【104】呪いを解く旅(2)
邪悪な電列車『最強線』にて、暇潰しに覗いた隣の車両には、なんとあの『邪神』がいた。普通に座ってた。
元黄錬邪『春菜』の企みに気付いた時点でもしや…とは思っていたが、やはり生きていやがったか。
どうやら今は一人のようだが、こんな大物がこんな場所になぜ…?いや、そんなことはどうでもいい。とにかく今は、この状況をどう乗り切るかを考えるべきだ。
片目片腕の状態では力の差は歴然…今コイツとやり合うのはとっても都合が悪い。
ここはなんとか誤魔化して、戦わずに済む方向に持っていくしかない。
「こ、小僧…貴様は以前、寝起きのわらわを瀕死に追いやった…」
だが早速バレた。
「い、いや、人違いだ。俺はただの通りすがりの…車内販売員だ!」
「む…?なんじゃそうなのか。ならば茶でももらおうかの。少々喉が渇いたわ。」
どうなら邪神は騙されやすい子のようだ。
暗黒神といい、古代神達は意外と純粋な生き物なのかもしれない。
「ふむ、茶か…悪いが品切れ真っ最中だ。」
「なぬ?では仕方ない、コーシーとやらでいい。一度飲んでみたかったでの。」
「それも無い。」
「な、なんじゃと…?では何ならあるというんじゃ?売り物は無いのか?」
「んー、油?」
「働け愚か者!!」
喧嘩も売ってる。
「すまんが俺は油しか売らん。まぁ暇なら話相手くらいにならなれるが?」
勇者は他人を装って何かしらの情報を引き出すことにしたようだ。
「話し相手か…そうじゃな、少々退屈しておったところじゃ、付き合うがよい。」
「偉そうだなお前。」
「その言葉そっくりそのまま返すぞ。客に対する売り子の言葉とは思えんわ。」
「むーー…では客人よ、いや“お客様”とでも呼ぶべきか?」
「…バキでよい。急に堅苦しくなられてもムズ痒いしの。」
「それじゃあバキよ、貴様…こんな所で何してるんだ?どこに向かっている?」
「ん?ちと観光にな。待ち合わせの日まで暇でのぉ。」
「待ち合わせだと…?貴様のような化け物とわざわざ会おうなんて酔狂な奴がいるってのか?」
「うむ。宇宙船を貸してくれたりと、なにかと協力的な者がおってな…って、誰が化け物じゃ!やはりその知ったような口ぶり…!」
「し、知らんぞ!?俺は貴様のことなんぞ全然知らん!知らんぞ邪神バキ!」
「や・は・り・貴様かぁーー!!」
結局バレたが無理もなかった。
「貴様…いい度胸じゃのぉ。このわらわを、わらわと知っての態度がこれか…!」
「ま、まぁ待てバキよ。『勇者』と『邪神』がこんな場所で戦うのも、なんか違うとは思わんか?」
「むぅ~…まぁそうか。何事もチュチュエイションとやらが大事と聞くしの。」
邪神は意外と癒し系だった。
「あ~ところで邪神よ、黄錬邪の奴はどこにいるんだ?」
「黄錬邪…あぁ春菜か。悪いが知らんよ、途中から別行動でな。」
「途中からってことは…やはり奴が絡んでやがったか。俺の悪い予感が当たっちまったってわけだ。」
「む?どういう意味じゃ…?詳しく話すがよい。」
勇者は五錬邪に関係するこれまでのもろもろと、その黒幕が黄錬邪ではないかという自分の仮説を話して聞かせた。
「ふむ…なるほどそういうことじゃったか。であれば、恐らく貴様の読みは正しいと言っていいじゃろう。少なくとも奴に洗脳のような能力があるのは確かじゃ。」
「やはりか…。貴様は大丈夫なんだな?」
「わらわを誰と思うておる?一度わらわにも密かに仕掛けてきたが、弾き返してやったわ。気を抜きさえしなければ、そう簡単に通用する術ではない。」
「そうか、抗う術があるか…そりゃ朗報だ。だがいいのかそんなこと話して?貴様らは共に世界征服を目論む仲間なんじゃないのか?」
「命を救われた恩義があるゆえ共にいるだけじゃ。目指すところはむしろ逆…」
「死にかけたのか…そりゃ大変だったな。」
「他人事のように言うな!貴様のせいじゃ!」
勇者は喧嘩の押し売りがエグい。
「で、“逆”って何がだ?」
「ふむ…アレの目的は“世界征服”などではない。“世界滅亡”…奴が望むのは、我らの力をもって、この星ごと人類を根絶やしにすることなのじゃ。」
「せ、世界滅亡…だと…!?この俺でさえ、そんな大胆な悪事は企まんぞ!?」
「いや、『勇者』ならそれが普通じゃぞ…?」
「だが貴様は違うってのか?そもそも貴様は大昔、地球を滅ぼしに来たんじゃないのか?」
「昔話に興じる気は無い。ただ一つ言えるのは、『魔神』の復活…奴はそれを望んでおるということ。便宜上わらわもそうじゃと話を合わせていたが、本来のわらわの意にはそぐわぬことじゃ。」
「ほぉ、じゃあお前も魔神に仇なす立場だと?」
「うむ。嗟嘆を…暗黒神を復活させ、共に討つつもりであった。あの力は目覚めてはならぬ。」
「それほどか…。半身を身に宿す俺の想像を超えるほどに、本体に戻った魔神は強い…ということか。」
「どういう意味かは奴を見ればわかろう。まぁそんな日が来ぬよう、復活前に本体を滅するつもりじゃがな。」
「ほぉ…なんだ、気が合うじゃないか。だったら…」
邪神の目的が自分に好都合な話だと知った勇者は、勢いに任せて大胆な作戦に打って出た。
「世界を滅ぼされて困るのはこちらも同じ。どうだ、協力しないか?」
敵である勇者からの誘いに一瞬戸惑いを見せた邪神だったが、その後の反応はあっさりとしたものだった。
「ふむ…敵は強大じゃ、戦力があるに越したことはない…か。いいじゃろう。」
「ホント偉そうだなお前。」
「じゃからそれは貴様の方が…!」
「で、敵本体の情報は?魂が戻る前に本体を破壊する…どうせそれしか手は無いってんだろ?」
勇者は暗黒神の反応を思い出していた。
「歯痒いがそうなるな…。情報は春菜が集めておる。見つかり次第、かわいそうじゃが…奴は始末する。これから落ち合う予定の協力者もまた、末路は同じじゃ。」
「ナイスな判断だ。」
「お前はホントに『勇者』なのか…?」
終始自分よりも発想が邪悪な勇者に困惑する邪神。
そうこうしているうちに、電列車は駅に着いたようだ。
「さて…と。じゃあ行くとするか。だが悪いが俺にはヤボ用がある、力を蓄えてから合流するから楽しみにしていろ。」
「わらわはそろそろ目的の地へ向かうことにする。用が済んだら『ニュグラ島』という名の火山島まで来るがよい。」
それはかつて、父と暗黒神が初めて出会った島の名前だった。
「OKわかった、首を洗って待っているがいい!」
「やっぱりやる気なのか!?そうなのか!?」
「フッ、悪いが相手にならんな。」
「なっ、なんじゃと!?」
「今は勝てる自信が無い。」
「ならなぜ偉そうに…!」
勇者は自制心が足りない。
というわけで、想像以上に早く駅に到着。
こんな楽な交通手段があると前から知っていれば…いや、性質上パーティーで移動するには不向きか、仕方ない。
駅で邪神と別れた俺は『クミルシティ』の街をさまよっていた。
“シティ”という割に場末の酒場が溢れた街並みが特徴のようだ。うろついている奴らも大体が賞金稼ぎのハンターどもだと思われる。ガラの悪そうな街だ
「やれやれ、ったくデカい街だな。こんな場所で一人で人捜し…こりゃ骨だぜ。」
「大丈夫っ!二人で捜せばすぐだって!」
「むっ、なんだ今の声は…!?」
勇者はカバンを開けた。
なんと!血子を発見した。
「ついてきちゃった☆」
「ほぉ…この俺が気づかん程に気配を消すとはやるじゃないか。生意気な。」
「まぁ根っこだしね。ところでダーリン、どうやって捜し出すつもりなの?」
「ん~…まぁまずは無難に聞き込みからってのが妥当だろうな。オイ貴様!」
「ハイ…?」
勇者は道行くオッサンを呼び止めた。
「じゅじゅちゅ師はどこだ?」
まずは発声練習からだ。
その後しばらく歩き回ったが、大きな街だけあって呪術師捜しは難航した。
やはり街頭での聞き込みじゃ無理か…などと考えていると、どこからか妙な占い師が現れた。
俺は占いの類は信じないタチだが、タダなら占われてやらんこともない。
「待ち人は来る…相応の場所で待て。酒の香る盛り場がいいだろう。」
「ほぉ、やるじゃないか。なぜ俺が人を探しいると…」
「一部始終を見ていた。」
「いや、そこは嘘でも占ったことにしとけよ。商売する気無いのか?」
「全ての導きに従え。行き着く先で汝らは、世界の窮地を目にするだろう。」
「ふーん、世界の…ねぇ。普段なら笑い飛ばすところだが、今は普通にありえそうで笑えんぞ。」
「いくつかの出会いと、別れがあるだろう。だが止まらずに進むが吉となる。」
「別れ!?い、一体何が起こんの!?超おっかないんだけど!」
「さらばだ血子。」
「冗談じゃない!お別れとかあり得ないし!」
「冗談…?」
「冗談じゃ…ない…!?」
冗談じゃなかった。
一瞬よそ見した隙に、占い師はどこかへ消えていた。一体何者だったんだろう?
うさん臭いが他に当ても無いし、試しに言う通りにしてみるか…ということで、俺達は酒場へとやって来たのだった。
ギィイイイ…
「ヘイらっしゃーい!」
陽気に出迎える店主。
店内はガラの悪そうなオッサン達で賑わっていた。
「おいオヤジ、とりあえず子供酒を…そういや血子、根っこも飲めるのか?」
「あ、うん!噂じゃ変な実とかなるんだって。あとね、ウネウネと無尽蔵に伸び」
「1杯。」
「ハイ喜んでー!」
「待ち人は来る…か。魔神の件もあるし、のんびりはしてられんのだがなぁ。」
「まぁいいじゃん、たまにはこーゆーのもさ!くつろいで待とうよ☆」
「…ま、そうだな。よーし野郎ども!今日は俺のおごりだ、好きに飲むがいい!」
「お…?オォオオオオオオ!!」
勇者は気前のいいことを言い放った。
おかげで店内は大いに沸いた。
「いや~盛り上げてもらってすみません。若いのに羽振りいいんですね!」
「頑張れ店主。」
「え……何がっ!?」
勇者は言ってみたかっただけだった。
「じゃあさダーリン、これなんかどうかな?この“手配書”の奴ら倒せば懸賞金もらえるみたいよ?」
血子は壁に貼られた手配書を指差した。
「なるほど、確かにそれなら俺らしく且つ一発で稼げそうだ。どれどれ…?」
『A級/名前:早季子/職業:詐欺師/懸賞金:450銀/罪状:結婚詐欺、他』
『A級/名前:豪人/職業:強盗/懸賞金:800銀/罪状:強盗殺人』
「狙うなら100銀(約100万円)クラスのA級…この辺りか?これ以上の奴らは少々骨だろう。」
『S級/名前:墓夢/職業:爆弾魔/懸賞金:2200銀/罪状:都市爆破』
『S級/名前:伊予平/職業:傭兵/懸賞金:3500銀/罪状:要人暗殺』
『S級/名前:ソボー/職業:海賊/懸賞金:5000銀/罪状:王国乗っ取り』
『S級/名前:葉沙香/職業:狂戦士/懸賞金:7600銀/罪状:大量虐殺』
「S級は1000銀クラスなわけね。さすがにちょっと規模が違うね~。」
「政府も手を焼く輩…面白そうなんだがな。また今度に…って、えぇっ!?」
『SS級/名前:凱空/職業:勇者/懸賞金:1金/罪状:食い逃げ』
「えっ、お義父様!?食い逃げで…しかも1金ってどんな国家的規模!?」
「お、親父…。確かに前に山賊がそんなこと言ってたが、まさか事実とは…そしてこんな指名手配されるような規模とは…。底の知れんアホだな。」
「にしてもさダーリン、手配犯って結構多いね~。ま、簡単には見つかんないんだろうけどさ。」
血子の言う通り、店内には壁という壁に手配書が貼られており、どこかで見たような悪人顔の似顔絵が描かれていた。
一通り見渡す勇者。するとその中の一枚に一瞬驚き、そして勇者は全てを理解したように静かに話し始めたのだった。
「簡単には見つからない…か。誰もがそう考える…だからそれを逆手に取ればいいのさ、なぁマスター?」
「えっ…?」
勇者は店主を睨みつけた。
突然のことに店主は動揺を隠せない。
「ど、どーゆー意味なのダーリン!?」
「こんなハンターどもの巣窟に紛れるとは大胆な奴め。まぁ意外と悪くない案だったが、相手が悪かったな。」
「えっ!じゃあダーリン、まさかこの人が、捜してた例の…!?」
「ああそうだ。罪状は“国家反逆罪”…A級賞金首『じゅじゅちゅ師:解樹』!」
ギィイイイ…
勇者の名探偵っぽい決めポーズが炸裂したその時、一人の男が入ってきた。
「よぉマスター、なんだ今日は随分と賑わってんじゃんか。何かあったのかい?」
「あ、解樹さん。」
よし、死ぬほど飲むか。
勇者は酔って忘れたい。