【108】外伝
*** 外伝:錬樹が行く ***
それは、勇者達が生まれる五百年以上前の話。
エリン大陸西側の片田舎に、解樹とよく似た目つきの鋭い少年が一人で暮らしていた。
僕の名は『錬樹』。職業は『錬金術師』…人にして神のごとき能力を持つ、驚異の十四歳だ。
特に死者の肉体と魂から武器を創るのが大得意。その破壊力は他に類を見ない。
でもそれは楽な作業じゃない。対象部位は自分の手で狩らなきゃならないからだ。
つまり何が言いたいかというと、僕は天才なだけじゃなく、とっても強いということ。
そんな僕のいる地球で、最近宇宙の方から一斉に現れた異星人達が暴れている。
人々は彼らを“神”などと呼び、恐れ、もはや生を諦めた者も多いと聞く。フザけるな!
神は、僕だ!!
錬樹は不純な動機で立ち上がった。
そしていくつかの季節が過ぎた。
特に計画の無い旅だったけど、さすがは天才…。怖ろしいほど順調に事は進み、気づけば僕は『十賢人』なんて呼ばれる存在に…って、なぜ“神”じゃないんだ!
賢人?いや、まぁ悪くは無いけどインパクトが弱い。その上“十”とか付くとなると尚更だ。
この天才である僕を、どこぞの雑魚どもの一員みたく言わないでほしい。そう、どうせ言うなら“錬樹と九賢人”。僕だけは別格扱いにしてもらわないと困る。
「そういえば知ってる?十賢人で思い出したんだけどさ~。」
ほら、また村人達が噂してる。人気者はこれだから困る。
「なんか最近、神連中が随分大人しくなってきてるらしいよ。」
「そりゃそうさ!あの人らのおかげで、もうかなり倒されたって話だしなぁ!」
「ああ、凄いよなぁ~!『勇者:救世主』と十賢人!」
「えぇっ!?」
すでに手遅れだった。
「ん?ガックリ肩を落としてどうしたん?」
うなだれる錬樹に声をかけてきたのは、魔法使いっぽい紫色の帽子をかぶった、錬樹と同年代と思われる少女。均整の取れた美しい顔をしている。
「あぁ…なんだ無印か。」
月日の流れは残酷だった。
「まぁなんでもないさ。ところで聞き込みの結果は?」
「あ~、どうやら残るは『邪神』、『魔神』、『守護神』…この三体みたいね。」
「邪神か…。奴の操るあの風雪は僕らとは相性が悪い。もう二度と関わりたくないものだ。」
「まぁ問題ないよ、理慈達が向かってる。アイツらが負けるとかアタシには想像つかないねぇ。」
「ああ、特に『救世主』…。『竜神』や『太陽神』を圧倒したあの実力、想像を超えていた。」
「あらら、さすがのアンタも鼻っ柱をへし折られちまったかい?」
「ち、違う!想像を超えてたのは…あ、僕の想像力が貧相だったってだけだ!」
「いや、それはそれで天才としてどうなの?」
「と、とととにかく!僕らは残りの神達を捜すことだけ考えればいいんだ!」
「でもどうするんだい?『魔神』と『守護神』は、名前は聞けど姿は誰も知らない謎の敵だよ?」
「ああ、特に魔神…奴を倒しに行った者だけ、未だ一人も戻らない。」
「でもさ、おかしくないかい?誰も戻らないのに、なぜか名前は知れ渡ってる。」
「そう、それは僕も考えていた。もしかしたら陰で…何者かが動いてるのかもしれない。」
錬樹の言葉に、慌てて木陰に身を隠す男がいた。
「フッ…ご名答。」
後に勇者に『マジーン』と名付けられるその男は、不敵な笑みを浮かべながら人込みの中へと消えていった。
数日後。僕らは『魔神討伐隊』の消息が途絶えた村の近くまで来ていた。
『守護神』の方はさらに情報が無いのでとりあえず後回しだ。
「さて、もうじき情報にあった村だね。あの峠を越えた辺りだ。」
「十賢人と呼ばれたアタシらも、もう残り半分…。ここからが正念場だね。」
「ああ。神は残り三人…救世主も入れてあと四人倒れれば、確実に僕が…!」
「アンタがどっち側なのかちょっと不安になってきたよ…んん?」
「おにぃーーーーいちゃーーーん!!」
ドガシッ!!
「んぎゃああああああ!!」
謎の少女の必殺タックル!
錬樹は200のダメージを受けた。
「ぐっ…ま、『マー』!ついて来ちゃったのか!?ここから先は危険だって…!」
愛情表現と呼ぶには強すぎる勢いで錬樹に抱き着いたのは、ウンコのような形状の茶色い帽子をかぶった、目のクリクリとした幼女。
戦災孤児か何からしく、道中の村でなぜか錬樹に懐き、そのまま勝手について来てしまい今に至る…という状況だった。
「だってぇ~。おにぃちゃんであそべないとつまんないんだも~ん。」
「ふぅ~…やれやれ、困った子だなぁマーは…特に“で”の辺りが。」
「ほら、だから言ったじゃないさ。構ったら面倒なことになるって。」
無印は呆れた顔で二人を見ている。
「いや、でもやっぱり…ねぇ?こんな状況で一人じゃ、かわいそうじゃん?」
「そーだよ!かわいいじゃ~ん!」
「その無駄にポジティブな聞き間違いとかもウザいしさぁ。」
「ま、まぁいいじゃないか。あ、ほら!やっと峠の向こうが見え…なっ…!?」
目の前に広がっていたのは、何か圧倒的な力で一掃されたような焼け野原。
村どころか草木一本残されていない。
「こ、これは…!魔神の討伐体が消息を絶ったことと何か関係が…無いわけが…ないか…」
錬樹はあまりの光景に絶句した。
「ん…?なんじゃいきさんら、ワシらの村になんぞ用かよゴルァ!?」
魔人A~Cが現れた。
魔人Aは錬樹を威嚇している。
「“ワシらの村”ってことは、この惨状について色々知ってると思っていいわけ?だったら話してもらおうか。こっちは…僕だけでお相手しよう。」
「ハァ!?誰やねん偉そうに!いてまうぞワレェ!?」
「テメェみてぇなガキにビビるほど、オラ達ぁ堕ちちゃねぇぜ?」
錬樹の不遜な態度に、魔人B・Cも臨戦態勢に入った。
「おけーい!いてまえいてまえー!」
「いや、絶対意味わかってへんやろ嬢ちゃん!?」
マーは無駄に煽るスタンスのようだ。
「ったく甘く見られたもんじゃ。武器も持たずにワシらとやり合おうとはよぉ。」
魔人Bはマーの態度を余裕の現れと受け取り、静かに苛立ちを見せた。
「ならばよく見ておけ愚かな魔人達よ。。『錬金術師』の戦い…そうそう見られるものじゃない。」
「そーだよ!みれたもんじゃないよー!」
「意味変わってきちゃうから!頼むからマーは少し黙っててくれる!?」
「何をよそ見しとんじゃこの丸腰野郎がぁ!死にさらせぇーー!!」
「愚かな…。『錬金術師』の武器はこの“両腕”だということを教えてやろう!」
錬樹の攻撃。
魔人Aの腕はボロボロと崩れ落ちた。
「うわぁああああ!わ、ワシの腕がぁああああ!?」
「分子結合を解き、そして違う物として再結合する…それが錬金のプロセス。」
「つまり、再結合しなきゃ単なる“破壊”になる…そう言いたいんやな?チートやないかい…!」
「へぇ、察しがいいね。じゃあわかるよね?お前達ごときが抵抗することに…何の意味があるのかも。」
「ケッ、どうやら簡単にはいかへんようやなぁ。だが、これを見てもまだ余裕ブッこいていられるかぁ!?オーイ、集まれぇーーー!!」
魔人Bは仲間を呼んだ。
魔人D~Hが現れた。
「フッ…馬鹿ばっかりで困るな。天才相手に雑魚が何匹集まろうが無意味だってこと…じっくりと思い知るがいい!」
尺の都合で割愛します。
「さぁお前達、魔神について知ってることを全て話すんだ。何でもいい。」
数分後、宣言通り全員を軽く蹴散らした錬樹は、魔神の情報を引き出すべく、倒れた魔人Cに尋ねた。
「ぐっ…み、見事だ錬金術師。テメェほどの人間を見たのは…二度目だ…」
「二度目?聞き捨てならないな、僕ほどの者が他にいるとは思えないが?」
「身の丈を超す大剣を帯びた『大剣士』…テメェらと同じく魔神を捜して…」
「大剣…まさか『欧剣』?十賢人最強って呼び声も高い奴だねぇ。アタシは会ったこと無いけどさ。」
「ち、違う最強は僕だ!そんな奴、この戦が終わったら僕がこう、グシャっと…」
「…死んだよ、奴は。」
「なっ!?」
「魔神の咆哮で…一撃だった。俺らの村が消えたのも…そのせいだ…。アレは…真の化け物だ…ぐふっ!」
「ま、待て!まだ死ぬな!マオは…魔神はどこにいるんだ!?」
「そ、空飛ぶ…あんな…巨大…な…島の……」
「空飛ぶ島…!?そこに魔神がいるというのか!?でもそんな異様な物体なんて飛ん…でる…だとぉ…!?」
よく見ると、海の向こうにデッカい何かが浮いている。
「む、無印…気づいてた?」
「いや、アタシも驚いたよ。ここ最近、随分と雲が厚かったから気付かなかったのかもねぇ。」
「ま、どうであれ…行く道しか無いか。他に手がかりもない。。」
「そうだね~。まぁ任せときなよ、あれくらいの高さならアタシの魔法で…」
「…サクッと上陸してみたわけだけど、これからどうする?」
「って展開早っ!もっとこう、上陸に至るまでの過程とかそういうのは!?」
そのまま勢いに任せて、魔神がいると思われる空飛ぶ島に乗り込んだ錬樹達。
マーは遊び疲れたのか、錬樹の背に揺られ寝息を立てている。
上陸したその島はとても大きく、仮に本当に魔神がいたとしても簡単に見つかるとは思えなかった。
「にしても凄いねぇこの島。こんなのが実在するとは驚きだよ…。これがこの大戦のために政府が復活させたっていう『天空城』かねぇ?」
「あ~、確か試しに空に浮かべたらそのまま彼方に消えたっていう?けど僕が前に聞いた話だと、あくまで空飛ぶ“城”って感じだった。でもこれは完全に“島”…明らかに規模が違う。それになんだか…」
ゴゴゴゴゴゴゴ…!
「むっ、この状況でこの…いかにもって感じの揺れ……来るっ!」
突如激しい地震が起こり、土の中から巨人が現れた。
サイズは五メートル程もあり、肌はカビのような色。髪の無い頭には巨大な六本の角が生えている。赤く光る黒目の無い目がギロリと錬樹を睨みつけた。
錬樹は慌ててマーを岩陰に隠した。
「やれやれ、まさかここまで来られる輩がいるとはなぁ。分厚い雲に身を隠していたつもりだったが、逆にこちらの視界も狭まっていたということか。」
口ぶりからすると、魔神と思われるその巨人はこの事態を想定していなかったようだが、だからといって錬樹らが有利というわけでもない。
むしろ見た目の印象から受ける戦力差は絶望的。どう見ても勝負になりそうにない体格差だが、自信家の錬樹は勝つ気でいるようだ。
「倒しに来てやったよ、魔神マオ。『十賢人』の名くらい聞いているだろう?」
「悪いが、なにぶん外界から隔離されがちでなぁ。世情には疎いんだ。」
「フッ、まぁいいさ。覚えたところで、じきにチリと化す身だ。」
錬樹は冷や汗をかきながらも強気に振る舞っているが、一方の無印は状況を冷静に判断し、危機感を募らせていた。
「ったく…やっぱとんでもなくデカいねぇ。仲間のはずの邪神ですら危険視してから、何か違うんだろうとは思ってたけど…」
「ハハッ!オイオイ大丈夫か?この程度で驚いているようじゃ、我が“真の姿”を知れば驚きのあまり死ぬんじゃないか?」
「くっ、そうかよやはりくるか…!こういう展開でのお約束、“真の姿”の大公開ってやつが…!」
魔神は大きく息を吸った。
なんと、さらに倍くらいのサイズまで巨大化した。
「で…デカいっ!!ただでさえデカかったのが更に…!」
「だが良いことばかりでもないんだぞ?俺の体は巨大すぎる。何をするにも、な。いつかもっと動きやすい体を手に入れ、自由気ままに旅でもしたいものだ。」
「旅か…いいじゃないか。ならば楽しんでくるがいいさ、黄泉の旅をなぁ!!」
「むっ…!?あっ、危ないよ錬樹!!」
「ブルァッシャーーー!!」
魔神は口から凄まじいオーラを放った。
無印は〔金城鉄壁〕で攻撃を防いだ。
〔金城鉄壁〕
賢者:LEVEL10の魔法(消費MP100~∞(※維持したぶん消費する))
超強力な防御魔法。あらゆる攻撃を弾くが、時として流れ弾が仲間を襲う。
「た、助かったよ無印…!今のが欧剣を倒したという噂の咆哮ってやつか…確かに剣士には分の悪い技だ。」
「フフッ、でも大丈夫だよ。今くらいのならアタシの魔法で…」
「すまん、クシャミ出た。」
「えぇっ!?」
魔神の力は計り知れない。
「驚いたな、クシャミであれとは…。でもまぁ負けてやる気も無い。この勝負、天才である僕がいただく!」
「フッ…いいだろう。その減らず口、二度と開く間も無いまま葬ってくれよう!」
魔神は力を溜め始めた。
「さて、どうするかな…やっぱ隙を突くしかないか。とりあえず、この攻撃の防御は頼んでいい無印?」
「ま、やるしかないかね。クシャミであの威力って考えると自信無いけど…ね。」
「さぁ死ぬがいい人間どもよ!食らえ壱の咆哮…『ハヒフヘ咆』!!」
「うわダサッ!なにさその名前!?」
「いや、そんなことより早く防御魔法を…うわぁあああああ!」
魔神の攻撃。
無印の防御魔法は間に合わない。
「なっ…!?我が咆哮を…防いだだとぉ…!?」
なんと!なぜか攻撃は無効化された。
謎の力が錬樹達を包んでいる。
「わるいけど、すきにはさせないよ。まーが、まもるもん!」
聖なる光っぽいものを放ちながら、マーが現れた。
錬樹はまだ状況が掴めていない。
「ま、マー!?駄目だ、危ないから来ちゃ…」
「…なるほどそういうことか。貴様が敵に回るのならば、確かに簡単にはいかなそうだ。」
なんと、マーは魔神が知る存在のようだ。
「えっ!?その口ぶり…マーを知ってるっていうのか!?ど、どういう流れ!?」
「よもや人間側につこうとはなぁ…。フン、いいだろう。貴様にも守りきれぬものがあることを教えてやろう、『守護神:マリモ』よ。」
「なっ…!?」
マーの予想外の正体に、錬樹も無印もおったまげた。
事情はわからないが、どうやらマーは魔神と敵対するつもりのようだ。
「まーが、まもるよ。おにぃちゃんは…」
「マー!!」
「…ともかく。」
「ともかく!?」
時間の都合上、ここからはダイジェストでお送りします。
「さぁ覚悟しな!燃え上がれ真紅の炎!火炎魔法〔紅蓮〕!!」
「ぬっ、ぐぉおおおおおお!あっつい!」
「耳たぶを押さえるでないよ耳たぶを!えっ、その程度だっての!?」
「次は弐の咆哮だ!いくぞ『ヤッ咆』!!」
「だからダサいって!!」
「マー!マー!しっかりするんだ!マー!なんで…なんでこんな…」
「アンタがトドメ刺さないと、武具の練成はできないからだよ。だからこの子…」
「馬鹿な!じゃあマーは、わざと僕の技の前に飛び込んで…!?」
「お、おにぃちゃん…さいごに…おにぃちゃんに…いいたいこと…」
「い、いいから何も言うな!黙ってジッとしてないと、傷が…」
「ないの……」
「何か言えぇーーー!!」
「ぐぉあああああ!つ、角が…!最高強度を誇る我が角が…砕かれるだと…!?」
「ゼェ、ゼェ、この僕にとっては、強度もクソも関係ない!錬金の戦士を…舐めるなよ!」
「じゅるっ…」
「な、舐めないでね!?」
「どうやら貴様らを侮っていたようだ。侘び代わりに見せてやろう、我が必殺の咆哮…『ヘイヘイ咆』!!」
「うわダサぁああああああああああ!!」
そんなこんなで負けた。
「こ…ここは…?うぐっ、体中が…!」
錬樹が目覚めると、そこは見知らぬ宿屋の一室。
魔神の咆哮に吹き飛ばされた錬樹と無印は、なんとか魔法で威力を軽減したものの、二人とも生きているのが不思議なほどのダメージを負っていた。
「大丈夫だよ…錬樹…。や、奴からはだいぶ離れたよ…。かなり吹き飛ばされたしね…ブハッ!」
「無印!?そうか、身を挺して僕を助けて…!大変だ、凄い吐血を…!」
「だ、大丈夫…これはちょっと最近、口から赤サビが…」
「それはそれで病院に行ってくれ!」
「…で、どうするんだい?アンタとんでもない負けず嫌いだし、もしかして…」
無印の問いに、錬樹は少しだけ考えて、そして苦笑いを浮かべながら答えた。
「フッ…僕は負けず嫌いであって馬鹿じゃない。悔しいが、今の僕がどうこうできる相手じゃないのはわかってる。だから、方向転換だ。」
「方向転換…?」
「この“魔神の角”…これで最強の、錬金の剣を作る。奴を討つための剣だ。」
「へ??いや、アンタの錬金術には肉体と魂が要るんだろう?魂はどこに…?」
「…ここに、あるさ。」
錬樹は自分の胸を指差した。
「対象の魂じゃなく、“術者の魂”を捧げる…禁術があるんだ。」
「なっ!?でもそれじゃあ、アンタが…!」
「奴を倒せるなら手段は選ばない。たとえこの命が朽ちても…悔いはないさ。」
「なるほどねぇ。」
「あれっ!?結構あっさり!?」
「フン。死を覚悟した男にとやかく言うほど、アタシぁ野暮な女じゃないよ。」
「泣いて止めるのが女の甲斐性だとも思うが…まぁいいや、その方が助かる。」
「アタシに…何かできることはあるかい?」
「ああ。僕が宿ったその剣を、誰か強き者に託してほしい。奴を…討てる者に。」
そして―――
もう、何日になるだろうか…。
僕は寝食を忘れ、ただひたすら剣を打ち続けていた。
次第に感覚は無くなり、全てが麻痺してきた。
死が…近いせいかもしれない。
ガキィイイイン!
そこは、世界一高位な霊山として有名な『メルパ山』…その山頂付近に位置する小さな山小屋。
中からは金属を叩く激しい音が、昼夜を問わず鳴り響いていた。
「ハァ、ハァ、あと三撃…あと三回打てば、完成だ…。僕の、最高の武器…!」
数日間にも及ぶ鍛錬の結果、金槌を握る右手は血にまみれ、剣を握る左手はなんと、すでに剣と一体化しつつあった。
錬樹はもう、後戻りのできないところまで来ているようだ。
ガキィイイイン!
「あと二撃…そしたら僕は死ぬだろう。剣に取り込まれ…その一部となるんだ。」
ガキィイイイン!
命と引き換えに究極の武具を生み出すその禁術は、振り下ろす一撃一撃に周囲を漂う悪霊を巻き込み、武具に練り込んでいくというまさに呪われし秘術。そのため悪霊どもが放つ邪気に飲まれることなく、意識を保ち続ける強靭な精神力が必要とされた。
それは想像を絶するほど過酷な作業だったが、錬樹は見事耐え抜き、あと一歩というところまで辿り着いていたのだ。
しかし―――
「だが、死んでも僕は忘れない…奴への…奴への“恨み”を…ハッ、しまっ…」
突如、錬樹の左腕に激痛が走った。
「ぐぁあああああっ!な、なんて痛みだ…!マズい、意識が…保て…ない…!」
しまった、油断した!気が緩んだ…!
“恨み”なんていう負の感情を込めたせいで、迂闊にも悪霊どもと同調し…ぐっ、ヤバい…飲まれる…!
「…フハッ、フハハハハ!やったぞ…なんとか間に合った、危ういところだったがなぁ!」
なっ、僕の声…?僕が喋ってるのか!?
駄目だ、体が…言うことを聞かない…自分の体じゃないみたいだ…!
クソッ!あと一撃…あと一撃打てさえすれば、剣は完成するのに…!
「うむ、素晴らしい肉体だ。左腕に宿りしこの魔剣がまたいい。これならば、世を蹂躙するに十分な器と言えよう。」
そ、そうか…だから禁術扱いだったのか…!
てっきり死を伴うからだと思ってたけど、そうじゃない…肉体を奪われる危険性があるから…
フザけるなっ!出てけ!僕の中から出ていきやがれ!!
「出ていけと?ウフフ、それは無理ですわね。アナタの中に忘れ得ぬ“憎悪”がある限り、我らは同志…離れることは叶いませぬ。」
口調が変わった…別人か…?
おのれ、寄ってたかって僕の肉体を奪う気だな…!?
くっ、なんてことだ…!魔神を倒す力となるつもりが、まさか逆にこの僕自身が…悪の化身に成り下がろうとは…!
「さぁ、無駄な抵抗はやめい錬金術師!その身に巣食う全ての恨みを解き放ち、堕ちてきなはれコチラ側に!」
ち、チクショウ…なにが天才だ…こんな大事な時に何もできないなんて…!
「全てを終わらせる破壊の力…滅亡の力を手にしようぜぃ!最強の悪と化そうじゃねぇか!」
誰か…頼む、僕に力を…!
お願いだ…一撃…一撃叩きこむだけの力を…僕に…!
「力を貸せじゃと…?ウハハッ!誰が!?何のために!?代わりに貴様に何ができると言うのじゃ!?」
何でもだ!何でもする!
いつの日か、僕の力が意味を成す時が来たならば、喜んで差し出そう!
だから頼む、今…今の僕に、最後の力を…!
「ほぉ…言ったな?その言葉、忘れるんじゃないぞ?」
えっ…?
「全て見させてもらった。まぁ安心しろ錬樹、貴様の天敵は…俺が倒してやる。」
さっきまでの奴らとは違う…?だ、誰なんだ!?
教えてくれ、キミの名は…!?
「フッ、ああ教えてやるとも。だから決して忘れるなよ?」
錬樹はニヤリと微笑み、そして右手を高々と振り上た。
「俺の名は、『勇者』だっ!!」
ガッキィイイイイイイイイイイイン!!