【107】呪いを解く旅(4)
メルパ山を登り切り、邪神が待ってるはずだった塔に辿り着いた俺が見たのは、物言わぬ邪神の姿。そしてなんと、あの『魔王』の野郎が現れやがったのだ。
状況から見て、コイツが邪神を倒したってことなんだろう。
「やれやれ、長らく消息の途絶えていた貴様が…急に動き出すとはなぁ。正直驚いたぜ、魔王。」
「また会ったな勇者。随分と長いこと寝てたんでな、俺にとってはつい最近のことのようだが…どうやらお前はそれなりに育ったようだ。」
寝てたってのは恐らく、俺と同じく暗黒神に封印されていたからだろう。
氷漬けのコイツを見たって話は太郎らから聞いている。つまり、奴にはそれなりのブランクがあるのだ。
加えて、あの邪神と戦っただけあって、さすがの魔王も満身創痍といった様子。
やるなら今か…?とも考えたが、俺は俺で暗黒神戦で負ったダメージが未だ厳しい状況。それに今は片目に片腕…。俺の方が分が悪いかもしれん。
「ったく、今度の脅威は貴様かよ魔王…。で?俺も始末しようってか?」
「あ~…やめておこう。伝説の邪神との激戦…さすがの俺も今日は疲れた。」
「ほぉ奇遇だな、俺達もさっきまで憑かれてたところだ。」
「いやダーリン、それ字が違くない!?」
というか多分まだ憑いてる。
「それに、今の戦いで剣がオシャカになっちまってなぁ。」
「そ、その剣はまさか…あのスイカ野郎の…!?」
「ん?なんだ知り合いか?あの変態にゃ似合わん業物だったんだが…この俺と邪神の攻撃を受けたんだ、まぁこうなるのも仕方ないか。」
「そうか、死んだのか…。奴もそれなりに強かったはずだが、どうやった?」
「割った。」
「そりゃアイツも本望だったろうさ。」
季節は秋だが。
「で?じゃあこれから貴様はどうするんだ魔王?武器でも探して回るのか?」
「ああ、そのつもりだ。この俺に相応しい剣の噂を聞いてなぁ。魔神復活までには手に入れたい。」
「魔神復活…?なんだ、お前は魔神を復活させたい側なのか?」
「そうじゃない、あくまで可能性の話だよ。お前が死んだらマオの半身が解き放たれる。その時にもし、誰かが本体を見つけていて奴を導いたら…なぁ?」
「俺が死ぬ前提なのは気に食わんが…どうやら貴様とも利害は合いそうだな。武器の件は任せろ、俺が見つけたらくれてやる。どんな剣だ?」
「なるほど、共同戦線ってわけか…。いいだろう、剣の名は…『魔神の剣』だ。」
勇者は渡すに渡せない(呪われてる)。
(ど、どーするのダーリン?今の状態であげられるもんなの…?)
(恐らく無理だろうな。呪いを解くか、俺が死ぬしか手はあるまい。)
「ん…?どうした勇者?」
「…あー、だが魔王よ、やっぱり魔神の剣は違うんじゃないか?もしかしたら魔神相手には役に立たん武器かもしれんぞ?」
「それならそれでいいんだ。実は他にも理由があってな。その剣の持ち主こそが、我が父のカタキがらしいんだよ。特に好いた親でもなかったが…気分が良くないのは確かだ。」
「…そ、そうか。さて、じゃあ俺達はそろそろ帰るかな。悪いが今日は…あーー…スーパーの特売日なんだ。」
(弱い!弱いよダーリン!そんなんで逃がしてくれる魔王がどこにいんの!?)
「そりゃ仕方ないな。」
(ここにいた!?)
「というわけだ。ほら行くぞ血子、早くしないと目玉商品が…」
「オーイ、聞こえるか勇者ぁ~?」
その時、どこからか解樹の声が聞こえた。
「わっ、ビックリした~!え、なに今の声?どっから聞こえんの?」
「む?声はすれども何の気配も感じない…新手の魔術か?」
血子と魔王はわからないようだが、勇者には心当たりがあった。
(くっ、別れる前に解樹から預かった『伝話符』か!もし余計なこと言われたら詰むぞ…!?)
「今どこにいる勇者?ぼちぼち準備できるから戻って来いよ。戻ってきたら剣の」
「OKわかった、皆まで言うな。もはや言葉とか超えた関係だろ俺達?な!?」
「ん??…まぁいいや、とにかく早くしろよな。なんせ相手は神(ビリッ)
勇者は慌てて破った。
「…勇者、貴様もしや…!?」
「ぐっ…!」
魔王は疑いの眼差しで勇者を見ている。
勇者は諦めて覚悟を決めた。
「…チッ、そうさ魔王!俺がお前の親父を」
「男が好…んんっ!?」
勇者は早とちった。
「オイ勇者、今のは…」
「くっ…やれやれ、バレちまっちゃ仕方ないな。」
「そうか、そうだったのか…まさか貴様が」
「ああ、嗟嘆は俺がブッ殺」
「親父を知っ…んんっ!?」
「って、どんだけ噛み合わないんだよアンタら!ダーリンもどこまで墓穴掘る気なの!?」
「て、テメェか…そうかよテメェが俺の想い人だったってわけかよ、勇者ぁ…!」
「今度こそバレちまっちゃ仕方ない。だが悪いな、今日はもう逃げブホッ!」
勇者は鮮やかに宙を舞った。
「だ、ダーリン大丈夫!?かなり人間技じゃないブッ飛び方だったけど…!」
「ぐふっ…!や、やるじゃないか魔王。今のは少し油断しバフッ!ゲハッ!」
「剣が無いからなぁ、じっくりとこの鉄拳で…なぶり殺しにさせてもらうぜ。」
「くっ、やはり片目だと遠近感が…!オイ血子、遠近両用メガネを!」
「この状況でボケられるその余裕はどっから来てるの!?」
「チッ…仕方ない、やはり逃げるしかないか…あっちに見える…」
お花畑へ…
それ行っちゃダメなやつだ。
「ゼェ、ゼェ、ちくしょうめ…!邪神とやり合った後だってのに…これ程かよ…フザけやがって…!」
「ゼェ、ゼェ、貴様こそ…!まさかあの日から…これほど腕を上げてたとはな…勇者ぁ…!」
片目片腕の影響で出だしは不調だったものの、その後なんとか盛り返した勇者。
だが序盤に受けたダメージの影響は大きく、やはり勇者の方が旗色が悪そうだ。
「ぐぅ…!マズいな、奴は素手だってのにこの威力…!これ以上…食らったら…」
「ふぅ…どうやら限界のようだな勇者。この俺とそこそこ戦えたこと、あの世で誇るがいい。」
「フッ、もう勝ったつもりか?甘いな、ぼちぼち“増援フラグ”が立つ頃だぞ?」
「いやダーリン、確かにそんなパターンばっかだけどそれは言わない約束じゃないの!?」
「今だっ!食らうがいい魔王、我が必殺の召喚魔法…〔他力本願〕!!」
「そんな魔法無いよね!?えっ、あるの!?」
「舐めるな勇者!いつまでもフザけてんじゃ、ねぇえええええええ!!」
「しまっ…ぐわぁああああああ!!」
ズッガァアアアアアアアン!!
痛恨の一撃!
勇者は岩壁に叩きつけられた。
血子は慌てて駆け寄った。
「だ、ダーリン!寝ちゃダメだよダーリン!返事してぇーー!」
「う゛っ…あ……ふ………」
「えっ、何!?なんか言いたいことあるの!?も少しおっきな声で…」
「あと…五分…」
「なにその朝のよくある光景!?」
「ほぉ、これが魔神の剣か…。ちょうどいい、試し斬りといこうじゃないか。」
魔神の剣を手にした魔王が、ゆっくりと近づいてきた。
「こ、来ないでよ!ダーリンもう意識ないんだからこれ以上は…」
「どけよ根っこ。さぁ勇者、大人しく死…」
「二つの欠片は再び出会い、やがて一つに交わるだろう。」
万事休すといった状況で、どこからか聞こえてきた渋い男の声。
耳を澄ますと、誰かが登ってくる足音がする。
「二つの花が狂い咲き、地獄の扉が開くだろう。」
「誰だ貴様…?訳わからんこと抜かしてねぇでさっさと登って来やがれ!勇者の前にまずテメェを斬ってやる!」
「…やれやれ、かの“予言”は現実になりつつあるようだ。だがしかし…」
ゆっくりとした足取りで姿を現したのは、六本の角が生えた漆黒の兜を被り、漆黒のマントに身を包んだ狂戦士風の老人。
「まだ、間に合いそうだな。」
学園校『校長』が現れた。
パッと見“ラスボス”にしか見えない。
「は…はわわわ…!この人って、あの学園校の…!?」
「チッ、見た目もそうだがその威圧感…タダ者じゃないな。貴様は何者だ?勇者の関係者かよ?」
見るからに強者である校長の登場に、魔王の注意は完全に逸れた。
勇者のピンチはひとまず去ったようだ。
「ふむ…“ある者”の目撃談を聞いて来たのだが…よもや更なる大物と遭遇するとはな。」
「ん?じゃあ俺はお目当てじゃないってことか?そりゃ良かったぜ、実は邪神戦で受けた傷…軽くはなくてな。」
「それがそうもいかんのだよ。お前はお前で、“予言”の一端に触れる存在なのでなぁ。」
「さっき言ってたアレか?確かに前編の詩は俺と勇者のこととも取れるが…」
「危うきは全て排除するのみ。まぁ安心しなさい、殺しはしない。」
「マオが逃げちまうからかよ?フッ甘いな、んな逃げ腰じゃ俺は…止められん!」
「大人しく席に着きなさい。休み時間はもう終わり…。さぁ、授業の時間だ。」
授業料は“命”だ。
「いくぞ魔王よ。この『教鞭』をもって、貴様にしばしの眠りをくれてやろう。」
「いや、教鞭ってそんな武器的なものじゃなくない!?」
血子はもっともなことを言ったが校長は無視した。
「教鞭…だとぉ…!?そうか、貴様が前大戦で名を馳せた『十賢人』の一人、『理慈』か。」
「えっ!校長センセってばそんな凄かったの!?ってじゃあ今は何歳!?」
「まさか私の名を知っているとはな…。うむ、復習のできる子とは感心だ。」
「ま、付け焼刃だがな。無知は死に繋がる…この数日で必死に勉強したよ。」
「ほぉ、ますます素晴らしい。ならば確認テストといこうか、若き『魔王』よ。」
「面白ぇ。かつて時の『勇者』と共に世界を救った十賢人の力…見せてみろ!」
「うなれ教鞭!可愛い生徒に愛の鞭をっ!!」
「舐めるなジジイ!貴様のような死にかけの老人にぎゃああああああああ!!」
「飛んでったぁーー!!」
キラーーン☆
魔王はベタな演出で星になった。
「す…凄い!凄いよ校長センセ!『魔王』を一捻りってどんだけ凄いの!?」
「…聞くが根っこよ、仲間は他に来ていないのか?」
「へ…?んー、一応少し下ったとこに一人いるけど…なんで?」
「ならば早く呼び寄せ、小僧を連れて逃げなさい。何やら…胸騒ぎがするのだ。」
「そ、それって魔王が戻ってきたらヤバいって意味…?」
「さぁ…どうだろうな。仮に私に奴を殺せるだけの力があったとしても、殺せばマオを世に放つ結果に繋がる。」
「でも、本体ってのを封印してるんだから大丈夫なんじゃないの?霊体だと誰か強い人の中に入らないと何もできないんでしょ?」
「確かに、マオを受け入れられるだけの器などそうはいまい。弱者ならば耐え切れず、粉微塵に吹き飛ぶだろう。それに本体は心臓部を厳重に封印してある。簡単には解かれんはずだ。」
「だったら結構万全なんじゃないの…?なんだかんだでこの五百年なんとかなってるわけだし…」
「不穏な予言と…それを裏付けるような噂を耳にした。用心するに越したことはない。」
「予言てさっき言ってたこと?“地獄の扉”がなんとか…」
「まぁ念には念を…だがな。万が一にも、魔神を復活させるわけにはいかんのだ。魔王の小僧もかなりの逸材だが、魔神本体を超える脅威とはならんだろう。」
「そんなに…!?じゃあさ、ずっとこんなんを繰り返すしかないってこと?マオを完全に倒すってのはもう無理ってことなの!?」
「皮肉な話だが、魂が戻った後ならば可能だろう。霊体を抜き出す『転魂の実』は既に絶滅しているしな。だがしかし…」
「貴様らごときじゃ、蘇った真の俺は倒せない…だろ?」
勇者が復活した。
だが『守護神の兜』が外れている。
「そうか…瀕死のダメージを負い、小僧の意識が完全に飛んだか。」
「し、“真の俺”って…じゃあもしかして今は…ダーリンの中の人だったり!?」
「ふぅ、やれやれ…やめておけ小僧。降参すれば、まだ五体満足のまま帰れる。」
「フッ…断るっ!俺は降参と盗子が、大嫌いなんだ!」
盗子の存在感たるや。
「フッフッフ…やったぜ…再び戻ってきた!今度こそこの体は俺のものだー!」
「えっ、嘘!?でも乗っ取ったりはできない契約のはずじゃ…」
「普通ならな。だが今のコイツは完全に意識を失っている。この隙に精神を封印しちまえば…」
「そ、そんなのイヤだよー!ダーリンが消えちゃうなんてイヤァーー!!」
「黙れ根っこが!ブッた斬るぞ貴様!?」
「うわーん!違和感無いよぉー!」
「…と、その前に斬らねばならん奴がいるよなぁオイ。」
勇者は落ちていた魔神の剣を拾い上げ、校長を睨みつけた。
「よぉ、久しいな理慈よ。貴様らに海に落とされた記憶…忘れちゃいないぜ?」
「私も覚えているさ…。封じるしか手が無かった不甲斐なさ、忘れもせんわ。」
「フッ、安心しろ。じきに全てを忘れさせ…ぬぅ!?むぐぐぐ…!ぐぉっ…!?」
左腕を押さえて苦しがる勇者。
動かぬはずの腕がプルプルと震えている。
「ど、どーしたの急に!?腕が痛いのダーリン!?」
「チッ、そうか…!『守護神』の奴が離れたことで、貴様まで目を覚ましやがったか…『錬樹』め!」
もう誰の体なんだか。
「クソッ!い、痛ぇ…!腕がもげっ…チクショウが!消えろっ!」
「だ、大丈夫ダーリン!?ってなんでこっち見ながら言うの!?」
「オイオイなんだよこりゃ…?伝話符での様子が変だったから来てみれば…マズいなオイ。」
ちょうどいいところに解樹が現れた。
「あっ、呪術師の人!大変なんだよダーリンが…ダーリンが…!」
「ああ、見えるよ…勇者の体内で魔神と錬樹が衝突してやがる。このままじゃ体がブッ壊れちまうぜ?」
「で、でも相手は魔神だよ!?人の呪いが太刀打ちできるわけなくない!?」
「錬樹は私と同じく、『十賢人』に数えられた武の達人でもあった。奴の力ならあるいは…」
「てことはセンセと同レベルってこと!?じゃあホントに壊れちゃうじゃん!」
「うぐっ、ぐぉおおおおおお…!」
勇者はかなり苦しそうにしている。
その様子を見て解樹は、急遽予定を変更することにした。
「チッ、しゃーねーな…少々予定外だが、この場で“儀式”といくしかねーか!」
「儀式って何!?それでダーリンが帰ってくるの!?」
「アイツを“魔剣の世界”に放り込む。そっから先はまぁ、アイツ次第だな。」
解樹は怪しげな呪文を唱え始めた。
勇者は頭に激痛が走った。
「ぬぉっ!?今度は頭が…!き、貴様の仕業か…一体…何を…!?」
「さぁ行って来い勇者…!行って呪いを、晴らしてきな!!」
「くっ、やめろ…!やめろぉ、じゅじゅちゅ師ぃいいいいい!!」
やっぱり言えなかった。