【106】外伝
*** 外伝:魔王が行くⅡ ***
俺の名はユーザック・シャガ。本名は…母親を思い出させるので好きじゃない。
種族の都合上、見た目は青年っぽくなってはきたが、こう見えてまだピッチピチの九歳児だ。
嫌な思い出といえば、母親のこと以外にもう一つある。あの忌々しい賢者…奴は絶対生かしておけん。
あれから修行を重ね、幾多の星を滅ぼし、俺もかなり力を上げた。今なら勝てる。
会ったのはもう何年か前になるが、奴ほどの実力者ならきっと死んではいまい。
というわけで俺は、はるばる『地球』までやってきた。青く美しい星…うむ、気に入った。
ちなみに、『メジ大陸』というのが俺が今いる地の名前らしい。まずはここから攻め落とすことにしよう。
とりあえず城を一つ落とし、本拠地とすることに決めた。徐々に手を広げるつもりだ。
賢者の方は…まぁその過程で結局倒すことになるだろう。焦ることはない。
「にしても、意外に広い星だな…。こりゃ征服するには少々骨が折れそうだぜ。」
玉座に座り、そうポツリと漏らす魔王。
地球に来て早々に城を墜とした魔王だったが、まだ忠臣はおらず王の間には他に誰もいなかった。
「貴様も…そうは思わんか?」
ふいに魔王は、上空に漂う黒い霧のような何かに話しかけた。
すると霧は一点に集まり、そして邪悪な姿を形取ったのだ。
「…へぇ。私の気配に気づくとは…やるね。私は『マオ』、強い人を探してお散歩中だよ。」
「マオ…?かの『魔神』と同じ名だな。以前に読んだ伝承には霊獣化したとあったが…まさかな。」
「ふふふ。そのまさか…なの?」
「いや、聞かれてもな。」
「詳しい話はわかんないけど、どうやら私は凄い人っぽいよ。」
「なんで他人事っぽいんだ。ただでさえ信憑性の無い話だってのにそれじゃ…」
「まぁ信じるお信じないも…私は自由だよ。」
「って意味わかんねぇよオイ!確かに自由すぎるぞお前!」
「私も困ってるよ。」
姫の呪縛だった。
いきなり現れた『霊獣:マオ』。言動から判断すると嘘としか思えないが、この魔力…もしかすると本物かもしれん。
聞けば自分に合った器を探しているとのこと。なんとも胡散臭いが、興味深くもある。
「ほぉ、この俺の体に同居したい…か。目的は何だ?体を乗っ取る気か?」
「それはできない約束だよ。しかも家賃がわりに力とか貸しちゃうの。偉い?」
「フン、随分と俺だけに都合良すぎる話だな。貴様にもメリットはあるんだろ?」
「誰かに入らないとなんにもできないの。ホントの体に帰るまでが遠足だよ。」
姫に言語中枢を破壊された感のあるマオは説明にかなり手間取ったが、その後なんとか頑張って事情を説明した。
「ふむ…つまり、本体に戻る算段が整うまで暇だから一緒に暴れようぜってことだな?理由はわかったが…俺は十分強い、貴様の力なんぞ必要無い。」
「そこをなんとか頼むよ。まずは三ヶ月でいいよ。」
「新聞の勧誘みたく言うなよ。そんな気軽に出入りできるもんでもあるまい?だから…」
「フッ、大した魔力だな小僧。我らが留守中に城が墜とされたのも、これなら納得だ。」
魔王とマオの会話に水を差したのは、仮面を被り赤いマントを纏った男…そう、二代目赤錬邪だ。
「…馬鹿なネズミめ。黙って去れば死なずに済んだものを。」
「ほぉ、気付いていたか…さすがだな。だがそう簡単にいくかな?」
どうやら魔王は赤錬邪の登場にも気付いていたようだ。
だがさすがに、その能力までは見通せていなかった。
「ハァ、ハァ…チッ、なんてタフな野郎だ!この俺の剣撃が効かんだと…!?」
物理攻撃が一切効かない赤錬邪の特性は、魔王に対しても通用するものだった。
訳が分からないまま攻撃を続けた魔王。次第に疲れが見え始めた。
「フッフッフ。考えても無駄さ、我が防御力の秘密を知るのは俺一人だけだ。」
「『魔欠戦士』とは珍しいね。」
「たった今二人に増えたがな!」
「魔法ならイチコロだよね。」
「ま、待て待て!これは男と男の真剣勝負、霊獣風情は黙ってい…てください!」
マオ…というか姫のせいで、いまいち緊迫感に欠ける状況。
とはいえ弱点がバレた赤錬邪は万事休すかと腹をくくったが、万事休すなのはむしろ魔王の方だった。
「困ったね魔王君、魔法使えないのに。」
「ってバラすなよオイ!つーかなぜ知ってんだよ貴様が!?」
「冗談で言ったとは言いづらい空気だよ。」
「くっ、フザけやがって…!」
「ホッ…そうか貴様、魔法が使えんのか!まったく脅かしおって…!」
魔王が魔法を使えないと知り、安堵する赤錬邪。
だが更に状況を一転させたのは、またもやマオの一言だった。
「でも私と契約すれば、もれなく魔法がついてくるよ。」
「なにぃ!?…よーしわかった、仕方なく契約してやる!とっとと入るがいい!」
「ま、魔神の魂と契約だと!?貴様、『魔王』にでもなるつもりか!?」
「わざわざならんでも最初っから魔王だわボケがぁーー!!」
「き、聞いた鴉!?今の魔王宣言…!ちゃんと録音したろうね!?」
「ああ、バッチリだ華緒!これでやっと本名でお呼びできる…!」
柱の陰でハイタッチする、四天王の華緒と鴉。
「ってオイお前ら!いたんならなぜ助け…」
「じゃあ、いっくよ~!」
ピカァアアアアア!
こうして魔王は『魔王』に戻った。
そして、なんだかんだで二年くらいが経過した。
十一歳になった俺は、今は放浪の旅に出ている。
地球の支配は早々に飽きたので、バカ錬邪らに任せた。
道中で偶然例の賢者に再会した。マオから聞いてた勇者とかいう奴にも出会った。結局部下に邪魔されて始末はできなかったが…まぁ運命ならばまた会うだろう。
「ふぅ…この地球に来てもう二年か…。玉座に一人ってのもつまらんかったが、一人放浪の旅ってのもまた退屈だな…結構飽きてきたぞ。」
特に目的も無くフラフラと旅を続けていた魔王は、気付けばギマイ大陸まで辿り着いていた。
「にしても、随分と深い森だな…。なんだか凶悪な魔獣でも出そうな雰囲気だ。」
魔王は森の奥の一点を黙って見つめた。
「…テメェに言ってんだぜ?」
魔王が剣に手をかけると、奥の暗がりから男が現れた。
「ハハッ、威勢がいいじゃねぇか。元気に育ってくれたようで何よりだ。」
男が頭に巻いていたターバンを外すと、黒く長い髪が風になびいた。
逆光のせいで魔王の位置からよく顔は見えず、声も聞き覚えはなかったが、なぜだか妙に懐かしい声に聞こえた。
その理由は、男の次の言葉ですぐに明らかになった。
「よぉ、大きくなったなぁ…我が子よ。」
魔王の父、『暗黒神:嗟嘆』が現れた。
適当に歩いて迷い込んだ森の中で、なんと俺の親父だという男に遭遇した。
言われてみれば、確かに家にあった肖像画と…そしてこの俺と、よく似た顔をしている。
「ほ、ホントに貴様が俺の…俺の父親なのか?」
「ああ、いかにもそうだぜ?よく来たな魔王。華緒もご苦労だったな。」
「なにぃ?…そうか、適当に歩いたつもりだったが…さりげなく貴様に誘導されてたってわけか、華緒。」
魔王が睨みつけた闇の中から、申し訳なさそうに華緒が現れた。
「す、すみません魔王様。しかしながら我々は、嗟嘆様の四天王でもあり…」
「…フン、まぁいいさ。生きているなら一度は会いたいと思ってた男だしな。」
母や四天王達から色々聞いてはいたものの、やはりいきなり父親だと言われてもどうしていいかわからない魔王。
だが一方の暗黒神は、とても自然な親らしい微笑みを浮かべながら、愛息子を見つめている。
「大きくなったな魔王。こんなに成長したお前の姿が見れて、俺は嬉しいぞ。」
「えっ…」
そして暗黒神は魔王を抱きしめた。
「会いたかったぜ息子よ。お前のことは、片時も忘れたことは無かった。」
『暗黒神』と呼ばれる男とは思えぬ優しき父の声に、ついに魔王の心が動いた。
「お、俺も…俺も会いたかったよ、父さん!」
「…だぁ~れが“父さん”だクソがぁーー!!」
ズゴォオオオオン!
「ぐへぇえええ!!」
勇者父のせいだった。
「ぐっ…ぐぬぬっ…!き、貴様ぁ…!」
「いや~悪ぃ悪ぃ。ちょいとムカつく野郎のことを思い出しちまってなぁ。」
「柄にも無く十一歳児っぽく振る舞ってみた自分が恥ずかしいわ!クソがっ!」
「ところで魔王よ、お前…随分とタチの悪ぃペットを飼ってるそうじゃねぇか。」
「ペット…?あぁ、マオのことか。そういや随分と仲が悪いらしいな。何か不都合でも?」
魔王の問いに、暗黒神は少し考えてから答えた。
「強い者同士は何かに導かれるように巡り会う…それが宿命。このままいけば、いずれお前は復活した魔神本体と戦い、そして死ぬだろう。」
「それほどか…。半身を身に宿す俺の想像を超えるほどに、本体に戻った魔神は強い…ということか。」
「どういう意味かは見りゃわかるさ。まぁそんな日が来ないよう、復活前に本体をブッ壊すつもりだがな。」
「なるほど…目的はわかった。だが随分と過保護なんだな。アンタの妻ならむしろその手の展開を好みそうだが?」
「まぁお前の母親なら確かにそうだろうな。アレはそういう面白い女だ。」
「あれが面白いならアンタやっぱ変人だわ。」
魔王には辛い思い出しか無かった。
「まぁなんにせよ、こんな味気ねぇ場所で話すことでもねぇよな。積もる話は街で飯でも食いながらにしようや息子よ。」
「…フン、仕方ない。どうしてもって言うならもう少しくらい話を…って、な…んだとぉ…!?」
魔王は暗黒神に抱かれた肩から凍り始めた。
「ま、魔法…だと…!?貴様…何を…!?」
「悪いな魔王、少しの間お前には…眠ってもらうぞ。」
「くっ、や…やれやれ…。母がクソな分、父親には若干…夢を見ていたんだが…残念…だ……」
「安心しろ我が子よ。殺しはしない、痛みも無い…ほんの少し、寒いだけさ。」
魔王は芯から凍りついた。
「うぐっ…!チッ、やはりまだ…この魔法は負担が…ぐふっ!」
「さ、嗟嘆様…!」
「下がれ華緒、大丈夫だ。ったく…もう十年も経つってのに、今なお全快せんとはな…。あの『勇者』は、いずれ必ずブチ殺してやる。まぁまずは魔神の奴が先だがな。」
「して嗟嘆様、次はいかように?」
「予定に変更は無い。時がくるまでに、奴を…魔神を討てる力を手に入れる…。探せ!かつて俺達…古代神と呼ばれた脅威に対抗すべく作られた、『三大秘密兵器』の一つ…『天空波動砲』をなぁ!」
そして時が過ぎ…勇者らが暗黒神を倒した日の夜、魔王は目を覚ました。
「うっ、うぅ…こ、ここは…?」
目が覚めると俺は、毛布でグルグル巻きにされて無数の焚き火に囲まれていた。
なんだかんだで氷は溶けたっぽいが、気温で溶けたとも思えん。となると…
「おぉ!お目覚めですか魔王様!良かった…!」
焚き木を抱えて現れたのは、四天王の鴉。
魔王が無事目覚めたことにホッと胸を撫で下ろしていた。
「ここは…どこだ鴉?氷が溶けたってことは、ついにアイツは魔神の本体をやったってことか?」
「そ、それは…その…」
「…なるほど、死んだからか…雑魚めが…。で?俺はどのくらい寝ていた?」
「えっ、あ、ハイ。きっかり二~三年です。」
「全然きっかりじゃないじゃねーか。なんなんだその超アバウトな時間感覚は?」
鴉は真面目そうに見えて結構適当な男だった。
「にしても、俺はずっとここに置かれてたのか?凍らされた時と同じ森だよな?」
「いえ、一度は天空城までお連れしたのですが…。ちょうど半月か一ヶ月ほど前のことです。何か胸騒ぎでもしたのか、突然魔王様を避難させよと嗟嘆様が…」
「フン、それでホントに死ぬってことは危機察知能力だけは高かったってわけだ。そうか…死んだのか…」
魔王は複雑な表情を浮かべている。
「それで、いかがいたしましょう?カタキ討ちならばすぐに兵を集めますが?」
「お前にゃ悪いが、それほどの仲じゃない。ま、奴を倒したほどの強者には…少々興味はあるがな。」
「その件ならお任せください。敵の詳細データは入手済みです。」
「ほぉ、やるじゃないか。なら話してみろ。」
「ハイ、何人かの大人と子供が…」
「やっぱりのっけからアバウトじゃねーか。完全にお任せ損じゃねーか。」
鴉は諜報員に向かないタイプだった。
「さてと…これからどうするか。長く眠りすぎて今さら何すりゃいいやら…」
「それでは『神器』探しはいかがです?来たるべき時への備えは必要でしょう。」
「神器…かの神々の体より、『錬金術』によって練成された武具…だったか?」
「ええ、肉体の一部と霊魂を練り合わせると聞きます。『霊媒師』の『偽魂』に近いものかと。」
「なるほどな。じゃあ死んでない邪神や、死にたてホヤホヤの親父のは無いってわけだ。」
「ハイ、恐らく。ですが…なぜか魔神の角より練成された剣は存在するとかしないとか。」
「ん~…まぁ霊体が別行動してるような奴だしな、きっと特例なんだろうさ。そうか魔神の神器か…面白い、ではそれを探してみるとするか。」
「頑張ってください。」
「っていきなり放置か。普通はこう、家臣であるお前が先陣を切ってだなぁ…」
「ご安心を。その武器を持つ者なら既に存じておりますので。」
「ほぉそうなのか、やるじゃないか。どんな奴なんだ?」
「少年です。」
「ほとんど存じてないじゃないか。なんでそう自信に結果が伴わないんだ。」
いい加減魔王も懲りるべきだ。
「やれやれ…まぁ持ち主がわからんなら武器は今はいいや。とりあえず寝起きの肩慣らしに一暴れしたいんだが?」
「ではあの山頂を目指しましょう。噂では強き魔人が出没するとかしないとか。」
鴉が指し示したのは、濃い瘴気に包まれた霊山『メルパ山』。
そう、この森は火山島であるニュグラ島に位置していたのだ。
「魔人か…どの程度の強さかは知らんが面白そうだな。詳しく聞かせるがいい。」
「目撃者は8~45人、退治に向かった者は2~17人くらいという噂です。」
「どんだけ曖昧なんだ!それ絶対噂じゃなくてお前の記憶力のせいだろ!」
「中には腕自慢もいたそうですが、生きて戻った者はただ一人だったとか。」
「ほぉ、一人か…。で?」
「その者は最後の力を振り絞って逃げ帰り、こう言い残したのだそうです…」
「“夏にやれ”と。」
一択問題だった。
長い眠りから覚め、いまいち調子の出ない俺は、肩慣らしに強いと噂の魔人と一戦交えることにした。
鴉の報告が適当すぎてイライラも募ったしな…早く憂さ晴らししたいものだ。
「で?その敵はどこら辺にいるんだよ鴉?寝起きにこの登山は少々キツいぞ。」
「た、大変失礼しました!さぁ魔王様、早く我が背に!さぁ、おんぶを…!」
「い、いい加減その過保護はやめてくれ。俺は結構一人でできる子だぞ。」
「もう少し行くと、古い塔が見えてきます。もしかしたらそこにいるのかもしれません。」
「まだ先かよ…。もっと手っ取り早い方法は無いのか?」
「むぅ…では魔力を放出してみては?敵が噂通りの戦闘狂ならば、向こうから出てくるかもしれません。」
「そういうもんか…?まぁいい、やるだけやってみるか…ぬぉおおおおおお!」
魔王は魔力を捻り出した。
「良きスイカだーー!!」
「マジで来やがったーー!!」
しかも想像以上のが来た。
「やれやれ、やはり悪に育ってしまったか…暗黒なる古きスイカの子、赤髪のスイカよ。」
「あん?なんだよその俺を知ったような口ぶりは…?」
「すべては“あの予言”の通りか…。ならば仕方ない、貴様のスイカ…我がスイカで…!」
「後半は意味が分からんが…予言とは興味深いな。話してもらおうか、貴様が知るすべてを。言わんというなら無理矢理にでも口を割らせるぞコラ?」
「ほぉ、ワシを割るか…面白い!割るか割られるか、それこそがスイカの宿命!」
「“スイカを”って意味じゃねーし!割られるのはお前以外には無理だしな!」
「邪なるスイカも蘇った今、ヌシのようなスイカにまで暴れられてはかなわん。散るがいい!」
「邪なる…まさか『邪神』か!?邪神までもが復活してるってのか!?」
魔王はスイカ語の解読に成功した。
「行きたくば、我が屍を越えていけ。だがもし割ったら…残さず食えよ!?」
「いや、食わねーよ!?」
「さぁ構えるがいい赤きスイカよ。よもや臆したなどとは言わぬよな?」
「フッ、むしろ逆だ。久々の戦闘…血がたぎるぜ。どうやら俺もまた…貴様と同じ戦闘狂のようだ。」
「いくぞっ!!」
二人は同時に叫んだ。
先に動いたのはスイカ。僅かに遅れて魔王も続く。
「唸れ秘剣!刀神流必殺奥義、『千刀滅殺剣』!!」
「光栄に思うがいい!貴様がブチ撒ける果汁が…この魔王様の、復活を告げる狼煙となろう!!」
ズバシュッ!!