は出口でお前を待っている。」
「OKわかった、すぐ行くぜ!だがテメェを連れてく義理は…」
「無くとも、俺がセットならポイント二倍で褒められるぞ?」
「喜べ勇者、俺は心の広い男だ!」
だがストライクゾーンは狭い。
「というわけで急ぐぞお前ら。賢二も自分で走るくらいはできるだろ?チンタラしてたら色々と面倒なことに…」
「おっと、そうはいかんよ。この俺を忘れてもらっては困る。」
群青錬邪が立ちはだかった。
「ったく…オイ勇者、まずは全員でこの群青野郎を仕留めんぞ。俺でも一人じゃ時間かかるわ。」
「いいや駄目だ、俺はまだ体が動かん。早く逃げんと全滅しかねん状況なんだ。」
「ハァ?テメェなに訳わかんねぇこと言っ…ぬぉっ!?な、なんだぁ!?」
突如、ドス黒いオーラが周囲を支配した。
「チッ…マズい、走れシスコン!楽しい楽しい鬼ごっこの始まりだ!」
「よくわからねぇが…ヤベェのは確かっぽいな。それに、盗子が俺を待ってる。」
「いやいや、だから俺の存在をだな…」
「大丈夫ですよ群青さん、すぐに慣れますよ…」
賢二は先輩ぶった。
群青錬邪は釈然としなかったが、状況のヤバさは察したためとりあえず一緒に逃げることにしたようだ。
「くっ、不本意だがこの尋常じゃないオーラ…確かに将が復活したと見ていいだろう。だが計画と違うぞ黄錬邪…本当なら俺が十分に距離を取ってからのはず…」
「さて、この将のうちの一体…呼びづらいし仮に『将一』と呼ぶが、どう考えるよシスコン?逃げ切れると思うか?」
「いや、厳しいだろうな。どう考えても強すぎだろ…。まともにやり合ったら盗子を待たせちまう。」
「賢二は?」
「遺書書いてきた甲斐があったなぁ…」
「よーし、じゃあこれから四人で“足止め役”を決めるぞ。ジャーンケーン…おい手ぇ出せよ群青色!!」
「いや待て、なぜさりげなく俺まで入っている!?先ほどまであれだけ無視しておいて…」
「あの黄錬邪のことだ、将一がお前を襲わんという保証は無い。死ぬぞ?」
「ぐぬぅ…し、仕方あるまい。」
(多分高い壺とか買わされるタイプだなぁ…)
賢二は群青錬邪を憐れんだ。
「んじゃいくぞっ!ジャーンケーン…」
命懸けのジャンケンは、群青錬邪の負けという最も都合のいい結果に終わった。
負けた群青野郎は不満そうだったが、「勝負は勝負だしな」と渋々従った。まったくチョロい奴め。
まぁ腐ってもS級の賞金首だ、負けるにしても俺が逃げ切る時間くらいは稼ぐだろう。
タッタッタッタ…!
「オラオラもっと早く走れシスコン!そんな走りじゃ世界は狙えんぞ?」
「んだとぉ!?眠ぃっつーから背負ってやってんのになんだその態度は!」
「いや、もう起きたんだが。」
「じゃあ降りろやクソがぁーー!!」
「僕だって足痛いのにな…」
とまぁこんな感じで地下迷路を疾走すること数分。
困ったことに道が二手に分かれている。この選択は間違えると痛そうだ。
「やれやれ、分かれ道か…。どちらかを選ぶか、2:1に分かれるか…二つに一つだな。賢二はどう考える?」
「んー…や、やっぱり力が分散しちゃうし、どっちか選ぶ方かなぁ?武史さんはどうです?」
「いや、魔神復活を上の奴らに知らせなきゃなんねぇ。ここは別れるべきだ。」
「じゃあ頑張れ賢二。」
「さよなら勇者君…」
「ある意味見事なチームワークだよな、お前ら…」
「…駄目だ、さっき見たら左の方はこの先でまた三つに分かれてた。だからここは3:1がベストなのさ。」
「なっ、その声は…!」
なんと!倒したはずの博打が現れた。
「ぶばふっ!!」
そしてすぐまた倒された。
「やれやれ、あれだけ殴ってまだ生きてるとはなぁ博打。俺の意識が黄錬邪に向いてた隙に逃げてたって感じか?」
「ま、そんなとこだよ。トドメを刺さなかったブラザーが、甘いのさ。」
「以後気をつける。」
勇者は攻撃態勢に入った。
「ま、待ってくれブラザー!俺は…改心したんだ。兄者に誓って、嘘じゃない!」
「いや、あんなのに誓われても。」
「酷いぜ…!」
「ま、まぁいいじゃん勇者君!これでちょうど四人だし…ね?」
「馬鹿か賢二、コイツは裏切り者だぜ?俺がそんな奴を信じる馬鹿と思うか?」
「仲間すら信じてねぇしな、お前。まぁ俺も盗子しか信じてねぇが。」
「お願いだブラザー!ダーティーネームを返上する機会を、俺にプリーズ!」
「ぼ、僕からもお願いだよ勇者君。人って、変われると思うから…」
懇願する博打と賢二。
勇者は少しだけ考えて、そして博打に尋ねた。
「…お前が一番安全だと思う道は、左右どっちだ?」
「ん?そうだなぁ、俺の勘が言うには右の…あ゛。」
博打が右に決まった。
100%外れる読みを持つ博打をある意味信じ、博打は右の道にブチ込んできた。
将一か道の罠か…奴の死因がどちらになるかはわからんが、前者ならこっちの安全度は高まる。
「ま、博打の奴も最後にちょっとだけ役に立ったかな。今まで散々人を騙してきた罰だが。」
「改心したって…言ってたのにね…」
「会心の一撃。」
「勇者君見てると、やっぱ人は変われない気がしてきたよ…」
「う~む…」
「ん、どうしたシスコン?何考えてるのかを盗子抜きで答えろ。」
「いやさ、100%死ぬって割にはアイツ…ヤケに素直に引き下がったなぁ~ってな。」
「ッ!!」
「え…。もしかしてアレは、あっちが安全って読みきった上での…演技…?」
「や、野郎ぉ…!」
その頃、勇者らが博打と別れた分岐点には、ドス黒いオーラを漂わせた大男が立っていた。勇者が言うところの将一だ。
錬樹の夢の中で勇者が見た魔神は十メートル級の六本角だったが、将一はその四分の一ほどの体躯で一本角。とはいえ、その強さが尋常じゃないということは誰の目にも明らかだった。
そして、全身に浴びせられた返り血からは、群青錬邪の末路がうかがえた。
「分かれ道…二手に分かれたか。まぁここは多い方を追うのが定石…」
足跡を冷静に分析した将一が、勇者達の後を追おうとした、その時―――
「ふぅ、俺もつくづくギャンブラーだな…。しかも結局、負け越しとはねぇ…」
なんと!岩陰から博打が現れた。
「…ほぉ、命を賭して留まった馬鹿がいたか。面白い、だが果たして足止めになるかな?」
「フッ、最後くらいは…クールに決めるぜ。」
人知れぬ活躍だった。
博打と別れた俺達は、奴が言っていた通り本当にあった分岐点で三方向に別れ、そのまましばらく走り、俺はなんとか地上に出ることに成功した。
結構走ったつもりだったが、見たところどうやら学園校の裏手のようだ。グルグル回ったせいかあまり離れてないらしい。
とはいえ、一応は将一から逃げ切ったわけだし第一関門は突破…なわけだが、魔力が絶えて魔剣も抜けんような今の俺に、これから何ができるだろうか。
まぁ剣技や魔法でやれる範囲もあるだろうが、魔神相手に通用するかは疑問だ。
「てなわけで俺は困っている。だから暴れるのはやめればいい。」
出口付近で休んでいた春菜に、勇者は何食わぬ顔で声をかけた。
自身の計画では既に魔神に殺されているはずの勇者の登場に、春菜は慌てて跳ね起きた。
「ま、まさか生きて出てくるとは…驚きですね。」
「あぁ、それは俺も少し意外でな。てっきり博打にハメられたと思ったんだが…まぁいいさ。そんなことよりなんだ、貴様も随分と辛そうじゃないか?」
「フフ…ええ、さすがに大仕事ですからね…。でも残念ですが…もう、戻れはしない。」
ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
春菜が腕を振り上げると、巨大な揺れに襲われた。
「なっ、なんだこの揺れは!?新手のアトラクションか…!?」
「この島が、元の姿に戻ろうとしているのですよ。本来の…『魔神』の姿にね。」
「なっ!?じゃああの巨体でまた、空飛んだりできるようになるってのか…!?」
「じきに我が最強のしもべが誕生する。そして世界は、破滅を迎えるのです。」
「チッ、ここまで追い詰めたってのに結局手詰まりだってのかよ…!なんとかならんのか!?誰か…!」
勇者の期待も空しく、そのまま為す術なく時は過ぎ、そして島は姿を変えた。
上に乗っている勇者にはわかりづらい変化ではあったが、遠目から見ると明らかに海面から隆起しており、見ようによっては確かに何かしらの生物に見えなくもなかった。
「揺れが落ち着いた…次はどうなるんだ?どうせ貴様が操っているんだろ?」
「ええ。完全にとは言えませんが、この体はほぼ私の制御下にあります。」
「魔神が空を飛べるのは知ってる。飛んでって帝都でも滅ぼすつもりか?」
「…なぜそれを?」
「俺ならそうする。」
「どこの『魔王』ですかキミは…」
「だが貴様の企み通りにはいかん。将は俺が殲滅し、魔神は今度こそ永遠に土へと還る。」
「フフ、それでは間に合いませんよ。彼が本気を出せば、音速で海を越える。」
「なっ!?馬鹿な、そんな速さで飛べる物体など…!」
「動き出したこの巨体を止める術は、人類には無い。世界はもう終わりです。」
「ぐぬぅ…!」
春菜の話が確かなのかブラフなのかは不明だが、可能性としては捨てきれないため、勇者は困惑した。
だがそんな時、どこからともなく謎の声が聞こえてきたのだ。
「ハッハッハ!悪いが行かせんぞ魔神、私が相手してやろう!」
「なっ、なんだ今の拡声器で流したような声は!?放送委員のイタズラか!?」
「ハッ!あ、あの山の向こう…あの姿…そんな…!」
「うぉっ!?なな、なんだありゃ…!?」
春菜が指差した先…そこに見えたのは、魔神に勝るとも劣らない巨大な物体。
そのあり得ない光景に、二人は目を疑った。
「あれは…島…?魔神がもう一体…いや、違う…!あれは…!!」
「私は謎の巨大神…『ジャイアント父さん』だ!」
島ほどデカい父が現れた。